漣と伊36を相手にする伊203は、スキャンプを引き剥がされたことによって孤立。そこから漣の猛攻を受け、絶体絶命の窮地に追い込まれる。突撃を迎え討つために振るった拳は空を切り、漣は伊203の真横に滑り込むように移動し、再びその主砲を構えていた。ほぼゼロ距離。威力の減衰を許容しても、当たれば致命傷。
「これで終わってくれませんかね」
そして、砲弾は放たれた。
が、伊203はそんじょそこらの艦娘ではない。砲口を押し付けられた状態で放たれたわけでもないのならば、ほんの僅かでも時間がある。その僅かが、伊203にとっては充分な時間。
「っ」
息を呑む。そして、身体を動かす。
漣が狙っているのは胴。的が小さい頭と違って、ほんの少し避けるだけでは回避しきれない場所。そして当たれば命も奪える場所。
それから避けるには大きな動きをしなくてはならない。なら、やるしかない。
「っああっ!」
伊203にしては、大きな声が出た。いつもの飄々とした態度では力が出ない。だから、声に出してより大きな力を出した。
その結果、いつもよりもさらに大きく、素早く動くことが出来た。完全に回避することが出来ずとも、致命的なダメージは避けることが出来る。
「なんと!?」
それに驚いたのは漣だ。確実に当たると思っていた砲撃が、紙一重で避けられてしまったのだから。咄嗟に考え、的の大きなところを狙ったのに。
だが、コレによって伊203は二の腕に大きなダメージを受けてしまう。身体を守ることは出来たモノの、それでも掠めることはしてしまう。捥がれることはなくとも、削がれることはあった。骨がギリギリ見えないくらいに持って行かれて、伊203は顔を顰める。
「まさか当たらないとは! いやはや、流石は超人フーミィ氏! そこに痺れる憧れる!」
「なんでアレ避けられるの!?」
漣だけでなく、伊36もその動きには驚きを隠せなかった。
「でも、すぐに追い討ちさせてもらいますぜ。それで機動力が下がったっしょ」
「……何を言っているの?」
腕を負傷したとしても、伊203は何も変わらない。痛みがあるはずなのに、表情ひとつ変えない。いや、むしろそれによって速さが増したかなのような錯覚。
漣は眼前に拳が迫ってくるのがスローのように見えていた。速い。これは、受けなくてはまずい。痛みによって、余計な力が入っているはずなのに、むしろそれを前に進む力に転化しているかのように。
「うっそ!?」
咄嗟に出る手。拳を喰らわないように、それを自らの手で受け止める。海中であるにもかかわらず、鋭い拳は完璧に捉えられ、ぐっと握られる。このまま握り潰されることも考えられるが、伊203は相変わらず表情を変えない。
手が止められたのならば足。海中でも丸太を蹴り折れそうな程の威力の蹴りが即座に繰り出される。漣はそれを受け止めることが出来たが、伊36はこの戦いに入り込む隙間すら無かった。
大きく動くたびに、削がれた二の腕から血が溢れ、赤いモヤとなる。動けばそれは霧散するが、次から次へと出てくる血は、まるで止まるところを知らない。伊203の熱量が上がっていることもそこからわかるが、態度は何も変わらない。
「ちょいちょい! 腕からそんだけ血ィ流してても、表情ひとつ変えないとか、アンタはサイボーグか何かかい!?」
「私は艦娘、後始末屋の伊203。それ以上でもそれ以下でもない」
拳も足も、鋭さを増していく。速さすら増していく。片腕が使えないのに。いや、片腕が使えないからこそ、他の四肢に力を入れることが出来るため、速さに直結している。
こんなこと、伊203にしか出来ない芸当だろう。普通なら痛みで顔を顰めるし、無理だってしようとしない。
「あ、コイツやべぇヤツですわ。みぃむ氏、サポート!」
「りょ、りょーかい!」
漣に言われて、伊36はまた特四式内火艇を動かす。伊203の調子を狂わせるため、漣にはあまり被害が出ないようにするため、それこそ掠らせるかのような挙動で回転させながら伊203を横薙ぎにしようと動かした。
しかし、伊203の健闘は、充分すぎる時間に繋がる。海上にまで投げられた魚雷を対処したスキャンプが、猛スピードで潜航、そして、特四式内火艇の真上へと来ていた。
「いい加減に、しやがれ!」
足から出す『スクリュー』の水流によって、特四式内火艇を強引に海底まで押し込んだことによって、伊203への影響は無くなる。漣との戦いに専念させることが出来る。
「スキャ子」
「集中しろ! あたいはあのクソでかいヤツに始末をつける!」
スキャンプはそういうと、伊203の後ろを通過。漣を引き剥がすでもなく、伊36の操作する特四式内火艇を真っ先に処理することを考えていた。
それを知ってただ見ているだけの伊36ではない。ただでさえ再び押し込まれる状態になったというのに、潰されるだなんてどう考えても止めない理由がない。
「ちょっとちょっと! 私のカツ車に何しようっていうの!」
「決まってんだろうが。ぶっ壊してやるんだよ! 止められるモンなら止めてみな!」
海底に叩きつけられた特四式内火艇まで辿り着いたスキャンプは、今度は逆に海上に浮上させるための水流を発生させる。両手両足の『スクリュー』を全力で使い、操作不能に陥らせてから、その思惑をぶち壊すかのように。
伊36は、自分の意思でのコントロールが上手く行かないことに少し焦っていた。推進力も機動力も間違いなくあるのに、水流によって上手く動かない。
それもそのはず、この水流はスキャンプが出来る限りの最大出力。適当な艦娘ならば、複数人をまとめて拘束し、海上に簡単に打ち上げられる程の威力を持っているのだ。錐揉み回転を与えて、身体をグチャグチャに出来そうな程の圧も生み出しているレベル。
特四式内火艇に対しては、それでもギリギリ。そもそもが硬すぎることもあり、その程度では傷一つつくわけがないのだが、操作性だけは鈍らせ、少しでもおかしなところに動きそうならば、水流を上手く操って位置を調整。繊細なコントロールによって、戦場から退場を願った。
「上!? 何をしようと……!」
「よしっ、行けぇ、ムツキぃ!」
それはもう、合図でも何でもない。だが、魚雷を処理した際に少しだけ伝えた、スキャンプの雑だが確実な作戦である。
「海が荒れてきました!」
「スキャンプちゃんの水流! 睦月ちゃん、その中心に!」
「おまかせ、にゃしぃ!」
海上からもそれが見えたことにより、大装甲艇の3人はスキャンプの策を実現するために動き出す。
海中で水流を全力で巻き起こし、破壊してもらいたいモノを打ち上げるから、それに対して
「睦月ちゃん、準備はいい?」
「大丈夫、睦月だから軽々なのね!」
大装甲艇から持ち出したるは、ドラム缶サイズの超巨大爆雷。海中をメインに戦うカテゴリーKへ、致命的なダメージを与えるために生み出された、超火力の必殺兵器。
本来ならば誰かが持てるような質量ではない。投擲なんて以ての外、移動させるだけでも、艤装によるパワーアシストがあったところで厳しいレベルの代物。
だが、睦月だけは違う。『軽量化』を使うことで、そんな誰も扱えない兵器を、発泡スチロールでも持っているかの如く軽々と運ぶ。投擲も可能であり、そこは睦月の腕の見せ所。
「水流の真ん中、見えてます!」
「よーしっ、いっけーっ!」
指示通り、水流のど真ん中にそれを放り投げた。睦月の手から離れたことで質量を取り戻すが、むしろそれによって水流に負けずに海中に沈んでいく。
思惑を通り、その中心にあるのは、特四式内火艇。伊203が殴っても蹴ってもびくともしないそれは、上から落ちてくる何かを見たところで、雷撃も射撃も何も出来ない。水流によって錐揉み回転しながら海上に向かっていき、
そして、その時──海中が光った。
強烈な爆発、凶悪な火力、海上に大きく立ち昇る水柱と、激しい風、轟音が響き渡り、その威力がとんでもないモノであることを、まざまざと見せつけられる。
「い、威力凄すぎにゃし……」
「これ、相手の艦娘にぶつけるつもりだったの……?」
「いや、いやいやいや、こんなの喰らったらひとたまりもないですってぇ」
三者三様、しかし方向性は同じリアクションで、爆雷の威力を唖然として見ていた。何だコレとしか言えないほどのモノだった。
海中からその様子を見ることになったスキャンプは、ニヤリと笑みを浮かべた。
「ははっ、やべぇ威力じゃねぇか。あのクソでかいヤツも、これで木っ端微塵だぜ」
伊36は自分が操る特四式内火艇が完全に吹き飛ばされたのを目の当たりにして、目を大きく見開いていた。
「う、うそ、私のカツ車……何、何なのそれ……何したの」
「決まってんだろ。爆雷だ爆雷。ただ、クソでかいのには、クソでかいのをぶつけたってだけだ。まさか、戦場に持ち出して、ぶっ壊されないなんて思ってなかったよなぁ、ああん?」
茫然とする伊36に容赦無く言い放つ。あの兵装が無くなれば、伊36の戦力は大きく削がれることになるだろう。
それでも油断ならないのがカテゴリーKであるため、スキャンプは近付くことなく、水流で伊36を海底へと沈めていく。
「ちょっ、ああっ!?」
「これでテメェは戦えねぇ、いや、そんなことはないだろうが、コレまでみたいには動けねぇ。大人しくしてろバカ」
水流の威力は凄まじく、伊36はそのまま海底へと叩きつけられた。
厄介な特四式内火艇は破壊することは出来たが、まだ漣がいる。そして、伊203は負傷中。この状況を打破することは出来るか。