VR演習もこれにて終了。訓練場から出ると、今回の演習を終始見学に徹していた電達が深雪を出迎えた。
「お疲れ様なのです、深雪ちゃん」
「おう、ずっと見ててくれたのか?」
「はい、深雪ちゃんがどういう時にどういう行動をするかを見させてもらったのです」
個人で動く場合であっても、深雪がどのような行動を取るかを知っておくことで、サポートをどうすればいいのかは考えられる。見学しながらも、今その時に深雪の隣にいたならばと考え、自分ならこう動いて、そうしたらどうなるか、などというイメージトレーニングを沢山積んでいた。
電と一緒にいたグレカーレと白雲も、深雪がどういう行動をするかを確認しつつ、神風達の動きも頭に入れている。
「今日は一緒にやれなかったけどさ、また組んでやってみような」
「なのです。もっと手伝えるようになったと思うのです」
ここの2人の絆は、さらに強くなっていた。
対して、こちら。
「時雨、ちゃんと治ってるっぽいね」
「見ていてわかったろう。もう僕はあんなバカなことしないさ」
「素面であんなことしたら、ぶっ飛ばしてるっぽい。酔っててもぶっ飛ばしてるっぽい」
いつものような少し戯けた態度で時雨と接する夕立。しかし、夕立は時雨に対して真面目に説教をした分、その治療が成功したことを誰よりも内心で喜んでいた。でもそれは表に出さない。弱みを見せるとかではなく、単純に恥ずかしいから。
夕立は時雨の妹かもしれないが、生きている時間が雲泥の差。歳下の姉という稀有な存在には、これくらいの間柄がちょうどいいと思っていた。
「でも、あの黒い深雪の煙幕があんなことになるってことがわかったのはいいことだよね。時雨が人柱になってくれたおかげで」
「まぁ、そうだね。治療も僕が真っ先に受けたわけだし。まさに人柱だ」
「特機に脳味噌弄って貰ったんだよね。夕立、そういうのはまっぴらごめんだから、時雨が最初の犠牲になってくれて良かったっぽい」
時雨は嫌そうな顔をしたものの、この治療法の確立が出来たことは、他の者にとっても喜ばしいことである。特機治療は最先端をさらにぶち抜く、未来の治療法と言っても過言ではない。その先駆けを作り上げたのは、他でもない時雨の犠牲があってこそだ。
「そもそも喰らわないようにしなくちゃいけないんだ。君はその辺りも考えてくれないかい」
「煙なんだから磯風に吹き飛ばしてもらうっぽい」
「そんな単純な話じゃなさそうだけどね……」
そこはおいおい考えていくことになるだろう。黒い煙幕を喰らってしまっても治療は出来るようになったが、最初からそれを出させない、出されても吸い込まないようにしてやらねばならないのだ。
とにかく、今回の時雨の一件によって、考えねばならないことがまた増えた。避けては通れない、絶対喰らってはいけない遅効性の毒みたいなものである。
夜、夕食を食べ終えてゆっくりと出来る時間。明日の朝には軍港に到着し、補給をしつつも決戦前最後の憩いの時を過ごすことになる。また、仮想ではなく現実での演習も可能となるため、特訓自体も最後の詰めとなるだろう。
滞在期間は、約3日。1日は休息、1日を演習など、そして1日を決戦準備とすることになる。そしてその間、裏ではカテゴリーYの治療方法の情報共有などが行われるだろう。既に軍港にいる阿手の研究結果を解析している調査隊おおわし、死罪の被験体を利用した非人道的な研究も辞さない軍港鎮守府の定係工作艦、そして特異点の力を借りることとなって治療方法をある程度確立した明石と、各種方面から専門家を使って確実な方法を作り上げていく。
「何処まで解決出来るかはわからないけれど、可能ならば後腐れなく全部片付けていきたいわねぇ」
「本当に。後ろに何もない方が戦いやすいというのはあるわね」
伊豆提督のイリスも、今日は夕食を食堂で摂っていた。まだ食べ終えていなかった艦娘達との交流をしながら、雑談で今後の流れを考えていく。
艦娘達の悩みなども聞いていくこともするのだが、今はこれといって大きな悩みはないようだ。敵が未知であることはもう悩みにすらならないレベル。
となると、やはり目下の悩みはカテゴリーYの治療の件と、見えている敵、黒深雪の煙幕について。特に後者である。
時雨の間はもう誰もが知っていることであり、どうやって煙幕を対策しようかというところに集約している。その主役となっているのは、夕立も話していた磯風。
「磯風ちゃんの『空冷』の風は、煙幕対策にはもってこいではあるけれど……本当にそれだけで対策出来るかしら」
「万が一を考えると、風以外の対策は考えておきたいわね。あの裏切り者の鎮守府と戦う時に、深雪の対策をさんざん取られてきたけれど、それと同じことをするだけでどうにかなるのかしら」
「うーん……考えられることは全部やった方がいいけれど……。やるなら、軍港で試せることを全部試すことよね。深雪ちゃんには申し訳ないけれど、まずはアタシ達で深雪ちゃんを封殺出来ないと、あちらの別個体を封殺することは出来ないわ」
軍港鎮守府での滞在の際、演習に使う時間はそこそこある。その際に、全員の力を結集して、特異点を封殺する手段を考えなければならない。
深雪自身は、自分が封殺された際にどう立ち振る舞うかを考える必要もあるのだから、どちらにも得られるモノがあるだろう。
今の戦いは、嫌でも特異点が中心となった戦術となる。良くも悪くも。
「これはみんなから案を貰いましょう。それこそ、深雪ちゃん自身からも、やられたら嫌なことを全部聞くまであるわ」
「それにどう対抗するかもね」
これまでの深雪の戦術に、黒深雪が辿り着く可能性だっていくらでもあるのだ。例えば、煙幕を呑み込んで自分にのみ影響を与えることなど。自己強化の真骨頂であり、特異点の脅威的な力の一つ。周囲を優しい願いで包み込むだけが特異点ではないことを、これまでの戦いで見つけ出している。
一番初めに繰り出した煙幕、誰からも認識されなくなり、電探すらも狂わせて、互いに一切の攻撃が不可能になる視界封鎖。
目には見えないが、相手の位置だけは感覚的に知ることの出来る、『迷彩』対策の触れられる煙幕。
そこからさらに進化して、相手の攻撃を防ぐ壁の煙幕。砲撃すら弾き飛ばす程の鉄壁。
他者の能力を増幅し、さらにその力を他者に与える力。グレカーレの『羅針盤』を分け与えるところから始まり、子日の『迷彩』すらも渡すことが出来る、仲間がいれば可能な万能なサポート能力。
それ以外にも、優しい願いを叶えるために、多種多様なサポートが可能である。並べるだけでも無敵に近いとすら感じるほどのラインナップ。
深雪には自覚のない、優しい精神操作もその1つだ。わかりあうために理性的にする、空っぽな思考に意志を持たせる、単純に落ち着かせるなど、出来ることがあまりにも多すぎる。
故に、
本人はおそらく無意識。苛立ちなどから勝手に発動する、負の精神操作。時雨相手にはアレだけで済んでいたが、実際の戦闘で同じことをされたら、より酷いことになりかねない。それこそ、即座に深雪に牙を剥くような行動を取らされるような。
「それは今考えることじゃあないわね。ご飯が美味しくなくなっちゃう」
「ソウヨ。ココデハ難シイコトハ考エナイデ、美味シクゴ飯ヲ食ベテチョウダイネ」
伊豆提督が難しい顔を解くと、待ち構えていたかのようにセレスがデザートをテーブルに置いた。自家製のアイスクリームであり、味付けの具合は黒井母と紫苑から伝授されたのだと話す。
保護された者の中では数少ない母という立場から受ける、家庭の味の学び。これももう僅かな時間となっており、セレスも有意義にそれを受けていた。
「オ袋ノ味トイウモノニハ、ツイゾ辿リ着クコトハ出来ナカッタワ。人ニヨッテ感ジルモノガ違ウ味、本当ニ興味深イワネ」
「本当にね。あら、美味しい。少し風味が違うわ」
「紫苑ノ家デハ豆乳ヲ加エルラシクテ、試シテミタノ。コウイウノモ、マダマダアルノヨネ。モットモット知リタイコトバカリ。ダカラ、私ノタメニモ、戦イニハ勝ッテチョウダイ」
セレスも、戦闘には参加することはないが、その勝利を期待している。ここで負けてしまったら、食の探究が止まってしまうから。
この戦いが終わった後、皆に余裕が出てきたならば、各々のお袋の味を聞いて回りたいなんていう希望も語る。実際はただ再現するだけとなるだろうが、それでもセレスにとっては革新的な何かに繋がるかもしれないのだから。
「ふふ、そうね。アナタのためにも、必ず勝ってくるわ。そしたらまずは、アタシの母の味を教えてあげる」
「アラ、ソレハ嬉シイワネ。是非トモ教エテチョウダイ。コノ戦イガ終ワッテ、少シデモ落チ着イテカラデイイワ」
「ふふ、そうね。今は忙しいけれど、必ず教えるわ。その道は厳しいけれど」
「望ムトコロヨ。ダカラ、必ズ終ワラセルコト」
「ええ」
にこやかに話す。これもまた、うみどりの日常。
この時間が、またゆっくりと進められるように、決戦を終わらせなくてはならない。
ここでのちょっとした話も、何かのヒントになりかねない。
特異点のやれることを羅列するだけで、これどうやって勝つんだよってなる不思議。