午前中の訓練は終わり、深雪も電も自分の成長を実感出来ていた。
「ありがとな、長門さん、加賀さん、すげぇ勉強になったよ」
「ああ、それならよかった。そもそも深雪は筋がいい。覚えてしまえばスムーズに身体が動いてくれるだろう」
「ええ、私も長門と同じ意見よ。よく身体が動けているわ。あとはより経験を積むことね」
長門に加えて加賀にもしごかれた深雪は、その日のうちに複数の戦術を見て、受けられるようになっていた。最終的に、どのような攻撃に対しても反応が出来るくらいの瞬発力を手に入れている。
勿論、それでもダメージをモロに喰らうこともあったが、それも経験のうち。痛みを以て、対応方法を知ることも必要。結果として深雪はそれに対しての立ち回りも学び、自分でも考えることが出来ていた。足りない部分はまだあれど、発展途上という言葉がピッタリだろう。
「神威さん、ありがとうなのです。なんだか電、鍛えられた気がするのです!」
「いえいえ、私はこうやってサポートをすることが仕事ですから。お役に立ててよかったですよ」
神威にサポートされながらトレーニングを積んだ電は、着実に訓練に耐えられる体力を得ている。的確な疲労回復とマッサージで、スタミナトレーニングを筋トレの一部として昇華することすら出来ていた。
それに、メンタル面もかなり成長したといえるだろう。やはり、過剰過ぎるダメージ──深雪の
「はぁ……はぁ……散々な目に遭った……」
「時雨さんもここにはトレーニングが目的だったのでしょう? いい汗、かけていますわ♪」
「節穴ぁ!」
息を整えようと努める時雨は、共にトレーニングを積んだ三隈に普通に叫んだ。でも実際は、時雨自身が思っている以上に身体が鍛えられているのがわかった。
三隈はあくまでも親切心で時雨を鍛えようと指示していたのだから、時雨としても文句が言えずに困った。それでも『これだから人間は』という言葉が出かけて、深雪の姿が目に入ったことで口を噤む。今は面倒なことにはなりたくないと思えるくらいには疲れている。
三者三様に充実した午前を過ごすことが出来たと言えるだろう。時雨は真っ向から否定すると思われるが。
午後は予定通り、寝不足な電を回復させるために昼寝。深雪もこの後夜に行われる後始末のために眠ることとした。
小規模であり、到着してからすぐに始めれば日を跨ぐ前には終わると予測されているとしても、予定通りに終わるかなんてわからない。
ここ最近は、後始末中に深海棲艦の乱入があったり、後始末前にカテゴリーMと遭遇したりしているため、考えているよりも長々作業をすることになる可能性は比較的ある方。ならば、まだ慣れていない深雪も、睡眠はしっかりとって作業に臨みたいと考えた。
「そ、それじゃあ、今日からよろしくお願いするのです……」
雨の日は単純にお互いキツイと感じたから被害も一致していたし、そもそも深雪からの要求もあったため、緊張感もなく互いの温もりを求めて2人で眠ることが出来た。
しかし、今回は電のメンタルが発端となった添い寝であるため、寝不足ですぐに寝たいところであっても、少々思うところがあるようだった。一度やれたことにも抵抗が出てしまい、一歩が踏み出しづらい。
そんな電を宥めるように、深雪は頭を撫で、ニカッと笑みを浮かべながら話す。
「気にすんなって。どうせあたしも寝るつもりだったんだし、お互い安眠出来る方がいいだろ。それに、あたしだって嫌な夢は見ることがあるんだ。むしろ電よりもギャーギャー言うかもしれねぇぜ。そうなったらゴメンな」
「そ、そんな、電は深雪ちゃんがやることに嫌な思いはしないのです。むしろ絶対電の方が迷惑を……」
「あたしだって、電が何したって迷惑になんて思わねぇよ。だから、さっさと寝ようぜ。ほら、寝不足なんだろ」
先に深雪がベッドに入り、自分の横をパンパンと叩いてここに来いと促した。一度やっていることなのに、心持ちが変わると緊張感が出てきてしまう様子。電は恐る恐る深雪の隣へ。
ただ隣同士になるだけでは意味がないので、前回のように腕に抱き付いてもらう。雨の夜はそれだけでも安心出来たのだから、悪夢だってこれで乗り越えられるはず。
「やっぱ1人より2人の方がいいな。艦だとそんなこと思わなかったかもだけど、そこはヒトのカタチになったことで知ったことだ」
「……なのです。こうやって触れていて安心出来るのは、艦娘になれたからだと思うのです」
しかし、夢を見ることが出来るようになったのも、ヒトのカタチを得たため。いいこともあれば悪いこともある。どちらが良かったかなんて選べない。
こうして深雪と再会出来たことは、最初は罪悪感に呑み込まれて辛さしか無かったが、今は和解も出来てトラウマも克服出来ているため、過去の罪が深雪の優しさで許されたと感じている。それだけでも生まれ変わって良かったと思えることだ。
「せっかくなんだから、ヒトのカタチを満喫しようぜ。辛かったら仲間を頼れるのもヒトのカタチの特権だからな」
「……なのですっ。深雪ちゃん、これからも頼らせてほしいのです」
「おう。あたしも電のこと頼るからな。一緒に成長して、後始末屋として一人前になろう」
この心持ちになれたからか、この時間の昼寝は悪夢を見ることなく深く眠ることが出来た。特に電は、夜に眠れなかったのを補完するかのように熟睡。時間としてはうみどりが現場に到着するまで、一度も目を覚ますことはなかった。
うみどりは順調に航行を続けて、時間通りに現場に到着。元より小規模と報告を受けていたため、前回の大規模と比べれば半分くらいとすら言える。また、今回は姫級の残骸などはなく、イロハ級のみの残骸であるため、片付けるにも大変だという作業も見た目では存在しない。
だがそれは見た目だけ。見えていないところ──海中には、どれだけ残骸が沈んでしまっているかがわからない。小規模な現場こそ、潜水艦の海中調査が重要になってくる。
「んっ、んぅーっ! 昼寝でこんだけ寝たのは初めてじゃあないか?」
「なのです! いつもの朝よりもスッキリしている感覚なのですーっ!」
深雪はともかく、電は誰が見ても活力が漲っていた。悪夢に魘された夜の分を取り戻すだけでなく、何やら
電がこれだけ気持ち良く眠れるのなら、これからも悪夢対策に一緒に寝るのはアリだなと、深雪は内心思っていた。そう考えると深雪自身も、これまでよりもスッキリしているように思えていた。
早めの夕食を食べ、そのまま工廠へ。小規模とはいえ、確実に終わらせるために、与えられた仕事をしっかりこなすのが後始末屋。規模の大きさなんて関係ない。
「時雨は今日も見学か?」
「逆に聞くけど、何故僕が君達の手伝いをする必要があるんだい」
「そりゃあお前、人間を観察するためにここにいるっつっても、飯も寝床も全部貰ってんだから、少しくらい手伝ってもバチは当たらねぇだろ」
深雪に言われても、時雨は素知らぬ顔。その態度に深雪は溜息を吐き、今はいいからゆっくり見てろと作業に移る。
電と共に準備万端。今日は酒匂と共に濾過装置担当。この作業に関しては、小規模で慣らしていくのが一番いいため、今回が頃合い。
与えられた装備を身につけ、特殊加工のメガネもかけて、そのまま海へ。丸一日置いた大規模の現場よりは確実に汚れている場所が少なく、これならば手っ取り早く終わりそうだと安心する。
とはいえ油断は出来ない。以前の小規模でも突如乱入があり、規模が少しとはいえ拡大化されたという経験がある。その戦いはあっという間に終わったとしても、作業が伸びたことには変わりない。
「あ、これ酒匂さんが前にやってたみたいに、ちょっと散らばってるの纏まってないか?」
「わ、ちゃんと出来ているのです! 深雪ちゃんお上手なのです!」
濾過した後の排水を使って汚れを一箇所に集めるという熟練者の技が、何の気なしに出来ていた深雪。それでも意図的ではないため、酒匂ほど上手く出来ないのは当然のこと。下手に散らばらないうちにしっかりと吸い取って濾過していく。
まだまだ多用出来るほど慣れているわけではないものの、出来る時にはやってみようと深雪は学習しながら後始末屋としての作業を効率化していった。
「こういうこと考えられるのも、実際にやれるのも、ヒトのカタチになれたからだよなぁ」
ふと思ったことをポツリと呟く。昼寝の前に電と話していたことを今思い出していた。
艦の姿のままなら、後始末の作業なんて簡単には出来ない。そういう専用の艦ならまだしも、戦うために造られた艦であるならば、それも難しい。うみどりのような母艦になることくらいしか出来ないだろう。
だが、ヒトのカタチであれば、今のように実際に作業して海の清浄化に貢献出来る。それが堪らなく嬉しく、こうなれて良かったと思える一因となった。
「戦わなくても平和に持っていけるのは、人間のカタチでしか出来ないだろうねー」
そんな深雪の呟きが聞こえたようで、酒匂も嬉しそうに応えた。細かい作業を考えながら確実にこなすことが出来るのが人間のカタチである特権。
「深海棲艦にもヒトのカタチをしているのがいるけどさ、そいつらは何でヒトのカタチになったんだろうな。艦娘は……なんつーか、人間と一緒にこうやって手を取り合うためなのかなって思ったんだけど」
ちょっとした疑問ではあるが、世界の根幹に関わる大きな疑問。誰もその解答は持ち合わせておらず、85年前から始まった三度に渡る深海棲艦との戦いの中でも、解明することは出来ていない永遠の謎。
それに対して、酒匂も何も言えない。確証がある答えが無いため、余計なことを言って変な期待を持たせたくないというのもある。
「電は、深海棲艦さん達も、手を取り合えると思っているのです。せっかくヒトのカタチをしているのですから」
電のこの言葉が、最も望ましい願いだ。深雪だって同じことを思っている。最初から最後まで戦いの中で過ごしているのなら、そんな考えには至らなかっただろう。
深海棲艦は敵であり、殲滅するべき対象だという絶対的な考えは変わらない。だが、後始末という海域の清浄化を基本とし、さらにはつい最近に衰弱死した潜水棲姫に寄り添っていたであろう潜水新棲姫の存在が仄めかされたのだから、深海棲艦の中にも人間や艦娘と仲良く出来る個体があるのではと考えてもおかしくはない。
「……そうだね、酒匂もそれが嬉しいね。戦わないなら戦わない方がいいもん」
電のそんな考えが嬉しくて、しかし何か憂いのようなものもあるような目で、酒匂も同調した。深雪も電も、酒匂の真意については気付けない。しかし、額面通りに受け取って、余計な命のやり取りを好まないということは理解出来た。救護班に加わっているだけあり、
後始末屋が出来るのはヒトのカタチとなれたおかげだ。深雪も電も、艦娘として戦うことよりも、こうして世界のために力を尽くしている方が楽しく嬉しい時間だと、心の底から思っていた。
酒匂はどうも戦いが嫌というイメージ。うみどりを志願したのもそういうことなんでしょう。それでも練度を上げなくちゃいけないのは辛いでしょうね。