それから、深雪と電を仮想敵とした演習はしばらく続くことになる。本日の演習はそれが本題。黒深雪と雷という、敵となった特異点対策を、ある程度はここで考えておきたい。
深雪と電の小休憩が終わった後、まず最も有効だろうとして相手をすることになったのが、『空冷』によって風を起こすことが出来る磯風と、元々対潜能力が高く、かつ磯風の力を自分にも持たせることが出来る『量産』のフレッチャー。
風を起こし続けて、かつ対潜によって海中に潜ることにも対応した組み合わせ。フレッチャーもこういう時にはよりよい力を借り受けるという方針である。
「うわ……完全に煙幕を対策してきやがった」
「なのです……わかりやすいけど確実なのです」
「フレッチャーに『空冷』持たせるとか相当だぞ」
徹底した煙幕対策。それだけ特異点は煙幕に比重を置いているという認識であり、深雪達もそこはそうだろうと自覚もしている。何かしらの現象を発生させるためには煙幕が必要不可欠であり、それを散らされたら現象も起きない。
そのために使えるようにしたのが、散る前に自ら吸い込む強化と、血を混ぜることで作り上げる重さのある煙幕。前者はあくまでも自己強化。これはよく使うが、結果として地力に寄る。後者は傷を負わないと使えない諸刃の剣であり、演習でやるようなことではない。
決戦を意識するなら、怪我をした状態で使うことも考えねばならない。少し指先に傷をつけるだけでも使えるため、それを試すのも悪くはないと考えている。
「いろいろやってみようぜ。本当にダメなら、あたしが血を混ぜてみる」
「なのです。そうならない方法があるかを探すのも必要ですよね」
先の演習で電はこれまでより確実に前向きになっている。大きな艤装を扱うにしても、間合いを測るくらいの余裕は見えてきていた。
「まぁ、その時は実力で制圧にもなるよな。その時はその時だ」
「なのですっ」
対暴風の演習が開始されるが、2人は何処か、心に余裕を持った状態でそれを進める。これからしばらくは続く、特異点を仮想敵とした演習に向けて、緊張感を持たないようにしながら、のびのびと戦うのだった。
演習を眺めている者達も、対特異点に対しての戦い方を研究することとなる。時雨と夕立チームの演習でも見るべき場所は多かったのだが、この風に対しての戦い方も見るべき場所は多い。
仲間達の予想はやはり、海中に逃げ込むという戦術。しかし、それはフレッチャーが持つ対潜技術によって封じ込めようとしているのは明らか。
事実、2人揃って風を起こしながら磯風が追い風を受けつつ砲撃を放ち始めると、深雪と電は躊躇なく海中へと逃げ込む。
そこに待ってましたと言わんばかりにフレッチャーが爆雷を投げ始めた。その爆雷も、簡易爆雷ではなく、高性能な対潜魚雷。海中の敵を確実に捉えるために、しっかり対策をしてきた。
「ふむ……やはり対潜は必要か。私には出来ないことだから頼もしい」
演習を眺めながら呟く長門。
「重巡も厳しいですね。どうにか浮上をさせるためにも、対潜技術を持つ随伴艦が必要でしょう」
妙高もそれに続くように話す。対潜が出来ない艦種だと、あの手段を取られた時点で手に負えなくなるのは明らか。そうなると、特異点には戦艦などをぶつけるのは非常に難しい。
戦艦の火力を持ちながらも対潜が出来るとなれば、戦装大発を操る清霜ならば可能ではあるが、それでも圧倒出来るかはわからない。
そして、こうして演習はしているものの、もう一つどうしても気になる点があった。それが、決戦の
「妙高、決戦の日の天気は知っているか」
「はい、もう確認しています。困ったことに……曇りです」
海の上の曇り。それは、天候の変わりやすさなどもあり、突如雨にやられる可能性もあるということ。
視界が悪くなるところに煙幕まで入ると、より一層視認性は悪くなる。今のようなイイ天気の昼間というわけには行かなくなるだろう。
「天気ばかりは演習に組み込めません。仮想空間ならその辺りも対応出来ますが」
「特異点の力の再現は出来ないわけだ。当日を完全再現出来るなんて不可能だからな」
「そうですね。風の具合だってその時その時で変わります。満潮か干潮かでも」
演習はあくまでも戦い方を身体に刻み込むことに使っているが、当日の環境まで考えると、今の演習でも全く足りないと言える。雨の日の後始末はやっているが、雨の日の戦いはほぼやっていないのが、あの特異点組だ。煙幕だって、特に強く使った戦いは阿手との最終決戦、すなわち
そもそも、絶対に煙幕を使わないといけないような戦いもそこまで多くしていないのだ。仲間達の力を借りて、煙幕に頼らずに圧倒する。それで済んでいたのだ。
しかし、決戦はそんなことを言っていられない。ともかく黒深雪という存在が嫌でも引っかかる。煙幕には煙幕でしか対抗出来ず、それでも何処まで拮抗出来るかわからないと来た。
オリジナルはこちらの深雪で、黒深雪はあくまでコピー。だとしても、煙幕が黒くなっているくらいには自分のモノとしているのだから、アレはアレで特異点であると言わざるを得ない。
そして、最も困るのは、黒深雪が命を捨てることに躊躇がないということ。限界を軽々超えて、自分がどうなってもいいと考えているからこそ、深雪よりも出力が高かったりする場合もある。覚悟が違う。良い意味でも、悪い意味でも。
「特異点には特異点をぶつけるしかない……因縁はあるかもしれないが、私達としても、辛いな」
「それが最も勝率が高いというのなら、それを選択せざるを得ません。感情論で言うなら、勿論嫌ですよ」
「うむ……あんなに若い子に決断を迫るのは、どうしても、な」
深雪と電を若いと語るのは、やはり生まれた時から今までをずっと見てきているからだろう。うみどりの面々の持つ深雪への感情は、対等だと思いつつも、どうしても可愛い後輩というイメージが強い。力の上下関係ではなく、世間的な話で。
深雪も電も、生きている時間が短いのだ。未熟と言ってもいい程に。
「だが、その決断は尊重しよう。戦えないと言うのなら、我々が支えてやらねばならない」
「背を押すのではなく、盾となる覚悟、ですか」
「なるべく隣に立ちたいがな、いや、妙高なら確実に守れるか」
「『ジャミング』は信じていない方がいいです。過信するといつか痛い目を見ますから」
力に頼り切ることはしない。それも、特異点の力を過信しないということ。実力だけで戦うことを優先する。
深雪達の戦いを眺めながらも、やはり考えることは、あの場に自分がいたならどう立ち回るか、となる。そこに慢心はなく、いつでも不安と同居して、それで後ろを向かないように。
海の中でも、その演習を近くで眺めているのが潜水艦組。特に伊203は、深雪と電の動きを、その一挙手一投足まで細かく分析している。もっと速く、もっと対策を取れないかと。
「フーミィ、どうよ。あたいにゃ『スクリュー』があるけどよ」
「海の中の煙幕は、スキャ子が散らせばいい。でも、本当に散らせるのかは調べておいた方がいいかもしれないけど」
海中で対抗出来るのは、うみどり潜水艦組である伊203、伊26、そしてスキャンプ。
「レーナがいりゃあな、指差すだけであいつら止められるんだけどな」
「素人を決戦に連れてくることはダメ」
「わぁーってるっての。それ以上に煙幕がどうなるかわかんねぇしな」
レーナ──島にいる潜水鰆水鬼に改造されてしまっているカテゴリーY──の持つ曲解、『投錨』ならば、その動きを確実に止めることが出来る。指を差すだけでだ。
しかし、煙幕でそれを妨害される可能性はかなり高い。煙幕で視認出来なくなれば、その効果は激減する。そもそも視認出来ない状態を作られ続けるかもしれなく、そうなるともうお手上げ。スキャンプの『スクリュー』と組み合わせてやっと。
とはいえ、これはないモノねだり。レーナは素人であり、島に残ることを選んでいるのだから、ここにはいないのだ。わざわざ連れ戻すこともするわけがない。
「ニムの力も、煙幕にはあんま関係ねぇしな」
「見えるだけだからね、『ソナー』は」
伊26の持つ『ソナー』も、こういう戦いにはあまり向いていない。どちらかといえば、戦いではないところに使う力である。『迷彩』すらも看破する強力な眼ではあるが、攻撃にも防御にも使えない。繋ぐことは出来るだろうが。
「煙幕を使わせる前に叩く」
「テメェなら出来るだろうけどよ」
「スキャ子にも出来るでしょ。スクリュー全開で」
「ただの突撃になんだよ! 顔面から突撃とか笑えねぇよ!」
両手両足から推進力を発揮すれば、伊203に近いスピードは出せるのだが、完全無防備で突撃することにしかならない。それはもう人間魚雷である。
「……やらないといけないかもしれない。あちら側にも潜水艦はいるんだから」
「だったな。伊36だとか言ったっけか」
「そう。あの子だと、何してくるかわからない。それに、艦種詐欺までするみたいだし。最悪、海の中に『カツ車』を突撃させてきてもおかしくない」
「うわぁ……あり得そうだけどやってほしくないなぁ」
潜水艦にも共通の敵として、伊36という存在が示唆されている。何をしてくるかわからない以上、自分達のやれることは、特異点の演習を見ながら反芻しておく必要はあった。
各々考えることは多い。決戦までの時間は、まだあるようでいて、もう少ないのだから。
戦う相手は黒深雪だけじゃあないからね。潜水艦には潜水艦をぶつけることになりそうだし。