深雪と電が本音で語り合える時間。少し嫌味や皮肉が含まれてしまった深雪の叱咤を受け、電に前を向いてもらえるために背中を押す。だが、電にはまだ難しい。今は泣きじゃくることしか出来なかった。
深雪が傍にいてくれれば出来るかもしれない。しかし、その深雪を傷付けたことが、今の電の落ち込んでいる理由。近くにいればいるほど、助かるという気持ち以上に罪悪感に押し潰されそうになる。
ここからはもう、深雪からも言葉は無くなっていた。ただ抱き締めて、泣いてスッキリしてもらうのが一番だと思って。
振り払われなかった。嫌だと言われなかった。ならば、電は現状を少しでも受け入れてくれている。
「……深雪、ちゃん……電は……まだ自信を持つことは、出来そうにないのです……」
涙声で、電は独白する。どうしても、そこだけはすぐに前を向くことが出来ない。深雪を傷付けてしまったという罪悪感を払拭することが出来ず、こうして一緒にいることは出来ても、それは深雪を傷付けないようにという思いがどうしても出てきてしまうから。
仲間を傷付けてしまうような、迂闊な自分が許せなかった。だから自信は持てない。深雪は自信を持てというが、自分で自分が信じられなくなってしまっている。そして、そんな弱い自分が許せない。悪循環、ここに極まれり。
「また、深雪ちゃんに迷惑をかけちゃうかもしれない……痛いだけじゃ、すまないかもしれないのです……
電が自信を持てないのは、やはりそこにある。これまでに何度も引っかかってきた、艦の時代の事故。電の、魂に刻まれた失敗。ドジという言葉では言い表せないほどの後悔。
それは払拭出来ない。深雪はとっくに乗り越えているが、性格も相まって、電は乗り越えることが出来ていない。
「それを考えると……やっぱり、電は自信が持てないのです……」
ひょんなことからまた誰かを傷付けてしまうかもしれない。深雪は助かったが、次は助からないかもしれない。そんな不安がずっと付き纏い、電を苛む。
これまでは想像上だったが、今回はそれを実際にやってしまったこともあり、その感触がどうしても残ってしまっている。艤装が直撃した時の衝撃、深雪の悲鳴、その後の痛そうな表情、艦の頃とは違う、生々しい感触の何もかもが、電の頭に鮮明に残っている。
「……それでも……深雪ちゃんは、電のことを……信じてくれるのですか?」
自分を信じられないのに、そんな自分を信じられるのかと、深雪に問う。
「当たり前だろ」
笑顔で電に即答する。
「あたしの相棒は電しかいない。特異点だからとかそういうモンだけじゃなく、電はあたしのことをよくわかってくれてるからな。まぁ……ちょっと今はお互いにすれ違っちまってるところはあるかもしれねぇけど、でも、全部知ってる方がおかしな話だ。ここからまた知ってきゃいい」
からっと晴れたような言葉。これまでの電のジメジメした言葉を聞き続けても、嫌な顔をせずに受け入れる。むしろ、電の本心をまた聞くことが出来て、表に出さないように喜んでいる。
むしろ、全て知っているよりは、少し知らないことがある方が仲良くなれると思う。深雪は、そういうところを楽しんでいる。
「そうやって、もっと仲良くなっていくモンだろ。あたしは電と仲良いと思ってたけど、それ以上に仲良くなれるなら万々歳だ。あたしは、電ともっと仲良くなりたいからな」
なんの気無しに言ってくるのはズルいと電は思いつつも、それが深雪のいいところでもあると、電はわかっている。泣きながらも、ほんの少しだけ、心が救われたような気がした。
自分を信じられないのに、深雪は信じてくれる。ただそれだけで、少しでも前を向けるようになる。深雪の信じる、自分を信じてみようと、そう思えるくらいには。
まだまだ立ち直るには時間がかかるかもしれない。決戦までに吹っ切れることが出来るかもわからない。だが、足掛かりは出来たのではないか。
「……深雪ちゃん、電、上手く出来るかわからないけど……頑張って、みるのです……」
「ああ、それでいい。あたしは電の隣にいる。引っ張ってほしけりゃ引っ張る。背中だって押す。逆に、引っ張ってほしい時は、包み隠さずちゃんと伝える。あたしと電は、そういう仲だと思ってる」
隠し事は無しだ、とは言わない。人には一つや二つくらい言いたくないことがあるだろう。相手に不満を覚えることだってきっとある。電には優しすぎるという苦言が来たのだから、まだまだ文句があってもおかしくはない。
「我慢すんなよ、電。どうせなら、お互いの嫌なところ言い合ってみるか?」
「えっ、あ、あの」
「冗談だよ。言えないことだって、言いたくないことだって、いくらでもあるだろうからさ」
「……じゃあ、深雪ちゃんから電の嫌なところ言ってください」
「え゛」
冗談のつもりで言ったことを、電から被せられるように言われてしまい、濁った声が出てしまった。
「ぶっちゃけ、あたしから電への不満は無ぇよ。マジで」
「……本当なのです?」
「本当だよ。つーか、さっき言ったようなモンだ。自分のこと弱い弱いって言ってるところ。自信がありすぎるヤツは信用出来ないけど、自信が無さすぎるのも、嫌っていうより、不満っていうより、不安だ。せめて、あたしの隣にいる時は胸を張ってくれよ。1人じゃキツくても、2人ならいけるだろ」
疑心暗鬼に陥りそうな電も、深雪にここまで言ってもらったならば、そうかもと少し落ち着いた。
自信はない。それは常々だ。だが、深雪と共に戦うのならば、負けないと信じられる。そこに自分の力が少しでも加わっているのなら嬉しい。
そもそも、VR演習の時だって、島の後始末の時だって、島での戦いの時だって──思い返せば、2人で共に前を向いて先を見据えていたのだ。
たった一度の失敗で、致命的な程に仲違いを起こしているわけではない。ならば、お互いにまた支え合って前を向けるはず。
「……深雪ちゃんに頼り切っちゃうかもしれないのです」
「おう、頼れ頼れ。頼っちゃいけないなんていつ言ったよ。むしろ、あたしからも頼らせてくれ。あたしに見えてないモンが見えてるのが電なんだからな。あたしの隣を、背中を、守ってくれ」
自信はない。だが、深雪に頼られることが嬉しい。こんな自分を認めてくれている。そんな深雪が、本当に──
「ありがとう、なのです。こんな電を頼ってくれて」
「あたしの弱いところを補ってくれるのが電なんだ。頼るに決まってるだろ。あたしが負けないのは、電のおかげだからな」
「……そう、なのですね」
「だから、たった一度の失敗がどうした。あれだ、失敗は成長のもとなんだろ。じゃあ、電はもう失敗しないよな」
「っ、あ、あの、それ言われちゃうと、緊張してしまうのですけど……」
「ははっ、それくらい信用してるってことだ。電はあたしより頭がいいんだ。同じことにならないように、もうやり方は考えてあるんだろ?」
電はおずおずと頷く。深雪との事故を起こして、二度とあんなことを起こさないようにと、落ち込みながらも考えていた。やられるがままというわけにはいかないが、同じ状況になった時に何をするべきだったか。
身体を捻るのではなく、撃たれる前に撃つべきだった。咄嗟の行動だから、すぐには頭が回らなかったが、今考えればそうしておけばよかったと思える。
そして、そもそも同じような状況を作られないようにすればいい。無理に掴みに行ったから、目潰しをされ、蹴り上げられるように浮かされたのだ。もう少し慎重に行くべきだった。
反省する場所はいくらでも出てくる。あの時、感想戦も出来なかったこともあり、今それが始まっていた。
「電、ぶり返すようで悪いけど、あたしは大丈夫だ。でも、電は上手く前を向くことも難しいのかもしれねぇ。なら、あたしが前を向かせてやるから安心しろ」
「……頑張って、みるのです」
「ああ、頑張れないって言うより全然マシだ。それに、応援してくれるのは、あたしだけじゃあないからな。みんなで、前に進んでいこうぜ」
「……はい」
まだ浮かない顔かもをしてはいるものの、前に進み出そうとする意思は芽生えていた。空元気も出せないくらいの心境ではあるが、だとしても足掛かりだけは出来たのではなかろうか。
まだ演習をするのは難しいかもしれないが、一旦医務室からは出る2人。すると、中の声は聞いていなかったかもしれないが、さも当然のように丹陽が待ち構えていた。
予想通りだったので驚くことは無かったが、相変わらずだなと苦笑する。
「電さん、自信が持てないんですよね」
あまりにも当たり前のように聞くことで、こいつはデリカシーとかないのかと思ってしまう深雪。
「は、はい……」
「私は、そういう時に何をするか知っています。私だって最初の頃は失敗続きでしたから」
イメージ出来ないなと2人は思った。第一世代の伝説、今も生きる天才、戦えないだけのヤバい艦娘、丹陽。その若かりし頃の失敗談なんて、考えたことがない。
「私も子供でしたから。砲撃は当たらなかったし、爆撃は直撃するし。顔面にドカンされたことだって何度もありますとも」
「そうなのな……」
「それに、事故をしたことだってあります。垣間見えるを失敗して、正面衝突。演習なのに入渠ということもしたことはありますよ」
電がビクッと反応する。まさにさっき起きたこと。
「でも、その失敗をしたことで、私はより上手く動けるようになりました。不謹慎かもしれませんが、一度やらないと身体が覚えません。むしろ、決戦前に経験出来たことは、ある意味良かったかもしれませんよ」
最も大事な決戦中に同じようなことが起きたとしたら、電が戦闘不能になってどうにもならなくなるということも考えられる。
それを事前練習出来たことは、不幸中の幸いとも言えるだろう。喜べることではないのだが。
ここで丹陽は1つ提案する。
「なので、今電さんに必要なのは、成功体験です」
無理してやる必要はないけど、やっぱり知っておきたいモノ。