電の成功体験のために、まず必要だということになったのは、戦艦の身体と大きくなった艤装に対しての慣れ。戦艦について非常に詳しい清霜の見立てから、艤装を装備したまま今日1日を生活して距離感を掴むことに専念するべきと判断された。
演習をするにしてもしないにしても、慣れるのは絶対的に必要。そこは同じ経験をしている長門からも推奨されたため、電はまずそれに従って艤装を装備したままとなった。
「艤装が違和感なくそこにあるから距離感が掴めなくなるんだよな。あたしのは本当にほとんど大きさ変わってないようなモンだったけどさ」
実際は大きさが変わっていないのではなく、身体と艤装の比率が変わっていないだけ。距離感が身体のサイズに合っており、違和感なく動くことが出来るだけである。
それと比べると電は、身体自体はそこまで大きくなっていない代わりに、艤装に自由度が出過ぎており、大きくなると今のように比率が大分変わってしまう。
「……これで何か変わるのでしょうか……」
不安な電は、どうしても後ろ向きな言葉が出てしまう。言われるがままに従って、流されるままに始めてみたが、どうにも疑心暗鬼になってしまっているところはある。
だが、深雪はそれを聞いても笑顔を崩さない。
「大丈夫だって。長門さんもこうやって慣れていったって言ってただろ。誰だって通る道なんだよ、そういうデカい艤装を使うことになったヤツってのは」
「そう……なのです……?」
「そういうモンなんだよ。多分な」
深雪は自分がそれを体験できないから憶測でしか話せない。しかし、実体験を交えた話を聞けたからこそ、今やっていることは間違っていないと思えた。
電は賢い。ならば、こうして生活の中に入っている内に、その距離感が身体に刻まれるはずだと。
「流石に装備したまま食堂とかは行けないけどな」
「……出入り口で絶対引っかかるのです」
「つーか、ここの艦娘だって、艤装装備したまま出歩いてることないしな。工廠の中でだけってことでやっていこうぜ」
わざわざ狭いところに行こうとは思わない。艤装を装備しているのが当たり前の場所にいる時は、その装備を外さないという方針。
先程話を聞いた長門だって、身体を拭いた後は艤装を再装備しているくらいだ。次の演習まで、装備はしたまま行動するというだけ。
そんな長門の動きを見てみると、大きな艤装を背負った者の行動の仕方がよくわかる。そもそも人の密集した場所に割り入って向かうようなことをしない。そして周囲も余程のことがない限りはその範囲には足を踏み入れない。今の装備になって長いので、周りも合わせることが出来ている。
とはいえ、戦闘中となると話は変わる。そこまでしっかり周囲の状況を考えることが出来なくなるので、咄嗟の行動で距離感がわからなくなることは多いだろう。
自分の占める範囲がここまでという自覚を得ること。それが一番必要なことである。
「お、立ち直った……ってわけではなさそうだねぇ」
不意に聞こえた声に電はビクッと反応する。そして聞こえた方に身体を向けようとして、ハッと動きが止まった。ぎこちなく、錆びついたロボットのようにゆっくりと振り向くと、そこにいたのはグレカーレ。隣には白雲もいる。
「手が届く範囲を身体に馴染ませてる感じ?」
「ま、そんなところだな。何処までが電なのかってのを、ちゃんと知っておこうって清霜から聞いてさ」
「流石戦艦マニア。戦艦に対してのアドバイスがわかりやすいね」
ニコニコしながら電に近付く。目と鼻の先というところまで来ると、ここで身体を捻られたら艤装が直撃するだろうという立ち位置に。
「わーお、やっぱり圧がすごいね。大きな艤装の前に立つと」
「そう、なのです?」
「そうそう。これはこれで強みだよね。決戦でもさ、もしかしたらそれを活かして戦うことになるかもしれないよ?」
グレカーレはあの事故に関してもポジティブに捉えている。深雪が怪我をしたことは忘れてはいないが、そういうことになるということは、敵にも効くということに他ならない。何せ、深雪も深海棲艦の姿でいたにもかかわらず、その一撃は不意だったにしろ骨に影響を与える程だったのだから。
いざという時、可能ならば、その艤装を敵カテゴリーKにぶち当てるというのも戦闘の手段の1つだと考えている。自分には出来ず、電だから出来る、ラムアタックに近い攻撃。
「敵味方の分別をつけ、味方には一歩引き、敵には一歩進む。それだけで、電様はまた1つ戦術を増やしたということになりましょう。お姉様には同じことは出来ませぬ」
「だな。あたしの艤装は電の今程デカくないし、電と同じことは出来ねぇや。それに、それくらいの一発を入れてやらないといけない時もあるかもしれねぇ」
白雲もかなり肯定的であり、緊急時の体当たりは有用な手段だと思っている。深雪もそうだ。
しかし、電にはまだそこまで前向きになれる要素はない。
「……白雲ちゃんは、怒らないのです?」
「何故、電様に怒りを持つ必要が」
「電の不注意で、深雪ちゃんに怪我をさせてしまったのです……」
事故を起こして茫然としてしまった電に叱咤激励をしてくれた白雲に、少しだけ疑問があった。最愛の姉である深雪を傷付けたことが許せないと思ってもおかしくはないだろう。だが、そんな素振りを一切見せるようなことはない。親身に寄り添ってくれている。
「電様がわざと引き起こしたというのならば、この白雲、電様であろうとお構いなしに始末していたでしょう。うみどりから居場所を無くし、一生後悔させていました」
「っ……」
「ですが、あくまでも事故、慣れていないが故の不手際、何より電様がそれを後悔しているのですから、怒りなどございません。白雲の呪いにも、電様は引っかかりません故」
カテゴリーMの呪いはあるが、電のその行動に怒りや憎しみなど一切持たないと断言する。
「それに、お姉様が電様に怒りを持っていない時点で、白雲が怒りを持つ理由がございません。お姉様がお許しになられているのです」
逆に、深雪が許していなければ、白雲は深雪以上の怒りを以て叩き潰そうとするだろう。そして、そんなことがないとも断言出来る。
「自信を持ってくださいませ、電様」
「そうそう、あたし達に出来ないこと出来んだからさ、もっと胸張っていいんだよ、そのデッカくなった胸をさぁ!」
いきなり電の胸を鷲掴みにしようとしたグレカーレに、電は目を見開いて咄嗟に身を捻った。ということは、その大きくなった艤装が、グレカーレ目掛けて振り回されることになる。何もしなければ直撃。グレカーレはトラックに轢かれたかのように吹き飛ばされるだろう。
しかし、グレカーレはニヤリと笑みを浮かべると、さらに電に距離を詰めることで、艤装の直撃を回避。さらには、抱き着くように電と密着して、その胸に顔を押し付ける。
「ふぃー、危ない危ない。でも、それがこっちの思うツボだぜーっ! あー、柔らかぁ、いいなぁ大人の身体、羨ましいボインボインっぷりだぁ」
「ひっ、ぐ、グレカーレちゃん、やめ」
「役得役得ぅ!」
今回のグレカーレは一味違った。電が叫んでも変わらず、その身体を堪能しようとし始めた。
故に、すぐさま深雪が対処する。グレカーレの首根っこを掴んで、グッと引き剥がした。深雪も深海棲艦化しているためその膂力は凄まじく、それだけで猫を掴むかのようにプラーンとぶら下がっているような状態となってしまっている。
「お前いい加減にしとけよ」
「にゃーん、でもさ、あたしイナヅマと
電はそこで初めて自分がやらかしかけたことを理解する。身体を捻っただけでも、正面の相手に艤装をぶつけてしまう可能性。完全な不意打ちに、逆に不意打ちを決めてしまうという大惨事の温床。グレカーレはそれを、自ら身体を張って回避するところを見せた。
その後の行動に問題がありすぎるくらいなのだが、しかしそれでも傷付いていない姿は見せているのだから、やり方次第では事故なんて起きないということに気付くことは出来た。
まだ電自身ではなく、相手の配慮によって事故を回避する、という点では、全てが解決したわけではないのだが、それでも距離感と覚えなくてはならないことが1つ理解出来た。
咄嗟とはいえ、身を捻るのが良くない。事故をしたくなければ、それが出来る範囲をちゃんと覚える。
「……グレカーレちゃん……ありがとうなのです。ほんの少しだけ、振る舞い方がわかったかも、なのです」
「ふっふっふ、どーいたしまして! お礼はもっかいそのでっかいおっぱいで夢いっぱい」
「やめろっつってんだろ」
深雪がより引き剥がしていく。電はその光景に、小さく、本当に小さく、クスリと笑みを浮かべた。
落ち込んでいた、俯いていた電に笑みが戻ってきたことに、深雪は内心喜んだ。だが、それを引き出した方法に難がありすぎるため、グレカーレには折檻が必要だと考える。
「お前今から演習な」
「お、ミユキが相手してくれるのかなー? イナヅマの方がでっかいけど、ミユキも今の姿だとかなりでっかいからね、接近戦仕掛けちゃうぞー」
「綾波ー、次の相手はコイツなー」
グレカーレの笑みが引き攣ったのが見えた。これには、電も白雲も、わかりやすく笑いが出ていた。
「……まぁ、感謝はしてるよ。あたしじゃ、今の電を笑わせることは出来そうになかった。でも、それとこれとは話が別だ。おら、行ってこい」
「し、シラクモ、タッグでやろう。アヤナミ相手に1対1は、流石のあたしも無理くさいから!」
「全く、仕方ありませんね。貸し3くらいでよろしいですか?」
「返せるアテが無ぇーっ!」
結果的にグレカーレは綾波無双に巻き込まれてぶっ飛ばされることになるのだが、それでも反省はしなかったという。
電の気持ちを少しだけでも明るくしたのは、グレカーレの功績。深雪は本当に感謝している。自分では出来ないことをやってくれたのだから。
グレカーレがやるような、そんな手段でも、電は少しだけ明るさを取り戻そうとしました。深雪にはここまではやれない。