満を持して出撃した深雪と電は、すぐさま海中へとダイブ。その位置は海上でサポートするグレカーレや白雲、酒匂などがソナーを使って正確に把握する。
海中の戦いは今回の決戦でも特に重要視されていることもあり、対潜装備は可能ならば全員が持つようにしている。水雷戦隊に属する者は装備しない理由がなく、攻撃にも防御にも必須。
そして、それと同様に必要なのが通信機である。目まぐるしく変わる戦場の、現場にいる者の声をすぐに聞き、策をうみどりでも考えられるように。
「っし……今はどの辺りだ……?」
海上の部隊からすぐに離れることになった深雪と電は、うみどりの防衛ラインを意識しつつも、少し離れた方へと向かっていく。耳には海上からの声を聞くためのインカム、そして念の為誤認しないようにするための、軍港で購入したカフスを装備。
相手側にも深雪がいるというのが非常に厄介で、この戦場でもあちらはトレードマークのようにウィンドブレーカーを着ているようだが、それでも戦闘中に脱げるということもあり得るのだから、このような地味ではあるが対策はあった方がいい。
『酒匂だよ。そこから真っ直ぐ進めば、スキャンプちゃんが交戦中。ただ、フーミィちゃんも何か
「大きいモノ……?」
「もしかして、カツ車なのです?」
伊203が相手取っているのは、この海中で運用されているという深海技術を組み込んだ特四式内火艇。単純なサイズによる圧倒は、如何に伊203であってもかなり厄介なようで、苦戦とまでは行かずともその挙動を観察するに留めなくてはならないところはあるようだった。知っているのに知らない兵装を持ち出されると、速さ重視であっても多少は慎重になる。
『スキャンプちゃんが2人相手に持ち堪えてる。深雪ちゃん、電ちゃん、お願いね!』
「ああ、すぐに向かう!」
黒の特異点と戦うスキャンプも、水流が効かなくなっていることで、どうしても苦戦を強いられてしまう。煙幕は散らせても、直接的な攻撃、そして単純な接近すら攻撃になりかねない現状に、一歩引いた戦いしか出来ない。魚雷も当てられるようなこともないため、掴めないならもう避け続けるしかないのだ。
それでもスキャンプは打開策をその場で考え続けている。煙幕を吸わないようにする方法は何かないか、息を吐き続けるだけでどうにかなるかと、踏み込むことはなくても、可能なことを探し続けていた。
「見えた!」
「スキャンプちゃんなのです!」
比較的うみどりに近い位置で戦っていたのがスキャンプ。さらに奥の方で戦っている伊203は、戦闘で起きてしまう激しい泡のせいで少し見づらい。
「遅ぇぞミユキ! この
悪態をつきつつも、両手両足から放つ『スクリュー』の水流で間合いを取り、煙幕を散らしながら、深雪と電の到着を待っていた。本来ならばこの水流を含めた攻撃だけでも相応にダメージを与えられるはずなのだが、黒煙幕のブーストによってモノともしない強靭さを身につけてしまっている。
「……来たかよ、特異点」
「よう、別個体。決着、つけるんだろ」
深雪の姿を視認したことで、黒深雪は一旦スキャンプへの攻撃を止める。ここからが本番だと言わんばかりに、息を整え、キッと睨みつけた。深海棲艦化した姿を見るのは初めてだろうが、左腕の力でそれが深雪であることはちゃんと理解出来ている。
深雪もそれに対して、真剣に向かい合う。可能ならば救いたい。しかし、今のままでは絶対に無理。ちゃんとぶつかりあい、戦い、そして勝利を収めなければ、まともな話も出来ない。ただでさえ戦闘でなくても話が上手く出来なかったまであるのだ。この戦場、決戦の場では、言葉より拳の方が意味を持つだろう。
「雷ちゃん……」
「電、見違えたわね。とても綺麗。特異点は、そんなこともしちゃうのよね」
電も、深雪と同様に相手をしなくてはならない存在と向かい合う。雷は深海棲艦化で成長した電を見て、純粋に褒める。敵であっても、そのスタンスは崩さない。雷は雷なのだと思わせるような言動。
「今からでも遅くないのです。やめられませんか」
電の訴えに、雷は少し驚いたような表情を見せるが、すぐに笑みを浮かべる。しかし、そこにはどうしても悲壮感が漂っていた。
「やめられないわ。だって、貴女達は私の、深雪の敵なんだもの。私達の望む平和と、貴女達の望む平和が大きくかけ離れていることなんて、もうずっとわかっているでしょう?」
「そうですけど、そうなのですけど……」
「私は、管理されていたとしても、争いのない世界を望むわ。誰も傷つかない世界を」
「そのせいで、沢山のヒトが傷付いているのです。今を見ずに未来ばかり見て、その未来だって思い通りになるとは思えないのに……」
「ええ……そうね、でもね電、私達はもう、振り返らないの」
ジワリと、雷からも黒い煙幕が溢れ出す。力を持つことを示すように、お前の敵なのだと知らしめるように。
「……なぁ別個体、お前もわかってんだろ。出洲の言ってることが矛盾だらけだってこと」
「……」
「お前を助けてくれた奴かもしれねぇ。今生かしてくれてる奴かもしれねぇ。でも、おかしいことはおかしいって言ってやれよ。争いを無くすために争って、ほんの少しの争いすらも無くすために、文化すら奪おうっつってんだぞ」
黒深雪は苦しそうな表情を見せる。やはり、矛盾していることは理解している。
特異点に頼り切ることを堕落と称したが、全てを取り上げて自分の思い通りにすることは堕落ではないと言い切る、そのダブルスタンダード。皆が同じように強くなればいいと言いながらも、僅かな争いでも許さないと娯楽も技術も何もかもを奪おうとする姿勢。努力するように変えるとしながら、競い合いは許さない。
言っていること、やっていること、その全てに複数の人格があるのではと思えるほどに、矛盾と狂気が見えている。そんなの許されるわけがない。
黒深雪はそのおかしなところに気付いているはずだ。これまで2回話をしてきて、舌戦で負け続けている。それは、理解しているから言い返すことが出来ないというだけではないだろうか。
「……それでも、あたしのような被害者は減る。減るんだよ。わかるか、自分ではどうにも出来ないくらいの力で押さえつけられて、泣きじゃくっても意味が無くて、痛くて、寒くて、怖いその時を。そんな思いを、誰も味わってほしくないんだよ」
根っこには優しさが見える。見えるのだが、それが激しく歪んでしまっている。出洲によって
実際に死んだという経験。それを知っておきながら、そこから願うことが、『二度とそうなりたくない』ではなく、『他者に同じ気持ちになってほしくない』なのだ。それを実現するために、今ここで命のやり取りをしていることを許容するのはおかしな話ではあるが。
「お前の気持ちはわかるけどな、こんなやり方で実現させようってのがお門違いだ。そういう被害者が減っても、別の被害者が増えてんだ。そいつらを見向きもしないようなやり方は、あたしがぶち壊してやる」
「……だろうな、特異点はそういう奴だ」
「ああ、あたしはこういう奴だ。出洲にも言ったが、お前にも言っといてやる。お前らのやり方が正義なんだとしたら、あたし達は喜んで悪になってやる。出洲が救世主なら、あたしは魔王だ」
相変わらずの平行線上の平和論。今はもう、どちらが正しいどちらが間違っているの問題では無くなった。戦わせれば、先に進めない。
「スキャンプ、上に酒匂さん達が来てる。それに、フーミィがヤベェのとやり合ってる。任せていいか」
「ああ、フーミィが苦戦してるってなら、あたいが手ェ貸してやらねぇとな。テメェはその
「そのつもりだ。行ってくれ」
スキャンプはここで伊203の援護へと向かう。黒深雪と雷は、それを止めようと煙幕を出そうとしたが、スキャンプの『スクリュー』を推進力へと変えた移動は、そう簡単に止められるものではなく、一気にこの場から離れていった。
残されたのは、特異点と黒の特異点。そしてその補助装置。
「……まぁいい。みぃむも強ぇよ。それに、仲間はまだいる」
「私達が、特異点をここで食い止めればいいのよ。どうせ最初からそのつもりだったんだし」
「……ああ、そうだ、そのつもりだった」
黒深雪が拳を握り締め、深雪に向けて構える。雷も、その隣で呼吸を整えた。
もう、決して交わらないモノとなった道。深雪も、そして電も、ここで覚悟を決める。
お互いに、意志は固い。
「電、もう、やるしかないな」
「なのです。ここで、ちゃんと終わらせるのです」
深雪が構えると、そこから白い煙幕が溢れ出す。電も、雷と同じように呼吸を整えた。
「……別個体、これがお前の望みか。あたしとガチでぶつかり合うことが」
「……ああ、ここでテメェを乗り越えて、痛みも恐怖もない世界に進んでやる。邪魔なんだよ、特異点」
「誰の意思もない管理社会なんて願い下げだ。いい加減理解しろよ別個体」
瞬き、そして、一気に進み、ぶつかり合う。拳と拳が重なり、煙幕と煙幕が反発するかのように拡がった。