深雪と電のタッグの演習はまだ続く。時雨のオーバークロック、夕立の『ダメコン』を利用した無理な突撃を受け、最終的には一時的に海中に退避することで、仕切り直しとした。
時雨と夕立は海中に可能な攻撃はかなり限られている。爆雷はあるが、それは流石に避けられないモノではない。しかし、深雪と電の位置は常に把握されている状態であり、浮上したらしたでそのタイミングで上から猛攻を受けることになりそうである。
特に夕立は容赦のない攻撃に定評がある。少しでも海面まで上がってきたら、どうなってもいいというくらいに砲撃を放ってきそうである。
「さて、どうすっか……」
比較的余裕が出来たことで、電としっかり相談してから、ここからの攻め方を考える深雪。海上からの攻撃も一度止まっており、あちらも海中に潜った者に対してどう出るかを考えているようだった。爆雷すら落ちてこないとなると、本気で攻めあぐねている。
カテゴリーKの中には、こうやって海上艦なのに海中に潜ることが出来そうな者は普通にいそうである。それに対してどう攻めればいいかで戸惑っていては、勝てる戦いも勝てなくなるだろう。
そもそもカテゴリーKの中には潜水艦だって含まれている。適材適所として、潜水艦には潜水艦をぶつけるということも考えられるが、海上艦が潜水艦を対処出来ない状態で戦うのはよろしくない。
「時雨と夕立って、対潜は上手い方だっけか」
「どうでしょう……普通よりこなす感じはするのです」
実際は、時雨と夕立は対潜掃討が比較的得意な方ではある。今は専用装備を持っていないため、簡易爆雷のみでここにいるだけ。時雨が深雪への牽制に使ったのもそれである。
本気で対潜掃討が出来る装備ならば、今の深雪と電は苦戦しているだろう。とはいえ、そうなら海上で戦えばいい話ではあるのだが。対潜装備しかしていない相手に海上で戦って勝てないなんてことはそうそうないのだ。
「まぁ、あんま考えてる時間は無ぇか」
「えっ」
海面の影が動く。夕立が何かを
「アイツ魚雷投げてこようとしてるぞ」
「と、届くのです!?」
「あり得なくは無いだろ。避けるぞ」
深雪の予想通り、夕立は深雪に向かって思い切り魚雷を投げてきていた。真っ直ぐ、直撃させるような勢いで。
海の中を突っ切ってくるのだから、水圧やら抵抗やらで速度は落ちそうなモノではあるのだが、魚雷自体の推進力まで込みにしているモノだから、本来の魚雷よりは少しだけ遅くなっているが、真っ直ぐ深雪に向かってくる。
「本当に来やがった……っ」
避けるという選択をしているからそれが上手く行っているが、甘く見ていたら直撃も無くはない。そういう時の夕立の精度は侮れないため、しっかり回避したのは大正解。
夕立も、この状況でやれることを手当たり次第に調べているのだろう。何が有効なのか。どうすれば崩せるか。絶対的な不利を覆すために何をすればいいのか。
そして、今はまだ動いていない時雨も、何をすれば確実に勝てるかを考えているところだ。対潜装備がまともでなくても、海中の敵をどうにかする方法を。
うみどりではそういう時にこそ、仲間に頼るというのが基本である。しかし、その仲間に頼らない状況も考えておかねばならない。今がまさにその時だとして、頭を回し続ける。
「夕立、手応えは?」
「あんまりっぽい。簡易爆雷の方がまだ可能性あるよ」
「砲撃は当たり前だけど届かないね。となると、海の中に逃げられると手が出せないって思った方がいいのかな」
「ぽい。でもそれじゃあ意味がないっぽい」
「だね」
時雨と夕立は2人で悩む。こうして逃げの一手を優先する敵もいるだろう。時雨は堂々と姑息な手段だと吐き捨てそうではあるが、心の中では自分でも出来るならそうするがと付け加える。一方的に有利な状況を作って勝つのは常套手段。正面からのぶつかり合いは美学かもしれないが、勝敗に直結するなら話が変わる。
「爆雷で行くしかないね。なら、雑にばら撒いてみるかい?」
「できる?」
「ああ、僕はみんなよりも早く動けるんだ。ありったけを範囲の中にばら撒くしかないさ。でも、いざという時のために、本番は爆雷を装備することにするさ」
時雨は息を整え、深雪達の位置を完全に把握する。逃げられる範囲というのもあるが、それを全て包囲するくらいにしてやれば、ある程度は行動を制限出来るだろう。
「オーバークロック」
時雨は再びスローの世界へ。弾丸の煙幕はそこに追いついてきたが、今は海中、それは使えないと判断。今は完全に時雨の時間である。
やることは、爆雷のばら撒き。速さを活かして、一度に投げられる量、投げられる範囲を大幅に拡げることを優先する。
深雪も電も、オーバークロックに追いつくことは出来ない。電のように反応はすることが出来たとしても、海上と海中ならば、反応速度も変わるだろう。今ならば、それだけで言えば時雨の方が有利だ。
「置かせてもらうよ」
本来1つしか投げられない爆雷を、瞬時に深雪達を包囲するレベルでばら撒いていた。手持ちの簡易爆雷を全て使い切るレベルで。
1つだけなら簡単に避けられるが、その数を一気に使われたら、いくら特異点と言えども、回避するのは相当難しいだろう。
「アイツ、ま、マジか! 滅茶苦茶な数一気に出してきやがったぞ!」
「あの速く動くので、全部ばら撒いてきたのです!?」
さらに下に潜ることも可能だが、おそらく根本解決にはならない。砲撃で全て撃ち抜くことは海中ということもあって難しいと言える。当然ながら浮上は厳しい。
となると、やれそうなのは、やはり煙幕。海中で煙幕が使えることは、島での後始末で理解している。ならばと、深雪は動き出した。
「あたし達に当たる前に爆破させんぞ」
「触れる煙幕、なのです?」
「ああ、電、少し補ってくれ」
落ちてくる爆雷に向けて手を翳す。そして、電は深雪の煙幕をサポートするために、その背に触れようとするが、今は大きな艤装が邪魔をしかねない。そのせいで、深雪に近付くことを躊躇ってしまう。
今ここで身体を振ってしまったら、また艤装で深雪を弾き飛ばしてしまうだろう。海中とはいえ、質量は相当なモノ。自由に動けるということは、相応に痛みを与えることにもなる。
「電?」
躊躇している時間は無い。今すぐにでも触れなければならない。しかし、近付くことが怖い。
「電、勇気出せよ。こんなことじゃあ、あたしは傷つかねぇよ。それに、
「……なのです……っ」
辛い、苦しい、でも前に進む。深雪の声がけに、電は少しだけ歯を食いしばり、だが、深雪の期待に応えたいと勇気を振り絞って、深雪の背中に触れる。
その時、力が入りすぎて、艤装同士がガツンと音を立てた。電はそれにビクッと震える。
「それくらいじゃビクともしねぇよ。電、頼むぜ」
しかし、深雪は全く動くことはなかった。少し触れたくらいで何か起きるわけがない。痛くもなければ衝撃も受けない。少しぶつかったくらいなら、笑顔で返す。
「な、なのです!」
そんな深雪に勇気を貰い、電は気持ちがこもった。瞬間、深雪に触れている手から、一気に煙幕が溢れ出した。ただひたすら、深雪の役に立ちたいという願いが込められたそれは、深雪の力を急速に上昇させる。
それを受け取った深雪も、電に応えるように降りかかる爆雷に対して煙幕を展開した。
「全部、押し留めてやんよ!」
「なのですっ!」
煙幕は深雪と電の前方に拡がっていく。普通の煙幕とは違う、海中だというのにそんなことを思わせないくらいに一気に。
煙幕が爆雷に触れた瞬間、そこから次々と爆発していく。その衝撃は深雪にも電にも伝わることはなく、むしろ海面の方へと跳ね返していく。
驚くのは、海面の時雨と夕立の方だった。
「……相変わらず、特異点はインチキだね」
「触れる煙幕だよね。爆雷爆発させるとか出来るっぽい?」
「砲撃を逸らしたり弾き飛ばしたり出来るんだから、出来るんだろうね。夕立、警戒強めて」
「ぽい」
次々と爆発していく爆雷。時雨はいくつ投げたか覚えているため、その爆発の回数を数えていた。全て爆発するまでは、深雪達は動かない。逆に、全て爆発させたなら動き出す。
あと3つ、2つ、1つと爆発していくところで、時雨は夕立に更なる指示を出す。
「夕立、煙幕の中に爆雷を放るんだ」
「ぽっ」
疑問はあったが、夕立は直感的にその指示を受けて言われた通りにした。
時雨の予想なら、自分が特異点なら、ここで全てを爆発させる前に煙幕を突っ切って海上に上がる。そして不意打ち気味に片方を攻撃するだろう。
煙幕の中心が最も現れやすい場所だと考えれば、そこに爆雷を置くのが妥当。夕立も言われたからそう来るかもと勘付いていた。
「僕の爆雷だけじゃあないよ。最後の詰めが、どう働くか……っ」
その夕立の爆雷も爆発する。煙幕に触れたからか、そこをぶち抜いて浮上していた深雪に触れたからかはわからない。しかし、爆発はしたという事実はある。
「ぽっ!?」
聞こえたのは、夕立の悲鳴だった。
夕立は宙を舞っており、そこに改めていたのは──
「よう、浮上してきたぜ」
夕立を蹴り上げていた深雪だった。ということは、夕立の爆雷は煙幕に当たって爆発している。ならば、深雪が既にそこにまで浮上しているのは、あまりにも速すぎる。それこそ、伊203の魚雷のような潜航でなければ、ここまでの動きは出来やしない。
「んじゃあ、改めて始めっぞ」
演習は佳境。戦場は再び合わさる。
深雪の急速浮上のギミックは次回。