深雪と時雨の再戦は、またもや相討ちというカタチで幕を閉じた。しかし、前回のような自爆してのおしまいではない。時雨は最後まで健闘し、その上で勝ちをもぎ取ろうとした結果の相討ちである。
これが出来たことで、時雨の中に蔓延っていた黒い煙幕の影響は全て取り除けたと言っても過言ではなくなった。
「あーっ、くそっ! もうちょいだったんだけどな!」
リスポーンしてすぐに深雪が叫ぶ。もう一手速ければ先に撃つことが出来ていたと悔しそうにしていた。
「何処が悪かったかな……回避を交ぜた方がよかったか……?」
時雨もすぐに自分の戦い方を顧みる。どの場面が落ち度になっていたか。何処で深雪に上回られていたか。考えればキリが無さそうだが、それでも勝てていないという事実は付き纏う。
「2人とも充分よ、お疲れ様」
そんな2人に神風が少し安心した表情で近付いた。綾波と暁も同様。伊203も海面に顔を出して小さく頷いている。
「感想戦は結構やれそうな演習だったわ。深雪、機転を利かせたのは良かったけど、まず時雨から一発蹴りを貰ったのがよろしくなかったわね。足下への砲撃は実戦でもあることだから、体勢を即座に立て直せるようにしなくちゃいけないわ」
「だよなぁ……あそこが分岐点だったかな」
外で見ていた者ならば、第三者な指摘がいくらでも与えられる。神風からの言葉は、深雪に深く染み渡った。ここがあまりよろしくなかったという点を、少しずつでも直していきたいところ。
「時雨はそこで足をやられたけれど、深雪が掴んで関節技に行けることはわかっていたんだもの、腹よりも、もう少し上を狙った方が掴まれにくかったかもしれないわ」
「……脚が上がらないんだから仕方ないだろう」
「あっ……」
察したように神風が微笑み、時雨がうぐっと喉を詰まらせる。
深雪は体幹を鍛えていたものの、海面が当然波打った場合に対しての行動が、まだそこまで上手くないようである。今後、それがネックになるかもしれないため、重点的とは言わないが、鍛えて然るべきなところは見えた。
時雨はやはり、難がありすぎる柔軟性。それをカバーする動きを学ばねばならない。これまでもずっとやってきたモノだが、それでもまだまだ。
「時雨は近付いた場合に敵の足だけ狙っていればいいと思うわよ」
ここで暁からのアドバイスも入る。ひたすらじっと見続けたことで、時雨の動きに対していろいろと言えるところを見つけているようだった。
「無理して急所狙うから隙が出来るんだもの。深雪が掴んでこれるってわかってるなら、手が届かないところだけを狙えばいいのよ。砲撃も足、キックも足、全部足」
「それで勝てるのかい?」
「少なくとも、さっきみたいに、足掴まれて動くことが難しくなるみたいなことは無いと思うけど。暁も、綾波相手にするなら無理はしないし」
こういう時の暁は非常に頼りになる。そして、今の言葉はそれなりに聞き捨てならない言葉だった。
「えーと、暁、君はもしかして綾波に勝てるのかい?」
「勝ったことがないとは言わないわよ。綾波のことを知らないといけない時に、綾波が意識してないことをやってみないといけなかったから」
綾波のサポーターとして組むにあたり、綾波の全てを知るために、1対1でその行動をちゃんと見ていた。その際に、綾波の弱点となり得そうなところをみきわめ、的確にそれをこなす。綾波とそれにすぐには対応出来ずに、何度か敗北を喫したことがあるのだという。
「暁ちゃんはすごいんですよぉ」
「いや、マジですげぇわ。綾波に土付けてんだろ。よく勝てるな……」
「でも代わりにね、今はもう勝てなくなっちゃったわ。つける弱点が無くなっちゃった」
弱点を狙う方法に対して、綾波が順応してしまったために、今ではもうどうにも出来なくなってしまったと暁は語る。砲雷撃戦で何かする方法となれば、どうしても限られてくるのだ。
暁はそうして綾波を出来る限りの最強に仕立て上げたということだ。性格に若干難がありつつも、それでも軍港鎮守府では最強と思われるそのスペックは、こうして生まれたようである。
「でも、
「あれは暁もまだちゃんと解析出来てないわ。なんなのあの動き。普通じゃないわよ」
綾波だけでなく、暁すらそう言う超人達の動き。神風はその刀による戦いがあまりにも意味不明。伊203は海中で格闘戦が出来る上に、普通では考えられない速度で接近を仕掛ける。どちらも普通の海戦ではあり得ないことばかり。
これには綾波ですら順応するのが難しいらしい。時間をかければ対応し始めるだろうが、これまで培ってきた常識から外れてしまっているのだ。
神風は砲雷撃戦では綾波には勝てない。だが、この空間であれば話が変わる。昨日のVR訓練でも、綾波の首を刎ねているらしい。
「でも、普通ならしっかりやれますよぉ。と、いうことでぇ……まずは時雨ちゃん♪」
「な、なんだい?」
「演習、しましょっか♪」
綾波にガッチリ掴まれた時雨。もう逃げられない。深雪との演習で満足出来る動きが出来ていたかと言われれば、まだどうとでもなりそうというのが感想だが、だからと言っていきなり綾波を相手にするのは話が変わる。
「あ、綾波、ちょっと待ってくれないかい。今は深雪と感想戦をだね」
「善は急げですからぁ。はいはーい、今度は綾波と時雨ちゃんでやりまーす♪」
深雪はすっとその場から離れており、海中から見ていてくれた伊203からのアドバイスを貰っているところ。神風も暁も、こうなったら止められないからと苦笑するしかなかった。
「こ、これだから人間はーっ!」
「演習開始でーす♪」
この後、時雨がボコボコにされたのは言うまでもない。
仮想空間での演習は、他の者達も見ている。特に、時雨の経過観察として注視していたのは明石だ。丹陽と共にその光景を確認して、本人達とは違う視点で、特機による治療が完了したと結論付けている。
「体内の穢れを取ることは、特機で可能であることがわかりました。また、黒い煙幕の構造は、穢れと同様であることも実証されたようなモノです」
時雨の体内に蔓延っていた黒い煙幕。肺に滞留していたモノも、脳を蝕んでいたモノも、どちらも彼岸花で対処が出来たというところから、構成自体は穢れに限りなく近いと考えられる。彼岸花のスペックが穢れ以外にも対応出来ると言われればそうかもしれないが、特異点の産物なのだから、解析が難しすぎる。今は穢れとほぼ同じと考えるだけで止めておいた。
「カテゴリーYの治療も難しくは無くなったのではないでしょうか」
「そうですね。全身を侵蝕している穢れを、体内から全て抜き取ってしまおうということですから」
「ただ、まだやっぱり懸念面があります。時雨さんは治したところで艦娘ですが、他の皆さんは治すと純粋な人間に戻ります。それがどんな影響を与えるか」
やはりネックはそこ。特機自体が人間に良い影響を与えないことは知っている。実際にやったわけではないため、何が起きるかはわかっていないが、人間に戻れたとしても余計に身体を壊すようなことになったら、治療の意味がない。
そしてこれを試すには、リスクがまだかなり高いと言えるだろう。死には至らずとも、後遺症などが残る可能性は否定出来ないのだ。
さらに怖いのは、
穢れを取り払うことで、身体が深海棲艦になる前まで巻き戻った場合、病まで戻ってこないか。それが大きな不安点。
「やってみないとわからないとはいえ、なかなか難しい話ですね。確か人間を艦娘にする処置は、解体で元の人間に戻した時、処置前の怪我とか病気は治ってるんでしたっけ」
「実際に見たことは無いですが、そうらしいですね。大怪我からの回復のために艦娘化を選択する者もいたのだとか。その後命懸けの仕事に就くことになるのですから、それが本当にいいことかはわかりませんけど」
艦娘化の処置と、深海棲艦化の処置。それが構造上同じならば、病だけを取り払うことも出来なくはない。
「ここは調査隊がやってくれてる阿手の資料から考えるしかありませんね。艦娘化技術の転用なら、そこだけは保証されるかもしれませんし」
「ですね。アレの技術を頼るのは心の底から気分が悪いですけど、今は仕方ありません。不可逆を可逆にするためには、その研究結果の転用も考えなくちゃいけないのは理解しています」
「あちらも忙しいですからね……マルチタスクでいろいろやりすぎてる感じはします。ですが、軍港で合流したら、私も手伝いに行こうかなと」
「いいですね。お役に立てそうなら、お手伝いしてみましょう」
特機による治療法が確立は出来たものの、不安要素はかなり大きい。故に、可能な者が力を合わせるのは当然のこと。
「冬涼姉妹にも被験体を送っていますから、もしかしたら何か見つけているかもしれません」
「ですね。
同じように調査を続けている、軍港鎮守府の定係工作艦姉妹にも期待をしている。実際に好きに出来る被験体を使っての調査だ。もしかしたら、彼岸花すら使わずに戻す方法を見つけてしまっているかもしれない。
全ての力を合わせて、治療法を見つけ出す。決戦前にそれが出来れば御の字である。
多分時雨は綾波にやられて瑠美子飛びしてる。