足柄の乱入により、海中での戦いは激戦となる。テーザーガンを使っても少しだけしか意識が落とせなかった瑞鶴に、自己肯定があまりにも強く話すら通用しない足柄が、伊26と丁型海防艦に牙を剥く。
五十鈴は徹底した制御。足柄は暴走気味だし、瑞鶴は妙に敵の意見にも納得することがあるため、五十鈴がそれを防ぐために動き回る。特に瑞鶴は、言い負かされた丁型海防艦を相手にしているため、また何かしらの言葉責めを喰らって思考停止になりかねない。
テーザーガンの脅威を足柄に全て対処してもらい、瑞鶴の物量で潜水艇を全て始末する。耳を塞いでおけば、艦載機のパワーは凄まじい。足柄もそれを使えるのだから、圧倒的多勢で押し勝てる。五十鈴はそう踏んでいる。
事実、伊26も丁型海防艦達も、現状がまずいと考えている。1対1でも相当厳しい海中での戦いに、自由自在に動き回る艦載機が投入されたという時点で、これまでにない程の不利である。
こちらも自由自在に動き回るとしても、攻撃の範囲と量がまるで違う。本体だけならば避け続ければどうとでもなりそうだけれど、艦載機があまりにも邪魔なのだ。
「すばしっこいわね! でも、攻撃は出さないのかしら!」
足柄は煽るためにこう言っているわけではない。戦いを楽しむため、敵の次の一手を心の底から望んでいるだけ。目新しい攻撃を見せてほしい。艦娘はどういうことが出来るのかを知りたい。ただそれだけ。
伊26は戦闘面だけで言えば、一般的な艦娘と変わらない。今でこそ海中でも使えるテーザーガンを与えられているが、そうでなければ海中最強の索敵能力である『ソナー』を持っているのみ。今この場でそれが使えたとしても、足柄を止めることは出来ないし、ましてや撃破することなんてさらに遠い。
そのため、艦娘としての身体能力と性能のみで立ち向かわねばならないのだ。頑張れば伊203に追いつくことが出来るその力も、足柄にはただのすばしっこい敵としてしか認識されない。艦載機を次々と動かし、逃げ場を失わせ、時には自ら魚雷を放ち、伊26を追い詰める。
「っ、速っ……でも、フーミィちゃんよりは、全然遅いから……っ」
艦娘としては最上級の動き。その場での切り返しは、普通のレベルを超えており、伊203に振り回され続けてきたことで培われた技術力は、やはり並ではなかった。足柄の攻撃をことごとく避け、反撃のチャンスを窺い続ける。
初めて相手をする海中艦載機。演習の際に電が扱えたことでその存在は理解していても、こうして相まみえることは、その時は無かった。
しかし、実際に相手をしてみると、その厄介さが嫌でもわかる。手足が何本も増えているかのような拡張性であり、その一つ一つが全て殺傷能力を持つ兵器なのだ。少しでも隙を見せたら、攻撃を受けてしまう。
それだけは避けなければならない。おそらく、一発受けてしまったら、そのままやられる。1つ崩れれば全部崩れる。
「すごいわすごいわ! よく避けられるわね! なら、もっとやってみましょうか!」
興奮する足柄は、さらに艦載機を密集させる。バラバラにするのではなく同じ場所に固めて、追い詰めるような猛攻を始めた。
海底に追い込み、避けられる場所を制限していくのが目的。360度全てが回避場所だから避けられるのだという考えから、その方向を少しでも失わせれば、攻撃も避けられなくなると踏んだ。
実際、その猛攻はこれまでよりも避けやすい。しかし、前に進めず、浮上も出来ず、ひたすら底へ底へと追い込まれていく。
そういうところで直感的に策を思いつく戦闘センスが、足柄の侮れないところである。五十鈴もそこは認めている。戦闘中のあのテンションと、テンションが上がるとあまりにも人の話を聞かないところはどうしても難点だが、それ以外は頼れる仲間。欠点も、第四号海防艦のような言葉で惑わしてくるタイプを相手にした時に真価を発揮するため、厄介だと思いつつも矯正はしていない。
「っ……止められない……っ」
必死に攻撃を回避しながらも、隙を見つけようと足柄を見る伊26だが、やはりなかなか見つからない。
まずテーザーガンを使う余裕がない。攻撃を避けることを優先しなくてはならないこともあるが、足柄が割と服を着込んでいる方というのもある。テーザーガンは肌の見えているところに打ち込まねばならないのだが、足柄の場合は、残念なことに肌が見えているのが首から上だけと言ってもいい。顔面に刺すくらいしかやれそうにないのである。
「さぁさぁ、追い詰めたわよーっ!」
そうしているうちに、伊26のすぐそこに海底が見えてきた。そこを背後にしたとしたら、もう下がるという回避が不可能になる。着地してしまったとしても、泳ぎより回避速度が遅くなるため、それは得策ではない。
ならばどうするか。足柄にも想定させない挙動を、今ここで再現するしかない。
「……フーミィちゃんなら……っ」
伊26の中にある、最高の例を示す者ならば、この絶体絶命の窮地をどうするか。考える時間は僅か。伊203なら考えるまでもなくその行動を選択し、躊躇なく実行するだろうが、伊26は普通の艦娘だ。覚悟するにも時間が必要。
だが、今ここを
故に、実行する。
「海の底なら逃げられないわよー! さぁ、これはどうしてくれるのかしら!」
伊26はここで、あえて海底に足をつけた。目の前には艦載機。いつでも狙えると銃口を全て伊26に向けた状態で。
伊26の目は、その艦載機が群がる中で、
「こう!」
故に、その隙間に飛び込んだ。踏みしめた海底を蹴り、潜水艦娘の強靭な脚力を全力で使い、魚雷のような速度で急浮上。
艦載機には撃たれるが、今この時だけは、伊26の速度は射撃に勝った。射撃は腕に掠めるが、致命傷ではない。少しくらい血が出ても、生きているのだからそれでいい。二の腕を深く抉られかけるが、顔を顰める程度でスピードを落とすことはない。
「えっ!? すごいわ!」
猛スピードで突撃してくる伊26を見たことで、足柄が目をキラキラと煌めかせる。カテゴリーKの中でも、この速さで動くことが出来る者はごく僅か。それをうみどりの艦娘、しかも超人と最初からわかっていた伊203ではない、言ってしまえば一般的な艦娘である伊26が繰り出してきたのだから、足柄もテンションが上がる。
艦載機を潜り抜け、真後ろに置いて行き、さらに足柄に肉迫する。しかし、体当たりを敢行したわけではない。そんなことをしたら、伊26だってタダでは済まない。
故に仕掛けたのは超速度の通過。足柄を無視するかのように、すり抜けて浮上した。
「なっ、逃げるつもり!? やらせないわよーっ!」
しかし、それを許す足柄ではない。すり抜け際に伊26の足を掴もうと手を伸ばす。掴んでしまえばもう逃げられない。魚雷を放たれるのが恐ろしいくらいだが、それでも掴めば撃ちにくくなるだろう。撃ったら自爆するようなモノ。うみどりの面々がそれを選択することは絶対にないと確信が持てる。
事実、伊26にもその選択肢はない。自爆なんて以ての外。命あっての物種。逃げられるモノならば普通に逃げる。
そして、伊26がここで繰り出したのは、今だからこそ可能な目潰し。射撃を潜り抜ける際に傷付いた腕。そこから流れ落ちる血。それを顔面にぶちまけた。
海中であるが故に霧のように視界を隠したことで、足柄とて少しだけ手を伸ばすのが遅れた。
それだけ遅れれば充分。足柄の指先が足に掠るが、掴まれることは無かった。伊26は血を撒き散らしながら急浮上。
「こらっ、待ちなさい、逃げるなーっ!」
血を見れば伊26がいる方向はわかる。ならば追いかけない理由がない。艦載機は海底に近付いているため、自ら向かった方が早いと、足柄も急加速して伊26を狙う。
そして、それが足柄の運命を左右する行動となった。
追いついたうみどりの者達の、最高の、次なる一手。海上から放たれるのが、電の如き一撃。
「なっ……!?」
伊26に向けて伸ばしていた腕、その腕がいきなり