特異点を仮想敵とした演習は、少々予想外の結末を迎える。海中からの艦載機で翻弄させ、夕立、時雨、そして磯風と妨害していき、風のことを気にしなくても良くなったところで、煙幕を作り出そうとした瞬間、接近していた加賀が深雪の頭を甲板で引っ叩いたのだ。
その一撃で深雪はダウン。深海棲艦化をしていたとしても、完全な不意打ちで1発貰ってしまったのだから、それだけでも意識が飛ぶ程の衝撃。結果、深雪は起き上がれなくなってしまった。
「あとは電だけだけれど、これ以上やるかしら」
電が出てくるであろう場所を見ながら、加賀はそっと妙高の『ジャミング』の範囲に入る。深雪が倒れたことで、電はそれを回避するための煙幕が作り出せない。
電とて特異点ではあるが、深雪がいるから高度な煙幕を扱えるのであって、こうなったしまったら出せるのは原初の煙幕くらいだろう。砲撃も雷撃も艦載機も当たらないとなれば、もうここからはジリ貧。
しかし、深雪がやられたという時点でもう敗北と判定してもいいくらいではある。特異点が負けた=先が無いと同じ。
「やめておくのです。電だけだと、流石に勝てそうにないのです」
浮上し、頭だけを海上に出して、ギブアップを宣言した。これにより、この演習は終了となった。
「だ、大丈夫なのです……?」
「大丈夫だけど普通に痛ぇ。タンコブ出来ちまってる」
「ごめんなさいね。あの時はアレしか勝ち目が無かったのよ」
「だよな、うん、わかる。煙幕出せちまったら、そのまま終わりまで行けたって、あたしも思ってたし」
殴られた場所を加賀に撫でられながら、深雪は感想戦に参加。出来たこと、されたことを纏めて、次の戦いに臨む。
今回の課題は間違いなく、海中深くに逃げ込まれたら手段が無くなるということ。釣り上げるにしても、今回の装備ではかなり難しい。それどころか、ほぼ完全に逃げられていると言っても過言では無かった。ひたすら無駄弾を使わされるだけで、海中側が圧倒的に有利。
今回は演習だから海中にいた深雪と電が勝つために浮上したが、決戦ではその有利さを維持するために、カテゴリーKは浮上せずに戦う可能性は高い。そもそも、襟帆鎮守府のカテゴリーC達も、見かけだけとはいえ敵対させられているのだ。そちらを囮にして戦ってくることもあり得る話である。ただカテゴリーK達とだけ戦うわけでは無い。
「海中の戦力は確実に必要ですね。潜水艦に加えて、特異点の力も基本は海中がいいかと思います。やはり扱える範囲が大きいことは、それだけで有利です。それこそ、カテゴリーKはすでに艦載機を海中で発艦させるような戦術に至っているかもしれない」
今回はその戦術が見事に刺さったと言えよう。最後の一撃が無ければ、ほぼ不意打ちに近い海中艦載機に部隊がほぼ全て荒らされ、為す術もなく全滅まであり得た。深雪が浮上してこなければ、艦載機だけで一方的である。
あの艦載機自体が、深雪と電の合わせ技、特異点の力を補助装置含めて使ったから可能であったわけだが、カテゴリーKは最初からその仕様で動いていることも考えられる。全員潜れるというのは、つまり戦場の比重をそちらに置くことも辞さないということ。
そうなると、先程と同じ状況下で一方的に嬲られることは間違いない。安全圏からひたすら艦載機で叩き続ける。
そういうやり方に対して、狡いだの卑怯だの言っていられない。使える手段を正しく使っている立派な戦術だ。むしろ賢いまである。
正々堂々という言葉だけでは、命の奪い合いは出来ない。どちらも同じ条件である。
「あたしと電は、潜水艦隊として出た方がいいってことだな。海の上は任せて」
「なのです。電も、海の中は有利すぎるかなって思ったくらいなのです」
「そうですね。私は実際にやってみて、そう実感しました。今回の戦いを見てくれていた三隈さんや暁さんにも聞いてみましょう。おそらく、同じことを言ってくれます」
海の上と中の話は、すればするほど同じ答えしか出ない。そのため、他のことを話そうとすると、そこはどうしても引っかかるところ。
「ただ砲撃するだけというのが必要かと勘繰ってしまうな。私の場合は、今回は海面を荒らすという仕事があったが」
長門のその訴え。特異点も含めると、今回は完全な特殊能力バトルとなってしまっており、特機を寄生させていない長門は、砲雷撃戦がまともに出来なかった分をサポートに回ることになった。
だがそれに関しては妙高がすぐさまフォローを入れる。
「いえ、長門さんは必要でした、確実に。長門さんがいるからこそ、海中から尚更浮上出来ません」
「ああ、それは保証する。煙幕が使えない海の上ってなると、戦艦の主砲があるってだけでヒヤヒヤするもんだぜ。ぶっちゃけ、傷付かない夕立より、速く動き回る時雨より、長門さんがいるってことが圧になってた。1発が掠っても命取られるんだぜ」
誰もが頷くことである。深雪はさらに続ける。
「つーか、長門さんと夕立が組んでるのって滅茶苦茶怖ぇよ」
「ぽい?」
「だってよ、夕立が何も考えずに突っ込んできて、あたしを羽交締めにしたとするじゃん。そこに長門さんが撃つだけで、あたし終わるんだぜ? 夕立に撃っても何も無いのに、あたしだけ一方的に。まぁあたしは潜れるからその辺りは回避出来んだけど、むしろ潜る以外に選択肢無くなってた。それ、いるだけで圧なんだよ」
ここまで言われると、長門も少し照れ気味である。しかし、『ダメコン』持ちに敵を押さえ込ませて、諸共吹っ飛ばすという戦術がその場で出来るかと言われれば、それはなかなかに難しい話である。覚えておいてもいい戦術ではあるが。
「なるほど、理解はした。これまででいろいろ思うところがあったが、深雪にも妙高にもそう言ってもらえたなら、私も今のままで戦おう」
「……長門さん、特機の寄生を考えていたんですか?」
「まぁ、な。不甲斐ない話だが、言ってしまえば
事実、阿手との決着をつけた島での戦いは、その中枢に向かった者達ほぼ全てが特機寄生者、すなわち擬似カテゴリーWである。その力が無ければ勝てなかったまである。神風のように超人でなければ、戦場に立つことも難しかったかもしれない。
「長門、そこまで不安に思うことは無いと思うわ」
「加賀……」
「貴女には貴女の、私には私のやれることがあるんだもの。今言ってくれたじゃない、いるだけで圧になるって。それは充分に仕事になっているわ。それに、貴女の火力は必要不可欠よ。うみどりには貴女程の火力が出せる艦娘が少ないんだもの」
「……そうだな、うん、らしくなかった。すまない、どうしてもこの超人バトルを見せられると、
だが実際、特機を持たない者達は、この戦いを見て何を思っていたかは気になるところである。
一旦休憩のために工廠へ。妙高は早速、三隈と暁に今回の演習についてを聞きに向かっていた。深雪は出来てしまったタンコブの応急処置だけ受けるために、少し薬を貰う。自己修復があるわけではないので、それくらいの処置はどうしても必要。
「だいじょーぶ? ミユキ、結構いい感じに殴られてたけど」
「お姉様、お怪我は……ありますね。これくらいなら何ともないと仰いそうですが、大事にならずよかったです」
グレカーレと白雲がすぐに駆け寄ってきて、タンコブの治療に入った。医療班である酒匂から借りた薬を頭部に塗り込むことで、そこはどうにかなる。
「いやぁ、ありゃあ不意打ちだった。加賀さんに殴られるとか意識の外だったぜ」
「だよねぇ。甲板パンチはね」
苦笑するグレカーレに、深雪はそういえばと思う。グレカーレも特機が寄生している擬似カテゴリーW。しかし、それによって与えられた力は、精神攻撃完全無効の『羅針盤』である。忌雷に寄生されたことをキッカケに変質した艤装を持つが、それ以外は言ってしまえば
「なぁ、グレカーレ」
「んー、どしたどした?」
改まって聞かれたことで、グレカーレも戯けつつも真剣に話を聞く。普通の艦娘、戦闘に対しての力を持たずに、その戦場に出ることが不安ではないのかと。
すると、グレカーレはケラケラ笑いながら答えた。
「無いよ、うん、無い無い。不安なんて何処にも」
「そうなのか?」
「相手が何であろうと戦ってきたのがあたし達艦娘だよ? 第二次の時だってさ、えっ何コイツ知らんって深海棲艦出てきたりしたけど、みんなで力を合わせて戦って勝ってきたんだもん。そこにいるってことは、何かしらの役には立ってるってことだよ」
いるだけで役に立つ。それはそうだ。1人増えれば、戦力はそれだけ増強する。その1人が動くことが無くても、いるだけで力は増す。心強い味方がそこにいるのだから、気持ちも入るというものである。
「やれることが本当に無いってことは、多分無いよ。今度の戦いも、あたしはあたしの持ち場で全力で戦うことになるだろうしね。例えば、深雪と一緒に戦うってなら役に立たないかもしれないけど、別の場所なら超役に立つかもしれない。適材適所だよ、ここでも」
「……なるほどな、よくわかったぜ。ありがとな、グレカーレ」
「どーいたしまして。まぁ、あたしは頭も良くて可愛いから、いるだけで戦力増強よ♪」
最後はおちゃらけていたが、グレカーレの言葉はしっかりと届いている。戦力にならないなんてことはない。一緒に戦うだけで、誰もの力になっているのだ。
演習は続く。そして、誰もが力をつけていく。役に立たないことなんてことはない。いるだけで、心強い味方だ。
状況次第では、深雪だって役に立たないことはありますからね。