事故を起こしてしまった電は、どうしてもすぐに立ち直ることが出来なかった。深雪を前にしても、自責の念に駆られ、顔を上げることも出来ない。
そんな電に、深雪は自分の気持ちを伝えつつも、隣に座ってその手を取った。落ち着くまでこうしていればいい。これで落ち着いてほしいと。
「イナヅマはミユキに任せるよ。あたし達は一回演習の方見に行ってくるね」
「ああ、わかった。頼んだ」
「お姉様、よろしくお願いいたします」
この雰囲気に、グレカーレと白雲は一旦医務室を出ることにした。電を一番落ち着かせることが出来るのは深雪のはずだと信じて。
電の心を揺さぶるのは間違いなく深雪なのだが、深雪でなければ踏み込めないところもある。そこに、グレカーレと白雲の場所はない。
ならば、もう最初から全て任せ切った方が電のためにもなるだろう。深雪がここに来た今、むしろ2人にした方が落ち着けるかもしれない。
「私がここでついていますから」
「ん、よろしくねボス。何も無いと思うけど」
「はい、私も部屋からは出ていますから。万が一の時のために近くにいるだけですしね」
丹陽も共に医務室を出る。深雪を待ち構えていた時のように、部屋の外で待機しているということだろう。あくまでも、部屋の中には深雪と電2人だけにするということ。
丹陽にあとは任せて、グレカーレと白雲は工廠へと向かう。その最中、白雲は少し気になったことを口にした。
「グレ様なら、お姉様と電様の成り行きを最後まで見届けると言いそうでしたが、あえてその場から離れたのですね」
こういう時に首を突っ込むのではないかと思っていたが、割とすんなり手を引いたことを意外だという白雲。最悪、丹陽と共に手を引っ張ってでも部屋から追い出そうと考えていたとも語る。
グレカーレはあたしを何だと思っているんだとぷんすかするような表情を見せつつも、よくわかってるなぁとすぐに笑顔を見せる。
「いやぁ、やっぱりイナヅマはミユキじゃないと全部曝け出すことは出来ないと思うんだよね。あたし達はお邪魔かなって。そりゃあ、2人の仲がもっと進展するところを近いところで見たいってのはあるけどさ、それでイナヅマがなかなか落ち着くことが出来ないってなったら困るじゃん」
「それは、その通りでございますね」
「だから、あたしはミユキに全部託したのさ。グレちゃんはクールに去るぜってね」
などと話しつつも、やっぱりと舌の根が乾かない内に別の考えも口にする。
「監視カメラくらい付けたかったかな。このままミユキとイナヅマがいい雰囲気になって、しかもそこにベッドがあるんだよ。いつも一緒の2人、関係性も悪くない。2人きりの部屋、何か起きないはずもなく」
「あのお二人ならば、グレ様が望んでいるようなことが起きるとは思えませんが。しかし、様子は気にはなります。そこは丹陽様にお任せいたしましょう」
「だね。ボスなら悪いようにはしないだろうしね」
丹陽が変に介入することはないだろう。今からも医務室の中に入ってどうこうすることは考えられない。あくまでも部屋の外で見守っているだけ。いや、それ以上にそこから離れて、しばらく誰も医務室に入れないようにし、その姿を隠した状態で、2人が先に進むのを守るだけ。
「とりあえず、あたし達は演習の方に行こっか。ミユキ達のことも報告しておこう」
「はい、そういたしましょう」
ここから余計に拗らせて関係が悪化することはないと信じて、グレカーレと白雲は工廠へと向かった。決戦の時は近いのだ。2人だって、やりたいことは沢山ある。
2人きりの医務室。深雪は電の手を握ったまま、ずっと無言で寄り添っていた。傷付いたかもしれないが、今はピンピンしてるんだぞとわかってもらうため、自分の熱を、電に感じてもらう。
どんな声をかけていいかはわからない。何を話しても電は萎縮してしまう。罪悪感で何も出来なくなってしまう。だから、態度で示した。電のことに腹を立てるようなことなど何もないと。
電からしてみれば、あの時の再現をしてしまったことが一番心にキている。深雪が沈むことはなかったとはいえ、一歩間違えたら大怪我で決戦に参加出来なかったなんてこともあったかもしれない。深雪の輝かしい未来を摘んでしまう可能性すら考えてしまった。
なんてことをしてしまったのだと、そんな気持ちがずっと頭の中で渦巻いている。今傷がなくても、さっきまでは痛みで苦しんでいたのだから。自分のせいで。
「……」
「……」
どちらも声をかけることは出来ない。ひたすら静かな時間が続く。深雪の手を振り払わない分、電はまだそこまで拗らせていない。しかし、それはこれ以上深雪を傷付けたくないという気持ちが先立っているだけ。何を言っても、何をしても、深雪が嫌な思いをするのではないかという疑心暗鬼。そんなことはないのだが、電は深雪と触れ合うこと自体を怖がってしまっていた。
それを汲み取ったか、深雪は意を決するように口を開く。
「……電、不安になっちまってるのはわかる。でもさ、あたしは本当に、何も気にしてないんだ。そりゃあ、昔は事故のせいでとんでもないことになっちまった。でも、今はあの時と違う。あたしは見ての通りピンピンしてるんだ」
艦娘から深海棲艦へのコンバート改装によって、疲れてはいるが怪我は完治している。それを見せるように、怪我をした方である片腕を上げて、こんなに元気なんだと力瘤を見せる。
実際、痛みはもう無い。思い切り触れれば多少は痛みを感じるかもしれないが、もうその程度。動くことにも支障はないし、やろうと思えば演習だって再開出来る。流石にやりたいと言っても周りが許してくれなそうではあるが。
「あたしは、もう電の前で沈むようなことはしねぇよ。それくらい強くなれたって思ってる。こうやって、電の隣にいるため、電と一緒に生きていくためにな」
電は俯いたまま。だが、小さく鼻を啜るような音が聞こえる。そして、ポタリと水滴が落ち、電のスカートに跡を作った。
「電は、弱いのです……深雪ちゃんをまた傷付けてしまって、電は何も出来なくて……深雪ちゃんは苦しいはずなのに、気を遣わせちゃって……」
「あたしは苦しんじゃいねぇって。電が苦しんでるところを見ると、ちょいと胸がモヤモヤするけどな。それだけだ。電には笑っていてほしい」
「……無理なのです……深雪ちゃんが電のせいであんな思いするのは、二度と嫌なのです……なのに……またやっちゃって……」
「やりたくてやったわけじゃないだろ。そりゃあ、アレがわざとだったら、あたしだって電のことを叱ってる。なんつーことしてくれてんだって。でも、アレはお互いにそうしたいとも思ってなかった、ただの事故だ。電のせいなんかじゃない」
手だけでは足りず、抱き寄せ、頭を撫でるように抱える。今は深雪だけが深海棲艦の姿をしているため、身長差的にもちょうどいい。
「電、だったらあたしにどうしてほしい。それを、口にしてくれよ。蹲って泣いてるだけじゃ、先に進めないぜ。厳しいこと言うかもしれねぇけど、自分の意志で決めてくれ。あたしは、電とどう接すればいい。近くか、遠くか。あたしはこうやって近くにいたい。でも、それが嫌だってんなら、あたしは一度距離を取る。電が落ち着ける時まで待つよ。決戦は近いけど、まともに動けないってなら、そりゃあ仕方ないことだ」
言いながらも離すことはない。電がどう考えるかを聞き逃さないように。
「電、少しはワガママ言ってもいいんだぜ。聞いてるのはあたしだけだ。せめて、あたしには全部曝け出してほしい」
世間体など気にする必要はない。今の電を見ているのは深雪だけ。心通わせる、唯一無二の特異点の相棒。どちらが上だの下だの関係ない。対等な関係だからこそ、隠し事無しで、今思っていることを全て口にしてほしい。深雪にはちょっとした、電にはとても勇気のいること。
「あたしは、全部隠さずに話してる。本心をな。あたしは電のことを恨むなんてことはしてないし、さっきも言ったけどあの時のあの行動は勝つためには必要なことだったと思ってる。だから、単純に感心したんだよ。電はすげぇなって。何か取り繕ってるわけでもない。嘘をついてるなんてありえない。ひたすら、本音を口にしてるだけだぜ」
深雪は嘘をつくどころか隠し事も得意ではない性格だ。かつて、神威とその父の言い争いに我慢出来ずに声を荒げたときも、自分が純粋な艦娘であることはギリギリ隠せたが、そうではない部分は殆ど感情任せに話していたのだ。そんな深雪が、嘘偽りで塗り固めた言葉を使うなんて無理と言ってもいい。
電にかけている言葉は、本当に心の底から思っていること。間違いなく嘘なんてない。電だって、それはわかっている。
だからこそ、電はそんな深雪の優しさが心に刺さる。自分がやらかしたのに、隠していない本心が、電の全てを許しているのだから。痛い目に遭っても、苦しんだとしても、心の底から電を許しているのだから。
「……深雪ちゃん……電は……深雪ちゃんに甘えすぎなのかもしれないのです……」
許してもらえているからいいというわけではない。その結果、電はほんの少しだけ勇気を出して、心の言葉を口にする。
「深雪ちゃんは、こんな電を許してくれています……艦娘になる前の深雪ちゃんの命を奪って……今もまた、そうなりかけた……恨み言の一つや二つあってもいいのに……。深雪ちゃんは、優しすぎるのです……」
ボロボロ泣きながら、ようやく1つ、言葉にすることが出来た。深雪はそれをただ聞いているだけ。電が溜め込んだことを、全て吐き出してほしかったから。
電の本心。それを曝け出すときは、今。
控えめという言葉は綺麗なものかもしれないけれど、本音で話していないというのなら、それはあまりいいモノとは思えないかも。