時間も遅くなっているため、昼目提督とその護衛の艦隊はこれで撤収。艦娘達との対話はほぼ出来なかったものの、深雪と電は軽く手を振り合うことくらいは出来たので満足げ。姉妹艦という他人では無い他人であっても、初めて顔を合わせた時に友達となっているため、単純な顔を合わせるだけでも有意義な時間であった。
調査隊とは後日、軍港都市でも会うことになっている。その時には、存分に交流することが出来るだろう。今はまだ少し話しただけだから、その時にしっかり会話をしたいと深雪は考えていた。
「で、何故みんなここにいるのかな」
その流れで今、駆逐艦全員が時雨の部屋に集合していた。うみどり名物の駆逐艦の会。時雨にアポなんて取るわけでもなく、入るなと言わせるまでもなく、全員がそこかしこに座る。
深雪はともかく、電も少しドキドキしながら当たり前のように入ってきているため、時雨はもう入るなとは言えなかった。
「駆逐艦の会よ。貴女もそろそろ気を許してきたところだと思うし」
「君の目は節穴なのかな」
「こんなに綺麗な目を見てそれが言えるなんて、貴女の方が節穴ね」
筆頭の神風の勢いは、時雨であっても止められない。むしろ、時雨は神風に若干の苦手意識を持っているため、何をされても文句が言いにくい。
「というか、貴女には拒否権は無いわ。今日の訓練のことで、いろいろ話したいことがあったから」
「何かあったかな。ありったけの時間、深雪を完膚なきまでに叩きのめしたけれど」
「それはまぁいいわ」
良くねぇと言おうとしたが、負けたのは自分がまだ非力だったからだと、深雪は悔しさを呑み込んだ。
練度が上がったところで、技術面では時雨には遠く及ばない。まだまだ知っていることが少なすぎる。だから、明日からはまた多種多様な訓練に精を出したいと意気込んでいる。
真っ先にやりたいと思ったのは、やはり長門の格闘訓練。まだ顔への攻撃に確実に反応出来るように鍛えられただけ。他にも多岐に渡る戦術があるのだから、次々に学んでいきたい。
那珂と酒匂によるアイドル活動──スタミナトレーニングももっとやっていきたい。あのステップは深雪の回避能力を格段に上げていたし、何より持久力がかなり上がっていた。
兎にも角にも、全ての行いが自分を強くすることがわかっているのだ。やらない理由がなかった。目標がいくつも出来ているが、当面の目標である秘密組織に向かえるだけの力と同等くらいに、
「最初、貴女何やったか覚えてる?」
「さぁ、覚えていないなぁ」
「私を不意打ちで撃とうとして返り討ちにあったのよね」
ぐっと喉が鳴ったのが誰の耳にも聞こえた。時雨としても、神風にやられたのは悔しいと感じていたようで、その時の光景をハッキリと思い出してしまったらしい。
「貴女の考えることなんて手に取るようにわかったわ。全く、呪いのせいかもしれないけど、この私に何をするかと思ったら」
「何も無いんだからいいじゃないか。僕は試し撃ちをしただけだよ」
「人に向けるバカは貴女くらいしかいないわよ。だから身を以て知ってもらったわ」
これもあって、余計に苦手意識が強くなっている。自分では
「うみどりで生活するにあたって、貴女には一般常識を学んでもらうわ。ある程度は知識で持っているでしょうけど、他にもいろいろと知ってもらわなくちゃいけないことが沢山あるのよ」
「僕に人間のルールを課すというのかい?」
「当たり前のことよ。今の貴女は何の形をしているわけ?」
またもや時雨の喉がぐっと鳴った。ヒトのカタチをしているのだから、生きていくためには人間の真似事をする他無い。モノを食べる、夜に眠る、こうやって話をするだけでも、それは人間の真似事だ。
「とりあえず、今日の駆逐艦の会は時雨のお説教から始めるわね」
「……深雪、この集会はいつもこうなのかい」
「いや、んなこたぁねぇ。お前がやらかしたからこういう場になってんだよ」
神風からの説教から始まり、他の駆逐艦達からも構われ、嫌というほど仲間達と関係性を持たされることになる。時雨はここで、ここに来たことを後悔しつつ、少しだけ居心地の良さも感じていた。
翌朝。夜がそこまで遅くなったわけではないため、総員起こしはいつもの時間。しかし、深雪はあまり芳しくない寝起きであった。
理由は非常に簡単なこと。昨日のVR訓練の敗戦を、夢の中で反芻していたからである。
「……くっそ、夢でも勝てねぇ」
時雨の言っていた通り、演習が出来る残りの時間、挑んでは敗け、挑んでは敗けを繰り返している。その都度、仮想空間とはいえ間違いなく死んでいるやられ方をしていた。
最初の魚雷による木っ端微塵から始まり、腕を失う脚を失うは当たり前。首だけ無くなるのも普通。おそらく海戦で駆逐艦相手に受けるであろう死に方は全てやったのではないかと思えるほど。その全てを、夢の中で繰り返すことになった。
それだけ深雪にとっては濃厚な演習だったと言える。本来なら知り得ない情報、一度味わったらおしまいである
とはいえ、一度も勝てていない、いいところまでも行けていないというのが、深雪にとっては悔しさを強めていた。手も足も出なかったを文字通り手も足も捥がれたのだから笑えない。
夢の中ではある程度打開出来る。それは電との一件で理解していた。本来なら沈み、電に強いトラウマを残したあの過去を、夢の中ではひっくり返すことが出来ている。
しかし、今回の時雨との演習の夢はひっくり返すことが出来なかった。勝ってやるという気持ちがあっても、時雨はさらにその上を行った。つまり、心の奥には時雨に敵わないという気持ちが強く刻まれてしまっているということに他ならない。
「こんなことじゃあ、戦えねぇ……っ!」
弱気になりそうな自分の頬をパンと張る。元より後ろを向くつもりなんてない。この悔しさもバネにして、より強くなろうと躍起になる。
だが、焦りも禁物だ。焦っていては、出来ることも出来なくなる。冷静でいることが重要なのは、メンタルトレーニングでも学んでいること。
「……電は大丈夫かな」
自分がこうなら、電も夢に見てしまっているのでは。そう考えた深雪は、急いで朝の準備をして隣の部屋へ。
「電、起きてるか?」
『あ、はーい、起きているのですー』
扉の向こうの声色を聞く限り、深雪のように夢見が悪かったようには思えない。総員起こしで目を覚まし、今準備をしているところ。
しかし、部屋から出てきた電を見て、深雪はギョッとしてしまった。明らかに眠れていない。声色とは裏腹に、クマすら出来ているように見えるほど疲れが取れていない。
「おはようなのです、深雪ちゃん」
「お、おう……電、寝れてるのか? なんか、すげぇ疲れが溜まってるみたいな顔してるけど」
「昨日、殆ど眠れなかったのです。眠ると、
深雪のことを夢に見ていたことが明確である。メンタルトレーニングになっていたかもしれないが、電にとってはトラウマを抉られ続けるだけの時間だったため、敗戦を繰り返す深雪以上に反芻させられることになったようである。
そして、悪夢から目を覚まして独りとなると、不安で不安で仕方なく、結果として眠れなくなってしまった。運良く眠ることが出来たとしても、また悪夢を見て目を覚ましてしまうループ。
その結果が、このわかりやすい寝不足。安定しているようで、非常に不安定。眠るときだけどうしても鮮明に思い出してしまう。
「……悪ぃ、あたしがもう少し強かったら、電にももう少しいいところが見せられたと思うんだけどな」
「そ、そんな、深雪ちゃんが謝ることなんて何も無いのです! 電の心がもっと強かったら、こんなことにはならなかったのです」
「電の心が弱いわけないだろ。弱かったら、あの場から離れてたよ。あれでもずっとあそこにいられたってことは、それだけ強いってことだ」
「そんなことないのです……電が、電がダメダメだから……」
深雪は電を否定することはない。だが、電は自分のことを否定し続ける。電のネガティブが爆発してしまっているように感じた深雪は、どうにか出来ないものかと思考を巡らせる。
普段こうしている時にトラウマを抉られることはない。むしろ、元気にしている深雪が目の前にいることで安心すらしているようだった。今の電なら、長門とのトレーニングで顔面を殴られているところを見たところで、死んでいないかは別に問題ないというところまで行けていそうである。
なら、眠っている時でも深雪が元気な姿を見せることが出来ればいい。流石に夢の中に侵入することは出来ないが、はっと目が覚めた時に当たり前のように生きている深雪が目の前にいれば安心出来るはずだ。
「あ、じゃあさ電、今晩からあたしの部屋に来いよ。1人で寝てて不安だったら、一緒に寝ればいいんだ」
そこで提案したのがコレである。
雨の夜の不安をお互いに払拭するため、一緒に寝た結果、お互いによく眠ることが出来た。それも時雨が現れたことによる警報で無理矢理終わらされたのだが、だとしても雨音による不安は無くなっている。
今回の件がそれと同じとは言えないが、少しだけでも安心感が得られるというのなら、深雪はそれでもいいと思っていた。
「え、でも迷惑じゃ……」
「迷惑なわけないだろ。ほら、この前だって一緒に寝てんだしさ、それにあたしだって今は夢見が悪いから、電が傍にいてくれると助かるっつーかさ」
深雪が自分のためにもなるんだと言えば、電はその手段に賛同する。深雪もそれを理解している状態で、かつ不意に出た言葉を躊躇せずに口にしたことで、電の信用を勝ち取っている。
「じゃあ……今日の夜から、お願いしたいのです。あの夢は……もう見たくないのです」
「当然だぜ。そんなことで誰か文句言うわけないしな」
ニッと笑みを浮かべる深雪に、電は心から安心することが出来た。あの夢のようなことは、深雪には起きない。そう確信出来るくらいに。
「人の部屋の前でイチャコラしないでもらっていいかな」
その一部始終を時雨が扉を薄く開いて見ていた。深雪と電の問答が始まる前くらいに準備を終え、部屋を出ようとしたところでこの話が始まったため、出るに出られなかったらしい。
いくら呪いを持っていても、純粋種である2人に対しては怒りも憎しみもなく、ただ捻くれた態度を見せるだけ。邪魔をしようとは思わない。
だが、そろそろ面倒臭くなってきたのか、頃合いを見て口を出した。気に入らないとかそういうことはなく、2人の関係に興味があるわけでもない。だが、もどかしい雰囲気に少しイラついたようである。
「なんだい君達は。近付くなら近付く、遠退くなら遠退く。ハッキリしなよ」
そんなことを言いながらも、時雨は薄く笑みを浮かべていた。元来、笑顔は威嚇の行為であるとはよく言ったもので、この煮え切らない関係性をどうにかしろと口には出さずに訴えているようなもの。
そんな思いを知ってか知らずか、深雪も電もバッと近付き、時雨に対しては少しだけ距離を取った。
「聞いている感じ、君達の悪い夢の元凶は僕のようだけど、僕にとってそんなことは知ったことではないからね」
「わかってるよ。これはあたし達が招いたことだからな。お前にとやかく言うことはないし、そんな筋合いもない」
「わかってくれているならそれでいいよ。でも、少しくらいは助言はしてあげようか。同じ純粋種のよしみで」
小さく溜息を吐きつつ、深雪にビシッと指をさす。
「深雪、君は動きが読みやすすぎる。僕だってあの人のアイドル活動を見ているんだ。知っているんだから読めるに決まっているだろう」
「……そりゃあそうだな」
「頑張って工夫して、僕を出し抜いてみなよ」
それだけ言って、時雨は食堂へと向かった。深雪も電も顔を見合わせた後、ニコッと笑ってそれについていった。
お互いの心の傷を癒やし合う関係になる深雪と電は、これから夜を共にすることで、より親密になっていくことだろう。トラウマも次々と払拭していく。
だんだん時雨がツンデレみたいになってきている。