加賀達空母隊は、基地航空隊に対して制空権確保に勤しんでいた。秋月達の対空砲火によりうみどりの被害を徹底的に抑え込んでおり、それをより楽にするためにも敵機を撃墜していくのが今の仕事だと確信していた。
だが、ここで清霜からの通信が入り、援軍の要請を耳にする。その相手は、瑞鶴。そう聞いた時、加賀の中にある艦娘の魂が疼くのを感じた。瑞鶴が敵の手に落ちている。事前に知っていても、その事実を仲間の口から語られると、決して良い気分ではない。
「……翔鶴、祥鳳、この場を任せられるかしら」
2人もその援護要請は聞いている。瑞鶴が相手ならば、翔鶴も向かいたいと思う。だが、同時に敵となった瑞鶴を見たくないという気持ちもある。それを決戦前日からどうするか考えており、そして、この加賀の指示によって決めることが出来た。
「はい、加賀さん。任せてください」
祥鳳が先に口にする。加賀に任されたのだ。うみどりを守ることこそが、使命なのだと。
「瑞鶴のこと、よろしくお願いします。私には、加賀さんに任されたこのうみどりを、必ず守り切ります」
翔鶴も強い意志と覚悟を以て、加賀を送り出すこととした。瑞鶴を前にしてしまえば、どうしてもまともに戦えない可能性が高い。戦場で足を引っ張るのは、今回は特にやってはいけないこと。ならば、勝ち目を取るためにも、この場に残ってうみどりを守り続ける。
自分の感情とも折り合いをつけた。やはり怖いのだ。妹がおかしくなっている姿を見るのが。話に聞くだけならまだしも、
「ええ、貴女達なら出来るわ。私がここから離れても、うみどりは倒れない。貴女達だけじゃない、仲間もこれだけいるんだもの」
未だ懸命に対空砲火を続けている秋月。それをサポートするように素人ながらも確実に立ち回る居相姉妹。頻度は下がってもまだ飛んでくる砲撃を、その身を挺して止め続けている夕立とトラ。増やそうと思えばまだ増やせる人員。
共に戦えば、うみどりは沈まない。翔鶴と祥鳳は、強く頷いて、加賀にその強い心を見せた。
「じゃあ、私が向かうわ。後からでも良い、随伴で誰か来てちょうだい」
まだうみどりにいる者にも声をかけ、加賀は先行する。瑞鶴との戦いを前に、緊張感はない。凛とした姿で、駆け抜けていった。
そして、この場所。戦場へと現れた加賀は、凛とした表情を崩さず、瑞鶴を睨みつけるわけでもなく、ただ敵を見据える冷えた瞳で見つめる。
「さぁ瑞鶴……いや、
加賀にしては非常に珍しい煽り。この瑞鶴に対して恨みがあるわけでもなく初対面なのだが、その在り方に対して思うところがあり、こんな態度を取っていた。
対する瑞鶴も、その艦娘の魂が加賀に対して反応する。瑞鶴の魂を使っているからこそ、加賀に対しての知識は持ち合わせているようで、明らかに嫌そうな顔をしつつも、こちらは感情を大きく表現するように弓を突きつける。
「あ、アンタ……一航戦のいつも不貞腐れてる方! アンタも私達の平和を潰そうって考えてるわけ!? そりゃそうよね、私のやることなすこと全部ウザいんでしょ、妬んでるのよね!」
あまりにも子供らしい、いい加減な推論からの難癖。長門の予想は正解なのではと勘繰る要素がまた増える。言葉だけは妙に難しいモノを使おうとしているが、何処か幼さを感じる言い分。
それを聞いた加賀は、これ見よがしに溜息を吐き、呆れたと言わんばかりに言葉を紡ぐ。
「妬むようなことをしてから言いなさい。遠目で見させてもらいましたが、随伴艦の使い方はまずまずとは言えますが、貴女自身の戦い方が荒っぽすぎる。当たらないからと癇癪を起こすようでは、半人前にも届いていない」
「なんですって!? でも随伴艦の使い方はいいんだ、それは嬉しい」
「貴女の情緒はどうなっているの」
コロコロ表情が変わるところからして、やはり壊れている。敵からの言葉に一喜一憂出来るだけの余裕があるというよりは、その時その時でしか物事を考えていないように思えた。
だが、持っている力は相当なモノ。カテゴリーKが総じて手に入れた潜水能力、空母であるにもかかわらず使える主砲、そして、単純な腕前は、加賀は口には出さなかったが普通に強力な戦力だと感じた。
随伴艦を散らして自分の射線を作る。被害を出さないように、しかし敵は追い詰めるように囲んで撃ちながら退路を塞ぐ。艦載機の矢をそのまま放ちつつも、避けられたら艦載機に変える。そもそも潜水から奇襲を仕掛けことを真っ先に実行しようとする。裏で指示をされているかもしれないが、充分過ぎるくらいに動けていると言えよう。
故に、加賀は口ではこう言いながらも全く侮ってはいない。瑞鶴は単純に強い。精神面に難がある一級品。その時点で二流になりそうではあるが、だからと言って上から捻り潰せるほど甘くもない。
「長門、周りの子達をお願い」
「心得た。清霜、行くぞ!」
「はーい!」
長門と清霜に朧と曙を任せ、加賀は瑞鶴と睨み合い。空母同士の1対1は、そうそう起きないこと。加賀もそんなことはこれまでの後始末人生の中では起きたことがない。
「ともかく! アンタも私達の平和を邪魔するのよね。なら、ここでぶっ倒してあげるから!」
「……やれるモノならやってみなさい」
「やってやるわよ!」
速攻で矢を放つ瑞鶴。その筋は非常に良く、狙い定めた場所にブレることなく放てている。加賀は正面からそれを受けることになるのだが、当然ながら空母と空母の戦いがこんな射ち合いになることなんてない。艦載機同士の競り合いが基本であり、そもそもここまで話せる距離で戦うこともないだろう。
だが、あえて加賀はその距離を維持する。放たれた矢を必要最小限の動きでゆらりと避け、お返しと言わんばかりに矢を放った。狙いは胸、一撃必殺の1発。殺意を隠さないその攻撃に、瑞鶴は歯を食いしばって大袈裟に回避。
「何してくれてんのよ!」
「貴女がやったことよ」
「それもそうか」
「なんなの貴女」
同じように矢を放ち、同じように避ける。ならば、次の行動もほぼ同じ。
「発艦!」
同時に矢が艦載機へと変化。瑞鶴は裏取りをするために旋回させるが、加賀は深海の艦載機の機動性をテクニックでカバーし、それを的確に撃墜していく。
艦載機は艦載機同士の殴り合い。空中戦では互角。機体スペックで押し込む瑞鶴を、加賀が技術力で拮抗してしまう。
そうなると、生身同士で戦うことになる。当然、瑞鶴の方が圧倒的に有利になるのは間違いない。主砲を扱えるアドバンテージは異常であり、その上で潜ることすら出来るのだ。
「こうなれば負けないわよ! いくら一航戦だろうが関係ないわ!」
「ならやってみなさい。やればやるほど、貴女が未熟であることを自覚するだけよ」
「なんですってぇ!? なら、勝ってみなさいよ一航戦!」
癇癪を起こしたように主砲を構え、加賀に向けて乱雑に砲撃を放ち始めた。実際、狙いを定めて正確に撃とうとするより、適当な砲撃を連射される方が避けづらいというのはあった。今の瑞鶴はただ気に入らないから砲撃を放っている駄々っ子みたいなモノ。故に、何処に何をするかはわからない。
ただし、仲間である朧と曙には当たらないようにしているところはまだ評価できると加賀は内心苦笑していた。そこに理性が働いているなら充分。
それを避けるのは難しいところはある。しかし、加賀は動じることなく、砲撃を見極め、全てを紙一重で避けていく。
砲撃の威力を考えると、大きめに避けるべきなのだが、乱射をされている以上、大きく動くと次の回避が遅れる可能性がある。それを考慮して、必要最小限の動きでゆらりゆらりと避けながら、少しずつ距離を詰めていた。
「コイツ……なんで当たらないのよ!」
「貴女がヘタクソなだけじゃないかしら。感情的になりやすすぎるのも考えものね、五航戦」
「っ、この……私が冷静じゃないって言いたいわけ?」
「言いたいじゃなく、言っているのよ」
「確かに」
相変わらずの不安定っぷり。しかし、問答を繰り返すと急に冷静になるのは、違う意味で脅威である。ただ暴れているだけなら、単調な動きになってくれてありがたいのだが、あちらから勝手に話しかけてきて、それに返すとすぐ落ち着く。情緒不安定なところを妙に利用しているような戦い方。
そして、冷静になると急に精度が上がることも大問題。艦載機同士は手から離れているから互角は維持出来ても、生身側はどうしてもスペック差が出てしまう。カテゴリーKは深海の力も含まれているため、
だとしても、加賀はこの戦いに挑んだ。相手が相手だから。一番揺さぶりがかけられることがわかっているから。この瑞鶴には揺さぶりにならないかもしれないが。
「どうしたどうした! 追い詰められてるんじゃないの一航戦! 私がアンタなんてぶっ倒してやるわ!」
「ええ、そうね、追い詰められているかもしれないわね。でも、私の予想通りのところもあるわ」
「何を偉そうに。反撃してから言いなさいよ。でも、私みたいに主砲も持ってないただの空母なんかに、それが出来たら苦労はしないわよねぇ!」
「はぁ、貴女は本当に……」
避けながらも弓に矢を番える。艦載機は未だ拮抗中だが、ここに加賀はさらに矢を放とうとしていた。
瑞鶴は眉を顰めるが、鼻で笑い、砲撃の連射を強めた。ここで終わらせてやるという勢いで。
「射たせないわよ!」
「遅い」
こういうところでは加賀の方が一枚上手。艤装の圧倒的な差を、技術で全てひっくり返す。避けながら放たれた矢は、砲撃と砲撃の隙間を的確に突き、瑞鶴の眉間へと飛んでいく。
「っぶな!?」
頭狙いだと流石に避けられる。完全な紙一重。その風が頬を撫でる程のギリギリ。瑞鶴は思わず目を閉じてしまったほどである。
「こういうことをされたことがないのかしら。無いわよね。私も無いもの」
そして、加賀が一気に近付いたかと思えば、思い切り足下を蹴り上げ、水飛沫を瑞鶴の顔面に当てた。瞑っていた目が、なお開けなくなるが、それを開くことはすぐに出来るだろう。だが、それでまた隙が拡げられればそれでいい。
「何すんのよ!」
「こうするのよ」
そして、手が届く位置にまで接近が完了した。こうなってしまえば、加賀の独壇場。
「目を覚ましなさい、瑞鶴」
そして、甲板を脳天にぶちかましたのだ。