深雪の機転によって綾波に急激な消耗を与え、そのまま押し込んだことで、ついに勝利をもぎ取った。午前中に引き続き午後も暴れ回っていた綾波無双がここでついに止められることになる。
負けたところで次をやろうと言ってくる綾波も、今回ばかりは休息を余儀なくされる。演習終了後も簡単には立ち上がれない程で、暁に肩を借りていた程である。
「いやぁ、そういう戦い方もあるんですねぇ。痛くないのにただ疲れてるなんて、初めてですよぉ」
「悪いな、お前はもうこういう風にしか止められねぇわ」
綾波はそれでも笑顔を見せていた。初めての負け方、知らない戦い方を知れたことで、激しい疲労の中でもまだやりたいという気持ちでいっぱいである。今負けたなら、次は負けない。そんな闘争心が凄まじい。
だが、暁が一発頭を引っ叩いて、それを鎮める。大きく溜息を吐いて、深雪に軽く礼を言った。
「綾波を止めてくれてありがと。正直、暁も疲れてきてたの。でも綾波が全然止まる気配が無かったから……」
「午前も午後もぶっ通しでやってたんだよな。コイツには疲れるとかそういうの無ぇのかよ」
「ご覧の通りよ……ここまで消耗しないとやり続けるの。スタミナとかその辺りがおかしいんじゃないかしらね。付き合う方は堪ったモノじゃないわ」
でも一人前のレディは文句を言わないのと胸を張った。今言った言葉は文句じゃないのかとツッコミは野暮かなと控えている。
なお、先んじてこうされるのではと予想はしていたが綾波に伝えなかったのは、それを教えたところで綾波は何も変わらず止まらない、深雪にその選択肢があることを気付かれないようにする、そして、いい加減綾波に休憩してもらいたかった、という、暁の中で考えられたいくつかの理由を網羅していたからである。
「お姉様、あの煙幕の消耗は普通とは違います。強く出られるのは良いのですが」
「だな。綾波でコレだ。白雲は特機のおかげで今も動けてるって思った方がいいんだよな」
「おそらく。今後の使用は、定められた者にのみ行なった方がよろしいかと思います」
白雲も同じブーストを受けているが、綾波とは違い、自力で行動は可能。それは特機に与えられている自己修復が機能しているからである。それが無ければ、白雲もあの戦場で消耗して膝をついていた可能性は高い。
戦意昂揚による感覚の麻痺すら貫通するほどの消耗は、流石に多用は出来ない。定められた者──特機による寄生が施された者以外には、使用すら禁じた方が良い。
演習を終えて工廠に戻ると、その戦いに大盛り上がりだった。そして、深雪のやった煙幕について議論も行われている。
可能性として、深雪のやれることは黒深雪もやれる。そのような使い方に至っているかはわからないが、仮定としてもしやられた場合どうすればいいのか。特に瞬間的なブーストからの永続的な消耗は、戦場のど真ん中でやられたらそのまま死に繋がる。絶対に回避しなくてはならないような技だが、あの綾波すら避けられていない。
「アレを避けられるのは時雨だけっぽい」
「おそらくね。『ダメコン』とかも関係ないよ」
「速いってだけでもかなり厄介だねぇ」
夕立が言う通り、深雪の放った弾丸の煙幕は、ある程度以上に素早く動けなければ避けられない。しかも、見てから動いていてはほぼ無理。時雨のオーバークロックなら、それでもギリギリ間に合うかなという程度。
うみどりの面々でそれを可能にするのは、時雨の他だと神風と伊203くらいか。どちらもいわゆる超人組である、まともな手段では避けられないと言っても過言ではない。
「ならばこの磯風が風で吹き飛ばすのはどうだ」
「それが一番早いかもしれないね。根から断つのが手っ取り早い」
そうなると、そもそも使わせないが一番良いだろう。その手段を考えると、磯風の持つ『空冷』の力は非常に有用。余程のことがない限りは煙幕を散らせる。
しかし、それは深雪側にも言えること。黒深雪対策をしたことによって、深雪の煙幕も散らしてしまうことに問題はないか。一応、深雪には血を混ぜた重い煙という風にも飛ばされない技があるものの、そのためには深雪が傷ついていなくてはならない。少しの切り傷でもいいとはいえ、こちらもあまり多用は出来ないモノである。
「お疲れ様。そのまま工廠の奥に行ってもらえる? 全員で」
出迎えた神風が、深雪達にそう指示した。先程のブーストに関して、明石が調査しておきたいと話していたからだ。
特異点の力をまともに受けた普通の艦娘ということで、身体にどれほどの影響があるのかをきちんと調べておきたい。緊急時に使うとしても、何かしらの後遺症みたいなモノが残ってしまったら困る。そうなったら、そこから治す手段すら考えなければならない。
優しい願いを叶える特異点の煙幕だから、余程のことは起きないとは思われるが、調べておかなければ後が怖いだろう。
「綾波達が退場している間は、私とフーミィが演習の相手をさせてもらうわ。少なくとも、カテゴリーK……あの出洲の側近とも言うべき2人のうち片方は、私が勝てなかった相手だもの。鎮守府にいる艦娘としてのカテゴリーKも同じような力を持っていた場合、私相手に手も足も出ないとかだと、苦戦を強いられるのは必至よ。だから、みんなは私にも慣れてちょうだい」
あまりにも毛色が違いすぎることもあり、綾波とやり合うのよりも戦えないのではと思われる。綾波相手の方が勝ち目あるんじゃないかとすら考えられている程だ。
とはいえ、カテゴリーKの中には中柄のような近接戦闘を当たり前のようにやってくる者もいるのだ。未だ情報収集中とはいえ、そういう者がいるとわかったなら、神風や伊203との演習も非常に役に立つことになるだろう。
特に伊203との演習は、特異点が深海棲艦化すれば海中にも潜れるとわかっている分、いきなり戦場を海中に移される可能性もあり、潜水艦との戦い方を改めて学んでおく必要があるため、非常に重要である。
「さ、深雪達はまず見てもらって。今後が決まることだから」
「わかった。んじゃあ、ちょい任せるぜ」
この後、演習はこれまでとは違うカタチの阿鼻叫喚となる。
工廠の少し奥、行きすぎないくらいの場所で、調査が開始された。冬月と涼月は相変わらず特異点の彼岸花を調査しているようだが、明石は全般的に決戦に向けての調査を優先している。
真っ先に確認されたのは綾波。特異点の力が全く関与されていないところにブーストがかかった場合、どれほどの影響を与えてしまうのか。
「見た感じ、ただひたすら疲れているというだけではありますね。体内の状態からして」
「そんなもんで済んでるのか」
「はい、力の前借りみたいなことをしているみたいです。特異点の力が絡んでいるならまだ中和というか極限まで消耗するようなことは無さそうなんですけど、綾波さんはただの艦娘ですから」
ただの艦娘が、あそこまで滅茶苦茶な動きをして堪るかと内心思っていたものの、うみどりには
「前借りする場所が、特機を寄生させているヒト達とは違うんですよ。なので、どうしても
「それじゃあ、時間が経てば綾波も回復はするのね」
「はい、それは保証します。一晩寝れば元通りかと。逆に言えば、一晩寝なければ回復しません。今はちゃんとゆっくり落ち着いて休みましょうね」
暁はホッとしたような表情を見せた。もしこれで綾波の何処かが壊れてしまっていた場合、入渠で治るのか、特異点の力をより借りなくてはならないのかなど、考えることがまた出てきそうだったのだ。
綾波は綾波で、今日はもう演習出来ないということとなったため、少しだけガッカリしていた。とはいえ、暁はそろそろ休んでくれと思っていたところなので、これはこれで頃合いかと納得だけはした。最後に特異点との戦闘も出来たので、経験値としてはホックホクである。
「白雲さんの方ですが、やはり特機がいい仕事をしています。ブーストでの消耗も、特機がすぐさま対応していますね。一般艦娘の前借りとは違います。体力の増強が入ってますから」
「それであっても、多用は禁物かと思いますが、如何でしょうか」
「そうですね。連続で使えば、それ相応に酷くなるでしょう。ただでさえ、白雲さんは先に煙幕を吸っていましたよね。アレも体内に回ると大きく活性化させる効力があるようですが、多用するとかなり負荷が高いです。細胞が張り詰めた風船みたいになってそうですし」
それを聞くとゾッとしてしまう。細胞を活性化させて、普段よりも出力が高くなっていても、それがかなり無理をさせているというのならば、何処で破裂してしまうかわからない。何かがきっかけで身体が破壊されてしまうかもと思うと恐ろしい話である。
「悪い白雲、かなり危なかったみたいだな……」
「いえ、こればかりはやってみなければわかりませぬ。白雲がその一番手、先陣となれたことは誇りでしょう。それに、多用は出来ぬというだけで、絶対に使うなというわけではございません。そうですよね、明石様」
「はい、二度も三度もやったらダメでしょうけど、一度だけならドーピングみたいなモノですし、まだ許容範囲ですよ。とはいえ、特機を寄生させているヒトにだけやってくださいね」
「わかった。極力使わずにするけど、使う時は躊躇はしないようにする」
それでいいと明石が頷いた。
戦い方はより進んだが、やはり特異点ではない者が特異点の恩恵を受けることは諸刃の剣なのだろうと実感出来る結果となった。
特異点は特異点として力を使った方が良さそうではあるということ。白雲はメリットを、綾波はデメリットを体現することとなりました。