後始末屋の特異点   作:緋寺

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穢れの対

 深雪が生まれ、電が迷い込み、時雨と和解し、そして潜水棲姫の亡骸が何かを報せるように置かれたこの海域は、うみどりの担当海域の中心部。昼目提督によってその事実が明かされた。

 しかし、だからと言ってこの場所でばかり特殊なことが起きることに繋がるとは、伊豆提督としても考えられない。イリスや深雪達も同様である。

 

「根拠は……無いのよねぇ」

 

 伊豆提督の質問に、昼目提督ははいと元気よく答えたため、周囲の者──彼を護衛に来ている調査隊の艦娘達も、苦笑か呆れるかしか出来なかった。

 

「正しい数値を測ったわけではないですが、この場の穢れが一番小さいように思えるんですよオレには」

「あくまでも憶測よねぇ」

「まぁそうなんですけど、調査隊としてそこら中の海を巡ってきたオレ達としては、ここら辺の……なんていえばいいんですかね、()が違うんですよ。なんとなくですけど」

 

 非常にフワフワした憶測ではあるが、彼の部下達は、彼が言いたいことがなんとなくわかるらしい。この海域は、他の海域と比べると()()()感じると。

 

「アナタだけならまだしも、艦娘までそう感じるというのは、確かに何かあるかもしれないけれど……あくまでも感覚的なモノよねぇ?」

「否定は出来ません。ただのオレ達の感覚です。でも、オレは……かなりオカルトですけど、ここに何かがあると感じますよ。ハルカ先輩の願いっつーか、平和になってほしい思いっつーか、そういうのがここにあるんじゃないかって」

 

 突然の感情論とオカルトじみた発言は、更なる苦笑に繋がった。だとしても、頭ごなしに否定は出来なかった。今のこの世界は、オカルトで出来ている。

 実際、純粋種や深海棲艦だって、人間からしてみればオカルトに近いし、海を漂う穢れや、純粋種を歪ませる呪いだなんて、誰が聞いてもオカルト筆頭である。

 故に、昼目提督の感覚的なそれも、実は本当にあるのではないかと疑うことになる。見落としているだけで、実際この海域はそういった未知の何かが散布されているのかもと。

 

 そんな昼目提督の発言を真剣に聞いている者もいる。この海域で生まれた深雪である。

 言ってしまえば、この海域は深雪の生まれ故郷。縁のある場所であるのにこの場所にピンと来なかったというのはあるが、だとしても知ってしまえば思い入れが出来るというもの。さらには電との出会いの場でもあると聞けば尚更である。

 ここまで聞いても、他の後始末の現場と同様にそこまで特別感が無いというのが本音ではあるものの、何かあるのではという気持ちにはなっていた。

 

「それって、何か調べればわかることなのか?」

 

 ふとした疑問を深雪が口にすると、昼目提督は腕を組んでうーんと悩み始める。

 

 穢れによる海域汚染を清浄化する薬剤は、穢れを数値化することに成功した結果。オカルトを科学で証明したようなものである。

 なら、この海域で調査隊が感じていた()()()や、この海域にあるかもしれない呪いでも穢れでもない物質の正体も、何らかの手段で確認することが出来るのでは。深雪はそう思った。

 

「すぐには答えが出せねぇ。でも、これだけのことが立て続けに起こってんだ。何かあるに決まってる。偶然じゃ片付けられねぇ」

 

 調査隊とは思えない、とんでもなく曖昧な言葉である。しかし、それに対して誰も馬鹿にせず、伊豆提督もそのやり方に異議を唱えない。

 

 この感性こそが、調査隊の真骨頂。こうやって何か違和感を覚えると言ったところを調べると、何かしらの発見があったりする。

 それを何年も繰り返してきたのがおおわしだ。そして、成果を上げ続けてきたのも。

 

「マークちゃん、確かにこの海域は他とは違う気がするわ。アナタの言った通り、純粋な艦娘と出会っているのは全てココ。それに加えて、何かを報せるように置かれた潜水棲姫の亡骸。しかも深海棲艦が寄り添っていたなんていう今までで見たこともない行動までしている。なら、ここに何かあると考えるのが当然のことだと思うわ」

 

 これが伊豆提督の意見である。伊豆提督の顔を立てるとかそういう感情は一切無しにして、()()()()()()()()。私情を挟まなくても、この海域に何かあるのは確実だと判断した。

 

「大本営に掛け合う方向で行きましょ。それがもしかしたら元凶に繋がる何かがあるかもしれないもの」

「うす。調査はオレ達の仕事なんで、任せてください。見えないモノを見つけるのも、やれないわけじゃないって証明されていますからね」

 

 昼目提督が見つけたわけではないが、穢れという深海棲艦を発生させる概念的なモノを見つけたのは、過去の調査隊である。その意志を継いでいるおおわしならば、負の象徴のような概念だけではなく、希望ある未来に向かうための概念も見つけられるはずだ。

 しかも今回はある程度()()()をつけられている。広すぎる海を片っ端から調べるわけでもなく、この海域だけを調べればいい。ならば、調査もかなり早く済ませられる可能性はある。

 

 それが例え、砂漠の中から米粒を探すような行為であっても、やり遂げれば平和に繋がるというのなら、それをやらない理由がない。

 

「方針は決まりました。この海域……じゃあ仮に名前をつけておくなら、『特異点W』としておきますが、ここを重点的に調査します。もしかしたら、潜水棲姫の亡骸をここに置いていった潜水新棲姫とも出会えるかもしれないですからね」

 

 可能性としてはそれもあり得る。潜水棲姫をここに仕方なく置くしかなかった潜水新棲姫も、この海域の特異性に導かれてここにやってきたと考えてもいい。

 穢れと対を成す清浄な概念──言うならば『晴れ』がここにあり、全ての()()()()はここに導かれるのだと。

 

「だとしたら……戦わずに済む深海棲艦もいるかもしれないということなのです?」

 

 恐る恐る電が口を挟んだ。今の話の流れからして、その潜水新棲姫は思いやりを持つ存在。理性なく侵略を繰り返すカテゴリーRとは一線を画している。

 その問いに対し、昼目提督は強く頷く。電を安心させるため、その考え方を肯定するため。

 

「ああ、あり得ると思うぜ。深海棲艦は仲間だって見殺しにする。そうしなかったってことは、人間や艦娘が持ってる()ってヤツを持ってるかもしれねぇ」

 

 だとすれば、この戦いは今考えている以上に早く終わらせられるかもしれない。第一次でも第二次でもなし得なかった、深海棲艦と平和的に方を付けるという手段が。

 勿論、人間側も意識改革は必要かもしれない。だとしても、長い長い戦いで精神的にも疲弊しているのは確かだ。それを命のやり取り抜きでどうにか出来るというのならば、縋りたい者は想定以上にいるだろう。

 

 その昼目提督の答えに、電は大いに喜んだ。戦いを嫌う心優しい電には、その希望が見えただけでも嬉しいことだった。

 深海棲艦の極僅かしかそんな考えは持っていない。それに、基本的には理性がない侵略者なのだから、全てが話し合いで解決するわけがない、戦いが簡単に終わるわけがないのは理解している。その上で、可能性が見えたことが声を上げるほどに喜ばしい。

 

「もっとオカルトじみたことを言いますけど、オレはハルカ先輩のやり方が10年かけて実を結んだのがこの結果だと思ってますからね。それこそリアルに実かもしれませんよ」

「それだと……アタシもやってきた甲斐があるというものねぇ」

「お世辞抜きで、ハルカ先輩が後始末屋の中でも一番すげぇと思いますよ」

 

 ニコニコの昼目提督に、伊豆提督も小さく喜びを露わにしていた。

 

 

 

 

 調査結果の報告はひとまず終了。これ以降により深く調査をして、潜水棲姫の出どころまで追っていく予定。その過程で潜水新棲姫と邂逅出来れば尚良し。当然、最悪の事態──潜水新棲姫が命を懸けて襲い掛かってきて、反撃せざるを得ない状況──に陥ることも想定している。カテゴリーMのように、仕方なく沈めることになるかもしれない。それだけは覚悟の上。

 

「今後の方針はこれで決まりました。じゃあ次は……お前さんだぜ」

 

 そのままの流れで時雨に目を向ける。

 

「僕と何を話すと言うんだい」

「いや、特別に何か知りたいってわけじゃあない。カテゴリーMが和解出来た初めての例だからな。単純に話がしたいだけだ」

 

 深雪の時もこうだった。ただ話がしたいだけだという前提を置く。今後の調査に役立つかもしれないと言っているが、基本的には昼目提督が相手のことを知るために言葉を交わしたいという意思がほぼ全てを占めている。

 

「お前さん、この世界についてどう思ってんだ」

 

 これも深雪の時と同じ質問。真正面から本音を切り出させるための、単純かつ曖昧な問い。

 カテゴリーWである深雪はこれに対し、悪い世界ではないと返した。良いも悪いも混在しており、過去の過ちについて怒りを見せながらも、うみどりのような善人の集まりも知っているからこそ、そう話せる。

 

「……嫌いな人間が蔓延る、滅んでもいい汚れた場所だと、僕は思って()()

 

 生まれたばかりの時は、呪いによってその観念が非常に強く刻まれていた。全ての人間は死んで然るべき。過去の罪を清算するために、命を以て償えと、強く思っていた。

 人間は世界の害悪であり、鏖殺によって世界を綺麗にする。それによって理性すら焼き尽くされているカテゴリーMはこの世で沢山生まれている。

 

 しかし、ここですぐに深雪と出会い、話すことが出来たおかげで、時雨の考え方は変わりつつある。

 

「だが、困ったことに、ここにいる人間達は裏表無く世界の平和を取り戻そうと躍起になっている。僕が滅するに値する害悪が、ここにはいないんだ。正直混乱している」

 

 人間であることが罪であるとまで言い切りそうだった時雨であるが、うみどりの人間にだけは何か別のモノを感じ取っている。

 きっかけはやはり深雪である。『文句を言うなら知ってから言え』という言葉に従った結果、知れば知るほどここには嫌悪するような悪辣な人間がいないことがわかった。

 

「でも、僕はまだ人間のことを信用はしていない。あくまでも、ここの人間は良しと出来るが、他の人間は……君も含めて何とも言えない。裏があるんじゃないかって、常に疑ってるよ」

「構わねぇよ。ちゃんと知ろうとしてくれているってならオレは何も言うことは無ぇ。さっきも言った通り、オレ達は行動で示す。普段通りでもお前さんはオレ達のことを信じるようになるだろうよ」

「自信満々だね」

「当たり前だ。オレはもう、誰かに迷惑かけるような生き方はしねぇよ」

 

 過去に何かあったような口振りだが、ここでは何も聞かないでいた。伊豆提督が余計なこと言うんじゃないと言わんばかりに昼目提督に睨みを利かせていたからである。

 

「人間はな、改心が出来る生き物だ。そりゃあ中にはそれでも本能のままにやり続けるヤツもいる。でも、それは一握りのバカだ。全員が全員じゃねぇ。それだけは肝に銘じてくれよな」

「……そうしておくよ」

 

 思ったよりは物分かりがいいなと、深雪は内心思っていた。これだけ言われても時雨は反発すると考えていたが、ここ最近のここでの生活で、多少は丸くなったのかもしれない。

 

「人間のやらかしたことは人間でケリつける。絶対に元凶は見つけてみせる。だから、今は待っていてくれ」

「君の言う一握りのバカを始末することに、僕は躊躇も遠慮もしない。君が何を言おうと、見つけ出してかならずこの手で縊り殺す。そのつもりでいてほしい」

「約束は出来ねぇな。でも、覚えておくぜ」

 

 自分の手で終わらせたい時雨と、人間の手で終わらせたい昼目提督。その思いは反するものではあるが、ここで競い合うこともしなければ、ぶつかり合うこともない。

 今は嫌でも力を合わせなくてはならないことくらい、時雨であっても理解している。むしろ、調査能力ならおおわしの方が上だ。ならば、それを利用するのも悪いことではない。

 

 少々狡賢い手段にも見えるが、それで人間と悪い関係にならないのならば、時雨を除く全員がそのやり方には口出ししなかった。この過程で、人間を信用出来るようになるはずと信じているから。

 

 

 

 

 時雨も穢れと対を成す概念に絆され始めているのかもしれない。だが、それで呪いを払拭し、本来の時雨に戻れるのかもしれないならば、誰もそれを否定しない。するわけがない。

 




ケガレと対を為すのはハレ。不浄と清浄です。
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