後始末屋の特異点   作:緋寺

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今やれること

 時雨との演習は大敗に終わった深雪。魚雷に呑み込まれて爆破された瞬間に目の前が真っ暗になり、気付いたら何事も無かったかのように爆心地で横になっていた。当たり前だが痛みなんてなく、身体が千切れ飛んだ感覚も無い。とにかく、確実に()()()と思える瞬間がそこにあった。

 悪夢で見た、艦の死を艦娘で体感するそれとはまた違った死の味。仮想空間であっても、それは嫌というほど心に刻まれ、単純な恐怖として深雪に襲い掛かる。

 

「……仮想で良かったな、うん。現実だったら、骨も残ってなかったよな」

 

 立ち上がれず、現実ではない空を見ながら独りごちる。負けたことには何も思っていないが、激しく心を揺さぶった。これがもし現実だったらと思うと、自分のいなくなった後がどうなってしまうのか。それを考えてしまった。

 電は間違いなく壊れる。後を追おうとするか、復讐の鬼と化すか。どうあっても、電はまともにはいられない。それを思うと、死よりも強い恐怖を感じた。

 

「電、電! あたしは無事だぞ!」

 

 思わず、電に聞こえるように叫ぶ。今この深雪の状況でも、メンタルに相当強いダメージを受けてしまったはずである。ただでさえ、睦月に深雪を煽られただけでも容赦なく戦闘に入ったくらいなのだから、今の状況は尚のこと酷いことになっている可能性がある。

 しかし、反応がない。時雨の方をチラリと見ても、そちらに突っ込んでいるわけでもない。むしろ時雨が顎で電がいる方を向いてみろと促していた。

 

 まずいと思ってすかさず立ち上がった深雪が見たものは──

 

「い、電ーっ!?」

 

 白目を剥いて気絶していた電であった。魚雷に呑み込まれて木っ端微塵となった深雪の姿は、電の限界をゆうに超えていたため、まず意識をシャットアウトしたようである。

 いきなり時雨に不意打ちを仕掛けるほどキレるということもなく、攻撃的になる前に現実から目を背けるところは電らしさかもしれない。

 

「だ、大丈夫か!? いや、大丈夫じゃないか!」

 

 すぐに駆け寄り、電に無事であることを見せようと思うのだが、本人の意識が何処かへ行ってしまっているのだから見せようがない。今は神風に支えられているのだが、すぐに深雪がそれを交代し、肩を揺すった。

 

「電、あたしは大丈夫だぞ! ほら、見てくれよ!」

 

 しばらくそれを続けると、電が正気を取り戻す。そして、無事だった深雪の姿を見た途端、ワンワンと泣き出しながら抱き着いた。

 ここが仮想空間であることは理解していても、その範疇を軽く飛び越えてしまったショッキング映像。現実と仮想の区別とか、そういう問題ではない。トラウマを抉るどころか、砲撃と雷撃で吹き飛ばしてしまったのだから、こうなっても仕方ない。

 おそらく立場が逆転したとしても、近しい状態になるだろう。電が無惨にも沈められるシーンを目の当たりにしたら、深雪は自ら意識を失うと思われるし、沈めた相手に対して無限に怒りと憎しみを持つ。

 

「演習でこれはあまりよろしくないんじゃないかな」

 

 時雨は呆れたような声色で尋ねると、神風は否定しなかった。

 

「この子達はまだ慣れていないというのもあるけれど、そもそも重いトラウマがあるのよ。だから、よろしくはないけど今は仕方ないわ」

「そういうものなのかい?」

「精神的な部分は一朝一夕にはいかないのよ。この子達は繊細なの」

 

 繊細という言葉を聞き、電はさておき深雪もかという表情を隠そうとしない時雨。深雪は電にかかりっきりで反応出来なかったが、もしちゃんと聞いていたら思い切りど突いていた。

 

「一応これもメンタルトレーニングの一種よ。ここでこういうことを見ることが出来たのは、むしろ逆にいいことだと思えばいいわ。これで2人ともいろいろとわかったでしょう」

 

 深雪も電も、今回の一件でわかったことがあった。自分達がまだまだ弱いことである。

 

 練度が足りない。時雨に手も足も出なかったようなもの。乱射されて前に出ることが出来なかったというのもあるが、最後は動きを読まれて撃ち抜かれているのだから、まだまだ未熟であることがわかる。

 精神力が足りない。仮想空間で傷つくことに何度も何度も心を痛めていては、本番では確実に足を引っ張る。血を見ただけでも気を失うのではとすら感じるほどに繊細だ。

 

 前者はまだしも、後者は時間がとにかく必要だ。もしくは振り払えるきっかけが。それはすぐに得られるようなものではない。特に電は、深雪に輪をかけてメンタルが弱いため、これを克服するには相応の時間が必要だろう。

 

「時雨、貴女もう少し相手してあげてもらえる?」

「構わないけど、毎度こんな感じなら困るんだけどね。悪役をしろと言っているわけだろう?」

「少なくとも、2人とも貴女を悪とは思ってないわよ」

 

 そろそろ落ち着いてきた電の肩をポンと叩いて、深雪が立ち上がる。

 

「時雨、もう一戦だ」

「は?」

 

 深雪には時雨を責めるつもりなんて何処にもないし、むしろ今回の滅多打ちから得られるものもあったと気合を入れ直しているレベル。恐怖を乗り越えるために、むしろもっとやってこいと言わんばかり。

 電も溢れ出た涙をグシグシと拭い、強い表情で時雨を見据えた。そこには悪意も敵意もない。深雪と共に歩くためにはもっと強くならねばならないと同じように気持ちを新たにした。

 

「次は簡単には当たらねぇ。全部避け切ってやる」

「まぁ、構わないけど……神風、いいのかい?」

「ええ、まだ時間はあるみたいだし」

 

 神風は2人のやる気を折ることはしない。ただでさえ仮想空間で装備の点検などが不要なのだから、やれることは次々とやっていくべき。

 

「そうかい。なら、相手をしよう。僕もまだやれるって言われて退くのは性に合わない」

「そう来なくっちゃな。電、神風、あたしの動きに何かあったら、いくらでも突っ込んでくれて構わないからな。よく見ておいてくれ」

 

 強くなるためには、まだまだやるべきことは多い。練度は上がらずとも、ここで磨かれる技術は、今後確実に必要なものだ。深雪はまたああなることを、電もまたあの光景を見ることになることを覚悟して、時雨との演習に挑んだ。

 イリスにしか見えていないが、こうしている間にも深雪と電の練度は上がっていた。気持ちが練度に繋がるカテゴリーWには、ここでの訓練──敗北すら糧に出来る空間でならば、無限に成長出来るのかもしれない。

 

 結果として、深雪はその後何度も何度も()()()()を知ることになった。時雨も一筋縄ではいかない相手。特に理性をちゃんと持っているというのが大きく、怒りのままに戦う本来のカテゴリーMとは違って、真っ当な()()を持ち合わせている。

 つまり、この演習で成長しているのは深雪や電だけではなく、時雨もだということ。深雪が成長すれば、時雨も成長する。とはいえ、技術面のことであるため時雨の練度は変わらない。カテゴリーWだけが特別である。

 

 

 

 

 その訓練の裏側。時間にして夕方に近付いてくるくらいの時間帯。清浄化率の維持を見届けている海域に、2つ目の移動鎮守府が到着。調査隊が駆る海上調査艦、おおわしである。

 到着するや否や、すぐさま調査開始。今回は海底で見つかった衰弱死した潜水棲姫についてがメイン。そのため、海上ではなく海中に戦力を回している。勿論海上にも何か痕跡がないかを調査はしているが。

 なるべく早いうちに何かしら見つけておきたい。そうすれば、うみどりがここから出発する前にその内容が直接伝えられる。

 

 その長である昼目提督は、本当ならすぐにうみどりに向かいたいと思っていただろう。だが、仕事はしっかりやる。やるべきことをやってから伊豆提督と顔を合わせる。

 そこは調査隊としての信念だろう。私情より与えられた役割が重要。これも伊豆提督からさんざん言われたことであるため、昼目提督はキチンと守っている。

 

「おう、来てくれたか。お前さん達に案内してもらわないと現場がわからねぇからな」

 

 おおわしの工廠で待ち構えていた昼目提督の前に現れたのは、うみどりからの使者、伊26と伊203。衰弱死した潜水棲姫の発見者であり、その場所を正確に把握している貴重な存在。

 広範囲を調査するなら手伝いを求めることはしないが、今回のように明確に発見した者がいるというのならば、その意見を頼ることもする。調査を円滑に進めるためには、使えるものは何でも使うのが昼目提督の心情。余計なプライドは持ち合わせていない。

 

「相変わらず到着が早くて助かるぜ」

「早い方がすぐに進めるから」

「フーミィちゃんがこんな感じだから、すぐに来ちゃいましたー」

 

 到着した途端にさっさと行こうと急かす伊203をどうにか抑えている伊26。調査隊の潜水艦の準備を待たないで向かうのは流石におかしい。

 

「簡単にでいい、現場の状況を教えてくれ。後からどうせそこを見ることになるんだが、先に把握しておきてぇところもある」

 

 もう殆ど聞き方が事情聴取のそれになっているが、伊203に対しては手っ取り早い方が好まれるため、あえてこの方法を取っている。

 そもそもこの現場は後始末が終わった場所。後始末前の全容を知っているのは後始末屋のみ。ここで聞いておかなければ、聞く機会が無くなりかねない。

 

「あの場所は前にも来たことがある場所だった。なのに、前は無かったそれが今回あった」

「ハルカちゃんが今回の戦いをした鎮守府に問い合わせてくれたけど、やっぱり潜水棲姫なんて影も形も見ていないって。ソナーにも反応無かったから、潜水艦自体がいなかったって」

 

 間違いなく戦いよりも前にそこに()()()ということになる。ならば、どんな経緯でそこにあったかを調査する必要がある。

 いくら海底であっても、痕跡を残さずにそれをどうにかする手段なんてない。上から落としたならその痕跡が、引きずっているならその痕跡が、痕跡を隠そうとしたならばその痕跡が、間違いなくそこに残っている。それを調べ上げて憶測からでも状況を把握するのが調査隊の仕事。

 

「前に見つけた潜水艦が投棄したってのがオレ的には一番あり得ることだと思うんだがな」

 

 伊203がそれはないと言いそうになったため、すかさず伊26がそれを止める。この時ばかりは、速さに拘る伊203よりも速く動いていた。それに驚愕の表情を見せていたが、伊26の意図をいち早く汲み取り、ひとまず黙った。

 秘密組織の拠点である潜水艦は、調査隊にも秘密のモノ。時が来れば説明することもあるだろうが、今はその時ではないのだ。

 事を早く終わらせることも大事だが、今回に関しては早く知られるのはまずいことにもなる。スピードは事と次第による。

 

「海上に何か不審物は?」

「残骸以外に何かあったとは聞いてない」

「そもそも現場よりちょっと離れた場所だし、おかしなモノがあったら気付くと思う。前の日に雨が降ってたから多少はそっちの方に流されてたかもしれないけど」

 

 後始末の時に回収した残骸の内訳も、うみどりから聞こうと思えば聞ける。残骸の中に痕跡を捨てている可能性もあるため、そこは後から聞いておこうと昼目提督は頭の中で調査の段取りを組み立てていった。

 

「パッと見でも、お前さん達は違和感はなかったか」

「そこにあるってことが一番の違和感」

()()()()()()()()()()、あんな場所には無いかなって思うなぁ」

 

 自然発生したようには思えないというのが潜水艦からの見解。そこから考えられるのは2つ。元凶がそこに投棄したか、元凶ではない何者かがそこに置かざるを得なくなったか。

 

「うし、サンキューな。そこから調査をしていく。2人とも、少し手伝ってもらうぜ」

「わかってる。早く行きたい」

「待ってろっつーの。こっちだって準備があるんだよ!」

 

 この前提条件から、海域調査、主に海底に対しての調査が始まる。

 

 

 

 

 この調査の結果が、この戦いをさらに混沌とさせるのは言うまでもない。

 




何度も何度も深雪が仮想の死を迎える様子を見て電からハイライトが消えていく裏側では、スピード狂のフーミィに引っ張られてハイライトが消えていく調査隊の潜水艦の姿が。
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