後始末屋の特異点   作:緋寺

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ポジティブ

 電の艤装慣れへの時間は続く。午前中は結局方針を決めるだけで終わっており、昼食のための休憩の時間となった。

 本来ならば、対特異点の演習によって、決戦に向けての戦い方を学ぶ予定だったのだが、予期せぬ事故によりそれもままならなくなってしまった。午後からは改めてそれをやっていきたいと思うが、電のメンタル面から、それが可能かは何とも言えない。

 

「お姉様、電様、昼食をいただいてきました。こちらでお召し上がりください」

 

 白雲が率先して食堂から昼食を運んでくる。今の電では食堂に入ることが出来ず、無理して向かおうモノなら、軍港鎮守府の一部に傷をつけてしまいかねない。そのため、工廠でも食べられるようにと軽食を作ってもらい、それを持ってきたのだ。

 午後からも踏ん張っていけるようにと、おにぎりとスープ、そこに唐揚げなどのお弁当スタイル。セレスの作ってくれる料理もいいが、こういった素朴なモノもいいと、深雪と電は舌鼓を打つ。

 

「午後からはどうする。電は慣れるために艤装は装備しっぱなしだと思うけど」

 

 精神面が理由なのだから、そこは無理強いすることはない。決戦までもう時間はないが、それでもここで無理矢理やったら、余計な怪我をしてしまうかもしれない。致命的なダメージを受けてしまう可能性だってある。

 

「……本当に距離感を掴まなくちゃいけないのは、戦闘中だと思うのです」

「そりゃあ、そうだな。でも、やれるか?」

「……なんとも、言えないのです」

 

 電のメンタルはまだ完全には復調していない。午前中に周囲からいろいろとアドバイスを貰っているおかげで、多少は立て直してきているものの、やはり深雪に怪我を負わせた時の感覚がまだ残っている。

 

 深雪自身はコンバート改装により体力を犠牲に全回復をすることが出来ており、その際に消耗した分も、午前中を休息に使うことでおおよそ元に戻っている。

 これまでの時間を常に深海棲艦の姿でいたことで、深雪もそこは慣れが生じているか。

 

「出来るようになったらやればいいさ。無理して壊れたら意味が無ぇからな」

「……なのです」

 

 これもまた、電のメンタルを削ること。本来ならばやっていたことが、自分のせいで頓挫しているだなんて、優しい電には耐えられない。申し訳なさで苦しくなって、だがそんな状態でやり始めたらまた同じようなことを起こしてしまう。負のスパイラルからは、簡単には抜けられない。

 

「電も……前を向きたいのです。でも、またあんなことが、起きたらって思うと……」

「起きねぇよ」

 

 不安を語る電だが、深雪はそれを笑顔で返した。あんな事故は二度と起きないと断言する。

 

「二度も同じことにはならない。それに、電だって気をつけてる。なら、大丈夫だ。根拠のない自信って言われちまえばそうなんだけどさ」

「深雪ちゃん……」

「だから、やれそうだって思ったらやろうぜ。無理ならそれはそれで別に構わないだろ。みんなも納得してくれてる」

 

 誰も電に無理強いはしない。計画が頓挫したことに文句を言う者もいない。電のことを悪く思う者なんて誰もいないのだ。ゆっくり立て直していけばいい。

 

「……もう少しだけ、もう少しだけ時間をください」

「ああ、電が決めることだ。あたしがどうこう言えることじゃないさ」

 

 深雪はいつも電に寄り添っている。どんな選択をしたって、それを否定することはない。電は、そんな深雪に甘えるばかりじゃいけないと思いながら、午後からどうするべきかを考えた。

 

 

 

 

 皆の休息も終わり、午後からも徹底的に演習で最後の詰めを進めていく。相手方の想定は、相変わらず綾波が担当。暁の分析まで加わっているため、ちょっとやそっとじゃ崩れない、最強の敵として君臨してくれている。

 その演習方法は、非常にわかりやすい。綾波が出来ること、暁が出来ることを、その場で全てやっているのみ。しかし、それが軍港鎮守府最強の動きなのだから、簡単に突破させてくれることはない。むしろ、現在負け越しと言ってもいいほどに負けている。

 

「純粋な戦闘力を力の限りぶつけてくる戦い方は、潜水艦の時に現れたあの小さいカテゴリーKと近いと思うんだよね。アレより理不尽さがないだけで」

 

 そう2人に話すのは、実際に小柄と戦っている子日だ。その子日も綾波との演習を経て、惜しくも敗北している1人。相方は夕立だったのだが、それでも勝てなかったという。

 

「暁ちゃんがさ、『迷彩』看破してくるの。何でもありだから子日もやれること全部やってるのに、姿隠しが通用しないってヤバくない?」

「あー……あのイリスまで駆り出した『迷彩』の敵の時にそうだったもんな。綾波も透明な敵を知ってるから、すぐに対処してきたか」

「そうそう、イリスさんの目とかあるわけでもないのにだよ。凄すぎだよ」

 

 子日には『迷彩』という取っておきがある。誰かに悟られずに、透明となって行動が出来る力だ。しかし、暁はそれすらこれまでの行動からの予測で居場所を看破してしまう。そして綾波は、そこから一拍置いてからの行動のはずなのに、上回る速度で子日を圧倒した。

 

「夕立の『ダメコン』も弱点炙り出されたっぽい」

「子日と組んで、それか……?」

「ぽい。ダメージはないけど衝撃は消せないから、暁と一緒に全く同じ場所撃たれて、その衝撃で吹っ飛ばされ続けたっぽい」

「なんだそりゃ……」

 

 そして子日と組んでいた夕立も、砲撃を受けても少しの痛みだけで傷がつかない『ダメコン』を使って立ち向かったのだが、衝撃に弱いという点を突かれて、綾波と暁による同時砲撃を全く同じ場所に叩き込まれるという神業的な技で、夕立は前進を許されなかった。

 

 しかし、そうやって各々()()()()()()()()()をやってもらえているのはありがたい。その時の対処法というものが必要になるが、それを事前に知れたことは大きな学びとなる。

 

「時雨の『タービン』も、反射神経でカバーされてるっぽい。せっかくオーバークロックしてるのに、近付いたら後ろ向かれて、時雨はぎゃあって声出したくらい」

「滅茶苦茶すぎるだろ……そんなのにどうすりゃ勝てるんだよ……いや、神風は勝ってんのか。仮想空間の演習で」

「時雨のそれより速く動くのは、夕立達じゃかなり難しいっぽい。勘が必要」

 

 綾波と暁のコンビがどれほどのモノかを嫌という程体験する羽目になったという。特機を寄生させて力を得ている者すら手玉に取られているのだから困ったモノである。

 

「でも、負けばっかりってわけじゃないよ。綾波ちゃんだって艦娘なんだもん。隙が全くないわけじゃないからね」

「そうなのか?」

「人のカタチしてるんだから、狙うべき場所はちゃんとあるね。長門さんが水浸しだったの見たでしょ。アレがやるべきことかな」

 

 電の今後のやり方を聞くために話を聞きに行った時、長門と清霜が身体を拭いていたのは覚えている。綾波を攻略するためにやった何かの結果のようである。

 

「長門さんが、とにかく海面を撃ち続けたんだよ。綾波ちゃんと暁ちゃんの両方の視界を潰しながら、海面に波も打たせて、まともに立っていられないようにしようってね。綾波ちゃんも暁ちゃんも、反応速度が異常だけど、だからってとんでもない速さで動くとかは出来ないから、安定しないようにするって作戦だったんだ」

「なるほどな……で、そうしたことで勝てたのか」

「ギリッギリだけどね。清霜ちゃんが戦装大発も持ち出してるから、それで完全に奇を衒って。でも、二度目は通用しないかな……」

 

 初めて見せる戦術ならば押し込めるかもしれないが、一度知られた戦術は通用しない。子日はそう語る。

 

「あの小さいカテゴリーKに勝つためには、それくらいしないとダメってことだよ。かなり無理矢理押し込む、普通じゃ考えられないこと、一度も見ていないモノを使う。それが勝機かなぁって」

 

 子日の目標は、あの小柄のようである。一度戦っており、軽めだが舌戦まで繰り広げていることもあるため、あの子供はどうにかしてやらなければならないと考えている。

 

 とはいえ、襟帆鎮守府のカテゴリーK達を無視しているわけではない。情報は逐一送られてきているが、まだまだ謎が多すぎる。誰もが艦種詐欺を仕掛けてくるということはわかっているため、小柄程ではなくても力押しのインチキをしてくるのは間違いない。

 この綾波との演習は、まさにそこも視野に入れている。綾波が艦種詐欺をしているわけではないのだが、出来ることと異常なフィジカルだけでここまで追いついてくるどころか追い抜いてくるのだから、相手にとって不足はない。

 

「せめて、綾波ちゃんと五分五分くらいでないとね」

「ぽい。夕立は結構慣れてきたから、もう少しで追いつけるっぽい!」

「そのもう少しが遠いんだよなぁ」

 

 綾波無双はまだまだ続いている。勝てたとしても判定勝ちの辛勝。負ける時は圧倒的な敗北。綾波に勝てなければ、カテゴリーKに勝つことは難しいとも感じる。

 

「深雪なら対応出来るっぽい?」

「やってみないとわからねぇな。アイツ煙幕出してる最中にも突撃してくるだろうし。徹底的に当たらない状況を作って、無理に近付いて……ってなっても、こっちの殺気に反応してきそうだし」

「煙幕も効かないってなったら、いよいよ特異点じゃないかな」

 

 子日が苦笑するものの、実際そういうこともありそうというのが実情。特異点はあくまでも不思議な力を持つ艦娘。それ以上に鍛錬を積み上げた者、そして天才には、劣る部分も多々ある。

 現実、深雪は未だ神風には勝てないわけで、実力だけでいうなら熟練者と言えるくらい。自分でも強者であるだなんて思っていない。

 

「とにかく、綾波ちゃん相手にもっと勝てるようにならないとね」

「ぽい! いろんな作戦をやってみるっぽい!」

 

 子日も夕立もやる気満々だ。負け続けても心が折れることなんてない。

 

 

 

 

 そんな2人から、真っ直ぐな心の強さを見せてもらった電は、また少しだけ前を向くことが出来た。負けても前に、勝ったらなお前に。そのポジティブさを自分でも持ちたいと、ほんの少しでも思えた。

 




長門清霜コンビは、なんと綾波に一度勝っていた模様。ここ特機入ってないんだぜ……?
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