戦場が1つ、大きく動いた。睦月によって放たれた質量兵器、トライデントにより傷を受けた足柄が、伊26のテーザーガンを回避することが出来ずに、その電流を完璧に受けることとなったのだ。
いくらカテゴリーKであっても、電気ショックには敵わない。瑞鶴はすぐに目を覚ましたモノの、それでもいくらかは意識を落とした。そんな一撃を、傷口を抉るようにして注ぎ込んだのだから、通用しないわけがない。
結果として、足柄は白眼を剥いて気を失っている。千切れた腕と脇腹から血を溢れさせ、完全に力が抜けていた。アレだけ動き回っていたのも今はなく、ダランと腕が垂れ下がる。
足柄が飛ばしていた艦載機も、力を失ってその場から消えた。コントロールする意思も失われたため、存在そのものを維持出来なくなっていた。
「誰かこのヒト運んで!」
伊26が叫ぶ。誰かとは言っているが、丁型海防艦の誰かを指名しているようなモノ。
生身で運ぶには難しく、潜水艇に備え付けられた調査用のアームならば海上にも運びやすいはず。
だがそれは、瑞鶴と五十鈴に足柄がやられたと伝えるようなモノである。
「足柄がやられた!?」
「っ……失敗したわね……強引にでも合流するべきだった……!」
その強引すらもやらせなかったのが、この丁型海防艦達の腕前。完全に抑え込んでいたと言ってもいい。
今更後悔しても遅い。全て掌の上、というわけではないにしても、思い通りに行かないように立ち回っていたのだから、何もおかしなことはないのだ。
『みとが行きます!』
足柄の回収は、第三十号海防艦が率先して動いた。瑞鶴と五十鈴を相手取っていた時よりも行動は速く、敵に目もくれずに真っ先に伊26のところへと向かう。
「この、私達の仲間よ! アンタ達に手出しさせない!」
それを瑞鶴の艦載機が追う。自分は第四号海防艦と第二十二号海防艦に囲まれているため、自分ではなく艦載機に邪魔をさせようとした。
だが、第三十号海防艦の潜水艇コントロールの腕前も普通ではない。後ろから追って射撃をしたとしても、それをヒラリヒラリと避けていく。まるで背中に目があるかのような動きに、瑞鶴はひたすら翻弄されてばかりである。
ここまで海防艦達は致命的な一撃を与えることはしていない。出来ないというわけではないのだが、やはりカテゴリーKには通用しなかった。
しかし、自分の命を守る方法、回避に関しては、並の腕前ではなかった。どんな状況でも、ここで生き延びる。そのための動きが普通ではない。何をやっても当たらず、動じない。
『ニムさん、来ました! すぐに上に持っていきます!』
「ありがとう! ニムはあっちに行くからね!」
足柄の近くにまで到着した第三十号海防艦は、潜水艇のアームで足柄の傷がないところ、残っている腕と脚を掴んで浮上を開始。乱暴に扱うと目を覚ましてしまいかねないため、そこは慎重に、かつ迅速に。
同時に伊26は、第三十号海防艦が抜けた穴を埋めるため、第四号海防艦と第二十二号海防艦と合流を目指す。足柄が引き受けていたテーザーガンが戻ってきたというだけでも脅威でしかない。
「五十鈴、足柄が……っ」
「……今は仕方ないわ。うみどりはあのヒトを殺すようなことはない……なら、今は自分達のことに専念するしかないわよ。五十鈴達までやられたら、足柄さんを救い出すことは出来ないんだから」
「……確かに。ここをなんとかすれば、助けにも行けるわよね……なら、全力でコイツらをどうにかする!」
足柄がやられたことに焦りを見せていた瑞鶴だが、五十鈴の冷静な判断に乗せられて、どうにか気持ちを整えている。
だが、ここでまた揺さぶりをかけるのは、第四号海防艦である。
『あしがらを殺すなんてことはしないでっす。だって、そんなことしたら、そっちとおんなじになっちゃいまっす』
「はぁ!? 何が私達と同じだってのよ!」
『同じ立場になって、特異点の仲間を捕まえたってなったら、そっちはどうしますかー? そもそも捕まえますかー? この場で始末しちゃいますよねー。特異点の仲間には何やってもいいって考えてそうですからー』
同じ状況に置かれた時、カテゴリーKならどうするか。捕虜として鎮守府に運ぶことなく、死にそうなら放置する、もしくはトドメを刺すだろう。
うみどりはこんなカテゴリーKであっても救うことを目的としている。故に殺さない。説得出来るかどうかは置いておいても、少なくとも命は維持するように動く。第三十号海防艦が余計な痛みを与えずに運んでいるのも、そもそも実弾ではなくテーザーガンで気絶させるという戦術を使っていることも、命を奪うつもりがないからである。
特異点とその仲間だからというだけで、ろくな覚悟もしておらず、ただ妄信的に殺していいと考えている連中とは違うのだと、子供の舌ったらずな声色で突きつけた。
「そうしないと私達が危ないからに決まってるじゃない!」
『うみどりの皆さんは、大人しく投降してくれれば戦いすらしないと思いますよー? そもそも、ここに辿り着いたことで、基地航空隊を使ったのは、そっちが先なんですよー。『
やられたからやり返しているだけ。抵抗してはいけないなんて道理はない。瑞鶴も、それは心の内で納得していた。こちらから手を出したからやられている。
「……あの提督さんの指示のせいってこと……?」
ここで始まったのは、子供ならではの思考、責任転嫁。自分達は言われたからやっているだけという、これまでの行動を棚に上げた言葉。
実際、艦娘というのはそういう存在ではある。上司である提督の指示に従い、作戦を実行する。提督も部下である艦娘達の行いの責任を取る。そういう相互関係で鎮守府は成り立っている。言われたからやっている、というのはあながち間違ってはいない。
だが、それはどちらも前向きにこの海を守るという気持ちがあり、お互いを支え合おうとしていて成り立つ話だ。カテゴリーKは、襟帆提督の部下という体裁を持っているだけであり、実際に従っているのは出洲の方。この時点ですでに、信頼関係も何もあったモノではない。
『何言ってんの。ダメだと思ったら、その指示無視して文句言いなよ。平和目指してる割には、いきなりコレでいいやってなってんじゃん』
だから、それは第二十二号海防艦が即座にシャットアウト。自分達の意思があるから、こんな戦いになっているのだと自覚してもらわねばならない。
『まずは話し合いって、誰も言い出さなかったんでしょ。相手は特異点だから殺してもいいって思ってるんでしょ。それを提督の指示のせいって、責任を全部なすりつけて、自分達は悪くないって言い張るつもり?』
『てーとくと艦娘は、上と下ってなってまっす。でも、艦娘の言うことを全部ダメダメーってするてーとくは、よっぽどてーとくがダメか、よっほど艦娘がダメかだと思いまっす』
『そうそう。少なくともうちの提督は、あたし達の意見は聞いてくれるよ。ダメだったら、その上でダメだって言ってくれるし、行けそうなら苦しそうにしながらでも行けって言ってくれる。でもアンタ達はその指示に意見すら出してないんでしょ。ううん、むしろ……』
『そのてーとくの後ろ側から、別の人に指示されてるんじゃないですかー? 最初からてーとくのことを責任の押し付け役としか思ってないんじゃないですかー?』
痛烈な批判に、またしても瑞鶴と五十鈴は言葉を失う。今こうして戦っているのは、全てこの作戦を立てた者のせいだと擦りつけることの愚かさを、子供の声で言われて痛感させられる。
『特異点は殺していいなんて考え方してるからダメなんだよ。アンタ達誰も特異点のこと見たことないでしょ』
『深雪のあねごは、とってもイイ人でっすー。一緒に後始末もしましたし、その時はすっごくいっしょーけんめーでしたよー。戦うことより、海を綺麗にすることの方が、楽しそうでっす』
『そんな人をさ、攻撃してもいいサンドバッグみたいに考えてない? 自分達は平和のためだからとか言い訳してさ。深雪姉ちゃんが同じことをやったら、これだから特異点はーって文句言うんでしょ。わかってるんだよそんなこと』
そもそもの信念、平和のためには特異点を始末しなくてはならないという間違った考え方を持っているから、常に自分は正しいなんていう考えに至るのである。そうでなければ、少しは考えるだろうと。
矛盾に気付いていても、それを無視して突き進んでいるのなら、思考停止しているようなもの。言われて言葉が返せないというところはまだ救いようがありそうだが。
「……そうね、五十鈴達が傲慢だったところはあるわ」
「五十鈴……?」
「でもね、平和を願っているのは同じなのよ。あの人が望む平和を、五十鈴達も望んでる。それは、変えられない事実よ」
その上で、五十鈴は出洲の望む平和を共に望む道を選んだ。自分の意思で。
『はぁ、そうですかー』
第四号海防艦の声色が、ほんの少し変化した。まだ説得出来るかと思っていたところに、この返答が来たのだから、諦めざるを得ない。
『なら、やっぱり、あしがらとおんなじようになってもらうしかないでっす』
「……そうね。でもそれは、アンタ達も同じ」
『はーい。わかってまっす』
まだ戦いは終わらない。しかし、意思の差は決定的となりそうだった。