深雪が優しすぎること。それが、今の電にとってはとても辛いこと。そんな本音を、電は深雪に曝け出すことが出来た。
怪我をさせたのだから、恨み言の一つや二つくらいあってもおかしくないと思っていたが、それすらもなく、ただひたすらに大丈夫、電は凄いのだと安堵させる言葉と肯定的な言葉ばかりを口にする。それが深雪の本心だとしても、電の心には、その一言一言が鋭く突き刺さる。
「優しすぎるのは、時にはとても、苦しいのです……。電は悪いことをしたのに、深雪ちゃんがそうやって許してくれちゃったら、電は……きっとまた同じ事をしてしまうのです」
そんなことはないのに、甘やかされているような感覚。斜に構えてしまっているといえばそうなのかもしれないが、罪を横に退けて、ただ受け入れられているのみ。
それが電には、とても惨めなモノに思えてしまう。そして、それに甘えてしまったならば、反省もせずにまた同じ事をやらかす。ここでこれだけ悔やんでも、苦しんでも。
深雪は電に限ってそんなことはないと断言出来た。だが、電はそうは思っていない。同じ事故を、また繰り返す。そう信じてしまっている。
「……電は、深雪ちゃんの隣にいたいって、思っているのです。でも、近くにいたら、またこういうことが起きちゃうかもしれないのです……。電は……深雪ちゃんをこれ以上傷付けるかもしれないと思うと、すごく嫌なのです……」
俯いて、正直に語る。
「深雪ちゃんは電よりも強いのです……ううん、誰よりも強いのです……これまでいろんな嫌な思いをして、それでも挫けないで、前を向き続けて……演習で勝てなくても、嫌だって思わないで、次に行こうってすぐに考えて……羨ましいくらいに」
深雪は強い。戦闘力とかではなく、心が。これまで受けてきた仕打ちが酷すぎるのに、今こうやって落ち込むこともなく、苦しむこともなく、逆に他者に気にかける程の心の余裕まで持っている。
電にはそれがない。冷静でいられる時ならば同じように出来るかもしれないが、落ち込んでいる今、前を向くことが出来ない。だから、そんな深雪が、本当に羨ましかった。
「悪い事をした電に……そんなに優しくしないでください……電の弱さが、際立ってしまうのです……叱ってもらった方がまだ……」
深雪は内心、そんなこと言われてもという気持ちが強かった。落ち込んでいる電にあまりキツイことは言えないと思っているわけでもなく、ただ本心から感心していただけなのに、それが違うと言われたら、困惑の方が大きく出る。
だが、すぐに気持ちを切り替えた。自分の思っていること、自分がそうされたいことが、電のされたいこととは限らない。自分なら落ち込んでいる時には寄り添ってもらいたいが、電にはそれが迷惑なのかもと思うと、胸がキュッと締め付けられるような気持ちになる。
「……どう叱ればいいのかわかんねぇ。もしあの時、あたしが本当に敵で、あの状況だったら電のアレは正解だろ? 演習でやるモンじゃあないかもしれねぇけど、演習でやれなかったら実戦でもやれないと、あたしは思うんだよ。だから……いや、そういうことじゃないんだよな。あたしは手段を褒めちまってるけど、電は起きちまったことが苦しいんだもんな。悪い」
思った事を口にして、自分の考えを纏めたが、結論からして深雪と電は見ているところが違うということに辿り着く。過程を見るか、結果を見るか。それだけで思うことはここまで変わる。
「結果だけで見たら……確かにあたしは怪我しちまった。治ったからいいってわけじゃあないんだよな、電としては。……そこは結果見てないのな」
深雪には珍しく、電に少々刺さる発言。やらかしたという結果は強く見ているが、その後深雪が治ったという結果には目が向いていない。悪いことには過剰というくらいに反応するのに、それがまだ取り返しがつくことで、むしろ既に取り返しがついているというところは、全く反応しない。
「電、あたしから言えるのはそこだ。優しくされると辛いってなら、少しだけ、あたしの思ったこと伝えておく。怪我をしたあたしばかり見ないでくれ」
目の前にいるピンピンしている深雪ではなく、海の上で痛みに顔を顰める深雪しか見えていない。怪我が治ったのに、良かったと言えず、怪我をさせてしまってごめんなさいしか言えない。それがよろしくないと、深雪は電に苦言を呈した。
それが電の求めている言葉かどうかはわからない。しかし、ほんの少しのことで、電が歩みを止めてしまっているのは間違いない。谷を下った後に、山を登るのは大変かもしれないが、今の電は谷底で立ちすくんでいるだけである。
「あたしは治ってる。今は痛くねぇ。だから、あたしとしてはそこを喜んでほしい。ずっと怪我させた怪我させたって思い続けて、ピンピンしてるあたしを無視するのは違くないか」
電はそれを聞いてハッとした。治って良かった、という言葉は一言も発していない。怪我をさせてごめんなさい、痛い思いをさせてごめんなさい、ずっと謝ってばかりで、深雪がそこではなく治った姿を見せているのに、目を逸らし続けている。
それはまるで、深雪の傷が治ったことが嬉しくないかのような態度にも見えなくない。そんなこと思っていないのはわかっているが、だとしてと祝福をしないのはいただけない。電はそこにようやく気付いた。
「……あたしもこんなこと言いたくないけど、電がそれを求めてるならちゃんと言うよ。電、あたしはお前にやられた怪我、ちゃんと治ったぜ。お前にそこまで考えられるほど、あの程度で苦しむほど、柔な身体じゃあないんだ。あたしが沈んでから悔やんでくれ。
わざわざ史実まで持ち出して電に少しだけ釘を刺した。
「それとも何か、あたしは電がそこまで心配しないといけないほど、まだまだ弱いか? あたしは自分がそこまで強いとは思ってないけど、大分頑張れるところまでは来てると思う。それでも、電から見たら心配か?」
「ち、ちが、そんなことは」
「ならさ、まず怪我したことを悔やむ前に、あたしが耐えられたことを喜んでくれよ。あの時とは違うんだ。あたしはもう、艦じゃなく艦娘なんだからな」
少し厳しいことを言ってしまったと思いつつも、深雪はやはり嘘偽りない本心を語る。電にここまで強い言葉をぶつけるのは初めてじゃないかと思いつつも、言い出してしまったならばもう止めない。
「ほら、見てみな。あたしは沈みそうか? 弱々しい艦か? 誰かの助けが必要な状態か?」
「……違うのです。深雪ちゃんは、強いのです」
「なら、それで終わりだ。気にすんなとはもう言わない。次はやらないようにって気張ってくれりゃいい」
「……強すぎるのです……電が、追いつけないくらいに……」
「何言ってんだ。追いつくとか追い越すとかじゃねぇよ。もうとっくに、電はあたしの真横にいるんだよ」
頭を撫でながら、深雪は続ける。
「電は自分のことを弱いと思いすぎだ。お前は強ぇよ。むしろ、あたしが強ぇって思ってる電のことを馬鹿にすんな」
電は強いと思っているのに、そんなことはない、弱いんだと断言されるのは、口には出したくないが許したくないことである。自分自身での卑下されるのも深雪は嬉しくない。
「自信がないのはわかる。あたしだってそうだ。でも、電は強い。あたしが保証する。心配するほど弱いあたしに保証されても嬉しくはないだろうけど」
「うっ……そ、そんなことないのです。深雪ちゃんの保証なんて、そんな嬉しいことないのです……」
「じゃあ自信を持てよ。お前は強いんだ。だから、あたしが少し怪我したくらいでクヨクヨすんな。あたしを沈めるほど下手じゃあないだろ」
優しくされるのが辛いというのなら、時雨から学んだ若干の皮肉を交えて、電のことを上げていく。お前は強いんだ、自分で思っているより確実にと。
「自分でやっちまったってことが嫌なのはわかる。多分、あたしがお前を傷つけちまった時はショックがデカいだろうよ。でもさ、次こそはそうならないようにって、前を向くんだ。難しくても、やるしかない」
「……そう、かも、ですが……」
「そうかもじゃない、そうなんだよ。電、多分クヨクヨしてたら、またやらかすぞ。やっちまったことは変わんねぇんだ。それを捨てろとは言わねぇ。でも、それを背負って、そうならないように前向け」
少し強めに抱き締めて、頭ではなく背中を撫でる。悔やむのは今だけにして、強い言葉で慰めて、これで終わりにして吹っ切れろと。
「っ……深雪ちゃん……電……前を向くのが、難しいですけど」
「あたしがついてる。嫌かもしれねぇけど、あたしは電の相棒だ。何があっても、最後まで隣にいる。約束だ」
「えぐっ……深雪ちゃ……う、うぅぅ……っ」
そこから電は、涙が止まらなくなった。これまでの後悔を溢れさせ、これからの自分のために後悔を洗い流す。もうこんなことが無いように、二度と傷付けることの無いように。
電には難しいことかもしれないが、それでも、前に進まなくてはいけない。これをきっかけに、少しでも変われればいいのだが、果たして。
優しく扱われるのが辛いから、少しだけの皮肉を。深雪にはキツイけど、電にはこっちの方が効くのなら、少し苦しみながらでもそれを実行するのです。