疲れ果てた深雪と電は、夕食の後は本当に耐えられなくなってそのまま就寝。艦娘姿と戻ったことで、疲労がどんどん重くなっていって、最終的には倒れるように眠りについた。
深海棲艦化、煙幕の多用、演習を繰り返したことで、ここまで激しい消耗になってしまっていると嫌でも実感させられた。
他の者達も疲労は溜まっており、夜はしっかりと眠りにつく。明日には軍港から出て、ついに決戦の地に向かうことになるのだから。
とはいえ、朝から向かうわけではない。時間に余裕があるので、午前中はまた演習、午後から出港準備、そして夕方ごろから決戦の地に向かう。その午前中の演習で、深雪と電は、多勢に無勢状態の戦いを再現する演習をすることとなった。
「ありがとう、丹陽ちゃん、ずっと見ていてくれたのね」
「はい、おばあちゃんが役に立てるのはこういうところですから」
夜の食堂、そんな演習の内容を戦闘詳報として纏めて渡す丹陽に感謝する伊豆提督。伊豆提督はこの演習中もずっと提督陣と決戦に対しての方針を決めるために情報整理を行なっていた。この時間になってようやくある程度纏まったというところ。
提督陣は今全員がここに集まっている。艦娘達が休息に入ったところを見計らって、落ち着いて夕食を摂ろうという算段。
「電さんの事故に関しては、メンタルケアも大体出来ています。私達では立て直しづらいですが、やはりこういう時は身近な仲間がよく効きますね」
「ええ、それはアタシもそう思うわ」
一度崩れた電の心も、今はまた戻ってきている。深雪や白雲、グレカーレの存在が大きく、これは提督としての立場でどうにか出来るモノではないなと改めて考える。
提督としての信頼は勝ち取っているし、艦娘達はそれをとても強く、重く持っている。しかし、それでも難しいところではあった。この1日をこうしてずっと近くで過ごしていたわけではないというのもその理由だ。
艦娘達の責任を背負うために裏で動くのが提督。万全の準備を整え続けるのが提督である。そのため、メンタルケアのために動くことがなかなか出来ない。そこは艦娘任せになってしまうこともよくある。
「暗い話はやめましょう。前向きに考えておかないと、勝てる戦いも勝てなくなりますよ」
「そうね、アタシ達が自信を持たないでどうするのって話よね。それじゃあ、少し見させてもらうわ」
暗い考えは一旦置いておいて、伊豆提督は丹陽が纏めてくれた詳報に目を通し始める。
特異点の力に対しての戦闘結果から、どうすれば敵特異点にの対策が出来るかを考える。
「ハルカ先輩、オレも見せてもらってもいいっスか」
「ええ、どうぞ。トシちゃんも見ておく?」
「ああ、見ておく。うちの綾波がやられたって聞いてるからな。何されたらアイツが止まるのか知っておきたい」
昼目提督と保前提督も詳報を確認。どのような演習が行われたのか、どのように勝敗がついたのか、何をしたら
「……極度の疲労を与える煙幕……綾波に疲労なんて言葉あったのかよ」
「艦娘っつっても元人間ですぜ、トシパイセン。いくら化け物じみた強さを持ってる綾波でも、疲れることはあるでしょうに」
「まぁそうだけどな。ここ最近、アイツが疲れてるところなんて見てないぞ」
だが、そうすれば綾波は止まるのかと保前提督はなるほどと頷いている。どうやったら疲れさせることが出来るのかはわからないが。
「特機が寄生しているかしていないかで効果が変わるブースト……これは丹陽ちゃんが纏めてくれたのよね?」
「はい、私が見てそう感じたように書いています。間違いがあったらすみません」
「あまり心配はしていないわ。丹陽ちゃんの目は期待出来るもの」
午前中の綾波暁チームとの演習、午後の特異点チームと、一旦抜けた時の神風伊203チームとの演習について、その結果が事細かく記載されているわけだが、その詳報の主役は基本的には深雪と電。何処まで行っても、今回の演習は特異点対策という面が強い。
勿論、他の演習が役に立たないかと言われたらそんなわけがない。カテゴリーKの実力がはっきりわかっていないこともあり、それだけ強力な艦娘が取り揃えられている可能性も無くはないのだ。
「……みんなが演習している間に、こちらでも新しい情報はいくつも来ているわ。襟帆さんのところのカテゴリーKについてね」
「調査隊のとっておきが仕事をし続けてくれているんですよね」
「おう、いつでもそれが知れるように、オレも端末は肌身離さずだ」
食堂のテーブルに、改造されたスマートフォンのような端末を置く。今も何かしらの報告が入ってきており、それが全てあの諜報妖精さんのモノであることがわかる。
「決戦の日程は今日含まないで後3日。あちらはそれに合わせてメンテナンスをしているようですよ。やっぱ艦種詐欺はメンテもキツイみたいで、うちの虎の子はそのメンテの仕方も理解したらしい。ただ、わざと弱点を作ってやるってことは出来ないみたいだ。スパイとして入っても、仕事はあちらのために十全にこなすしかないらしい」
「それは仕方ないわ。バレて御破算となるよりマシよ。それに……」
「少しでも何かあれば、付け込まれる隙が出来ますからね。自分達は正々堂々とやっているのにと。情報格差がこれだけあるのに正々堂々とは私は言えないと思いますけどね」
特異点の情報は筒抜け。これまでの戦いもあるので、うみどりの戦力もおおよそ知り尽くされていると考えてもいい。しかしカテゴリーKのことは何も開示されていない。当然といえば当然なのだが、その格差を埋めるためにこちらから取りに行っているのを狡いと言われても困るというもの。
「情報は引き抜くが、お互いに全力でぶつかり合えるようにしてるんだろ。うみどりはフェアな戦いを挑んでると言ってもいいだろ。俺が保証するぞ、ハルカ、忠犬」
「うす。調査隊の戦い方が狡いだなんて言わせませんよ。世の中に配下を忍ばせてる輩に何言われても突っぱねられますぜ」
「そうね。自分は良くて他はダメなんて子供の我儘は聞く気はないわ。ただ、出洲はそういうことは言わなそうなのよね……変なところは正々堂々としてるし、妙に物分かりいいところがあるし」
それ以外は全部ダメ、と付け足してはいるが。人の話を聞かず、自分の話を優先させる割には、戦いの期間を設けて、しかもその間に軍港などに奇襲を仕掛けるようなこともしない。やり方が決まってしまえば、途端にそのルールに則り始める。何を基準にそういう考えをしているかがさっぱりわからない。
むしろ、
「アタシとしては、出洲はとっくの昔に心が壊れているとは思うのよ。一度死んで、戻ってきた。その時点で、考え方に致命的なダメージを受けている。カテゴリーKっていうのは、全員が全員、そういうところがあるんじゃないかってね」
命を失って、再び舞い戻ってくるまでのラグで、脳に致命的な後遺症を持ってしまったのではないか。伊豆提督はそう語る。
知能の低下や、思考の方向性の変化など、いずれにせよ障害と言えるような何かがあって、それを本人が自覚しているかどうかはわからないが、そのせいで矛盾があっても当たり前のように自分の考えを正しいと思い込んでいるのではないか。
黒深雪達は、その矛盾に気付いているが、恩人の言うことだからと命懸けで達成しようとしている。
しかし、それすらもカテゴリーK特有のその後遺症が影響して、ダメなモノをダメだと言えないのだとしたら。その全てが、一度死んだことによる影響だとしたら。
諜報妖精さんにも、その辺りはわからないところ。あくまでも工廠妖精として潜り込み、戦いの中での不明点を探るために動いているのだから。
「どうであれ、向かってくるのなら迎え討たなくちゃいけませんよ」
「ええ、勿論。理不尽をぶつけてきているのに、そういう理由があるから受け入れろなんて言わせない。命を奪いに来るのなら、徹底的に応戦するわよ」
そのために、ずっと作戦を考えているのだから。もう話し合いでは済まないところに来ているのだ。そもそもあちらがこちらの話を聞く気がないというのもある。
「艦種詐欺のことについても大分纏まってきたわ。追加の情報もそろそろ終わりそうだものね」
「うす、調べられそうなところもそろそろ限界っスね。工廠班にあちらの作戦までは届かないでしょうし。艤装の仕組みと何をしてくるかがわかりゃ、ある程度は戦えるでしょう」
「そうね。それだけわかれば、おそらくね」
まだ懸念点はいくつもある。それこそ、黒い特異点である黒深雪が、その力を何処まで操れるのか。雷の存在が何処まで影響するのか。真正面からフィジカルで押し込んで来るのならまだいい。しかし、黒い煙幕が思考操作の性質を持っていることが一番の問題。
「残り少ない時間で、ギリギリまで詰めましょう。ここで地力を上げさせてもらっているんだから」
伊豆提督も覚悟を決める。いざという時は、
そして、夜は更けていく。決戦まで、あと3日。
死んでるんだから脳に酸素が行かなくなって、そこから蘇ったというのなら障害があってもおかしくはないですからね。