翌朝、決戦までの1週間、5日目。一晩ぐっすり寝たことで、疲労困憊だった身体は、随分とスッキリすることが出来ている。
翌日まで疲労を残すことは早々無い。万全を期すならば、決戦の前日は身体をじっくり休ませて挑むだろうが、まだ余裕がある時ならば、これくらいのペースで訓練を続けていても余裕ではある。
「うお、身体ゴキゴキ言いやがる」
「いっぱい寝ちゃったからなのです。電もちょっと痛いくらいです」
起きてストレッチをすると、骨が小気味いい音を鳴らした。凝り固まった部分が解されるような気持ちよさに包まれる。昨日の演習が身になっているような実感も湧くというもの。
「今日で軍港にいるのも終わりだな。午前中はまた演習するんだろうけど」
「なのです。午後からはもう、出港準備ですよね」
「ああ、そこから最後の戦いだ。なんか、意識すると緊張しちまうな」
最後の戦い。出洲一派と決着をつけることになるのだが、勝てる勝てないは別として、どうしても引っかかるところはある。
「別個体との決着もつけなくちゃあいけないんだよな」
「……はい、電は、雷ちゃんとも」
黒の特異点との決着。それがどうしても気になってしまうものである。黒深雪のこれまでの人生のことを聞いたところで、知ったところで、今のやり方が正しいとは絶対に言えない。だが、どれだけ言っても、あちらはもう聞く耳を持たないだろう。命の取り合い、それしか、話し合える機会が与えられない。
「どうせなら、救ってやりたい」
「なのです」
「でも……ぶっちゃけると、自信が無ぇ」
これまで以上に救えるのかわからない相手である。意固地になっているというのもあるし、そもそも矛盾を理解しながらも変えようとしていないところから、何を言ってもやることは変えないとしか思えない。
ならもう、殴り合うしか無い。拳で語り合い、命を賭して、その意思を伝える他ない。
だとしても、自分の思いが届くとは思えなかった。恩という毒が回り切っているというのは、それほどまでに辛く苦しい。
「でも、やるしかないんだよな」
「……なのです」
「前を向くしかないんだ。何があっても、折れるわけにはいかねぇ」
自信は無くても、決意は固い。出洲一派の思い通りになることは、特異点がやられるだけでは終わらない。うみどりが失われ、この世界をゆっくりと確実に間違った道へと歩ませる。最終的には滅びにまで向かうだろう。
そんなことが許されるはずがない。文化すら許さず、ただ生きているだけの存在にするだなんて、絶対に。
「頑張ろうぜ、電。これもまた、後始末だ。昔の亡霊に、始末をつけてやる」
「……頑張るのです、電も。もう、後ろは向かないように」
決意新たに、軍港滞在最後の日に挑む。まだ命を張るほどのことは起きないにしても、しかし未来に繋がることに向かって。
軍港滞在も終わるということで、今日は少し雰囲気が違った。うみどりの艦娘達も、午前の演習が終われば撤収。そして、これまでうみどりで保護されていたカテゴリーY達は、この軍港にしばらくの間保護されることになる。
決戦が終わればまた軍港に一時的に戻ることにはなるだろうが、それまではお別れだ。寂しくはなるが、しかし危険な場所に一般人を連れて行くわけにもいかない。
それもあってか、今日はほんの少しだけ、距離が近い位置にいた。昨日は演習で忙しいということもあって、ほぼ関わることは無かったのだが、今日は違う。
「あたし達の中では普通な光景なんだけどな、やっぱこんだけ深海棲艦の見た目が揃ってると、異様なんだよな」
「なのです。電達にとっては慣れすぎてて普通なんですけど」
カテゴリーY勢揃い。その中でも、港湾棲姫、港湾水鬼の姿にされている平瀬と黒井兄妹は大柄になっていることもあってよく目立つ。黒井母も今でこそ特異点の力で人間に近い色合いになっているが、やはり触手がついて回るのは注視するとおかしなところだ。
そう思うと、唯一何もなっていない人間の姿である杏は、逆に目立っている感じもする。喜ばしいことではあるのだが。
そんなことを思いながら、朝食を貰って空いている場所を探すと、話題に出た杏の近くがうまいこと空いていたため、そこに着席。深雪と電が目の前に座ったため、杏はビクッと震えた、隣に座っている母である紫苑が小さく苦笑する。
「よっ。昨日と一昨日で、少しは休めたか?」
「あ、深雪……うん、お母さんと観光もさせてもらってね、落ち着くことが出来たよ。ここすごいね、無いもの無いんじゃないかなって思えるくらい」
「だよな、あたしもそこそこココには来てるんだけど、全部回れたって感じがしねぇもん」
艦娘としてやるべきことが多いと、どうしても会話が少なくなってしまうもの。だが今日は最終日ということもあり、縁をより強く深めるように会話を楽しむ。
名残惜しさは増してしまうが、むしろそれが死にたくないと思わせる要因にもなる。再会するまで死んで堪るかという気持ちがまだ芽生えれば、貪欲に生にしがみつくようになるだろう。
「……今日で、お別れ……なんだよね」
「少しだけの、な。あたし達が勝って帰ってくりゃあ、また会える。それに、負けるつもりは毛頭無ぇよ。な?」
「なのです。ちゃんと勝って、ここに戻ってくるのです。あ、でもまた大掛かりな後始末があるかも……」
「あー……確かにそうかもしれねぇ。あいつらも無人島を占拠してるっぽくてなぁ。戦いが終わった後に、また馬鹿みたいに高い後始末があるかもしれねぇや」
阿手の占拠していた島の後始末に1ヶ月近い時間を使っている。その上、全ての後始末屋を集結させ、そこにさらに原住民の力まで借りて、ようやくそこまで辿り着けたのだ。
出洲のいる島を片付けようとするならば、余計に凄まじい時間がかかりそうでは。1ヶ月や2ヶ月では済まないくらいに。阿手ほど散らかしてはいないかもしれないが、それでもだ。
「でも、もう会えないってことは無ぇよ。絶対負けねぇ。負けたら、後始末が出来なくなるんだ。まだ深海棲艦の身体を元に戻す方法だって見つかってないんだろ? それ、特異点の力がまだ必要になるんじゃないかって思うしさ」
「あぁ……そういえば。私は見に行ってないけど、なんか、裏で凄いことになってるみたい。黒井さんが見に行ったらしくて」
「あの母ちゃんか。首突っ込んでそうだもんな……」
その黒井母が、これは見せられないと苦笑したレベルである。演習で忙しく、あまり耳を澄ますことも無かったが、実際は奥の方から本当に叫び声などが聞こえてきていたらしい。気付かなかったことが運が良かった。
それだけやっても、完全に治すという手段はまだ確立されていない。彼岸花の力を分析しているが、一部は治せても全体を治すのには至っていないようである。特に、隙間埋めの部分が難航しているようで、元に戻れたとしても身体が支え切れないという事態が解決していない。
無限に使える
それを解決するためには、まだ特異点の力が借りたそうである。煙幕しかり、特機しかり。
「そういう意味でも、あたし達はここに戻ってくるぜ。どうであれな」
「それじゃあ、私達はここで、深雪達の勝ちを願ってる。祈るじゃなくて、願うのがいいんだよね、特異点に向けて」
「ああ、そういう優しい願いを叶えるのが、あたし達特異点だ。みんなが願ってくれりゃあ、それは必ず叶う。叶えてみせらぁ」
ニッと笑う深雪を見て、杏は安心半分、不安半分。前向きな深雪を見ていれば、決戦であろうともしっかり勝ってきてまた元気な姿を見せてくれるだろうと思える。しかし、母を異形へと変えるような連中の仲間、しかもそれ以上の力を持っている最後の敵との戦いで、無事に済むだろうかという不安は拭えない。
そんな杏の表情に気付いた電が、大丈夫だと慰めるように話す。
「深雪ちゃんは、そんなことで倒れたりしないのです。次の戦いは、本当に辛いモノになるかもしれませんが、だからと言って、折れることも挫けることもないのです。杏ちゃん、深雪ちゃんの無事を、願っていてください。きっと、ううん、必ず、この願いは叶いますから」
深雪のすぐ傍にいる電の言葉だ。深雪だけでなく、他の者もそうだと保証しているのだ。ならば、信じる以外に選択肢はない。
「そう、だね。負けるはず、ないよね。特異点とかそういうの関係なしに、悪い奴らに、そんな簡単に負けるわけがないよね」
「なのです。準備もしてます。やれることは全部やってます。それでも予想外なことは起きるかもですけど、それも乗り越えるだけの覚悟があります。だから、深雪ちゃんが負けるはずがないのです。辛くても、苦しくても、それは負けには繋がらないのです」
電もにこやかに語る。そして杏は、ああ、電には敵わないなと内心思う。深雪の一番の理解者であり、隣にいることを運命づけられた相棒。お互いがお互いを思い合っているベストパートナー。ほんの少しの言葉からでも、それが感じ取れるくらいの絆。ぽっと出の自分では、間に入り込むことなんて出来ないくらいの、強い繋がり。
だからこそ、任せられる。電ならば、深雪を絶対に悪いようにはしない。互いに助け合い、最高の結果を齎してくれる。深雪が無事でいてくれるなら、それでいい。深雪が笑顔で戻ってきてくれるなら、それでいい。
「うん、信じてる」
「ありがとな」
まだ話す機会は残されているだろうが、それでも、ちゃんとその気持ちが伝えられたのはよかったと、杏は表に出さないように思った。
軍港最終日、決戦を前にして、深雪も電も、守るべき者の姿をここで改めて認識することも出来た。
杏は杏で、いろいろケジメがつけれそう。