午後からも演習は続く。イキイキとした綾波がまだまだやっており、多少の黒星をつけられつつも、殆ど勝ち続けてツヤツヤである。
うみどりの面々も、綾波攻略は決戦で間違いなく役に立つと、誰も心が折れることなく躍起になっていた。特に一度でも勝利を収めることが出来た者達は、その時の傾向からどのような策が通用するかを考え、同じことは二度も通用しないだろうと思い、出来る限りの奇を衒った手段を編み出していく。
演習とは思えないような濃厚な時間。実戦でもなかなか無い、それをするかもわからないが知っておいた方がいいということをみんなで考える時間。
「んー、そろそろもう少し変わった戦いがしたいですね〜」
しかし、綾波のこの言葉によって空気が少し変わる。これまでの作戦もおおよそ効かなくなってきたところで、もっとおかしなことをしてほしいと言い出したのだ。
「深雪ちゃぁん、そろそろやれますぅ?」
そして、特異点をご指名。仮想空間でのVR演習では、特殊な力が無い状態での戦いだったので、それはもうコテンパンにされたモノだが、今この場、煙幕も何もかも使えるという状態ならば、大きく話が変わると、綾波はニッコニコで申し出てきた。
言われた深雪はギョッとした顔を見せる。特異点の力が使えなかったとはいえ、アレだけボコボコにされた相手である。
「綾波が深雪ちゃんを攻略出来ればぁ、皆さんも黒い特異点を乗り越えられるということですよねぇ?」
「そりゃあそうだけどな。よし、いいだろ、やってみっか」
深雪を超えること。それが、今最も敵として厄介な黒深雪との戦いの対策に繋がるだろう。本来ならうみどりの面々がやるべきなのだろうが、そこは綾波が先んじて例を見せると言い出したのだ。
深雪も本来の演習に戻すのだと、ここでやる気を出す。電はまだ厳しいかもしれないが、それならば深雪だけで向かうだけ。
「電、どうだ、まだ厳しいか?」
深雪に言われ、電はドキリとする。深雪が出るなら自分も出るべき。しかし、また事故を起こしてしまったらどうしようという後ろ向きな気持ちが非常に強い。一緒に組んでやるにしても、近付いたら艤装に巻き込んでしまいかねないのだ。
とはいえ、ここまで数時間、艤装を常に装備した状態で行動したことで、距離感は少しくらいは掴めてきている。時間もそこまで無いのだから、ここで深雪と共に戦場に立つことをもう一度知っておいた方がいい。
それはわかっているのだが、身体が簡単に動いてくれない。メンタル面の問題は、そう簡単にどうこう出来るモノでは無い。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、大丈夫大丈夫。そりゃあ怖いよな。だったら、見ててくれよ、あたしの演習を。それで、いいとこ悪いとこ探してくれ」
深雪はずっと笑顔だ。電のことを思って、無理はさせない。今はまだ厳しいかと考え、まずは深雪自身の動きをより客観的に見て、サポートのしやすさを確認してもらおうと考えた。
VR演習でも同じようなことをしたが、今度は実際の演習でどうなるかだ。煙幕で見えなくなるなどはあるとは思われるが、やらないよりはやった方がマシ。
「……ごめんなさい……」
「電、勇気を持つのは大変だと思う。あたしを見て少しでも前を向けるなら、それはそれで嬉しいぜ。それじゃあ、行ってくる」
申し訳なさが先立つ電。深雪が後ろ向きな電を許容し、時間経過による回復を促していることが、余計に罪悪感に繋がる。うみどりの面々が常に前向きであることを見てきているのに、自分だけまだこうやって立ち止まってしまっている。
「お姉様、この白雲が補佐を務めさせていただきます。綾波様だけでなく、暁様もあちらにはいらっしゃいます故、特異点だとしても1人で立ち向かうのは難儀かと」
「ああ、頼んだ。グレカーレ、電を頼む。巫山戯たことすんなよ」
「わかってらーい。あたしは時と場合を理解してるイイ女だから」
「はっ、まぁ頼りにしてる」
深雪は白雲と共に綾波へと挑むため、前に進み出た。ついに来たかという空気。綾波の笑みもより深く。
「深雪ちゃんと白雲ちゃんですねぇ。特異点の力が合わさった『冷却』の力、どうなるか楽しみですねぇ」
「残念ながら、白雲は先んじて見せてしまっています。ただやるだけでは一方的に敗北するのみでしょう。お姉様と力を合わせれば、話は変わると思いますが」
「おう、多少は変えられるぜ。綾波にもぶち込んでやろう」
特異点の演習がようやく始まる。特異点同士の戦いは煙幕を使いまくりのせいであまり見えていなかった部分もあるが、そんな特異点が綾波と戦うとあれば、誰もが注目せざるを得ない。
「さぁ、やりましょう♪」
「おう、現実では負けねぇからな」
「現実でも負けません♪」
所定の位置に移動し、そして演習開始のブザーが鳴り響く。深雪は白雲と横並びとなり、早速煙幕の展開を開始。戦場全体を覆い尽くすのではなく、自分達の周囲のみを覆って自己強化を優先する。
煙幕に関してはこれまでも何度も見せ続けているのだ。対策が取られないわけがない。そして当然、そのために動くのは暁である。
「煙幕は暁が引き剥がすわ。綾波はいつも通り、真正面からで大丈夫よ」
そう言いながら暁が放つのは魚雷だ。そして、それは当てるつもりで使っているわけではない。回避させることを前提で放ち、そしてすぐさま魚雷を
それによって作りたいのは、水飛沫でも水柱でも無い。爆発した時に発生する風。煙幕は何処まで行っても煙なのだから、強い風があれば剥がせる。
風に負けない煙幕は、深雪自身が少し傷付いていることが前提条件。血を混ぜなければ出せない。つまり、暁のこの行動だけで、煙幕は散り散りになるわけではなくても、かなり霧散させられる。
「だよな、やってくるよな。わかってた」
それくらいはこれまでにいくらでも受けてきたこと。そのため、深雪は早速散らされる前の煙幕を自分で吸い込んで強化を図る。
「白雲、お前にもだ」
「ありがとう存じます。特異点の増強、謹んでお受けいたしましょう」
そして、白雲にも煙幕を吸わせることで強化。特異点だから簡単に出来るというところはあるので、特機を寄生させたカテゴリーWとはいえ、それが可能かは正直わからない。だが、深雪の優しい願いが乗った煙幕ならば、その願いは叶う。
願いは、『目の前の強敵と、対等に立ち合いたい』。ある意味、綾波の願いを聞き入れた願い。お互いに満足するため、嬉しい未来のための、乱暴ではあるが優しい願いである。
「っく、力が増幅されるかのような身の昂り、これが特異点の煙幕の効果……っ」
煙幕を吸い込んで使うのは、特異点ではない者の中では白雲が初めて。それになれたことを喜びつつ、白雲は深雪から力を与えられたことに昂揚し、そして溢れ出す力を深雪のために使うと誓う。
その心持ちがより強い力を引き出すことに繋がり、白雲の瞳が青白く光り輝いた。
「参ります。先程までの白雲ではございません」
鎖を居合の構えで握り締めると、一息。そして、深雪の前に躍り出た後、抜き、放つ。
強烈な速さで振るわれた鎖は、海面ギリギリを疾る。そして、煙幕の力によって増強された『凍結』の力が、周囲の全てを巻き込んで凍り付かせた。
瞬間、白雲の正面に、氷の壁が出来上がった。
「っ……さっきより規模が大きいですねぇっ」
白雲がこれを見せるのは初めてではない。既に行なっている綾波との演習で、グレカーレと組んでいる際にも使っている。しかし、その時には氷の礫を放つのみに止まっており、綾波はそれを瞬時に対応して、手に持つ主砲で弾き返したりしている。
だが、今の『凍結』は礫などではない。波そのものが凍りついたかのような規模。綾波の突撃も、暁の分析も、その一瞬で止めるには充分すぎるモノだった。
何せ、
「こ、ここまで、なのですか。お姉様の力は」
「あたしも驚いてるぜ、すげぇな白雲!」
その氷の壁は、暁の雷撃によって粉々に砕かれる。いくら特異点の力が加わったからといっても、そこまでの強度があるわけでもない。あくまでも氷。雷撃一発で破壊は出来る。
しかし、暁は小さく嫌な顔をしていた。深雪と白雲に攻撃を届かせるためには、1発余計に撃たなくてはならないのだ。そして、こちらには残弾があるが、白雲の氷はほぼ無制限。動き続ける限り、凍り続ける。
「ならば、さらに参りましょう。白雲の舞、篤とご覧あれ」
白雲の動きは止まらない。居合の後は、鎖を振るう舞踊が始まる。綾波はそれを止めるために主砲を放とうとするが、鎖が海面を通過するたびに、バキバキと氷が発生。一撃で破壊出来るとはいえ、逆に言えば
「これは、ふふふ、厄介ですねぇ♪」
しかし、そんな状況すらも楽しむのが綾波。普通ではない戦い、氷の壁で砲撃を食い止められるだなんて、ただの砲雷撃戦ではあり得ない出来事。それが、綾波の笑みをより引き出していく。
「でも、ただ凍るだけですからねぇ。暁ちゃあん♪」
「わかってるわ」
一撃は止められるというのならば、
「まぁ、そうなるよな。先に聞いておいてよかったぜ」
しかし、その砲撃は、深雪の壁の煙幕によって食い止められる。壁の二段構え。カタチある壁の向こうに、カタチなき壁があるのだから、簡単には通らない。
今はまだ防戦一方になりそうだが、深雪と白雲のコンビは、ここから綾波と暁を追い詰めるために策を巡らせる。
深雪と白雲の2人だけで組んで戦うっていうのは、ここまでやってきても実はとっても珍しい。そして白雲は、煙幕吸いの初めての称号を得ました。