深雪が演習をしている間に、電は少しだけ持ち直していた。
演習中はその動きをじっと眺めて、深雪がどんな時にどんな動きをするかを改めて確認し、分析する。自分の艤装がぶつかるなんてことがないように、一挙手一投足を改めて見ていた。
自分があの場にいたなら、何処でどのように立ち回れば、深雪の邪魔にならずにいられるか。一番の助けになれるか。
「おーおー、イナヅマ、ミユキを見る目があっついねぇ」
そんな電を冷やかすようにグレカーレがニッコニコで話す。電はそれを言われて顔を赤く染めた。
演習中はグレカーレもその行動をよく観察し、特異点の戦い方をもう一度しっかり知っておこうと努めていた。
自分を白雲の位置に置き換えて考えるのは難しい。グレカーレも特機を寄生させた擬似的なカテゴリーWの一員。しかし、持っている力が全く違う、精神攻撃耐性という、補助的な力。故に、ブーストを受けたところで戦況を覆すことは出来ないと自覚して、その時その時の自分がやれそうなことを考える。
いつもつるんでいる4人の中で、グレカーレは戦闘力という点ではおそらく最も劣っているだろう。特異点の2人はともかくとして、白雲と比べても『冷却』の分、攻撃性能は高くない。
しかし、ここ最近で生まれた3人と違って、グレカーレには30年生きてきた経験という武器がある。惰性で生きてきた時間もあるとはいえ、深海戦争を一度乗り越えてきた猛者。故に、他の3人とは違うところで分がある。頭を回すことに関しては、間違いなくトップ。
そんなグレカーレがこのタイミングでわざわざ冷やかすのだから、これは電にとって意味があることである。
「ミユキばっかり見ちゃってた? いやぁ、凄かったもんねぇ。あのアヤナミから勝ちをもぎ取っちゃったよ」
「……なのです、深雪ちゃんは、やっぱり凄いのです」
「イナヅマも同じようなこと出来るはずだけどね。なんてったって、特異点だもんよ」
電も特異点。言われずとも、電には自覚がある。出来るかわからないが、電にだって深雪と同じようなことをしようと思えば出来る。あそこまで使いこなせるかはさておき。
「ま、そこはいいや。ミユキはミユキ、イナヅマはイナヅマ、出来ることと出来ないことがあるってもんよ。メンタルな部分は違うもんね。ミユキはいっつも押せ押せで行くから」
電もそれはわかっている。今回は綾波という暴走特急に対して受け身で戦わざるを得なかったが、基本的には前を向いて進み続ける。壁にぶつかってもどうにか乗り越える。電は、そんな深雪の背を追っている。深雪の作った道を、一緒に歩く。
それなのに、その深雪の邪魔をしてしまった。衝突なんていう事故で。前を向こうと思っても、やはりまだ引っかかってしまう。またあんなことがあったら嫌だと。
だから怖くてまだ演習に参加が出来ない。深雪に誘われても、断ってしまった。演習中の深雪の姿は目で追えるのに。
「あたしはさ、ミユキもイナヅマもずっと見てきたと思うんだよ。推しの行く末を見届けたいからね。まぁ、たまには別行動をすることもあったけどさ、毎日ちゃんと顔を合わせてさ、一緒にご飯食べたりお風呂入ったりしてたわけじゃんさ。だから、あたしはイナヅマのいいところ悪いところをちゃんと見てきたつもり」
ほんの少しだけ、グレカーレが真剣な表情を見せた。電もそれにビクッと震える。
「イナヅマ、ちょっとミユキのことだけを考えすぎ。ミユキとぶつかっちゃったことが辛いのはわかるし、大好きなミユキの姿を目に入れておきたいのはわかるけど」
「ぐ、グレカーレちゃん!?」
「でもね、戦場ではミユキ以外にも仲間がいるんだよ。ミユキとぶつからないようにって避けたところに、あたしやシラクモがいるかもしれない。イナヅマがやらなくちゃいけないのは、ミユキの動きを知ることじゃなくて、自分の動きを知ることだよ」
電はその言葉を聞いてハッとした。深雪との衝突事故でメンタルを崩し、この土壇場で戦うことが怖くなってしまった。みんなの気遣いで少し前を向くことが出来るようになり、笑顔も少しだけ取り戻せたが、それでも衝突事故を意識しすぎている。深雪を注視し続けているのは、それが如実に出ている結果だ。
しかし、
故に、電の本当に見るべきなのは、自分であると伝えた。自分の占める範囲は、ここまでずっと艤装を装備して動いてきたことで、ようやく少しはわかってきている。その範囲を把握した上で、
「背中に目を持てとは言わないけどさ、ほら、電探である程度自分の周りくらいはいつでもいくらでも把握は出来るでしょ。だから、見るべきは自分。そこから、隣を見るべきだよ。自分が見えてないヤツに、他が見えるわけがないもん」
電は、自分が見えていない。自分の装備のせいで事故が起きたというのに、周りへの被害しか見えていない。
「深雪にぶつからないじゃなくて、誰ともぶつからない。当然のことでしょ。そのためにイナヅマには艤装を装備してもらって、これだけみんながいる場で動いてもらってんだもん。今はみんなが避けてくれてるかもしれないけどさ、戦場じゃあそうはいかないよ。だから、周りを見ることも大事だけど、ちゃんと自分を見な」
自分が今何処にいるかを把握する。出来ることなら俯瞰的に。目の届く範囲だけでもこの際構わない。とにかく、自分を中心に見ること。
「……グレカーレちゃん……電、視野が狭かったんですかね」
「うーん、狭くはないよ、広い方じゃないかな。ただ、視野がドーナツみたいになってたんだよ。離れたところばかり見えて、近くが見れてない。あれだよ、トーダイデモクラシーだよ」
「灯台下暗し、なのです。でも……そうだったかもしれないのです」
電は何処か自嘲気味に笑みを浮かべる。
「深雪ちゃんとぶつかっちゃって、怖くなっちゃって……ひたすらぶつかりたくない、迷惑をかけたくないって、思ってました」
「気持ちはわかるけどね」
「でも、本当に見なくちゃいけないのは、電自身、だったのですね」
胸に手を置いて考える。誰かにぶつからないような立ち回り、身の振る舞い方を想像し、自分の位置を投影する。
さっきの深雪の演習なら何処にいるべきだったか。ぶつからないというところに重きを置くのではない。自分がどのように戦えば、自分も仲間も最善の選択が出来るか。
「あと、みんなも結構見てくれてるんだから、心配しなさんなって。敵にはそのでっかい艤装をバカスカぶち込んでやってもいいんだし」
「い、いや、流石に……」
グレカーレとしては、電の体当たりは最終手段として、全然アリだと思ってはいる。単純な質量兵器として非常に優秀なのだから。
「ともかく、イナヅマはもっと自分を見なさい。変な動きをしても、みんなは大体ちゃんと見てるから。自分を見て、ちょっとだけ周りを見て、で、敵を見定める。それだけでいいからさ」
「……自分を見て、周りを見る……そうですね、ドーナツみたいな視野じゃ、自分なんて見られないですよね」
「そうだよー。だから視野の内側に入っちゃうと事故るんだよ」
事故という言葉を使われると、電は凍りついてしまう。しかし、これはグレカーレなりの激励だ。事故のことは意識しつつ、それでも乗り越えろという。
「わかったのです。まずは、自分をちゃんと見るのです」
まだ、怖い。だが、足踏みしているだけでは終われない。だから、電は前に進む。少しだけの勇気を胸に、一歩前進する。
深雪を連れた検査の方が終わり、工廠から戻ってくると、決意をした電がそこにいた。隣に立つグレカーレもニコニコである。
「いやぁ、あの煙幕はあんまりやらない方がいいらしい。やりすぎるとぶっ壊しちまうってさ」
「そんな怖いことシラクモにやってたの?」
「お姉様のすることなのですから、一度はこの白雲が体験をしなくてはなりませぬ。その上で、白雲からも危険性を伝えさせていただきました。明石様の調査でより危険性が浮き彫りになったまでです。それに、一度くらいならば壊れませぬ故、緊急時にはむしろ躊躇わず使っていただきたいですね」
白雲は肯定的だが、グレカーレは少し呆れていた。だが、もしかしたら仲間を壊してしまうかもしれない諸刃の剣を使ったとしても、深雪はそれに対して重く取っているわけではなく、正しい使い道を覚え、使い所を考えるという前向きっぷりを見せている。
「電、少し落ち着いたか?」
「なのです。それで、深雪ちゃんにお願いがあるのです」
「お願い?」
電は真剣な面持ちで、深雪を見据えた。
「電と一緒に、演習をしてほしいのです。今度は、味方同士で。2人で、戦いたいのです」
まだ少しだけ震えているのが見えた。衝突事故が怖い、距離感が掴めないのが怖い、躊躇うのが怖い、迷惑をかけるのが怖い、そして、断られるのが怖い。
深雪は電のそんな震えを見て、小さく笑う。電の出した小さな勇気を、無下にするわけがないのに。
「勿論だ。あたしの隣に立っていてくれよな、電」
サムズアップで答える深雪。それに電は、泣きそうな顔で喜んだ。勇気が報われたのだ。
しかし、本当の試練はこれから。衝突事故のトラウマを乗り越えて、共に戦い、そして成功すること。その成功体験こそが、電をさらに前に進ませることになるはずである。
グレ「そこはぐっと抱き寄せて愛してるぜベイビーって言いながら唇ズキューンでしょミユキ」