軍港を出発したうみどり。目指すは襟帆鎮守府。航行はこれから2日無いくらいである。
夕方にかからないくらいから始まっているため、ここから何かしらの訓練などをするようなことはない。あとは夜だけくらいの時間帯ならば、もう休息に当ててしまった方が良いだろう。
特に深雪と電は、午前中にかなりハードな演習を繰り広げ続けたのだ。短期間でもしっかり休んでおいた方がいい。
「杏のお守り、部屋にでも置いておけと言ってたけど、どうせなら身につけておきたいよな」
「でも、戦場でもし失えてしまったら嫌なのです」
「だよなぁ。艤装に仕込んでおくっつっても、あたし達は艤装ごと変わっちまうし」
出港の際に杏から渡されているお守り。それをどうするかを、深雪と電は考えていた。艤装の隙間に入れておくだとか、制服のポケットに入れておくとか、深海棲艦化した後に身につけるとか、いろいろと案が出たモノの、やはり戦場に持っていくと不慮の事故で失くしてしまうかもという不安もあった。
杏自身が、部屋に置いておいてくれと伝えていることもあり、その方がいいかと結局身につけることはせずに置いておくこととした。代わりに、最も強く効果が出そうな場所に。
「吹雪から貰った彼岸花の近くなら、あたし達にずっと効果を出してくれそうだよな」
「なのです。枯れない花と一緒に思いも乗ってくれるのです」
一輪挿しに引っ掛けるように、お守りを置いた。こうしたことで、願掛けはさらに強く効果を発揮しそうだと思えた。
人間の思いが込められたモノを、最強の特異点である吹雪が嫌がる道理がない。むしろ大歓迎しそうである。
「よし……あとは、無事に現場に着けることと、天気とかが何事もないことを願おうぜ」
「なのです。お天気は曇りらしいですけど……」
「雨さえ降らなきゃいいや。煙幕の使い勝手が変わるだろうからな」
天気に関しては特異点でもどうこうすることは出来やしない。こればっかりは神頼みである。
「どうであっても、勝つぜ」
「なのです」
そこだけは変わらない。何があっても、辛くても苦しくても、前を向いて必ず勝利する。ただ、それだけである。
夕食は勿論、セレス手製の食事。なのだが、これまでは食堂のキッチンにはお手伝いとして黒井母や紫苑、時には平瀬や手小野がいたところ、現在はムーサや副官ル級などが手伝っている。
「久シブリニ人ガ少ナク感ジルワネ。コレマデト同ジ感覚デ作リソウニナッタワ」
数人とはいえ、これまで乗っていた者達が軍港に降りたことで、食事の量をミスしかけたセレスは、苦笑しながら配膳をしていた。
「やっぱちょい寂しい感じはあるかな」
「ソウネ、手伝ッテクレタ人達ガソコニイナイトイウノハ、少シ寂シサハアルワ。デモ、別ニ
「だよな。むしろついてきてもらっても危ないだけだし」
深雪は大盛りにしてもらいつつ、セレスとそんな世間話をしていた。これまでいた人間がいない。それだけでも、空間の隙間が気になるところだった。特に保護していたカテゴリーYは、改造の結果で身体が本来よりも大きくされていた者がよくいた。それもあり、空間の空き方がより大きく感じる。
「降リルベクシテ降リタンダカラ。デモ、貴女達ハ、コレカラ戦イニ向カウワケデ、最悪ココニ隙間ヲ生ムコトニナルカモシレナイ。ソウナラナイコトヲ願ッテハイルケド」
「当然だぜ。誰も抜けねぇよ。隙間を埋めることはあっても、作ることは絶対しねぇ」
「エエ、ソウデアルベキネ」
これ以上、慣れ親しんだ場所が隙間になることはないと、深雪は言い切る。誰も失わない。ただそれだけ。
つい最近まで賑わっていた食堂も、ほんの少し座りやすくなったなと思える。騒がしいのはいつも通りだが、人の声が少し少ない。
深雪と電は適当に空いている席に座ると、グレカーレと白雲も対面に座る。人が多いとそういうことも出来ないことがあったが、今はそんなことはない。余裕があるくらいである。
「明日、最後の1日だよね。何する?」
カレースプーンをヒラヒラゆらめかせ、グレカーレが問うた。決戦に向けての最後の1日となる明日。ゆっくり休むことも必要だろうし、大詰めとして身体を鍛えてもいい。軍港にいた時のように遊び回ることは出来ないが、心身ともに落ち着いた状態にして決戦に挑みたい。
「決戦に疲れとか残したくないから、そこまで激しいことはしたくないな」
「でも、何もしないってわけにはいかない気もするのです」
「残らない程度にトレーニングになるんじゃないかな。鈍らないようにするために」
やらなくてはいけないことがあるわけでもない。演習というカタチで実戦経験は少しでも増やした。有意義な戦闘を数多くこなして、一回り二回りと強くなれた実感はある。
「そういうお前はどうすんだ?」
「あたしはシラクモと一緒に最後の詰め。演習の時に思ったことを実戦でやれるようにイメトレみたいな」
「可能な限り、出来ることをしたいと思っております。お姉様の足を引っ張らぬよう、勿論疲労を溜めるような愚かな行為はしませぬ」
それを聞いて、あっと深雪は思い出した。演習を眺めていた綾波から、伝えたいことを紙に纏めていると言われていたことを。
それ次第では、明日のトレーニングはそこの矯正などに使わなくてはならなくなるだろう。熟練者のアドバイスなのだ。やるのとやらないのとでは雲泥の差になるだろう。
「あたし達も最後の詰めになるかもしれないな」
「なのです。綾波ちゃんから見た電達に足りない部分、ちゃんと知っておかなくちゃですね」
やることが多い、とはならなそうではあるが、知っておかねばならないことは沢山ありそうである。
工廠の方でも、与えられた情報を纏めているところだった。夕食に早く行かなくてはと思いながらも、思った以上に早く知っておきたい情報が多い。明石にとっては嬉しい悲鳴ではあるのだが。
「冬月さんと涼月さんからの提案ですか」
「はい。決戦で使えそうな兵装案です。我々が手に入れている力とかも考慮して、こんなモノを使ってはどうだというアイディアを沢山」
「すごいですねぇあの2人は。彼岸花の調査をしながらやってくれたんでしょう?」
一人一人に状況にあったモノ、とまでは行かずとも、誰かが使えればいいからこんなのはどうだという、思いついたモノの垂れ流し。可能不可能は関係なく、これなら突破出来るぞという夢想。
「大半がロマン兵装ではあるんですが、ちゃんと現実的にしてあるのがすごいですよ。でも、たまにすごいのありますよ。見てくださいコレ、海中の敵を一撃で殲滅出来るくらいの、爆雷を数十個詰めたドラム缶型巨大爆雷……誰が使えるんですかコレ」
「睦月さんなら使えそうですね。『軽量化』で」
「……確かに。その辺りを全部考慮してそうですね……」
ロマン兵装は、大体が重量的な問題で扱えなそうではあった。しかし、それをお手軽に引っくり返すことが出来る『軽量化』があるので、冬月と涼月は、その辺りの問題を全部無視している。
また、清霜の扱う戦装大発という裏技もあるため、大発動艇が運用さえ出来てしまえば、兵装の幅が一気に拡がるまである。そうでなくても、自ら大発動艇に乗り込み、他の者の制御下で扱うという手段すらあり得る。
「可能な限り再現してみますか。有用なモノの取捨選択は必要ですが」
「再現自体は可能なんですか?」
「まぁ、ある程度は。幸い、私にも『工廠』の力があります。資材さえあれば、妖精さん達の手を煩わせることなく作ることは可能です。島でやっていたインフラ整備よりは難易度が上がりますが、それはそれですね」
例えばコレと、明石は丹陽にアイディアの1つを見せる。足下から忍び寄られて、ナイフで斬られることを防ぐための、脚部装甲専用簡易バルジとあり、それは言ってしまえば足の形状に合わせた鉄板みたいなモノなのだが、コレくらいなら鋼材に触れるだけで加工出来るので、そこそこお手軽に作れるかなというところ。
ただし、作ったところで運用性に優れているかはまた別問題。機動性に難ありとなれば、それは没案となり得る。アイディアだけが展開されているので、それを調整するのは明石の腕の見せ所である。
「私はボスと同じく、うみどりから外に出ることは無いでしょう。その分、皆さんにちゃんと貢献しますよ。裏方としてね」
「そうですね。私はどうしましょう。ちなみにですけど、艤装は」
「封印中です。このやりとりももう飽きましたよ」
「わかってますとも。私はあくまで、後ろで年の功を発揮するとしましょう。あ、そういう意味では、戦場が見やすくなるアイテムとかも欲しいですね」
「艦載機のカメラとかですか。あ、このアイディアもありましたよ。特異点の煙幕を突き抜けることが出来るかはわからないけど、通常の煙幕なら関係なしに相手の場所をいち早く察知出来る、艦載機搭載型カメラ」
必要そうなアイディアを選択し、明日からはそれを即座に開発していくことになるだろう。これもまた、決戦に向けての大切な詰めだ。
残された時間はもう少ないが、皆が出来ることをやっていく。わからないところは、知られていないところで埋められるように。
特殊兵装使わせたら、今は睦月が万能すぎる。