後始末屋の特異点   作:緋寺

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成功体験

「なので、今電さんに必要なのは、成功体験です」

 

 自信を失っている電に対して丹陽が提案したのは、コレである。深雪を怪我させてしまった電に必要なのは、失敗してしまったという記憶以上に、成功したという体験だと。

 

「少し昔話になりますが、聞いてください。今なら私も笑い話……とまではいきませんが、そういうことをしてしまったモノだと話せることではありますから」

「丹陽の、現役だった頃の失敗ってことか?」

「そういうことですね。それをどうやって乗り越えさせてもらったのかも」

 

 丹陽は一旦腰を落ち着けようと食堂へ促す。そこは軍港鎮守府の施設であるためか、セレスはいなかった。軍港都市にある食の探究に、特に力を入れているらしい。

 そのため、軍港鎮守府の間宮と伊良湖にお茶をお願いして、一息吐いてから話を始める。深雪も電も、これまでずっと心にあまり余裕がない状態でいたため、ここで落ち着くのは必要であった。

 

「私が現役だった頃、それこそ85年前ですね。私だって生まれたばかりの艦娘だったわけで、この身体での海戦は素人でした。純粋種っていうのは、ある程度身体が動くモノではあるんですが、それでも訓練をしないとちゃんとしたことは出来ません。それに、やらなければやらないだけ鈍ってしまいます」

 

 丹陽が語り出す、第一次深海戦争の時の裏話。それは、人類側も探り探りであったということ。深海棲艦という未知の脅威に対抗する唯一の手段として、上手く共栄出来るようにと行動し、艦娘は艦娘で自分達がどのように戦っていけばいいのかを考えている。

 

 そんな中、生まれたばかりの丹陽は、今の第一世代の伝説とは別人と言ってもいいくらいの、非常に無邪気な子供だった。丹陽自身、過去の自分を語る時は少し恥ずかしそうに、歳を重ねたお婆ちゃんのような仕草で話す。

 

「あの時の私は本当に子供で。何にでも興味を持って、それこそ周りのことを考えずにいたと思います。訓練の時も、チームプレイとか殆ど考えてなかったですね。要は、仲間のこともちゃんと見えていなかった子供だったんですよ」

 

 そうは思えないと言おうとした深雪だったが、あくまでも過去の話。そんな丹陽だって何十年という時間を経て、今のような落ち着いた性格になっているのだから、かつてのことはわからない。

 

「そこで、私はやらかしました。演習中、うん、まさに電さんと同じようなことが起きてしまったんです」

 

 ビクッと反応する電。

 

「1対1の演習、本来なら仲間達と連携しての戦いを基本としていますが、何かの弾みで孤立してしまうこともあるでしょう。それを想定したモノでした。相手は私と同じ駆逐艦。当時から敵深海棲艦には、駆逐棲姫みたいなヒト型の駆逐艦も出てきています。なので、それを斃す、もしくは規定の場所まで逃げ果せるというのが勝利条件でした」

 

 孤立してしまったのなら、仲間と合流をする必要もある。そのため、目の前の敵を斃す以外にも、完璧に逃げるというのも勝ちに繋がる。そこまで見越した訓練だった。

 なお、それを提案したのは、丹陽の記憶に刻み込まれている提督だ。艦娘のことを兵器ではなく、共に生きる者として扱っている、その時代の中ではよくいるタイプの存在。

 

「要はわざわざ敵と睨み合いをしなくていいんです。隙を見て擦り抜けて、後ろを気にしながら逃げ切ればいい。むしろ、そちらを推奨されていたくらいです。あくまでも命を大事に。生きていれば、明日がある。だから無理をしない。死んだら負けだが生きてればいつか勝てる。それが、私の提督のよく話していたことでしたから」

 

 しかし、丹陽はここでやらかしたという。

 

「でも、その時の私は、少し子供すぎたんです。別に逃げることを臆病風に吹かれたとか思っていたわけではありません。ですが、奇を衒ったことをすれば、より良い成果が見られるだろうなんて調子づいて。そこで、今でこそうみどりでは普通になってしまいましたが、当時ではその戦い方自体が未知数だったこと──接近戦を仕掛けてしまったんです」

 

 砲雷撃戦で敵に接触するほど近付くことは、ただひたすら危険な行為である。無意識に避ける傾向にあった。純粋種なら尚更、衝突の危険性が艦の頃と同じ考え方なのだ。うみどりでは普通、というのが少々おかしな話ではあるのだが。

 そのため、艦娘の戦闘で、史上初と言っていい近接戦闘を丹陽が仕掛けたことになる。演習だからそこまで危険性もない。その時は武器なども持っていなければ、格闘の技術もあるわけではなかった、いわば、子供の喧嘩みたいなもの。

 

 しかし、それがよろしくなかった。良くも悪くも、艦娘は人間と同じ見た目の身体。小回りが利く代わりに、艦とは比べ物にならないくらいに脆い。ちょっとの接触なら、艦なら傷が少し付く程度だろうが、艦娘の身体はそうは行かなかった。

 

「強引に擦り抜けて、あわよくば敵に致命的な一打を当てて、そして逃げ果せることが出来れば完璧だって。しかし……現実はわかりやすいことだった。私は自分の艤装のことをちゃんと理解していなかった。まぁ、私の艤装って皆さんと違ってかなり小さい方なんですが、それでも無理矢理ぶつかれば、相応に痛いことになります。体当たりを仕掛けて、道をこじ開けようとしたことで、相手方の予想外なダメージが入ってしまった」

 

 回避能力に自信があるならば、撃たれている中でも正面から突撃だってしてしまうだろう。子供だった丹陽は、その時には演習ということもあって、かなり無謀な突撃をしたらしい。

 その結果、砲撃を避けた時に波で少し足を滑らせてしまった。ただそれで転ぶだけなら、何やってんだで済むところだったのだが、現実はそれ以上の大惨事を引き起こした。背中から相手方に倒れ込んでしまい、小さいながらも背負っている艤装の基部が胴に直撃。勢いもついてしまっていたことで、その相手方の艦娘は、肋を数本折り、危うく肺に傷が付きかねない大怪我を負って、演習だというのに即入渠という悲惨な展開になったという。

 

「ここで私は、自分が何をやらかしたのかを理解しました。そして、その時から戦えなくなりました。また仲間を傷つけかねないと」

 

 電と同じような心境。深雪に対してというところではあるものの、当時の丹陽とかなり近しい。

 

「私のトラウマはその時はかなり深刻で。普通の演習もままならなくなってしまって」

「……でも、丹陽は第一世代では伝説になるくらいの戦果を持ってるんだろ?」

「恥ずかしながら。話はその後のことになります。私が怪我を負わせた相手方の艦娘が、少し後に提督に進言してくれたことがあるんです。それが、()()()()()()()()()()()()()()()と」

 

 怪我を負った側だって、演習中にそんなことになったらトラウマになりかねない。現実に、しばらくは丹陽と顔を合わせるのも難しかったという。だがそれは、丹陽側から避けていただけであることが後にわかることだったりする。

 

「私は言われました。あの時の同じようにやれと。急な接近戦を仕掛けて構わない。やりたいようにやれと。私は怖くて怖くて仕方ありませんでした。ですが……その人に言われてしまったんですから、やらざるを得ません。そして……運命の演習、私はまた接近戦を仕掛けました。今度こそ失敗しない、あんなことが起きないようにと緊張しながら」

 

 だが、丹陽のそれに対して、相手方の艦娘は強い言葉でこう言った。『腑抜けた動きをするな』と。

 

「トラウマはあっても、そこまで煽られた子供だった私は、カチンと来て突撃してしまったんです。そうしたら、案の定また同じ失敗を繰り返しそうになりました。波に足を取られて、ひっくり返りそうになりながら、また艤装を直撃させかけた。でも……そうはならなかった」

 

 丹陽は当時を思い出してクスリと微笑む。

 

「そんな私の行動を見越したかのように、あの人は、私の艤装を蹴って止めたんですよ。すごくないですか。当時は格闘ということも考えられなかった時です。それなのに、私の身体は、あの人の足で完全に止められて、海面に叩きつけられた。そして一言──『甘い』と」

 

 その時丹陽は、いろんな意味で動けなくなったという。いきなりそうされたこともだが、見事に抑え込まれたこと、そして、同じことが起きなかったことに茫然としてしまった。

 

「続けて、『上手く行くまで付き合ってあげるから、どんどんやりなさい』と、私にそれを促し続けました。何度も何度も。そして、私は初めての接近戦で足をもつれさせることなく無理矢理すり抜け、かつあの人を傷付けることなく撤退することに成功した。その後から、私は失敗がゼロになりました。成功体験が、私を一つ上のランクに押し上げてくれたんです」

 

 過去を懐かしむように息を吐く。

 

「私が言いたいのは、一度の失敗で恐れず、立ち向かい、そして成功させる。その経験が、より成長を促す。そういうことです。私の場合、と言われてしまえばそこまでなんですが、ずっと怖がっていたら、私はあの時に艦娘としての生を終えていたかもしれません。ですが、あの人のおかげで、より高みへと行くことが出来ました。電さん、かなり強引かもしれませんが、私はまた、同じようにやってみてもいいと思います。怖いのは百も承知。それでも立ち向かう勇気を持ってみてはどうでしょう」

 

 そんなこと言われても、というのが電の本心である。丹陽とは事情が違うのだから、同じにされても困ると。

 しかし、勇気を持てというのは同意出来るモノではある。チャレンジすらしないで引きこもっていても、成長なんてとても出来やしない。

 

 深雪も話を聞いていて、成功することで自信が持てて、他の行動にもその自信が反映されるということを理解した。というか、電はまさにそのタイプだった。

 深雪と共に戦い、後ろ向きな感情が無いときは、非常に優秀な成績を収めている。特異点としての力が覚醒した時など、その傾向が顕著だ。

 

「……電、もう一度やってみようぜ。次はあたしもあんなことにはならねぇ」

「えっ」

「成功体験なんて丹陽は言ってるけど、成功も失敗も関係ねぇや。要は、()()()()()ことに意味があるんだ」

 

 丹陽はにっこり笑って頷いた。

 

「だから、もう一度やろう。何度でもやろう。怖いなら仮想空間での演習でもいい。とにかく、あたしと電で、やっていこう」

「っ……深雪ちゃんと、電で……っ」

 

 心が揺らいだ。前の方向に。

 

 

 

 

「そう、必要なのは、勇気です。──そうですよね、初風さん」

 

 聞こえないくらいの声色で、その名を呼ぶ。丹陽の勇気の源は、やはりそこにある。

 電にも、その丹陽の思いは通じるか。

 




最終的に成功するまでやるという意味で、必要なのが成功体験。成功することが意義ではなく、そこまでの道のりが本当に必要なモノ。
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