軍港鎮守府を後にして、一行は本来の持ち場へと戻る。深雪達はうみどりへ。久しぶりの我が家というイメージだが、安心するのも束の間、ここからは決戦への一本道である。
ここに戻ってくるのは、出洲一派に勝利してから。全てを終えて、正しく後始末屋に戻ってから、改めて休息を迎える時。
「……なんかすげぇ緊張感があるな」
「なのです。島での戦いよりも」
「だよな。あのクソババアと戦う時と比べて、感覚が全然違う」
阿手一派との戦いとはまるで違う緊張感。最後の戦いに赴くための一歩目だと思うと、いつものうみどりでも何かが違うように感じる。ここに踏み入ったら、もう戻れない。そんな気持ちにすらなってしまうような。
しかし、緊張感はせども、前に進むことを躊躇うことはない。踏みとどまりはしたが、下がろうとは思わない。これが終わらないと、この世界に平和は訪れないのだから。
「深雪!」
そんな深雪の後ろからかけられる声。それは、うみどりの見送りに来ていた、この軍港都市で勝利を願い、治療の時を待つカテゴリーY達。その中でも特に深雪と最後に言葉を交わしたかった杏が、数歩前に出てきていた。
「杏、それにみんなも。見送りに来てくれたんだな」
「私達のためにも戦ってくれるんだもん。見送らないとバチが当たっちゃう」
笑顔を見せ、寂しさは取り払って、杏は深雪に持っていた紙袋を渡す。
「ん、これは?」
「深雪と電に、特異点に、お守りを持ってきたの。部屋にでも置いておいてほしいな」
紙袋の中には、何やら手製のお守り。杏がこれまでの時間を使って急ピッチで作ったであろう、思いの込められた一品モノ。特異点への願いをカタチにしたことで、より力が得られるモノだと信じて。
「私達はここで待ってる。絶対勝てるって信じてる」
「ああ、任せろ。杏の母ちゃんも、みんなも、全員元に戻せるように必ず帰ってくるから」
「みんなで揃って、笑って出迎えてもらうために、なのです」
「うん。だから、頑張ってね」
泣きそうになるが、涙は抑え込んで。華々しい門出を邪魔するようなことはしたくない。杏はずっと堪えて堪えて、今ここで背中を押すために。
「行ってくる。絶対勝つからな」
拳を突き出す深雪。杏は一瞬驚いたが、小さく頷き、その拳に自分の拳を突き合わせた。
この深雪の行動は、相手を仲間だと認識して、信頼の証としてやっている。杏は短い間だったけれど、ちゃんと仲間であるとして、こうしたのだ。
電も同じように、杏と拳を突き合わして、そしてうみどりへと踏み出した。躊躇いなんてもう無い。被害者を元に戻すためにも、この戦いに勝利して、全員で戻ってくるのだ。これだけの仲間達が背中を押してくれているのだから、それだけで充分すぎるほどの力になる。
「ハルカ、いつも以上に物資は積んでおいたからな」
「ええ、ありがとうトシちゃん。もしかしたら、長期戦になるかもしれないものね」
「忠犬、お前のところもだぞ。タシュケント、そっちもだからな」
「うす、助かりますよトシパイセン」
「Спасибо、あたし達も今回はガッツリ前線だからね。助かるよ」
うみどりにおおわし、そしてこだか。決戦に向かう艦のトップ達は、保前提督から話を聞き、最後の詰めが出来ていることを確かめる。資材は沢山詰めるだけ。それ以上に補給が足りなくなるなんてことがないように。過剰くらいでも丁度いいくらいとした。
うみどりやおおわしだけでなく、今回はこだかも全力投入。特に艦長代理として常に純粋種達を回しているタシュケントも、今回ばかりは戦場に出ることを考えている程である。
「タシュケントちゃん、ここ最近は任せっきりだったけれど、大丈夫?」
「勿論さ。最後の戦い、うみどりの全員が突撃出来るように、あたし達こだかの艦娘が、全身全霊誠心誠意、しっかり背中を守るから安心してよね。まぁ、あたしはちょっと因縁があるから前線に出る気満々だけど」
「因縁……ああ、あの小さい子……」
タシュケントが因縁を持っているのは、出洲一派の小柄である。小柄な持つ艤装はカテゴリーKらしく深海棲艦のモノではあるが、そこに含まれている艦娘の魂が同志であるガングートであることは確認している。故に、小柄が戦場に出るまでは艦の防衛を徹底。そして出てきたならば、タシュケントは前へ。
これは純粋種の他の面々も許可している。艦長代理がそう言うからというわけではなく、その因縁が自分の関係者の魂であるというところ。
「大丈夫さ、あたしだって自分の限界はわかってる。因縁があるからって、無茶はしない。命を賭けてまでやったら、同志ガングートにどやされる」
「わかってるならいいわ。誰1人欠けちゃいけないの。うみどりも、こだかも、勿論おおわしも」
「ああ、こだかの方針は、うみどりに倣ってるんだ。いのちだいじに、だよ」
かつての純粋種達ならば、無鉄砲に突撃していたかもしれない。人間は信用出来ないから自分達でやるしかないと。相手がどれほどの力を持っていようが関係ない。怒りに任せて理性も捨てていた可能性は高い。
だが、今ここで充分すぎるほどに和らいだ。軍港都市で娯楽も堪能したことも大きい。人間を完全に信用したわけではないが、それでも穏やかになれるくらいには落ち着いている。
そんな心境なら、うみどりの方針にも頷けるというモノ。死にに行くようなことなどしない。
「そっちはボスを抑えつけておいてね」
「大丈夫よ。丹陽ちゃんも今は随分と落ち着いてるから。本当の因縁が晴れているからね」
「なら安心だよ。とはいえ、油断はしちゃいけないよ」
丹陽も大分落ち着いているはずではあるのだが、まだ何を考えているかわからないところはあるので、そこは要注意。ここ最近は口にも出さないが、何を思っているかなんて誰にもわからない。
だが、伊豆提督ならば抑え込むことは出来るだろう。体力とかそういうことではなく、言いくるめて。丹陽がそれなりに物分かりがいいこともあるが。
「お、来た来た。お疲れさん」
「申し訳ございません、まだ大丈夫でしたか」
ここで外に出ていた神通が到着。ギリギリまで諜報妖精さんが自らの足で脱出出来るかを待っていたが、ここまで来たら流石に無理であるということで、軍港へと帰投し、おおわしで襟帆鎮守府に向かうこととした。
なお、諜報妖精さんにも事前にそれは伝えられており、OKと反応も返ってきている。むしろ諜報妖精さんから案が出されているまである。
「本来ならば、私が回収したかったところなのですが、致し方ありません。襟帆鎮守府への特攻の際には、私が鎮守府に真っ先に向かい、彼を回収したいと思います」
「ああ、頼むぜ」
「必要なら、うみどりからも戦力を使ってちょうだい。最終的には向かうことになるんだもの」
「はい、よろしくお願いいたします。流石に難しいと思いますので。響さんや白雪さんもいますから、ある程度は大丈夫だとは思いますが」
鎮守府の内部ほど守りが厚いところは無いだろう。いくら神通といえども、1人で突っ込んで諜報妖精さんを救い出して脱出するというのも無理に等しい。うみどりから近接戦闘が得意な誰かを連れて行ったり、隠密行動が得意な者をサポートにつけたりした方が良さそうだ。該当するのは子日あたりか。
「うし、神通も戻ってきたことだし、おおわしは先に行かせてもらいます。ハルカ先輩、また現場で落ち合いましょうや」
「ええ、近付きすぎない場所で落ち合いましょう。何かあったらすぐに連絡してちょうだいね」
「うす。よし、神通、乗り込め。すぐに出るぞ」
まずはおおわしが出発。それに続いて、うみどりとこだかが出る。戦闘を始めるのは全て同時となるが、先行して状況を確認するのは調査隊の仕事だ。
「トシちゃん、後ろは任せるわ。何かあったら」
「おう、任せとけ。軍港を守ることが優先になるが、困ったときにはどうにかする。元帥にも話は通しておけよ」
「ええ、それじゃあ、行ってくるわね」
ついに、出港の時。決戦へ向けて、艦を出す。
深雪達はデッキへと上り、港へと目を向けた。そこには、杏達が最後の見送りをしてくれていた。
これまでうみどりに乗っていた平瀬や手小野、黒井一家も、杏の母紫苑も、全員がうみどりに向けて手を振っている。声にせずともわかる、その願い。特異点に向けられた、勝利への願い。それを受け、深雪達は満面の笑みで腕を突き上げた。
「絶対、勝って帰ってくるからな! 楽しみにして待っててくれ!」
「みんなのためにも、勝ってくるのですーっ!」
杏に貰ったお守りを手に、勝利を宣言した深雪と電。杏はそれを見て、感激しつつも、笑顔を崩さず、同じように腕を突き上げる。
「頑張って! 私達、信じてるから!」
少し涙目になりながらも、振り絞るように叫んだ。
ついに始まる決戦への道。特異点を、後始末屋を信じる思いを背に、海へと踏み出した。
長い戦いの終わりの始まり。