午後のVR演習は続き、海を駆けるうみどりの外の空は赤く染まってきていた。仮想空間では外のことなんてわからない。時間を知ろうと思えば知ることは出来るが、演習し、感想戦をし、また演習し、と繰り返していれば、時間のことなんて忘れてしまうというもの。
今回は綾波という外部の狂犬が加わっていることから、みっちりと演習もさせてもらえている。軍港鎮守府では最強の座を持っている者からの訓練は、それはそれは身になるモノであった。
「ありがとな、綾波、暁」
「いえいえ〜。綾波もとっても楽しい時間が過ごせましたからぁ♪」
「そりゃそうだろうよ。僕達は何度君にやられたと思ってるんだい」
「筋はいいですよぉ?」
「そういう問題じゃなくてね」
この午後の中で、深雪も時雨も一度も綾波に勝つことは出来なかった。砲雷撃戦では傷一つ付けられなかったまであった。接近から許してくれないし、いざ接近できたとしても近接戦闘までこなしてくる。コンバットナイフを取り出し、即座に振り回してくる程。暁のサポートも無しで、である。
深雪も時雨も、その綾波の動きを追うのに必死になっていたのだが、終わりがけでは何とか回避することも可能にはなっていた。そして二の矢、三の矢で結局やられるのだが、それでも綾波は、それを出すことになるという状況を楽しんでいたくらいである。
「でもぉ、綾波としては、神風ちゃんにもフーミィちゃんにも一度も勝てなかったのが悔しいですねぇ」
「砲雷撃戦では負けたでしょうに。フーミィだって、
「ん、綾波は対潜も上手いから、逃げ回るのは結構キツイ」
勝てはしなかったものの、超人2人にそう言われて、綾波も悪い気分ではなかったようである。
なお、深雪と時雨は、神風相手の砲雷撃戦では一進一退の攻防を繰り広げた挙句に敗北、伊203相手の対潜掃討は掠らせることも出来ずに敗北と、どうにもこうにも勝つことは出来なかった。先輩の面目躍如と言ったところだが、この2人はそれ以上のモノを持っている。
「それじゃあ最後に、もう一戦、もう一戦だけお願いしまぁす♪」
「……誰と?」
「勿論、神風ちゃんとでぇす♪」
まだやるのかと神風は呆れるが、綾波が類を見ない負けず嫌いであることは理解している。ここまでも何度も何度も挑んでおり、その都度、神風の首に手がかかる程にまで成長してきているのだ。
神風としても、あの中柄との戦いを控えている身。より強い者との戦いは願ったり叶ったりではある。綾波のしつこさには少々引き気味ではあるものの、時間も時間だ。ここでやれそうなことはやっておいてもいい。
それに、この神風の演習は、深雪や時雨にもいい学びになる。これから戦う相手は、普通に砲雷撃戦をしてきてくれるだけではない。それこそ、神風のような剣術の達人がいるかもしれないし、深雪達のように近接戦闘、格闘技を極めている者がいるかもしれない。あらゆる戦い方を知っておくことに損はないのだ。
「じゃあ、また見に回らせてもらおうかな。暁に解説してもらいながら見てるぜ」
「はぁ……仕方ないわね……なら、これで最後。本当に最後よ。私の技も見慣れてきてるんだもの、そろそろ本当に乗り越えられるかもしれないのよね……」
「綾波もそうしたいんですよぉ♪」
綾波の負けず嫌い、いや、過剰に好戦的な部分に溜息を吐きつつも、神風は所定の位置へと向かう。が、綾波はそれを止めた。
「神風ちゃん、最後ですから、最初から近い状態でやりませんかぁ?」
「……本気で言ってる?」
「はぁい♪」
綾波の目は本気である。まるで、神風の斬撃を全て見切っていると断言しているかのようなもの。
中柄との戦闘を想定するなら、もう砲雷撃戦ではない。あちらも主砲などを一切装備せず、接近戦一本で攻めてくるのだ。ならば、都合がいいと言えば都合がいい。
「わかったわ、なら、それでやりましょ。時間もかからないだろうし」
「はぁい♪ 次は負けませんよぉ」
綾波は終始笑顔であるが、深雪と時雨としては、それが一番怖かった。
「……ちなみにさ、暁は神風の戦い方を、分析出来てるのか?」
不意に思ったことを聞いてみる深雪。すると、暁は溜息を吐きながら首を横に振った。しかし、思っていたこととは違う言葉が返ってくる。
「分析は出来てるの。それに身体が追いつかないのよね」
「……それは……ああ、そういうことか」
「神風のやってくることはわかるの。でも、わかった時には、刀が首についてるの」
つまり、思考を超えた行動をされるということ。伊203もそうだが、神風も普通のスピードではない。深雪も時雨もそれには納得してしまった。
最初から神風の刀の間合い。綾波は主砲の他にサバイバルナイフを持った状態。神風は刀以外の装備を下ろしている、完全な接近戦スタイルである。
「構えてくださいね」
綾波もサバイバルナイフを構え、砲撃は控えめにすると表す。対する神風は居合の構え。
その状態で、開戦の合図が鳴り響く。が、お互いに動かない。じっと睨み合いとなり、お互いにいつ前に出るか、どの手で出るかを考え、警戒していた。
「……動かねぇ」
こちらの声が聞こえていないことをいいことに、深雪はボソッと思ったことを口に出す。
「そういうもの」
「そうなのか?」
「ちょっとした動きが隙になるから」
海面から顔を出した伊203が語る。今の2人は、警戒に警戒を重ねていることで、先手を取れなくなっている。動いたら負けというわけではないが、先に動いた方が隙が出来ると考えている。
とはいえ、神風が今やれることは居合のみ。いつ抜くかというだけである。しかし、抜いたら最後、綾波の身体の何処かは両断される。
「……怖ぇ……いつ始まるんだ」
「それだけ、綾波が強いってことでもあるんだね。困るよ、ちゃんと手綱を握ってもらわないと。真っ先に僕を狙ってきたし」
「たまには手を離さないとストレスでおかしくなるのよ。司令官の胃が」
暁も綾波には手を焼いていることがわかる。しかし、綾波は綾波で、頼れる相棒だとも語った。
綾波のことを一番理解しているのはおそらく暁である。故に、ああいう存在であっても、仲間として、友人として、共に生きている。
まだ、動かない。すぐには動けない。一瞬の隙が命取りとなる。だが逆に言えば、隙を作ればその戦いは始まる。
綾波は我慢出来ないというわけではない。だが、ここは自分から誘いたかった。速すぎる程の神風のそれを、先に出させて、それでも勝つ。プライドとかではなく、それが神風に対しての一番の勝ち目になるから。
「っ」
綾波が不意に息を深く吐いた。わかりやすい誘い。今だやれと言ってきたようなもの。
神風も、そうかとそれを受け入れる。しかし、やったことは刀を抜くことではなかった。ほんの少しだけ、姿勢を低くした。外で見ている者にはわからないくらい。
「っっ」
綾波は息を呑んだ。姿勢を低くしたと思った瞬間、既に刀が抜かれていたのだ。その斬撃は、綾波の脚を狙っていた。
別に一撃で斬り伏せなくてはならないわけではない。一撃目でまず行動を封じ、二撃目を叩き込んでもいいのだ。
そして、脚を崩すのは、首や胴を狙うよりもやりやすい。綾波の刃がそれを止めることが難しいからだ。急所を狙うのは常々警戒するが、脚はそこから一段落ちる。その上で、胸の高さで構えたナイフでガードするのは、やはり難しい。
しかし、綾波は一味違う。脚を狙われることを見越して、神風のスピードに対応した。右で振るうのだから、左に避ければ刃が当たるタイミングを少しでもズラせる。
故に、ナイフを下ろしながらも左に身体を動かし、さらには跳び上がるように太刀筋を読んで居合を避けつつも一閃を受けに入った。そこまでしつつも、神風の首や腕まで見据えて、返り討ちまで狙っていた。
「ここっ」
「じゃあ、ないわねっ」
綾波の返しの一撃は、居合を止めるかのように刃を滑り、神風の腕を斬るかの如く疾る。だが、神風のスピードは更にそれを超えた。突如、居合は方向を変え、綾波のナイフを弾き飛ばすと同時に、その腕を斬り飛ばした。
さらには、斬撃の鋭さが凄まじすぎた。腕を斬り飛ばすと同時に、胴が袈裟斬りになっている。返す刀でもう一撃入れていたのだ。
「……お見事」
「貴女もね。咄嗟にその動きが出来たなら恐ろしいわよ」
「ふふ、それはよかったです。でも、まだですよ」
綾波はもう片方の腕を諦めていなかった。斬り払い、返した後の一瞬の隙。そこに向けて、もう片方の手に握り締めていた主砲を向けていた。
勝ちに対しての、恐ろしい執念。斬られていながらも、それでも神風に一撃喰らわせようと身体が動いた。
今度の敵も、こういうことはしてくるだろう。だからこそ、最後まで気を抜かない。
「ありがとう綾波、最後にいい演習が出来たわ」
その主砲は、放たれることは無かった。神風の第二撃が、綾波の主砲を斬り払っていたのだ。
「……残念、届きませんでしたね」
「砲雷撃戦では逆なんだからいいじゃない」
綾波はそのまま、笑顔を見せてリスポーン。神風は刀を一度振るって、血を払うような仕草をしてから納刀。そこで初めて大きく息を吐いた。
この間、僅か数秒。戦いは、始まれば即座に終わる。達人の域の演習となった。
綾波も凄まじい動きをしたんだけどね。