深雪と電のタッグでの演習は、時雨と夕立を相手取ることで開始された。
時雨のオーバークロックから始まったその戦いは、深雪に超接近をしたところで、電の煙幕ブーストによって増強された瞬発力で対応。時雨はそこで踏み込むことなく、一旦深雪から離れた。
うみどりの深雪を、カテゴリーKの黒深雪と想定した動きを考えた場合、どんなタイミングであの煙幕を溢れさせるかわからないため、無理な接近は控えるようにしている。アレが無ければ接近戦だって視野に入れていたのだが、やはり一度喰らって厄介なことになっているということもあり、時雨とて慎重である。
「僕が先行させてもらったけど、わかってるよね」
「おう、これは2対2だ。それに、あたしは仮想敵としてやってやらないとな」
「わかってるならいいさ。電にばかりかまけていないでおくれよ」
深雪も電のことはかなり気にかけている。距離感もそうだが、電の方が狙われる可能性を考えて、いつでもカバー出来るように視界に入れているのだ。
前に出るようで、後ろも気にして、戦う相手である時雨と夕立を疎かにするなんてことはないように、時雨から釘を刺されたわけだが、深雪自身、そういうことはないようにも心掛けている。
電にある程度は任せ、少しはそちらに目を向けながらも電ならやってくれると信じる。時雨と夕立は片手間に勝てるような相手ではないのだ。むしろ、そんな相手はここに誰もいない。真剣に立ち回らないと、あっという間に呑み込まれる。
間合いを取り直した時雨は、当然のように凄まじいスピードで動くが、一旦間合いを取り直したら通常のスピードに戻っている。
オーバークロックで激しい負荷がかかるというわけではないが、今は夕立とのタッグ戦。個人技ではない。それに、時雨だって夕立を頼るところはいくらでもある。自分の『タービン』ばかりを目立たせるつもりは毛頭ないのだ。
「夕立がなかなか追いついてくれないからね」
「時雨が速すぎるだけっぽい!」
ここで夕立も追いついてくる。オーバークロックに追いつけるわけがないのだが、それでも接近がかなり早い方である。
時雨が先行して視線を釘付けにしている間に、夕立が少しだけ回り込み、雷撃を繰り出しながらも電に近付いていた。
夕立は『ダメコン』だけで戦術が大きく拡がるわけではない。砲雷撃戦でやることは大概同じ。本格的に変化するのは、あちらから攻撃が始まってからである。
「手ぇ出すんじゃねぇぞ!」
電に接近する夕立の姿を確認したことで、深雪がカバーして早速砲撃。咄嗟に放った時の精度は電の方が上ではあるのだが、牽制としては問題なく機能する。
電は下がる時雨を注視していたため、ここでのカバーは大助かり。内心で御礼を言いつつも、ここで夕立も視野に入れた。
だが、夕立の真骨頂はここで始まる。『ダメコン』の使い方を熟知してきているが故の、本来ならあり得ない手段。
「止まらないっぽい!」
深雪の牽制の砲撃を、避けるどころか突っ込んでくる夕立。普通ならばそんなことやったら牽制の意味すら無くなり、直撃してそのまま退場となりかねない。しかし夕立ならその心配は全くないのだ。
何故なら、深雪の砲撃であろうが関係なく、その細腕で払い飛ばしてしまうのだから。
「流石に夕立もここまで何度も演習してるから慣れてきてるっぽい! 綾波が馬鹿みたいに撃ってきたから、タイミングも合わせられるっぽーい!」
「お前バカだろ!」
「バカでも勝てればいいっぽい! 夕立が官軍!」
流石にこの夕立の行動は電も目を見開いた。そういうことも出来るだろうとは思っていても、いざ目の前でやられると驚いてしまうモノ。自ら地雷を踏みながら空高く跳ぶなんて芸当までやってのける
「近付かないでください!」
「ノーサンキューっぽーい!」
夕立からの雷撃を避けつつ、電も迎撃の雷撃を放つが、夕立はそれを
夕立の進行を止めることはよほど不可能。衝撃に弱いという弱点があるのはわかっているが、深雪と電が都合よく同じ場所を撃ち抜くことなんていうのは、なかなか出来ないモノである。
とはいえ、電の今装備しているのは戦艦主砲。砲撃の威力は駆逐艦の比ではない。そして、深雪には消し飛ばす砲撃という最高火力の手段があるのだ。
夕立はそれを使わないと止められない。そして、綾波達との演習によって、その辺りも克服しようとしている。
「電、合わせるぞ!」
「なのです!」
同じ場所に同じタイミングで撃ち込むことは出来ないが、同時に放てばある程度の衝撃が夕立に与えられるだろう。
しかし、夕立ばかりを見ていたらダメなのはわかっている。よって、電は深雪の合図に応えながらも、周囲に目を配り続ける。
最初に大きく目立って目を引き、その後夕立の異常性を前面に押し出し、今視線の陰に完全に隠れた時雨が何処にいるか。
夕立が魚雷を踏み潰しながら来るため、爆発と水柱で視認性が非常に悪くされているため、さらに見つからない。
「艦載機!」
電は砲撃と同時に艦載機を発艦。爆撃機であっても、俯瞰で戦場を見られるようになる。
「オーバークロック」
だが、時雨はこのタイミングを待っていたかのように『タービン』を起動、オーバークロックによって一気に速さを増し、電の真後ろについていた。
無敵の『ダメコン』を扱える夕立に派手に立ち回らせておきながら、目立たないところでそのスピードにモノを言わせる。
電の艤装が大きすぎるため、真後ろは見えない。そこで後ろを取ることは、勝ちに直結するような戦術だ。深雪の視線すら考えて、電の陰に隠れるような場所まで陣取った辺りは抜け目ない。
「死角、取っ」
「見えているのです!」
時雨の目論見は外れる。時雨が真後ろに立った瞬間、電は時雨に対応するように振り向いた。艤装が振り回されたようになり、その風圧は相当なモノ。時雨はそうされることを想定していなかったので、オーバークロックのまま、即座に間合いを取る。
「後ろは見えないんじゃなかったのかい?」
「先に煙幕を仕込んでますから!」
そう、深雪の考えた作戦というのはコレだ。煙幕ブーストとして自分で吸っておくだけでは終わらせず、艤装側にも最初から纏わせておく。それを見えないように内側に。電の艤装は自分が後ろを見ることが出来ないように、正面からそれが仕込まれているところが見えない。
そして、その煙幕は触覚のある煙幕。そこに誰かが来たならば、すぐさま反応出来る、電探以上の精度を誇る、特異点の扱える最上級の探知機。
艤装の中に留めているだけでなく、後ろ側に少し多めに散らしているおかげで、回り込んできた時雨の位置は手に取るようにわかる。よって、即振り向くことが出来たのだ。
「撃つのです!」
「それは流石に喰らえない」
夕立ではなく時雨に向けて砲撃を放つ。かなり近い位置であるため、回避は難しいものではあるのだが、そこは時雨のオーバークロックがモノを言う。撃とうとした瞬間から砲撃の方向までを全て把握して、見てからすら避けることが出来る。
オーバークロック中は、時雨にとって周りが全てスローだ。放たれた弾丸も、呼吸も、波すらも、ゆっくりと流れる。その中で時雨だけが通常のスピードで動き、そして攻撃も回避も可能とする。
今ならば完全に回避を狙うだろう。しかし、それだけでは終わらない。電に向けて、手に持つ小口径主砲を放っていた。周りがスローでも、時雨だけは通常、それは砲撃にも適用され、本来1発しか撃てない時間で3発は放っていた。
直撃すれば電は終わるだろう。当然、狙いは急所一点。
「電!」
しかし、そこに間に合わせるのが特異点である。時雨が電に回り込んでいたのを知った時点で、身体が咄嗟に動いていた。
新たに放てるようになった弾丸の煙幕。白雲と組んでいた時は、ブーストを外から後付けして大きく消耗させるモノだったが、今回は電を救うための咄嗟の一発。
そこに含まれた願いは、『電の無事』。時雨のオーバークロックに間に合うかはわからない。だが、叶えと思った優しい願いは、少なくともいい方向に向かう。
「なっ」
時雨は息を呑んだ。オーバークロック中、自分だけが速い世界で、深雪の煙幕は、
その結果、電への砲撃は纏めて紙一重の場所を通過する。完全に食い止めることが出来なくても、逸らすことが出来ればそれでいい。
「特異点の力はそこまで来るのかい……っ」
「出来ちまったからなぁ!」
深雪もやはり驚いている。咄嗟とはいえ、かなり強引なやり方だったが、ここまで上手くいくとは思っていなかった。
最近の特異点の力はいつもこうなのだが、深雪が想像した効果の上を行く。こうなって欲しいを、ギリギリ最善のカタチで叶える。完璧ではない辺りが有情なのだが、当然それは深雪にだって負荷がかかる。
「っ……やっぱり咄嗟に出すと少しは消耗するっぽいな」
一瞬クラリと眩暈がしたが、すぐに治った。本当に一瞬、消耗を実感させるための眩暈。
咄嗟は自分で出力が決められないため、本来以上に力を入れてしまうのだろう。深雪は今ここでそれをよく理解させられた。
戦いはまだ続く。この時も、学びの時間となっていくだろう。
事故りかけて思い切りブレーキ踏み込むようなモノですからね。消耗はそりゃ激しいのです。