後始末屋の特異点   作:緋寺

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前は向けず

 再度の深海棲艦化によって負傷は治ったが、そのせいで酷く消耗してしまった深雪は、ある程度休息を取った後に工廠の奥から出てくる。おおよそ時間としては小一時間と言ったところ。その間に、仲間達は各々演習をすることで地力を高め、決戦に備えている。

 目的だった対特異点の演習は、どうしても出来なくなってしまっているため、今は専ら綾波無双状態だった。海戦であっても何でもあり、ルール無用の中でやりたい放題。タッグを組んでいる暁がそのように指示をしているからということもあり、イキイキとした動きで演習でうみどりの面々をちぎっては投げちぎっては投げ。

 VR訓練で学びを得た綾波と暁は、それこそとんでもなかった。相手が駆逐艦であろうと戦艦であろうとお構いなし。

 

 だが、決戦のことを考えれば、これくらいやってくる敵を想定した方がいいだろう。艦種詐欺をしてこない分、綾波の方がまだマシという可能性がある。むしろ、この綾波に喰らいつくことが出来ない限りは、まだ危ういと考えてもいい。

 

「あー、今帰ったよ。傷はもう治ってるけど、体力の回復にもうちょい時間かかるわ」

 

 演習を眺めている者達のところに現れた深雪。ふらつきも無くなってはいるものの、まだ少し休む必要はありそうな見た目。

 

 そんな深雪を見て、まず動いたのは時雨。先程艤装の直撃をモロに受けた片腕をパシンと叩く。治っていなかったら悲鳴を上げるほどの痛みを感じていただろうが、そんなこともなく深雪はただ驚いたような表情を見せるだけ。

 自然回復の力も大きく向上しているおかげで、この短時間で打ち身のような症状も綺麗に失われている。

 

「ちゃんと治ってるみたいじゃないか」

「おかげさまでな。艦娘から深海棲艦になる時に大きな怪我は治せるらしい。代わりに、滅茶苦茶疲れるんだ。海の真ん中でそんなこと出来ねぇってくらいにな」

「奥の手も奥の手ってことかい。なら、怪我はしないでもらいたいね」

「今回は仕方ねぇよ。ありゃあ避けられねぇや」

 

 深雪はあの事故のことを気にしていない。それは誰の目から見ても明らかである。

 しかし、この場に電がいないという時点で、いろいろと察する。

 

「電は……その、やっぱり」

「ああ、ショックを受けていたよ。僕も話には聞いているけれど、君達のトラウマに一番近いカタチの事故なんだろう?」

「……ああ、艦の時のな……あたしの沈んだ理由でもある。あたしは電の前じゃあ絶対に沈まないって誓ったんだけどな」

 

 深雪は開き直れても、電はまだ無理な話であった。何せ、()()()()なのだから。意図せずとも、やってしまったことは変わらない。誰もが許しても、電自身が自分を許せない。

 ここ最近はそういうこともなかったので落ち着いていたが、まさしくそのままを再現してしまったようなモノなのだ。簡単には立ち直れない。決戦前に、とてつもなく大きな地雷が踏まれてしまった。

 

「電は?」

「別室で白雲とグレカーレがついてるみたいだね。行くのかい?」

「そりゃあな。あたしが元気でいることは見せてやらねぇと」

 

 あの事故で沈んでいない。その傷も今はない。そして、深雪自身が何とも思っていない。それを見せてやらないと、立て直すきっかけにもならないだろう。

 

「今はそっとしとけとは言えないね。電だって、これが理由で何も出来なくなるだなんて嫌だろう」

「あたしもそう思う。ただ……敵にはあたしと同じ顔がいやがる」

「先に知れて良かったと思うべきだね。戦場でああなったら、取り返しがつかないよ」

 

 今回の電の件を考えると、黒深雪との戦いでも近しいことが起きてしまいかねない。()()()()()()という事態は変わらないのだ。敵か味方かの違い。

 

「それをどうにかするために特異点同士の演習もしたんだけどな……まぁ、うん、こりゃあ仕方ねぇよ」

「なら、取り返しがつく内に君がどうにかしてきてくれないかい。決戦で特に強い戦力が削れるのはよろしくない」

 

 素直じゃない言い回しであるが、これも時雨なりの心配である。事実、特異点が欠けた状態で決戦は厳しいというのもあるのだが、電がこうだと深雪にも支障が出そうである。補助装置が欠けた戦いは、あまりいい方向には行かないのではないかと。

 

「わかってらい。電のことは、あたしが動きたい」

「じゃあ、さっさと行ってきなよ。医務室の方に連れて行かれたのは見ているから」

「あいよ」

 

 深雪は手を振りながら医務室に向かっていった。その後ろ姿は何とも頼もしいモノであった。

 

「深雪、こーゆー時にやるヤツっぽい」

 

 時雨のやることを隣で黙って見ていた夕立も、深雪の清々しい態度には絶賛。きっと電を立て直すことが出来ると信じている。

 

「時雨にしてはいいアドバイスしてたっぽい」

「なんだかんだ、僕も深雪達とは付き合いが長いからね。多少は知っているさ。というか、時雨にしてはとはどういうことかな」

「余計なことを言って深雪をイラつかせるかと思ったっぽい」

「そんなわけないだろう。黒い煙幕の影響下ならまだしも、僕だって場を弁えることくらいするさ。いくらカテゴリーMでもね」

 

 夕立がケラケラ笑っているのを見て、時雨は呆れたように溜息を吐いた。

 

 

 

 

 医務室に到着した深雪は、そこに丹陽が立っていたことに驚く。相変わらずの先回り。未来を視て、今ここにいるのが最善としているのだから、むしろいること自体が選択肢として良かったことであるとわかる。

 

「電さんはとても落ち込んでいます。深雪さんの言葉が聞ける状態ではないかもしれません。ここには自主的に来てくれましたが」

「そうかい。でも、あたしが話さないと先には進めないだろ」

「はい、その通りです。グレカーレさんも、白雲さんも、深雪さんの登場を今か今かと待っていますよ」

 

 丹陽に促されて、深雪は医務室へと入る。そこには、艦娘の姿に戻った電が、どんよりとした面持ちで俯いて座っていた。

 外傷は一つもない。しかし、心の傷があまりにも深すぎる。ようやく最近は傷から目を逸らすことが出来ていたのに、自らその傷をこじ開けてしまったようなモノ。

 

「あ、ミユキ、来てくれたんだね。傷は?」

「おう、もう大丈夫だ。あたしと電にしか出来ない裏技があってな、死んでなければ体力を犠牲に治すことが出来るみたいなんだよ」

「え、何それずっこい」

 

 グレカーレはいつもの明るさを変わらず見せて、場を盛り下げないようにと健気に振る舞ってくれている。

 

「お姉様、何事もなくて良かったです。電様、お姉様がいらっしゃいましたよ」

 

 白雲はグレカーレよりも近い位置で電を落ち着かせていた。特型という点で見れば姉妹艦。グレカーレよりは近い存在として、隣に座って電を宥めている。

 

 そして、電は──

 

「深雪ちゃん……ごめんなさい、ごめんなさい、また電が……」

 

 やはりまだ、開き直ることは出来ていなかった。どれだけ周りから言われたところで、踏ん切りがつくわけがない。

 

「いやいや、電、ありゃあ仕方ねぇことだって。同じ状況ならあたしだって同じこと考えるってもんだ。動けたかどうかはさておき。その範囲にあたしがいただけで、電のせいだなんてカケラも思ってねぇよ」

「でも、怪我をしてしまったのです……電のせいで……また沈んでいたかもしれないと思うと……」

「あたしは沈まねぇよ。今なら海の中だってスイスイ泳げるんだ。あの程度じゃ、怪我くらいはするかもしれねぇけど、擦り傷みたいなもんだぜ」

 

 あっけらかんと言い放つ深雪だが、電はやはり立ち直れない。深雪がどう言ったところで、事実は変わらないのだから。電が、深雪に、怪我を負わせた。治っていても、治したという行為は記録され、記憶する。電は、あの時の感覚も、一生忘れることはない。

 

「むしろ、あの時にあの行動が出来ただけすげぇよ。咄嗟の機転は、あたしより電の方が上だな。煙幕の使い方はあたしの方が上だけどな」

「……深雪ちゃん……それでも……」

「自分を守るための行動なんだ。あんなのやって当然の行動だってことだぜ。まぁ、艤装のデカさはあたしも考えてられなかったから、むしろ蹴り上げる方向を失敗したな。ああならないようにするべきだった、くそー、もう少し先が読めればなぁ」

 

 深雪は絶対に電を悪く言わない。むしろ、あの時のやり方は自分の失敗だったと、自分のせいだと語るほどである。

 

「……電のせいで、深雪ちゃんが痛い思いを……」

「演習で痛いことになるのは当然だろ。そもそも電、あたしの脚を極めに来たじゃねぇか。多分あっちの方が痛いことになってたぞ。痛いじゃなく苦しいの方が正しいかもだけど」

 

 意識して攻撃すれば加減は出来る。しかし、不意だったからこそ加減も出来ずに、取り返しがつかないことになり得る。

 電はその経験者だからこそ、それを恐れる。そしてその相手が深雪だからこそ、ここまで気にする。

 

「気にすんなっつってもキツいとは思うけど、あたしは何とも思ってねぇよ。電はすげぇヤツだって、改めて思ったくらいだ。それに、あたしは死んでねぇ。今も電の前でピンピンしてんだ。それじゃあダメなのか?」

 

 深雪の問いに、電はすぐに答えられなかった。

 

 確かに深雪は今、すぐそこで元気に話している。電のことを恨むどころか、ほんの少しの怒りすら感じていない。ただひたすら、あの時の咄嗟の行動の素晴らしさを語り、自分がそこに巻き込まれただけだと開き直っている。

 その気持ちに応えたい。しかし、深雪を傷付けたことが、どうしてもそれを邪魔する。自分が深雪の優しさを受けていいのか。罰を受けるべきではないのか。そう考えてしまうと、前を向けなかった。

 

「……電、落ち着けるまでは、あたしが側にいる。嫌だったら、手を振り払ってくれ。どうしても辛いって言うなら、あたしも少し距離を取るさ。電がそれを求めてるならな。でも、あたしとしては……手を取っていてほしい」

 

 そっと白雲が電の隣から退き、深雪のために椅子を空ける。悪いなと白雲に小さく謝ると、深雪は電の隣に腰掛けた。そして、その手を握る。

 電はビクッと震えたが、振り払うことはなかった。辛いが、そうした方がもっと辛いと察していたから。

 

 

 

 

 電が立ち直るまでは、もう少し時間がかかりそうではある。だが、受け入れようとする気持ちが無いわけではない。

 




優しいけれど後ろ向き、やらかしはずっと引き摺る、それが電。強い力を手に入れても、一度崩れると登ってくるまでにどうしても時間がかかる。
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