特異点同士の演習は、深雪が辛くも勝利。しかし、電の咄嗟の行動が思わぬ事故を生み出してしまった。深雪の砲撃を耐えようと無理矢理身を捻ったことによって、艤装が深雪に直撃してしまったのだ。
電が魚雷をまともに受けたことで演習は終わっているのだが、それ以上にダメージを受けてしまっている深雪は、そこからすぐに立ち上がることが出来なかった。艤装ほどの強度を持つ物質が、不意にぶつかってきたのだから、それ相応に強い痛みになっている。模擬弾を受けるのとは訳が違った。
「あ、あ……み、深雪ちゃん、電、そ、そんな、つもりじゃ」
深雪が立ち上がれない姿を見て、電はすぐに動くことが出来なかった。
頭の中に駆け巡る、
その時は、雨天の中で煙幕を焚きながらの演習だった。視界不良の中で発生した衝突。それが、深雪の最期。致命的なダメージから、そのまま沈んでしまうという、呆気なくも壮絶なおしまい。
電が、今の姿になっても、ずっと、ずっと心に刻まれてしまっている、最大級のトラウマ。
「ってぇ……あー、大丈夫だ、電」
深雪もそれを感じ取ったから、すぐに声を上げる。電を心配させないように、起き上がれずとも手は上げた。こんなことで死ぬわけがないぞと示すように。深海棲艦化までしているのだから、ちょっとやそっとで沈むわけがないし、今なら海中に行ったところで死ぬことはない。しかも今は海中には潜水艦達がいる。いざという時は助けてもらえる。
「いてて……まともに入っちまったな。まぁありゃ仕方ねぇよ」
何とか立ち上がる深雪だったが、やはり艤装が直撃した場所、腕の部分は、少しの振動でズキリと鈍い痛みを感じていた。大丈夫と言いつつも、時折顔を顰めることもあるので、相応に痛みはあることを感じさせる。
「……み、深雪、ちゃん……」
ガタガタ震えて泣き出しそうな電に、深雪は安心させるように近付く。少しふらついていたが、それでも足取りはそこまで悪くはない。
「演習は終わったんだからな、一度工廠に行こうぜ。大丈夫、大丈夫だから」
「で、でも、電……」
「今のあたしは、これくらいで沈むような柔なヤツじゃあねぇよ。ほら、行くぞ」
ニッと笑って、動けない電の手を取る。ビクッと電は震えるが、深雪は気にせず、工廠へと引っ張って行った。
演習が終わったことで、工廠は少し騒然としていた。今回の演習は、決戦のための最後の準備期間。仮想敵として特異点を相手にすることが目的だったのだが、この一戦によってそれが頓挫しそうになっていた。
深雪は予期せぬ負傷をしてしまい、電はトラウマ発症でまともな精神状態では無くなってしまっている。
「あー、どんな感じ?」
「腕の骨にヒビが入っていますね。入渠でおおよそ3時間と少しという程度です」
「午前中全部か……そりゃあ仕方ない。あたしもアレは避けられなかったしな。もう少し上手く動けりゃ良かったんだけど」
事故が起きたということで、裏から明石がやってきて診断を下す。軍港鎮守府の者に調べてもらえばいいかもしれないが、深雪の身体は誰よりも特別。今は深海棲艦化しているというのもあり、普通の知識では判断が難しいところもある。慣れた明石が診た方が早い。
というよりは、冬月と涼月に症状を見せると、余計なことまでしそうだったため、明石が控えさせている。
「負担はかかりますが、一度艦娘に戻ってもらえますか」
「あ、確かにそうだな。このままだとやれることもやれないし」
「深雪さんのその変身がコンバート改装と同じなら、戻ることで傷も治りますよ」
「え、マジ?」
艦娘と深海棲艦の変身は、深雪自身を大きく改装するようなモノ。実際、艦娘から深海棲艦に変化する過程で傷が治ったりする。ならば逆をした場合はどうなるか。
深雪は深海棲艦の姿で傷を負ったことが今までにない。この姿となった時点で、おおよそ勝ちを掴んでいる。そもそも、これまでの敵が、当たったら即死くらいの攻撃しかしてこなかったため、無傷か死かのどちらかしか無かったのだが。
改装による傷の消失は、時雨が改三への近代化改装の際に実証していることもあるし、深雪自身も改二への改装を海の真ん中で自身の力で行い、捥ぎ取られた腕が再構築されていることもある。
「よし、それじゃあ、戻るぜ」
宣言して、深雪は自身を艦娘の姿へと戻す。すると、
「いってぇ!」
逆に痛みが強くなった。傷は据え置き、しかも深海棲艦の身体だから耐えられた痛みが、艦娘の身体では余計に酷くなるという状況に。
「なら、もう一度深海棲艦化です」
「お、おう……負担すげぇけど、やってみるわ」
そして指示されたようにもう一度深海棲艦化。
「……あ、あれ、痛みが大分薄れたぞ」
「なるほど、やっぱり。深海棲艦から艦娘へは
深雪の腕の痛みが一気に引いた。実際に明石が再度診察してみると、ついさっきまであった骨のヒビが、既に見えなくなっている程だった。コンバート改装による傷の消失と同じことが起きている。
また、明石の読み通り、深海棲艦の自然治癒能力の活性化も影響が大きい。身体を大きく変えることにより作用し、再構成の際に傷ごと治す。
実際、深雪は深海棲艦化をその姿に変化するという意識で行なっている。
「ただし、自分でもわかっていると思いますが、負担が相当大きいみたいですね」
「だな……今のだけで相当疲れてる。こりゃあ奥の手中の奥の手だ」
深雪はこの短時間での変身で、大きく疲労感を得ている。傷は治ったが、その分体力の消耗が激しい。どっと出てきた疲れのせいで、逆に椅子から立ち上がれなくなってしまった。
戦場でこの体力の消耗はよろしくない。今のようにゆっくり休めるタイミングがあるのならばまだ使える手段ではあるのだが、決戦の真っ只中でこれは、傷を治したとしても、自殺行為に等しい。
「でも、そういう手段があるってことがわかっただけでも良しとしておく」
「ですね。それに、骨は良くなったかもしれませんが、打ち身であることには変わりありません。少し触れますよ」
「ん、あ、確かにまだ痛いな。すげぇ疲れる上に完治までいかねぇのは、ちょっと良くないか」
明石に触れられると、ズキッと鈍い痛みが走る。そこはまだ完全に治ったとは言えないようだ。必要最低限の、支障なく動くことが出来る状況に持っていったというのが正しい。
「深海棲艦の身体の利点は治癒能力です。今日はその姿で過ごしてください。演習もあるでしょうから、戻ることもありませんよね」
「多分な。このままでいた方が回復するってなら、そのようにしとくよ」
入渠が必要な傷でも、この裏技的な手段で治すことが出来ることはわかった。体力の消耗はもう仕方ないこと。それでも、長い時間をかけることなくここまで元に戻せるのは、奥の手としては充分な手段であった。
一方、心の傷が大きい電は、深雪をまたこの手で傷付けてしまったことで、茫然自失となっていた。とてもではないが、このまま次の演習に向かうだなんてことは出来ない。
深雪の診断結果などはまだ聞いていない。今は別室で落ち着くまで待機とされている。
「イナヅマ、大丈夫……じゃあないね。あれは不慮の事故だけど、それがイナヅマとしては大分キツいんだもんね」
今の電を独りにするのは危険だと、グレカーレと白雲が寄り添う。特にグレカーレは、電の消沈ぶりを見て、どうしようかと悩んでいる。
演習として真正面からぶつかり合うことは、もう問題でも無くなっている。現に、最後の最後まで全力で戦えたのだから。
しかし、意図せずに深雪が自分のせいで傷を負うという、限られているが完全に過去の出来事と同じ状況に陥ったことで、これまで積み上げてきたモノが一気に崩れ落ちていくような感覚となった。
こんなことが起きてしまうなら戦いたくないとまで考えてしまいそうな電の心境。ここからどうするべきかとグレカーレは考える。
「電様、お姉様は電様のことをすごいすごいと褒めておいででしたよ」
そこに、白雲が口を開く。電は反応出来ない。
「電様の過去の傷、この白雲もお聞きしております。先程の演習では、近しいことが起きてしまった。それも重々承知でございます。ですが、これだけは言わせていただきます。お姉様は電様のことを何も恨んではおりません。むしろ、今のように消沈した様を見て、その方が苦しむことでしょう」
少し強い言い方にはなっているが、白雲は電を叱咤激励する。反応が無くても、伝えられることは全て伝えるために。
「お姉様は電様に、逆に謝罪をするかもしれませぬ。避けられなくて悪かった、と。電様には非がないと、お姉様はわかっておられるのです。なので、顔を上げて、前に進んでみてくださいまし。電様のためにも、お姉様のためにも」
白雲は終始、小さく笑みを浮かべながら語っていた。あの事故は誰のせいでもない。たまたま起きてしまっただけ。そして、
電は、まだ心の準備が出来ていない。だが、トラウマを乗り越えるチャンスは来ている。
深海棲艦化の強みは、体力を治癒に転化できること。でも戦場でそんなことしたら、逆に集中砲火受けるって話である。