海中で特異点の戦いが始まる中、スキャンプは猛スピードで伊203の元へと向かっている。後ろは見ない。深雪と電に黒い特異点は任せる。任せ切る。
適材適所とはよく言ったモノで、特異点を相手にスキャンプは耐えることは出来ていたモノの、勝ち筋はどうにもこうにも見つからなかった。接近戦が可能ならば、確実に殴りかかっていたのに、あの煙幕のせいで何もさせてもらえなかった。それが、堪らなく気分が悪い。
しかし、ムキになっていたら煙幕にやられ、最悪もっと気分の悪い精神操作をされていた可能性があるのだから、この選択は間違っていない。
「……ちっ、ミユキのツラしてんだから、完膚無きまでにぶちのめしてやりたかったんだけどな」
一言だけ吐き捨てて、憂さを晴らした。これで終わり。ここからは伊203のサポート。さらには、海上に援護として大装甲艇を持ち出した睦月の援護に酒匂が来ている。海中からでも、海上への攻撃を控えさせるためにスキャンプは動く。
「そっちは任せたぞミユキ、
小さく声援をかける。これでもう終わりだ。
「っだらぁ!」
「ちっ……っ!」
深雪と黒深雪の殴り合いから、特異点同士の戦いは始まる。まるで示し合わせたかのようにぶつかり合ったそれから、白と黒の煙幕が大きく拡がる。海中なのでモヤが周囲に撒き散らされるようなモノではあるが、その煙幕が曲者。
深雪の放つ煙幕は、黒深雪にこれ以上の馬鹿な真似はやめてもらいたいという願い。黒深雪の放つ煙幕は、ただひたすら邪魔をして欲しくないという願い。
しかし、この黒い煙幕には、オリジナルの特異点に向けての妬み嫉みも含まれてしまっているため、深海棲艦化して膂力を上げている深雪との打ち合いでも互角、いや、それ以上の力を見せてきていた。
「深雪ちゃん!」
それを補助装置が黙って見ているわけがない。電は深雪を援護するため、早速虎の子の艦載機を発艦させる。
この海での支配力が相当なモノであることは、演習の際に嫌というほど理解している。あの伊203ですら欲しいくらいと口走る程に有用な兵装だ。
それを、黒深雪に向けて飛ばした。攻撃をするにしても、射撃や爆撃なんてしない。艦載機そのものをぶつけて、深雪から引き剥がすために。
「電、ちょっかいをかけないで」
対する雷が、黒深雪を邪魔させないようにと動き出す。深雪と雷を相手にするにあたって、これまでの時間で考え、仲間と相談し、そして実行に移す戦術。
特異点だから何でもアリなんだろう、何故なら自分達も同じように出来るのだから。と、自分達が可能なことから考えて、深雪と電がやってきそうなことを前以て予想し、それを潰すための改造も施している。
それが──
「同じ、艦載機……っ」
奇しくも同じ戦術。雷も海中で艦載機を発艦させ、電のそれに直接ぶつけてきた。
海中での艦載機は、カテゴリーKはもう辿り着いている戦術。特異点のみのモノではなく、むしろカテゴリーKの方が使い込んでいるまである。
故に、腕前で言ってしまえば、これは雷の方が上であった。電の艦載機の進行を、同じ数の艦載機で防ぐ。こちらも射撃や爆撃を使うことはない。艦載機が破壊された場合、その破片が黒深雪に当たってしまいかねないからという配慮から。
それに、黒深雪には深雪との決着をつけてもらいたいとも考えている。勿論、電が邪魔をしなければ、雷も深雪を攻撃するだろうが、今は電を止めておかねばならない。
「雷ちゃんも、使えるのですね」
「貴女もね。私達は、普通じゃない。わかってるでしょ」
「……なのです。艤装が改造されているのは、見ればわかるのです。そもそもここは、海の中ですし」
「私も、深雪も、深海棲艦の力が多少は使えるのよ。今の貴女達みたいにね」
ガツンガツンとぶつかり合う艦載機。しかし、そこに殺意のようなモノが含まれていないことに電は気付く。あくまでも、深雪同士の戦いに茶々を入れないようにしてほしいから今は拮抗しているというだけ。
電の表情が強張る。間違いなく、艦載機の使い方は雷の方が上。この力を使って海上を襲われたら、一筋縄では行かない。ここで自分が引き付けているからどうにかなっているとしか思えない。
「電、貴女も同じ考えなの? そっちの深雪が、特異点が言うような、争いが絶えないような世界を平和だって言うの?」
電も特異点であるとわかっていながらも、自分達に賛同してほしいという気持ちは見える。だが、もう半ば諦めてもいる。故に、雷のこの問いは、ケジメをつけるための最後の確認。
「限度があるのです。ほんの少しの小競り合いすら許さないなんて、そんなのやりすぎなのです。それを良しとするわけには、いかないのです」
雷の問いに、電は揺るがない意志でぶつかる。雷は間違っていると。
「そう、それなら、もう仕方ないわよね。電、私は悲しい。私達は、争いのない平和を目指しているだけなのに。やり方は確かに極端かもしれないけれど、それでもこの世界から悪いことが全部無くなるのに」
「良いことも無くしたら意味がないのです。みんなで手を取り合うことすら出来なくなったら、それはもう、平和でも何でもない。ただ生かされてるだけ、鳥籠に入れられた鳥と同じなのですよ」
「……そうよね、でも、鳥籠の中って、とても安全なのよ」
「飼い主が気に入らなくなったら終わりの鳥籠に、何の平和があるというのです」
雷の眉がピクリと動いた。そして──言い返せなかった。
「電は、そんな世界は望みません。深雪ちゃんと一緒に、この自由な世界を、やりたいように生きていくのです。それが、電の願い。時には喧嘩をしてしまうこともあります。でも、そうしたことで、もっと仲良くなれました。それは、電に飼い主がいたら絶対に出来なかったことなのです。自由な意思があるから、この世界の平和を実感出来たのです」
艦載機同士のぶつかり合いは、より激しくなる。お互いの気持ちをぶつけるように、平行線の持論を重ね合わせるように。
そしてそれは、深雪同士の戦いも同じだった。艦載機ではなく、その拳同士をぶつけ合う。
こちらはもう、言葉すらない。これまでに幾度となく舌戦をし、そしてどうにもならないことはわかっていた。
黒深雪は矛盾を理解しつつも折れない。深雪は甘く見ていても変わらない。平行線はそのままに、もう実力行使しかない段階に達している。
「っの!」
「おらぁ!」
拳の次は蹴り。海中での三次元の近接戦闘。地を踏み締めた一撃を繰り出せない分、強く身体を捻って、その一撃を繰り出す。鞭のようにしならせた渾身の蹴りは、拳と同じようにぶつかり合い、弾かれたように間合いが取られる。
それで止まる2人ではない。すぐに前進、間合いを詰める。深雪は掴み掛かろうとするが、黒深雪は打撃で対抗。突き出された拳を、深雪は紙一重で避けながら、首を取ろうと手を伸ばす。だがそれは逆に、黒深雪が手首を掴むことで防御。捻り上げて捩じ切ろうとまでしてくるが、深雪はその力を利用して身体をその場で半回転。海中であることを活かした立体的な動きで、黒深雪の頭を抱え込むようなカタチとなり、後頭部に膝を打ちつける。
「っくっ、クソが……っ」
しかし、硬い。文字通り、頭が硬い。艤装が邪魔をして良い位置を蹴られなかったというのもあるが、それだとしても身体の強度が普通ではない。
カテゴリーKだからかと考えれば、それはそうかもしれないと思えるくらいに、肉体そのものも改造されている。そうでなければ、海上艦が海中に潜ることなんて出来やしないかと納得しつつ、ならばダメージが通るまで殴ればいいと、荒いが確実な手を考えた。
とはいえ今は掴まれている状態。一度は膝蹴りをお見舞い出来たが、ここからは膂力のみでぶん投げられてもおかしくはない。現に、見た目は駆逐艦のままでも、黒煙幕ブーストを込みにして、戦艦の身体を手に入れている深雪が振り払えない程の握力を持っている。耐えているからそのままなだけで、力まなければ手首から握り潰されていてもおかしくない。
「っ!」
黒深雪がとったのは、そのまま一気に海底へと潜っていき、深雪を掴んだまま海底に叩きつけること。投げ飛ばしたら姿勢を立て直されるが、掴んだままならば避けられない。
深雪は背中から叩きつけられて、その痛みに顔を顰める。だが、ダメージは軽微。深海棲艦の身体は当然頑丈である。演習の時と比べれば、この程度はまだ蚊に刺された程度。
「そのまま掴んでろ」
「なにっ」
腕を掴まれていることをいいことに、深雪はそのままその腕に脚をかけようと身体を曲げた。三次元的な腕ひしぎ十字固め。思い切りロックして、そのまま腕を破壊しようと画策する。
「させねぇ!」
だが黒深雪は判断も早かった。体勢を変えようとしたところでその手を離し、掴まれる前に身体を捻って腕を抜く。
その腕を再度掴もうと、今度は深雪から手を伸ばすが、黒深雪はその段階で煙幕を発生させ、目眩しを繰り出した。
そうなると深雪も瞬時の判断で同様に煙幕を繰り出す。煙幕の中和、何もないようにするための守りの煙幕。
「やるじゃねぇか、別個体」
「……褒める余裕があるのかよ、特異点」
「余裕なんてねぇよ」
一時的に間合いが取られる。だが、すぐにまた近付く。殴り合いは、終わらない。
特異点の接戦は、まだまだ続く。そして、こうしている間は、