勇気を出した電は、深雪と共に戦う演習を望んだ。周り
深雪は勿論許可。むしろ、表には出さないが、その言葉を待っていたと言わんばかりである。
しかし、ここからが本当の試練である。勇気を振り絞って前に進み出たが、ここで失敗したら振り出しに戻る。それどころか、さらにマイナスになってしまいかねない。自分は何も出来ないんだとさらに縮こまってしまうだろう。
決戦前にそうなってしまったらあまりにも笑えない。そんなことがないように持っていくのは、深雪のお手並みでもある。
「やるにしても、相手は誰がいいんだ? いきなり神風とフーミィ行くか?」
こう話している今も、海の上では演習が続いている。綾波が退場となったことで、仮想敵として戦場に立っているのは神風と伊203である。
神風はあまり無理をすると翌日に響くため、かなり手を抜いている状態。しかし、刃を潰した模擬刀を使った近接戦闘はまともにやっていること、そして、手を抜いているのに普通に速いことが相まって、まともな砲雷撃戦でも苦戦を強いられたりする。
そして、それに輪をかけてとんでもないのが伊203だ。潜水艦を相手にするということもあり、絶対に対潜装備が必要であることを強いているにもかかわらず、本人が雷撃を全くすることなく、素早く近付いて近接戦闘を仕掛けるのだ。
どちらも普通の戦い方ではなく、決戦でも似たようなことが起きかねないということがわかっていても、この演習必要かと疑問に思えてしまうような相手である。
「え、えーっと……そ、その……違う人に頼めれば、嬉しいのです」
流石にあの2人はハードルが高すぎるため、電は別の相手をお願いした。まだまともに戦える相手がいいと。
神風や伊203にそれを話したとしても、その方がいいと苦笑されるのが目に見えている。数時間とはいえ落ち込んで悩んでようやく出した勇気を、至った者達が芽を摘むというのはよろしくないだろう。
となると、この話を聞きつけて立候補する者というのが現れるだろう。同じように2人で戦うこと、そして、決戦本番さながらの戦いが可能であろう者。
「なら、僕達が相手するしかないね」
「ぽい! さっき綾波に勝ったの見ちゃってるし、夕立うずうずするっぽい!」
「というわけで、僕と夕立が相手をしよう」
仮想空間での演習で、相討ちとなっている時雨は、特異点の力だって乗り越えてやると気合が入っている。夕立はいつも通りの好戦的なところと、なんだかんだ時雨と組むことを楽しんでいるところから、演習に名乗りをあげた。
本来ならやるはずだった、特異点を仮想敵とした演習。それをようやくこのタイミングで出来るというのだから、先陣を切りたい者は数多くいる。その中でも、時雨と夕立は挙手が早かったと言えよう。他の者達もこぞって参加しようとしたが、ひとまずは時雨と夕立に譲るようである。やはり、特異点がどう戦うかはちゃんと第三者視点で見ておきたいというのが実情。
「よし、いいぜ。時雨とはちゃんとこっちでも決着つけたいしな」
「力無しでは互角だったんだ。特異点の力はしっかり超えてあげるよ」
「楽しみにしてるぜ」
こちらはもうバチバチである。
「電、もう大丈夫っぽい?」
「は、はい、頑張るのです」
「多分、もう深雪にはあんな不意打ち効かないよ」
そしてこちら。夕立が電を励ますように肩を叩いた。深雪はもう衝突しないと根拠のない言葉も残しつつ。
電はそうあってほしいと思いながらも、その先の言葉が紡げなかった。
「結構楽しみにしてたっぽい。まともな……いやまともじゃないけど、ちゃんと真正面から戦うことなんて無かったし、特異点の力を敵として相手にするってのも初めてだから。電も本気で来てよね。夕立には艤装タックルも効かないから安心するっぽい」
今回は曲解有りの演習。夕立の持つ『ダメコン』ならば、電の艤装が直撃したとしても、衝撃を受けるだけでノーダメージ。むしろ率先して当たりに来るまであり得る。
深雪のことばかり見ていた電は、こういうところで仲間がどう考えていたのかを知ることが出来る。電の事故を、悪く思っている者なんて誰1人としていないのだと。
「まぁ、僕もアレくらいなら避けられるさ。深雪が鈍臭いだけだったんだよ」
「返す言葉も無いけどよ、次は上手くやるぜ。電が」
「えっ、み、深雪ちゃん!?」
「ははっ、大丈夫だ。あたしだって気をつけるし、それ以上に電が気をつけるだろ。でも、だからって及び腰になるなよ電。勇気がいるかもしれねぇけど、前向いてけ。こんだけデカい艤装だと後ろなんて見れねぇかもだけどさ」
今の電は、艤装が大きすぎて後ろが見えない。振り向くにしても身体ごと行かないといけないだろう。それを補うのが煙幕になるのだが、それも対策されていたら難しい。
「やれることをやっていこうぜ。あたしもさ、いろいろと考えてることがあんだよ。特異点として、煙幕の使い方をいろいろとな」
「……わかったのです。深雪ちゃん、電の背中、押してください」
「おう、任せとけ」
まだ勇気は少しだけ。だが、深雪と並んでいれば、少しは前に出られる。自信を持つことは難しくても、一緒に歩く。ただ、それだけ。
2人揃って所定の位置に。遠くに時雨と夕立も立つ。こうして向かい合うだけでも、緊張感が出てくるものである。
「電、ちょっとだけ作戦考えたんだ。聞いてくれるか」
「なのです……どんなもの、なのです?」
深雪も拙いなりに電のやれそうなことを考えて、どうしていくのがいいのかを少し伝えた。
「電も、そうした方がいいと思うのです。多分出来ると思うので」
「だよな。それじゃあ、合図鳴る前にもうちょっとやっとけ。時雨対策だ」
えっと電が驚いた顔を見せたが、時雨のことを考えるのならば、先んじて準備をしておくのは悪い選択肢では無い。
夕立の『ダメコン』もそうだが、時雨の『タービン』によるオーバークロックは、合図が鳴ったと同時に眼前にいるという可能性もあるのだ。いや、時雨ならそういうことをしてくると断言出来る。
故に、速さが時雨ほどではない深雪と電は、それへの対策を先にしておくことは、間違いなく戦略である。狡いとは言わせない。演習とはいえ、実戦に近いことをするのだから、これくらいは許容範囲内。
「わかったのです。それじゃあ……準備をしておくのです」
「おう、あたしもやっておく。時雨のことだ、合図が鳴ったらすぐにあたし達の真後ろ取ってくるぞ」
オーバークロックの厄介さは、仲間である深雪達が一番熟知しているだろう。相手をするのは初めてだが、見たことはあるのだから。
それはもう、瞬間移動の域。とにかく速く、全ての行動を早回しにする。あちらからしてみれば、深雪達がスローに見えるだけであり、こちらが行動を起こしてからでも回避や追撃が出来てしまうくらいだ。
ずっとその速さで動き続けることは出来ないかもしれないが、少なからず瞬間瞬間にオーバークロックを使ってくることは間違いない。
「……準備出来た。電は?」
「電も大丈夫なのです。煙幕も吸っておいたのです」
「よし、それなら、いつでも大丈夫だな」
そして、ちょうど準備が出来たというタイミングで、開戦のブザーが鳴り響いた。その瞬間、
「オーバークロック」
予想通り、時雨はもう動き出していた。アレだけ離れていたのにもかかわらず、もう眼前に向かってきていた。間合いを詰めるのが速すぎる。知っていても、この驚異的な速度は対応が簡単には出来ない。
「速っ」
「これで終わりだなんて言わないよね」
挑発的な物言いに、深雪はニッと笑みを浮かべる。
「当然だ」
だが、時雨がそれをやれるとわかっているのだから、最初から煙幕ブーストは入れているのだ。そして、その時雨に対応するのは、
「なのです!」
電だ。煙幕によるブーストにより瞬発力を上げ、時雨のスピードに対応した。時雨の位置を正確に捉え、素早く、精度も高い砲撃で、確実に一撃を入れようとする。
その際、深雪とはそこまで近くはない。身体を振っても、艤装が直撃するようなことはない。深雪は時雨になら一発入れてもいいんじゃないかなんて冗談も言っていたが、流石に電にそんなことをするような考えは浮かばない。
「追いつくかい。流石は電だ、深雪とは違う」
「おう、だから頼るんだよ」
深雪は自信を持って電に頼る。深雪には追いつけなかった判断も、電なら追いつける。時雨が深雪に攻撃をする前に、電が速攻で攻撃を仕掛けた。
しかし、時雨は電が攻撃する前には、オーバークロックによって回避。あえて前に出ることはせず、演習を少し長引かせようとしている。いや、前に進んだ場合は深雪がもう反応出来てしまうだろうから、あえて下がったというのはある。それに、黒深雪を想定しているのなら、突発的に黒い煙幕を出されたら避けられない。少し引くのは身を守るため。
「煙幕吸ってるね?」
「おう、先にやらせてもらったぜ」
「まぁいいさ、それを狡いとは言わないよ」
時雨もそこは納得して、演習を再開した。
演習は始まったばかり。ここから慣らしていく。
時雨と夕立を相手取る方が、遠慮なく行けるしね。