演習は終わり、午後。ついに軍港を出る準備が始まる。この次はもう最後の戦い、襟帆鎮守府へと攻め、そして出洲との戦いに挑むこととなる。
準備と言っても、いつかのあの時のように荷物を一時的に鎮守府に運ばせてもらっているわけでもない。ただ頃合いになったらうみどりに移動し、そして出港となるだけである。
そのため、大急ぎで準備するとかそういうことはなく、ゆったりとした時間の中、艤装を運ぶための車両に積み込んだりするのみ。
工廠ではその準備で少しだけバタバタしているものの、そこまで焦るようなこともなく、最高のメンテナンスを最後まで施してから送り出す方法へ。
うみどり内でもメンテナンスは出来るが、軍港にいるのだから人数を使って手分けして良いモノを使ってもらいたいと、調査の手を止めてでも冬月と涼月が参加していた。
「ふむ、やはり特異点の艤装は不思議がいっぱいだ。今は艦娘の艤装なのに、何故か深海棲艦化したらあちら側に切り替わる。電のモノに至っては、何故駆逐艦のままの形状なのにあらゆる兵装が接続出来るのかがまるでわからん」
「これは、決戦の後にまた来てもらわなくてはいけませんね、お冬さん」
「ああ、涼、我々の知識欲を埋めてもらうためにも、戻ってきてもらわねばな」
軍港のイカれコンビこと冬月と涼月は、メンテナンスの場でも相変わらずである。いつもの制服に深海棲艦の血らしきモノが付いているのは、もう誰もツッコミを入れていない。
また、ここで自我を持つに至った艤装人間達も、工廠の作業を手伝っている。やはり膂力が凄まじいことがあり、さも当然のように艤装の運び込みが出来ているところは、ここでも重宝しているようだ。
こうして主力が演習などに参加している間も軍港都市を見回り、余裕がある者は工廠を手伝い、時には休息に付き合う。話せないだけで、もう普通に接することが出来る良き友人という立ち位置に収まっているのがよくわかる。
「ああ、そうだ深雪。君達から貰った彼岸花なんだが」
「どうだったよ、いろいろ調査してくれたんだろ?」
そんな冬月が深雪に話しかける。うみどりが軍港から出て行った後も、調査は続けていくことだろう。カテゴリーYがこの軍港に滞在するのだから、その身体を治すために研究はまだまだ最序盤と言ってもいい。
その結果を深雪に伝えておこうということで、冬月はニコニコ顔で肩をポンと叩く。
「非常に興味深いな。頭に直接挿し込むのは控えているんだが、切り落とした四肢ならば人間に戻せることはわかった」
「……いくつか聞かなかったことにするけど、ひとまず戻せそうなんだな」
「ああ、戻せることは確実だ。だが、どうしても身体に負担がかかってしまう。直接はダメだ。人が死ぬ」
そういうことがわかるくらいには
敵に対しては容赦ない。おそらく人とも思っていない。この極端な扱い方が、恐ろしさでもあり頼もしさでもある。
「なるべく早く決着はつけたいが、難しいかもしれん。だから、特異点の力は借りたい。決戦を終わらせて、我々のためにもまたここに来てくれ」
「お冬さんとお待ちしています。それまでは、こちらで誠心誠意研究させてもらいますので」
「ああ、頼んだ。あたし達には出来ないことだからな。頼らせてもらうぜ」
「うむ、特異点に背中を押してもらえるのならば、うちの提督も黙らせられるだろう。はっはは、いい太鼓判を貰えたものだ」
出汁に使いやがったと深雪は苦笑するが、これもまた冬月の特徴なのだろうと納得した。保前提督の胃の痛みに関しては、一度見ないこととしたが。
「我々はここで研究調査をしながら、君達の健闘を祈る。ああ、そうだ、ここから出ていかない代わりに、ちょっとした
「餞別?」
「うむ。覚えているか、電のマルチツールの原案は私だ。だから、君達に合いそうな兵装をいくつか原案を出していてな、明石にそれを全て提供した。決戦に使えそうな新装備なども開発出来るだろう」
ここに来て、対カテゴリーK用の新装備の案まで出していたという。凄まじい仕事量。とんでもないアイディアの数々。しかし、それをカタチにするまでには至らなかったようで、こんなのがあればいいのではというアイディアだけを明石に託し、それを決戦に向かうまでの短期間で作ってくれと伝えたようである。相変わらず寝ていないようなので、保前提督に溜息を吐かれていたようだが。
明石も決戦に向かう間はカテゴリーYの治療から完全に離れ、決戦に専念するということで、その開発を短期間で進めることになっているらしい。演習により手に入れたデータを使った新兵器は、きっと戦いに役立つだろう。
「敵がこちらの情報を全て持っているようなモノなのに、あちらのことはほとんどわからないというのは不利だろう。ならば、あちらにもわからない兵装を使えばいい。特異点の力が近しいモノなんだ、こちらが頭を使っているというだけで、文句を言われる筋合いもない」
「そっか、ありがとな」
「礼には及ばん。頑張って帰ってきてくれ。我々のためにもな」
最終的には私欲を隠さないが、特異点の勝利を願っている者であることには変わりない。綾波のように独特な鼓舞の仕方ではあるが、それはそれで、思いは乗っている。
「ああ、またここに来る。あたし達も、軍港都市のこと気に入ってるからな。また食べ歩きとかしてぇし」
「はっはは、それはいい。綾波と暁が喜ぶことだろう。またその時が来るのを待っている。どうせ、近々だ」
その勝利を確信したような笑みに、深雪にも自信が湧いてくるようだった。
艤装を全てメンテナンスして積み込んだ時点で、おおよそおやつの時間くらいとなっていた。軍港鎮守府でゆっくりする時間もこれで終わり。あとは決戦に向かうのみ。
「さぁ、うみどりに戻りましょうか。みんな、忘れ物は無いわね?」
伊豆提督に言われ、全員がOKを出す。休暇の際に買ったモノくらいしか手元に置くモノはない。深雪や電も今回は大物を買うようなことはしていないため、艤装がなければ手ぶらみたいなモノ。
「トシちゃん、ありがとうね。また戻ってくるから」
「ああ、お前達が負けることはないと思ってる。だから、全員ちゃんと戻ってきて、全部終わったらここで遊んでいけよ。みんな無事を祈ってる……いや、
ここで全員と別れるわけではない。カテゴリーYの面々も見送りに出向いてくれる。
艦娘達と艤装人間達は、ここでお別れ。最大級のお見送りを受けて、軍港鎮守府から出て行くことになる。
「深雪ちゃん、電ちゃん、改めて」
綾波が一歩前へ。
「軍港鎮守府一同、後始末屋と調査隊の勝利を願っています。一度はこの愛すべき軍港都市で波乱を巻き起こした一味との決戦です。全てを終わらせて、皆さん無事にこの軍港都市に訪れてくれると信じていますよぉ」
つい先程と同じように、また握手。だが、皆の前でやるということに意味がある。特にうみどりの面々と仲良くし、演習にも参加し続けた軍港鎮守府代表のような立ち位置の者が、特異点と友好であるという証拠。
全面的に援護する、絶対に裏切らない、何かあっても任せてほしいという、象徴的な場面となった。
「本当なら綾波も行ってもいいなって思ってたんですけどねぇ」
「そもそもお前はここにいた方がいいだろ」
「そうなんですよぉ。軍港から1ヶ月近くも離れていたから、恋しくて恋しくて。治安も見ておかなくちゃいけませんからねぇ」
実際、綾波が来るのならばそれ相応に活躍はしただろう。だが、うみどりとしても若干の不安がある。それが、手加減の出来なさ。
うみどりは甘いとは思われるが、カテゴリーKだって救いたいと思っている。無理ならば命の取り合いとなるが、なるべくならば命を取らずに終わらせたい。しかし、綾波は間違いなく首を取りに行く。一切の容赦無く、確実に殺すつもりで戦う。それを止めることも出来ない。
となると、やはり背中を守っていてもらった方がいい。もしかしたら、決戦の最中に、特異点の仲間だからというだけで攻撃を受けてしまう可能性もあるのだ。綾波がバックにいるというだけでも心強い。戦力を偏らせる方が後々危険というのもある。いざという時の最強のバックアップ。
「何かあったら頼んだぜ」
「はぁい、任せてくださいねぇ」
握手の後、ハイタッチ。そして、拳を突き合った。
「電、暁もここで応援してるからね。電なら大丈夫、深雪の役にも立てるし、電だけでも戦えるわ」
「暁ちゃん……はい、頑張ってくるのです。必ず、ここに戻ってくるのです」
「そしたら、美味しいご飯でも食べましょ。暁の知ってるいいお店、山ほど教えてあげるから」
「ふふ、楽しみにしているのです」
電も姉である暁と絆を深め、握手しつつも小さく抱き合った。きっとまた帰ってくると誓って。
軍港鎮守府滞在はこれで終了。ついに、決戦に向かう。
あとは港で最後にお別れをして、その時に向かって出発します。なんだかんだ、軍港鎮守府も長かったね。
明日5/17は諸用でお休みさせていただきます。次回は5/18の予定ですので、よろしくお願いいたします。