夕方、仮想空間によるVR訓練は終了。深雪と電は三度目となったものの、今回の訓練で受けていた精神的なダメージが頭の疲弊に転化されたことで、すぐには起き上がることが出来なかった。とはいえ、初日や2回目よりはそれでも軽めに感じたため、少しゆっくりするだけでフラつきは引いていた。どうしても頭痛は残ってしまっているが。
「ってぇ……まだ慣れねぇな」
「なのです……」
精神ダメージは仮想空間から現実に持ち越してしまうため、電はどうも表情が暗い。ありったけの時間を深雪が沈む様子を見せつけられたようなもの。最終的には目からハイライトを消しながらも失神することはないくらいには耐性がついてしまっていた。
だからといって、電は時雨を恨むようなことはない。深雪が望んで演習の相手をさせ続けたし、深雪自身は現実に戻れば何事もないのだから、怒りを持つ理由なんて無かった。容赦のなさには若干引いていたが。
その時雨だが、案の定設備から出てこない。初めてのVR訓練なのだから、この疲弊は誰よりも重く酷いものになっている。あまりにも疲れすぎて頭痛にも襲われているようである。
「おう、時雨、大丈夫か……?」
深雪が設備内から声をかけるが、返事はない代わりに開いた設備から腕だけが伸びてくる。手を横に振る辺り、起き上がれないくらいの頭痛に襲われている様子。
「最初はみんなそんなもんだ……我慢してくれよな……」
「……人間にハメられたんだコレは……」
「最初にこうなるって聞いてただろうが……」
頭痛から悪態をついているが、それくらいキツいということは深雪も電も知っていること。今の時雨に強めのツッコミは控えておいた。ここでさらに追加で
それらとは別に、神風は設備が開いた直後から活動を開始。疲弊と頭痛に苦しむ3人にタオルを渡したり、一番酷いことになっている時雨のケアに努めたりと、相変わらずの様子。
時雨は神風のこのタフさを見て、もう驚くのをやめた。いちいち驚いていたらキリがないし、今は驚けるほどの余裕もない。
「お疲れ様。ゆっくりしながらでいいから少し聞いてもらえるかしら」
そんな全員に聞こえるように、イリスが話し出した。VR訓練中でも、外部の様子は逐一伊豆提督に送ってもらっているため、この時間だけ外から切り離された者達には早急に伝える。
「貴女達が仮想空間で訓練している間に、調査隊が到着したわ。海底のことだから、ニムとフーミィが出向中。今頃、この海域について調査しているところよ」
疲弊と頭痛でいい反応が見せられなかったものの、昼目提督が到着したことには素直に喜ぶ深雪と電。逆に時雨は本当に信用出来る人間であるかを疑問視したりといつも通り。
夕食前後のタイミングで一度調査結果を報告しに来るとのこと。今はまだガッツリ調べるタイプの調査ではなく、本番は明日、うみどりが次の現場に出発した後に本格的に進める方針らしい。
また、来艦した際に時雨とも話をしておきたいと昼目提督からお願いされている。時雨自身はうみどり以外の人間ということで、どちらかといえば嫌悪感を見せているものの、深雪にはとりあえず話くらいしておけと言われたことで、小さく溜息を吐きながらも了承し、仕方なく顔を合わせることとしていた。
VR訓練での疲弊もようやく抜けて、風呂でさらに回復し、夕食まで終わった時間。深雪達はそろそろ昼目提督がうみどりに来るだろうということで、工廠へと来ていた。時雨には第一印象を見せるのが手っ取り早いため、ここで見てもらうべきと判断したからである。
まずは昼目提督の前に出向していた伊26と伊203がうみどりへと帰投。第一発見者による案内と、軽めの調査はざっと完了したとのこと。
詳細はまだであっても、短期間でわかることというのはある。それは早いうちに共有したいと昼目提督が言っていることを、伊26は伊豆提督に伝える。
「ありがとう、ニムちゃん、フーミィちゃん。長い時間ご苦労様。夕飯は食堂に残してあるから、温めて食べてちょうだいね」
言うが早いか、伊203はその足で食堂にまで向かおうとしていた。流石に海から上がったばかり、水浸しの状態で食堂まで行くのはまずいため、伊26がその手を掴んで止める。そして、空腹なのはわかるがそれを早く済ませようとする前に他に済まさなくてはいけないこともあると、風呂にまで引きずっていった。
「まぁあの子がマイペースなのはいつものことよね」
「あれが無くなったら体調不良を疑うべきだもの」
伊豆提督とイリスにとっては、それが伊203のバロメータとして考えているようで、今回のこの行動も
そのすぐ後、艦娘とは違う水上バイクがうみどりに向かってくるのが見えた。その周囲には護衛のように配備された艦娘達も。
そこがどれだけ安全であっても、何が起きるかわからない以上、昼とは違ってこれだけ短期間でも護衛は必ずつく。ただでさえ今回はカテゴリーMが滞在しているという特殊な状況。提督の守りを強めるのは当然のことであった。
「あ、白雪がいるな」
「響ちゃんもいるのです」
昼目提督の護衛として来ているのは、深雪と電が顔を合わせた面々。旗艦は秘書艦鳥海、随伴艦として神通、白雪、響。以前に大規模後始末の際の乱入を処理してくれた3人であるため、深雪達は面識もある。
他人ではない他人という少々面倒臭い立ち位置の2人が含まれているものの、前回の邂逅の際に互いに認め合っている状態であるため、関係性に難があるわけではない。
あちらも工廠に深雪と電がいることが見えたのか、小さく手を振ってきていた。これだけでも関係性がわかりやすい。
「君達の姉妹かい?」
「ああ、姉妹っていうから姉妹艦だな。あっちは人間だから」
「……なるほどね。僕と同じ白露型はいないみたいでよかった」
その様子を見て、堂々と嫌悪感を口にした時雨。うみどりに姉妹艦がいなかったため、これまでは気にしていなかったようだが、人間に対して不信感を持っているのに、その人間が姉妹艦の
それがどれだけ友好的で信用出来るかもしれなくとも、深雪や電とは違って、時雨は他人ではない他人を許容出来るだけの心を今のところ持ち合わせてはいない。
「お疲れ様っス、ハルカ先輩!」
「ええ、お疲れ様。調査の方、進んでいるようで何よりだわ」
「うす! ニムとフーミィを寄越してくれてありがとうございます!」
相変わらず声が大きい昼目提督に、少しだけ怯んだ電ではあるのだが、すぐに気を取り直す。昼目提督がそういう性格であることは前回で理解しているため、声が大きく口が少々悪いだけで中身がいい人間であることはわかっている。そこは流石伊豆提督の知り合いだと納得。
逆に時雨は不信感を表に見せていた。まだ信用出来ない。いつ裏切るかわからない。艤装は持たされていないがどうやったら反撃出来る。そんなことばかり考えていた。
「そちらがカテゴリーMの」
「ええ、時雨ちゃんよ。アナタにはどうしても警戒心が出てしまうみたいね」
調査結果の展開の前に、今回の合流の目的の一つである、和解したカテゴリーMについて。時雨の表情は余所に、昼目提督はズンズンと前に出て時雨の前に立つ。
身長差があるのでどうしても威圧感があり、その凄みを一身に受け止める羽目になるのだが、時雨は全く退くつもりはなかった。
「調査隊の昼目だ。よろしく頼むぜ」
その挨拶に対して、時雨は無言。初見の者にはどうしても信用には至らないのは仕方ないこと。その仕事が時雨のためになることであるとわかっていても、元々刻まれている呪いの効果は簡単には払拭出来ない。
そんな時雨に昼目提督はムッとした表情を見せることなく、むしろニヤリと笑みを浮かべる。
「わかりやすくカテゴリーMだ。オレのことが信用出来ないのも無理はねぇ。だからオレは、行動で見せつけてやるさ。人間ってのが存外に信用出来るってことをな」
嫌な顔をされても嫌な顔をしないというのは、それだけ相手を信用している証拠。昼目提督は時雨のことをカテゴリーM以前にうみどりの仲間として認識しているため、何をされても受け入れる。
「深雪と電も元気そうで何よりだ。どうだ、後始末屋は」
「疲れるけど、やりがいがある仕事だって思うぜ」
「なのです。海が綺麗になっていくのは、電も気持ちいいのです」
「そいつはよかった。ハルカ先輩を支えてやってくれよな」
ニカッと笑う昼目提督に、深雪はサムズアップ。電も笑みを返した。
「それじゃあ、早速ですが簡単な調査結果を伝えますね」
「ええ、お願い。腰を落ち着けた方がいいなら場所を変えるけれど」
「いえ、このままでも大丈夫です。今話せることは限られているんで」
コホンと咳払いをした途端、表情が後輩から調査隊を治める者へと変わる。それは豹変と言ってもいいくらいであり、時雨はともかく、深雪と電も驚いた。2人が知っている昼目提督は、食堂で話をした時くらい。あの時の事情聴取が仕事ではないというわけではないのだが、この完全に仕事モードに移行した昼目提督は知らない。
「ニムとフーミィに案内してもらった現場ですが、後始末の痕跡が多少は残っているものの、少々見かけない痕跡がありました」
「あら、早速見つけたのね。ぱっと見でもわかるものなのかしら」
「そう……ですね。知っている者が見ればそれが何であるかは一目でわかるようなモノです。しかし、知らない者はスルーするタイプですね。現に、その場でもニムとフーミィはその痕跡を見て首を傾げたくらいですから」
それくらいわかりにくい痕跡であると昼目提督は話す。それを見てすぐに判断出来るのは、調査隊が研究者、しかもかなり細かく調べ尽くしているタイプでなければわからないという。
「その跡というのが、コレです」
タブレットを操作し、撮りたてホヤホヤの海底の写真を見せた。以前あった巨大な潜水艦がそこにいた痕跡を
しかし、それは衰弱死した潜水棲姫のモノである可能性だってあるのだが、昼目提督はそれとは違うと断言した。
「潜水棲姫は艤装が大きいですから、こんな散り方にはなりません。それに、この場まで自分で来て衰弱死したなら、もう少し周囲に痕跡が残ります。それがないということは、誰かが運んできたという証拠に他なりません。それにこの痕跡ともなれば、誰が運んできたかはわかります。理由はわかりませんが」
「その誰かっていうのは……?」
昼目提督でも半信半疑な部分はあるが、物的証拠があるのならそうと答えるしかない。
「潜水新棲姫です」
「新棲姫……って、潜水棲姫よりも後に出てきた潜水艦の姫よね」
「はい。でも、この跡は潜水新棲姫がそこにいたという証拠です」
潜水棲姫よりも小柄で、しかし力は相応に持つ新たな姫。その2体の関係性は謎ではあるのだが、同じ潜水艦ということならば、2体が同時に出現することも考えられるかもしれない。それこそ見た目的には姉妹みたいなモノであるため、一緒に行動していても違和感はあまり無かった。
つまり、深海棲艦が深海棲艦をここまで運んできたということだ。理由は不明。しかし、その痕跡からわかる感情がないわけでは無い。
「この2体は敵対はしていないと考えます。亡骸からして攻撃の跡もなければ、新棲姫の痕跡は、何処か
「なら、潜水棲姫の亡骸は投棄したんじゃなくて……」
「
潜水新棲姫がなんらかの感情を持って亡骸をここに置いた。それだけでもわけがわからない状況ではある。
深海棲艦は基本的に理性がない生物だ。見つけたものを破壊する、人間の社会を侵略するためにそこにいる。部隊は組むものの、そこまで仲間意識があるようにも見えない。そこから、この行動はどうしても不可解だった。
「この海域では不思議なことが起き続けています。深雪が発見され、電が迷い込み、時雨と和解出来て、ついにはコレです。場所的にあり得ないことは無いと思いますが」
「場所的に?」
「あれ、ハルカ先輩気付いていませんでしたか」
ここで昼目提督の口から驚くべき発言が飛び出した。
「この海域、
うみどりの担当海域は、他の後始末屋と比べると難易度が高いという特徴がありました。その海域の中心に位置するこの場所には、何があるというのか。