夕暮れ時、数少ない休暇の1日を有意義に過ごした深雪達は、この時でも仕事を続けていた伊豆提督達にお土産を買って鎮守府に戻ってきた。
時間も時間ということもあり、以前と同じように伊豆提督が外で出迎えてくれる。帰ってこない者がいないか、ちゃんとチェックしているのだ。
「お帰り。楽しめたかしら?」
「ああ、久しぶりだったし、めっちゃ楽しんだぜ」
「ふふ、それならよかったわ」
軍港鎮守府に到着してからついさっきくらいまでずっと打ち合わせをしていたということもあり、深雪達から見ても少し疲れた顔をしているように見えた。これはお土産の出番だと、深雪は名店の名前が書かれた紙袋を差し出す。
「これ、土産。ハルカちゃん、休む暇もないだろ? だからさ、あたし達が食って、これ良いなって思ったヤツ、買ってきたんだ」
「あら嬉しい! 何かしら何かしら」
「小さなマフィンの詰め合わせだよー。試食もさせてもらったし、そこ、イートインもあったからちゃんと吟味して選んだからねー」
説明を受けて、伊豆提督は満面の笑みを浮かべる。数的にイリスと一緒に休憩中に食べてほしい、すぐに食べられなくても多少は日にちが保つモノだから、ゆっくりしてほしいという気持ちが詰まっていた。
伊豆提督はこういうのに弱い。少し泣きそうになりつつも、ここで泣いていては先が続かなそうであるため、それはぐっと我慢して最大級の感謝を伝える。
「ありがとう、明日には食べさせてもらうわ。そろそろ夕食だから、デザートにさせてもらうのもいいかも」
「どんな時に食べても美味しいと思うのです」
「はい、余裕のある時に、お食べくださいませ」
伊豆提督が喜んでくれたことを喜ぶ深雪達。自分達の選択が間違ってなかったことに少し安心しつつも、やってよかったと笑みを浮かべた。
夕食は軍港鎮守府の食堂。それでもセレスが研究のために中に入っていたらしいが、うみどりでは食べられない別の味を楽しむ。
そこで伊豆提督がうみどりの面々に向けて話を始める。
「みんなそのつもりでいてくれていると思うけれど、明日は決戦に向けての最後の演習の時間として使わせてもらうわ。実戦形式で、敵を意識したことをしていくわ」
これはうみどりだけでなく、軍港鎮守府の艦娘達にも手伝ってもらうことになる。敵は1人ではないのだから、可能な限り、あらゆることをやっていきたい。
「そこで、メインになってくるのは、どうしても敵の特異点……別個体の深雪ちゃんへの対策になるわ」
「だよな……アイツが何処までやれるかわからねぇし」
「実際、時雨ちゃんが被害に遭っていることもあるから、煙幕の対策をどうするかということになるわね。そこで、明日の演習は、仮想敵として深雪ちゃんを相手に出来ることをしていくことになるわ」
深雪は少し予想していたものの実際にそうなると宣言されると少し驚く。だが、これは自分のためにもなるなとすぐに察した。
全員が特異点対策のために動き出すというのは、何も味方だけではない。むしろ敵の方がより過激に対策をしてくるだろう。
特異点の脅威は、阿手との戦いでさんざんデータを取られているはずだ。実際に見ていなくても、どのようなことをされたかは把握されていてもおかしくない。
阿手がその対策をしてきたのだから、出洲一派がそれをしてこないわけがない。敵に曲解がないとしても、艦種詐欺のハイパワーな戦いをしてくるのだから、それによって力押しをしてくることだって考えられる。
「勿論、敵には特異点以外もいるわ。でも、やっぱり一番意識しなくちゃいけないのはそこ。今絶賛調査中で、そろそろ纏まるってくらいだから、明日の朝には意識しなくちゃいけないことは伝えるわ」
諜報妖精さんからの情報は、今も送られてきている。可能な限りの情報を持って挑みたい。
一応の艦種は、何がどれだけいるか。それらがどんなことをしてくるか。普通だと思ってはいけない点は何かなど、事前に知っておきたいことは多種多様だ。全部覚えることは難しいかもしれないが、だとしても知っておいて損はない。
「今伝えられるのは、全員が見た目通りのスペックではない、ということ。全員、電ちゃんみたいだと思ってちょうだい」
「……なんでも使える、ということなのです?」
「ええ、今の調べではそうなっているわ。駆逐艦が艦載機を使ったり、空母が魚雷を使ったりね」
少し面々が騒ついた。固定観念からの不意打ちが来ると言っても過言ではない。だが、頭の隅にそれがあるということを置いておけば、驚きはするだろうが、少しは意識出来る。そういうことがあるとわかっているのは非常に大きい。
そういう意味では、特異点対策に深雪を相手することも必要だし、万能である敵を相手取ることを意識するために電を相手することも必要になるか。
以前の電は、戦艦の主砲を装備出来たとしても、駆逐艦の身体で耐えられるわけがなかったため、その辺りを使用するのは控えていたが、今ならば深海棲艦化によって強靭な体躯を手に入れることも出来る。そこから、全てが可能な万能艦娘というのを意識出来るかもしれない。
試すのは翌朝になりそうだが、敵を意識した演習をするのならば、この特異点2人がちょうどよかった。
「電も深雪ちゃんと一緒に、皆さんの相手をさせてもらうのです」
「ごめんなさいね、負担をかけちゃって。でも、そうしてくれると助かるわ。敵の再現を一番出来るのは、多分電ちゃんだものね」
「なのです。任せてください」
仲間のためということもあり、電もこの演習には前向きである。みんなのためにという気持ちはとても大きい。
「ああ、あとこれは工廠班からの話なんだけれど、演習中はみんな工廠に来ることになると思うけど、奥にだけは来ないように、だそうよ。現在進行形でカテゴリーYの治療方法の調査中で、少し過激なことをしているそうだから」
食事中に言うことではないのだがと伊豆提督は苦笑する。本当にやっていることが過激なのだから困る。
事実、今この場に明石は来ていない。冬月と涼月に付き合い、今も実験台を使って彼岸花の研究を続けているのだろう。
なお、昼目提督も手に入れた情報を伝えるためにそちらにいる。阿手の研究成果を纏めたモノは、その治療に大いに役立つはずだと。
「
「何が聞こえるんだよ」
おそらく悲鳴である。それは見る必要がないモノであるため、そちら側は知らなくてもいいという、冬月からのまだ理性的な忠告であった。
その工廠だが、時間も忘れて調査を続けていることもあり、保前提督と能代が夕食くらい食べろと言いに向かっていた。
だが、そこで行われていた実験に、胃が若干軋むのを感じる。
「……冬月、涼月、お前ら何してんだ」
「見てわかるだろう。深海棲艦化を治療する手段の模索だ。少なくとも、明石提供の彼岸花の素材は、人体の穢れを吸収し、無害化させることが出来ることはわかったんだ。見てくれ、この
さも当然のように語る冬月。そして、そこに置かれているのは、実験台から切り落とされた指──人間の指。流れている血が赤くなっているところから、それが人間のモノであることが嫌でもわかる。
「深海棲艦の血が黒いのは、穢れが混ざり込んでいるからだとわかります。彼岸花の効力で、細胞内に折り重なるカタチで含まれていた深海棲艦の細胞、その接合面に使われていた穢れが失われたことで、血中に流れ込む穢れが失われました」
「明石の言う通り、艦娘化処置に似たような処置をしたことで、細胞同士の接合面に穢れが溜まっている。それが染み出して、本来の純然たる深海棲艦と同じようなことになっていたのだろう」
「調査隊でも、この辺りは調べがついてたんだ。阿手の研究成果の中に、艦娘化の施術を参考にした点が見受けられてんだ。だが、艦娘の細胞とは違って、深海棲艦の細胞は共存じゃなく侵略をしやがるらしい。ぶち壊しながらな。だから、合間に穢れを挟んだんだとよ。1人に対して、深海棲艦は2体使われてやがる。細胞担当と、穢れ担当だ」
「なるほど、それなら合点が行く。同じ穢れならば、そちらが人間の細胞を侵略してしまうだろうに。だが、接合面にして細胞をコーティングしているわけだな」
明石、冬月、そして昼目提督が、専門知識で話しているが、保前提督は頭が痛くなってきていた。
「人間の指に戻せたとは思うが、多分そいつはかなり脆いぞ。細胞に隙間が出来ちまってる。見てわかるくらいガリガリだろ」
「なるほど確かに。見た目はそのままでも、体積が半分になってしまったようなモノなんですね」
「ふむ、言われてみれば。骨も脆くなっていそうだ。メンガーのスポンジのようになっているのか?」
「お冬さん、それでは体積がゼロになってしまいますよ。でも、形状としてはそういうことなのかもしれませんね。隙間を埋めていた深海棲艦の細胞が無くなって、人間の細胞が元に戻らなくなってしまったと」
「ならそこを埋めることが出来れば、人間としての姿が取り戻せるかもしれないということだな」
難しい言葉もスラスラ出てきて、それが何かもわからない部分すらあるのだが、とにかくこの研究は多少は順調に進んでいるということなのだろう。
保前提督は溜息を吐いた後、さっさと飯を食えと口を酸っぱくして言った。こうでもしない限り、ここの研究は終わらない。徹夜も当たり前の強行軍になるのだから。
何処も順調に動いている。先を見据えて、一歩一歩確実に。
深海棲艦細胞、穢れ、人間細胞、穢れ、深海棲艦細胞の順に挟まってる。カテゴリーYはミルフィーユみたいな構造。