特異点同士の演習。深雪にも電にも、精神的な成長を促すためのそれは、敵に攻撃しにくい相手がいることを先んじて克服するための、相棒同士の戦い。
深雪もそうだが、電は特に抵抗があるであろう戦いだ。しかし、ここで躊躇っていては決戦で間違いなく引き金が引けなくなる。当人はそのつもりはなくても、全力で戦わせない仕組みとなってしまっているのならば、確実に有効活用してくる。
「こんなこともしておかないといけないなんてな」
「なのです……でも、仕方ないことなのです。確かに、深雪ちゃんが敵というのは事実なのですから」
「だな。あたしは別個体を叩くってことに抵抗はないけど、電は……やっぱキツイよな」
電は頷く。しかし、だからと言ってもう逃げるつもりはない。決戦には黒深雪がいることは確定しているのだ。戦いを避けることも出来ないし、自分が手を出さなくても深雪が傷ついてしまう可能性はかなり高いだろう。
ならば、ここで覚悟を決めなくてはならない。電だって特異点。その力を悪用されていることも許すことは出来ないし、それ以上に、その呪縛から解き放ち、救いたい。
「でも、やるんだな、電」
「なのです。深雪ちゃん、胸を貸してもらって、いいですか?」
「ああ、それにそれはこっちのセリフでもあるぜ。あたしは電ほどやれることが多くないんだ。だから、あたしの成長のためにも、よろしく頼む」
「……なのです。よろしくお願いするのです」
拳を突き合わせて、所定の位置へ。VR演習と違って、離れてしまえばお互いの声はもう聞こえない。近付いて叫べば聞こえるだろうが、そこまでの余裕があるかどうか。煙幕の力で何か起きるかもしれないが、どのような環境を望まれるかもわからない。
「……電とやり合うのは初めてだな。躊躇うってのもあるけど……実際、あたしは電に勝てるのか……?」
特異点としては深雪がメインであり、電は補助装置としてのサブ。だが、戦闘技術などについてはどうなるかはわからない。
電の力によって、特異点としての深雪の力は増幅されるところもあるが、ならば電がいない状態ならどうなるか。
「……深雪ちゃんがいない電は、何処までやれるのでしょう……多分、煙幕だって深雪ちゃんの方が使いこなせますし……」
同じ心配は電もしている。これまでずっと2人で戦ってきたこともあり、あくまでも深雪がいたから自分は特異点としてやってこれたという気持ちが強い。そもそも、特異点としての覚醒は、深雪に促されたモノでもあるのだ。
「でも、だからこそ」
お互いの声は、もう聞こえていない。離れて離れて、そして向かい合う。そこで漏れた言葉は、どちらも同じモノだった。
「全力で、立ち向かおう」
どちらが強いかではない。今自分はこれだけやれるぞと見せる戦い。そう思い、前を向いた。心は、今は後ろを向いていない。
開戦のブザーが鳴り響き、2人は同時に動き出す。お互いのことを最も知っている特異点同士、まずは自分の得意な状況へと持っていく。
深雪は当然、煙幕を使うこと。仮想空間では出来ない、全力の特異点の力を扱うためには、これをしなくては始まらない。
「つっても、電もある程度使えるんだけどな……っ」
煙幕の扱いは深雪に一日の長があるとはいえ、今の電も同じように煙幕を扱うことは出来る。とはいえ、こちらの自由度は深雪の方が高い。
電もそれを理解しているため、当然というべきか、煙幕の発動をキャンセルさせる方向で動く。
「深雪ちゃんの煙幕の方が強力なのです。だから、まずは煙を散らさないと……!」
そこで繰り出したのが、空爆。深雪に落ち着かせて煙幕を出させない、さらに爆発を追加することで風を起こし煙を散らそうと考える。
しかし、電はそれが有効ではない可能性も視野に入れていた。自分が深海棲艦化が可能となった時の戦い、『空冷』の風に負けない血混じりの煙幕。それを使われたら、爆風などまるで意味がなくなるのだから。
とはいえ、あの煙幕は傷付いていないと使えない諸刃の剣。そうでない今の煙幕ならば、普通に吹き飛ばせる。そう、深雪の煙幕は、今は
「だよな、風を起こすよな……。流石に演習で怪我するわけにはいかねぇし」
深雪もそこは気付いている。重たい煙を出すには血が必要であることを。故にまずやったのは、身体強化。溢れさせた煙幕を自ら吸い込み、その効果を自らのモノにする。
爆撃を回避しつつも電に接近するために必要な願い、優しい願いを不自然なく選択した深雪のそれは、『電と共に歩く力を得ること』。そのための力を電に見せたい。そう考えて放つ。
煙幕を吸い、そしてその力を得た深雪の動きは、突如極端に速くなる。那珂から学んだステップを、トレーニングと深海棲艦化による強靭となった肉体でこなし、爆撃を突っ切るカタチで直進。真後ろで爆発するが気にせず、深雪は電に一気に近付いていく。
「っ……自己強化……早速使ってくるのですねっ」
電とて同じことが出来るのだ。それを予想外とは考えない。ならばと、電も同様に自ら発生させた煙幕を吸い自己強化。その優しい願いは、奇しくも同じ願い。『深雪と共に歩く力を得ること』。自分が出来ることを深雪に見せたい。ただそれだけ。
だが、その力が発揮される場所が違う。深雪は明らかなフィジカル面だが、電は反応速度と瞬発力に特化される。
瞳が一瞬輝いたかのように見えた途端、向かってくる深雪に向けて、戦艦主砲を放ち始める。避ける方向を即座に計算して、自らの爆撃すらも考慮して、海を波打たせたことによる反動すら視野に入れて、最も避けにくい場所を瞬時に判断する。
「煙幕入れたな。でも、今のあたしにゃあ、追い風だ!」
爆撃を背後に背負ったことで、風は煙幕を散らすのではなく追い風になる。ここで次の煙幕、質量のある白煙。弾切れを起こさない『連射』の砲撃すらも弾き飛ばした、自分は貫くが相手は阻む、自由自在の壁。
「っ」
電の砲撃は、煙に阻まれた。本来ならば深雪が避けるのも困難なタイミングだったが、煙幕の壁にはそんなモノ関係ない。当たり前のように砲撃は逸れ、しかも追い風のせいで深雪の想定より早いタイミングで弾かれたことで、電も考えていない角度で海面に叩きつけられる。
戦艦主砲の威力すらお構いなしに払い除けてしまうことは恐ろしい程だったのだが、深雪ならそれくらいやれるだろうと信じている電に、動揺などなかった。息は詰まったがそれだけ。
それならばと、潜水艦仕様と魚雷も放つ。そしてさりげなくその魚雷に煙幕を纏わせていた。砲撃に纏われるかのように放たれたそれは、波などに煽られることなく、真っ直ぐと深雪に向かう。
「やべ、煙幕か!」
深雪はすぐに勘付いた。その魚雷、煙幕の力を借りることにより、深雪に向かってきていたのだ。回避方向にすら合わせて、直進
これが今、電が出来る力。それを見てもらうための技。消し飛ばす砲撃は出来ない、威力は兵装のスペック頼り、だがこういうちょっとした搦め手は出来る。
ならばと深雪はその魚雷に砲撃を重ねる。どうせ追ってくるなら避けられない。破壊が一番の回避方法である。
そして、煙幕が乗せられている魚雷ならば、煙幕を纏わせた砲撃により相殺出来るだろうと考え、深雪は行動に移す。
「壊れ……るのですっ」
耐えられるとは思っていない。深雪の砲撃はそれを消し飛ばす。2つの煙幕がぶつかり合ったのならば、深雪の方が煙幕の質は上。
電の砲撃は煙幕が弾き飛ばし、雷撃はより上の砲撃が壁の煙幕の内側から飛んできて破壊。
しかし、深雪の周囲の海面は砲弾と魚雷で滅茶苦茶に水飛沫が飛び散り、同時に煙幕も吹き飛ぶことになる。
特異点の力の応酬はここで一旦リセットしたようなモノ。それでも、攻撃の手を止めることはない。
「冷てっ」
水飛沫を貫き、深雪は前進。VR訓練ではあまり考えられない、水の冷たさを感じながら、さらに電に接近する。
「電も、出来るのです!」
対する電、そこに煙幕を放つ。特異点の持つ、始まりの力。お互いの目をくらまし、視認が不可能になる原初の煙幕。
考えることなく出せるのはそちら。一方的に見ることが出来る、触れられる煙幕よりも咄嗟に出すならば、これが一番手っ取り早い。
「うおっ!?」
「仕切り直し、なのです!」
煙幕を使う者であっても、逆に受けると回避は出来ない。どうにか出来るにしても、ここでもう一手が必要になる。
むしろ、煙幕を使う者だからこそ、初めて喰らう目眩しに一瞬手が止まった。
「喰らっといてよかったな……実戦でいきなり喰らったら隙見せまくってたぜ……」
「出せて良かったのです……やれると思ってはいたけど、やってみないとわからないですしね……」
お互い、これだけでも学びがあるというものである。これにより、とっさではなく確信して使えるようになるし、急に使われても切り返すことが出来るようになる。
特異点同士の演習は、まだ始まったばかりである。最初は少し驚いたものだし、相棒との戦いには抵抗があったものの、始めてしまえばやれるモノ。お互いに切磋琢磨し、成長を感じられる戦いとなっている。
時雨「煙幕で見えないんだけど」
綾波「見えませんねぇ」
夕立「学びにならないっぽい」