うみどりはその海域から発ち、次の現場へ。おおわしはそこに残り、海域の調査をする。数日後に軍港で合流することが約束されており、それまでは本来の仕事を互いに続け、その時を待つこととなる。
うみどりの次の目的地は、軍港に近付いていく方向にある小規模な現場。そこへは朝から向かえば夜に近いくらいに到着。聞いたままの規模であれば、そこから始めても日を跨ぐ前には終わるのではと考えられていた。かなり小さくはあるものの、後始末屋に依頼するくらいの規模ではあるため、当然大分散らかっている。
いつも通り、到着までは自由時間。到着次第、すぐさま作業が出来るように計画は立てられていた。
「電、何処かで寝ておいた方がいいと思うけど、どうするよ」
電が寝不足気味であることを事前に聞いている深雪は、夜の後始末に向けてしっかりと眠っておく必要があると考えている。
電が眠るというのなら、安心出来るように深雪もそれに便乗するつもりである。悪夢に魘されているのは深雪も同じであり、電ほど顕著ではないが夢見が悪くまだ眠いと感じる。
「どうせ寝るのなら、午後からの方がいいと思うのです。夜からお仕事ですし」
対する電は、午前中は何かしらの訓練などをして、午後に思い切り眠るという手段を考えている。
丸一日眠って過ごすわけでもないため、休息に当てていない時間は、いつも通り自身を鍛えることに時間を使いたい。この睡眠不足状態で出来る訓練は高が知れているかもしれないが、電はやる気満々である。
深雪としては丸一日休んでいてもらいたいと思っているものの、それを選択すると今度は電が申し訳なさでまた精神的にダメージを受けることを考えると、今はやりたいようにやってもらった方がいいかもしれないとも思った。
訓練を軽めにして、それでも体力を使うことにより、午後から熟睡出来るようにするという方向で、それを良しとした。
「時雨、お前どうすんだ?」
「僕はまた君の訓練を見学させてもらうよ」
時雨は相変わらず。人間のことを知るためにここにいるものの、基本的には深雪の見える範囲にいることが多い。
これもどちらかといえば時雨なりの自重の表れ。深雪と電の目が届かないところで人間と対話をしてしまった場合、言わなくてもいいことを言ってしまうこともあるだろう。それを防ぐために、自発的に純粋種の側にいることにしたのである。
本心を話しているだけでも、時雨のそれは
だとしても、呪いを受けているのに寛容になっていると言えるだろう。これまでのカテゴリーMであれば、そんなことを言わせるまでもなく攻撃していた。艤装があれば、それこそ神風にやったように人間に対して砲撃を放っていただろう。その気持ちが鳴りを潜めているだけでも相当大きい。
「あたしばっかりでいいのかよ」
「ああ、今日は僕がまだ見たことのない訓練をするんだろう。その教官も違うはずだ。なら、僕は君よりその人間達を見ておきたい。これでいいかい」
「そういうことなら構わないぜ。見られて手数を知られるのがちょっと嫌な気分ではあるが」
「それは副産物だよ」
那珂と酒匂から学んだアイドル活動のステップによる回避は、時雨もそれを見ていたということから、回避を読まれることになった。
それと同じことがまた起きるかもしれない。長門から学ぶ格闘戦を深雪がずっと受けるわけだが、それの一部始終を見られていたら、時雨に勝てるかもしれない戦術を再び先読みされる。
結果として、深雪が時雨に勝利する日が遠退いてしまうだろう。時雨としても、内心それが狙いだったのかもしれない。
午前中は深雪の考えていた通り、長門による格闘技術の訓練。前回は顔面への攻撃を重点的に回避出来るようにされたが、次は他の場所。拳だけでなく脚技なども学ぶ。
電は妙高の指示によりスタミナトレーニングをしながら深雪の訓練風景を見続ける。前回は見ることだけに没頭したが、今回は見ながら別の事が出来るようになるための訓練である。
「深雪さんのことに気を取られていたら、トレーニングが疎かになりますよ。冷静に、心を落ち着けて、自分に目を向けるのです」
「な、なのですっ」
ランニングマシンで走りながら、深雪の訓練を見るとなると、どうしても集中力が切れる。下手をしたら怪我に繋がるかもしれないようなトレーニングではあるのだが、妙高がしっかり管理しているので心配はない。もし足を踏み外したとしても、すぐさま支えて体勢を維持させるだろう。
それに、電の心のブレは以前よりも格段に少なくなっていた。長門の訓練の安全性を知っている上に、
深雪なら耐えられるということも理解している上に、深雪の心が全く折れる気配がないのだから、電も信じようという気持ちになるというものだ。
その電の視線の先。深雪は長門からの攻撃を回避出来るように教えを受けていた。
「そうだ。まずは攻撃をよく見る。そこから避けるか受けるかを考えるんだ。瞬発力と動体視力がモノを言うぞ」
「うす! 払い除けるのは、顔面の時と同じようにだ!」
タシュケントの属する秘密組織にいるという喧嘩っ早い問題児達が、深雪と同じ駆逐艦であるとは限らない。深雪よりも身体の大きい巡洋艦、最悪な場合戦艦である可能性だってあり得る。
それを考慮するならば、長門のようなうみどりの中では一番大きい戦艦からの攻撃を確実に避けられるようにした方がいい。
上から振り下ろされるような拳も、うまく払い退けて攻撃に転じる。この払い除けての攻撃を徹底的に教え込まれたおかげで、あらゆる攻撃に対して反応が出来るようになっていた。
そういう意味でも、深雪は実に筋がいい。覚えたことに対して応用が利いている。顔に向けての攻撃でなくても同じように回避出来ているのは、それだけ深雪の応用力が高い証拠だ。
「恐怖心を取り払えとは言わない。だが、目を瞑るのだけはやってはいけない。攻撃が見えなくなるからな」
「ビビってちゃ、前に出られないってことだね」
「そうだ。相手が私のように大柄であっても、君よりも小柄であっても、敵意を持って襲いかかってくることには変わりない。体格なんて誤差だ。むしろ小さい方が苦戦するかもしれない。そうであっても、しっかり目を開いて見ていれば、今の君ならどうすればいいかわかるはずだ」
とは言いつつも、応用が利くにしても長門が言った通り瞬発力と動体視力がまだ育っていないため、長門が少し攻撃のスピードを速めると受け流しきれずにモロに身体に入ることもあるため、そこはまだまだゆっくりとやっていくしかない。
深雪の今の目的は強くなること。だが、あくまで秘密組織の問題児に喧嘩で負けないようにすることが重要。とにかく
自分から攻撃が出来なくても、避け続ければ勝機が訪れるだろう。そのために必要なことは、今やっている受け流しと、それを続けられるだけのスタミナ。
「……」
その深雪の訓練をじっと見つめているのは電だけではない。トレーニングルームの端で、時雨も観察をしている。
本当に人間が悪ならば、こういう時に強く虐げるような拳を振り下ろすに決まっていると、時雨は勝手に思っていたため、本性を出さないものかと見ていたものの、長門のやり方は殴りかかったり蹴ったりと荒っぽいものの、常に深雪を思って加減をしているものだ。
深雪に当たったとしても怪我をするようなことは絶対に無いし、今の深雪の実力ならば集中していれば必ず受け流せるくらいにしているのだ。長門自身が相当な熟練者なのがよくわかる。
「時雨さん、貴女もこちらへ」
そんな時雨を見て、妙高が手招き。ヒッヒッと息を切らせている電を休ませ、空いたランニングマシンを使うように促す。
「……な」
「何故やらなければならないか、ですか」
先んじて言われたことに時雨は目を見開く。
「貴女は自分を鍛えたいと思っているのでしょう。なら、見ているだけではなく身体を動かさなくちゃいけないと思いませんか?」
「それはそうだけど、だからといって」
「人間の言うことを聞くのは癪だと」
またもや言い当てられて、時雨は言葉を無くす。そんな時雨の表情を見て、妙高はクスリと笑みを溢した。
「貴女は思った以上に読みやすい。今までのカテゴリーMとは違う。怒りと憎しみに染まった心ではないとわかりますよ」
「……知った口を利くんだね」
「どうでしょう。でも、すぐに言葉が出てこなかったいうことは、少なからず自分でも考えているのでは?」
やはり何も言い返せない。時雨自身も、自分の中で何かが起きているように感じているのは間違いなかった。
それは昨晩のこと。深雪が時雨に敗北する悪夢を、電が深雪が死に続ける悪夢を見続けている時、時雨も夢を見ていた。それが、
他の者ならまだしも、カテゴリーMである時雨には、悪夢以外の何モノでもない。憎しみを向ける者達と並び立つなんて信じられない。しかし、そういう夢を見ることになったということは、心の奥底ではそれに準ずる思いがあるということになる。
だからこそ、今の妙高の言葉を即否定が出来なかった。夢のことを思い出してしまったから。
「時雨さんのために、今日は他にもトレーニングを受けたいという仲間達が集まってくれましたから」
そう言うと、トレーニングルームに他の仲間達が向かってきていた。時雨は基本的に深雪と電が共にいること前提でうみどりの中を行動しているため、まだまだ仲間達との付き合いが不足している。駆逐艦の会で強制的に駆逐艦と話をすることになったが、それ以外はこういう場を使うしかない。
そのため、まだまともに絡んでいなかった者達、今回は航空戦力として活躍している3人が駆けつけてくれていた。
「格闘技術を学んでいると聞いて」
「妙高さんが時雨さんを躾けると聞きまして」
「補給が必要だと聞いたので」
三者三様、しかし悪意なくここに来た加賀、三隈、神威の3人は、やる気満々のトレーニングウェアである。そして、渋っている時雨を見るや否や、まず三隈が肩をポンと叩いた後にランニングマシンへと手を引いた。
「共に走りましょう。走れば悩みも無くなりますわ」
「いやそれはおかしい。それに僕は」
「走ってから考えましょう。大丈夫、その後に道を決めればいいのですわ」
時雨の意見を聞いてか聞かずか、非常に押しが強い三隈に乗せられて、時雨はそのままトレーニングをする羽目に。
時雨はこの流れに持っていった妙高を睨みつけようとしたが、その妙高はフフフととてもいい笑顔で見つめていた。
「長門、私も参加してもいいかしら。深雪を鍛えるのでしょう?」
「ああ、頼む。癖が違う相手ともやるべきだと思うからな」
「よろしくだぜ加賀さん! あたしをもっと鍛えてくれ!」
加賀は深雪の方へ。時雨に他の人間のやり方、勿論思いやりのあるトレーニングを見せるために一肌脱いでくれている。
これは深雪にとっても万々歳だ。長門に慣れすぎて他の者とは戦えないという事態を防ぎたい。
「電さん、はい、ドリンクです。休憩中にしっかり栄養を補給してくださいね」
「あ、ありがとう、なのです」
「走り続けていたのなら、マッサージもしましょうか」
神威はしっかりと補給の準備をし、まるでマネージャーのように甲斐甲斐しく電のお世話をしていた。
ここまで尽くされることなんてないので、電は少しオドオドしながらもそれを受け入れる。
3人が3人、仲間達の力を借りて先へと進んでいく。深雪は加賀の力で更なる戦術を得て、電は神威の力でより上手くスタミナを手に入れる。そして時雨は、妙高と三隈の力によって、少々強引ながらも仲間達との関係を持たされていった。
人間を見るということに関しては、最も必要であろう環境に置かれたことで、時雨はさらにこの世界の本来の人間のことを知る。
ここの加賀さんはシュッとしたスタイルで格闘戦も多少は可能という設定。空母が近付かれたら危ないからという理由で。