霧島との戦いが続く襟帆鎮守府近海。砲撃を避けながら、ほんの少しだけでも隙を作ることが出来たならば、そこを容赦無く掴み取る。一瞬、あえて撃たないという選択を見せたことで、小さな戸惑いを引き込む。そこに清霜が魚雷を放つことでさらに回避しなくてはならないという意識に持っていった。
一斉射を魚雷のばら撒きで軽減するという荒業を見せた霧島であっても、こればっかりは思考がブレた。瞬き1回分、本当にそれくらいだっただろう。だが、長門はその瞬間を狙って、パワーアシストを全て足に集中し、最高速度の跳躍。そして、霧島の眼前へと躍り出た。
「いい加減、目を覚ませ」
迎撃すら許さない、その時だけの超スピード。そして、その拳を霧島の顔面に叩き込んだ。
霧島のかけている眼鏡が破壊されて吹き飛ぶ。恐怖を感じずとも、痛みで顔を顰める。だが、カテゴリーKだからか、鍛えている長門のスピードも乗せた拳を受けても、少し口から血を流す程度で済んでいた。体勢を少し崩した程度で、その場から動くこともない。単純に頑丈である。流石は戦艦と言うべきか。
「く……やってくれますね……」
「ああ、やってやったぞ。文句など無かろう。さぁ、ここからは殴り合いだ」
長門も、この一撃で終わってくれればラッキーくらいにしか考えていない。相手がカテゴリーKの戦艦なのだから、どれだけの力を持っていてもおかしくない。
「歯を食いしばれとも言わん。貴様が理解するまで、私は殴り続ける。この戦いは、
「理解、ですか。ならば、貴女も理解してくれますか、私達の望む平和を、未来を」
「理解した上で、それは平和ではないと断じているのだ。他人に管理運営され、自由すら許されない世界の何が平和だ、馬鹿馬鹿しい」
長門からもう一発拳が振るわれるが、次は不意打ちでもなんでもない一撃のため、霧島はそれを軽く避ける。眼鏡が無くなっても視界がボヤけるわけではないようで、それ自体が電探のような装備であったことが窺い知れる。
「貴様らが最も理解から遠いではないか。見てもいない特異点をいるだけで罪とはな。自らを理解してもらいたいのならば、こちらも理解するべきだろうに。それを一方的に理解しろと言うのはおかしいと思わないか」
「思いません。我々の思想を理解すれば、特異点の存在が」
「まだ抜かすか。何故見てもいない特異点を悪と決めつけることが出来る。理解出来ていないというのはそういうことだぞ」
躱した霧島との距離をより詰め、接近戦のみで戦っていこうという気概を見せる。砲撃は使わない。近距離で放ったら自分が危険であることも考慮し、そしてここまでしても命は奪わないということを示す。
霧島からしてみれば、砲撃を使われないことは、なめられているとも感じ取れること。だが、うみどりの面々は、そういう
「もう一度言う。私は、貴様らの思想を理解した上で、巫山戯るなと言っているのだ。特に特異点に対する態度が平和とは程遠いのだ」
すぐさま接近し、霧島に砲撃を使わせないようにしながら拳の応酬。霧島はそれに対して、自爆の危険性を考えて同じように近接戦闘で耐える。
自爆も別に構わないと思っているし、そもそも死ぬことに恐怖を感じていない。しかし、長門1人に自分の命を捧げた場合、仲間達の後の戦闘が苦しくなるのは目に見えている。合理的に考えて、自爆は考えられない。相手が特異点ならいざ知らず、長門は普通の艦娘なのだから、そこに高次の存在の命を1対1で賭けるのは違う。
こうして無意識に相手を見下している。霧島はそれに一生気付くことはない。自分を理解させて、相手を理解しないような輩に、話し合いなんて到底無理。
長門はそこに最も苛立ちを覚えている。
「それは理解出来ていないのと同じです。特異点に与しているから、真の平和を理解出来ない。それも堕落でしょう」
「ほう、余程自分達の平和に自信があると見える。屍の上に作られた砂上の楼閣の何処が平和だ」
再び、顔面への一撃。普通の者なら、目の前に拳が飛んでこれば、咄嗟に避けようとするし、目を瞑りかねない一撃。だが、恐怖心を持たない霧島は、それに対してむしろ顔で受けるまでしてしまう。
1回目とは違い、不意打ちにもなっていないため、拳の勢いを全て顔面で抑え込む。それが長門の一瞬の隙となり、霧島が繰り出した攻撃──カテゴリーKの共通武装であるナイフによる一撃が避けられなくなる。
腹に向けて繰り出されたナイフを、長門は咄嗟に払い除けた。それでも完全に払えるわけではなく、脇腹を斬りつけられる羽目になる。ブシッと血が舞うが、長門はその痛みに耐え、表情すら変えずに、霧島のナイフを持つ手を掴んだ。
「それは貴女の、特異点の求める平和も同じでしょう。管理されない人間は、自由気ままに他者を見下し、命を奪う」
「そうだな、貴様のようにな」
「私は違う」
「何処がだ」
「貴女達の命は、真の平和のための必要経費です」
手を掴まれたとしても霧島は怯むことがない。ナイフをすぐさま逆手に持ち直し、長門の手首を傷付けた。そこまで深くないモノの、
「命を、経費と言ったか」
痛みなど気にせずに、長門は明確に怒りを表した。苛立ちをカタチにするかの如く、手首から血が強く流れ落ちる。霧島の発言を咎めるだけでなく、その命を奪ってもいいと思えるほどの怒りが湧き上がる。
「全ての命が、尊いモノだ。貴様のような下郎のモノであってもだ」
「そうですか。貴女の中では」
「それを、経費と、失われても仕方ないモノと言ったのか」
拳だけではなくなった。渾身の蹴り、深雪も扱えるカーフキックが、霧島の脚に炸裂した。頑丈なカテゴリーK相手では、その程度では崩れない。だが、ドスンと凄まじい音はした。
霧島はそれを受けても表情ひとつ変えない。掴まれている手のナイフをもう片方の手に瞬時に持ち替えて、超至近距離の長門の胸に突き立てようとする。一撃必殺の刺突。
「巫山戯るなよ、霧島ぁ!」
そのナイフを持つ腕を、下から突き上げるように殴り払った。胸に刺さることはなかったが、ナイフの切先が頬を掠める。そして、さらにその腕も掴もうとした。
だが、二度同じ目には遭わない。霧島は長門が伸ばした手を避けるように腕を動かし、すぐさま脇腹を狙う。そこに刺されば致命傷にもなるだろう。
「何が平和だ! 何が正義だ! 命を軽んじる者に、平和も正義も無いわ!」
恐ろしい速さの手刀によって、脇腹に刺される前に、その腕を叩き落とす。柔な身体であれば、それだけで腕が捥ぎ取られるのではないかという勢いを叩き込まれ、霧島は思わずナイフを落としてしまった。
海の中に落ちてしまったら、それはもう取りに行く余裕なんて与えられない。潜るという選択があっても、今は片腕を掴まれているのだから。
霧島の腕を掴む長門の手、その手首からより血が流れ落ちる。怒りによって、まるで涙を流しているかのようにポタポタと。
「命に合理性は存在せん! 生きているからこそ先があるのだ! 平和の礎となるために経費として支払われた者など存在してはならん! 自ら身を散らしたわけでなく、貴様が、貴様らが、独りよがりに望んだ平和のために使われるなど言語道断だ!」
手刀と同じく、凄まじい速度と威力の拳が、霧島の土手っ腹に食い込んだ。流石の霧島も、これには大きく反応を見せる。腹から息が全部吐き出されるかのような衝撃。だが、それでも動じていないかのように掴まれていない腕を動かし、長門の顔の横、耳の辺りを、握らず開いた手のひらで思い切り叩く。
その衝撃で、長門の鼓膜が破れた。三半規管を強く揺らされ、激しい眩暈に見舞われる。しかし、視線は変えない。霧島をハッキリと見据え、耳を叩いたその霧島の腕すら掴む。
「何も理解しようとしない、自分が正しいと思い込んでいる貴様を、私は絶対に許さん。深雪はそれでも貴様を救おうとするかもしれないが、私は今の貴様を救いたいだなんて思わん!」
「そうですか。やはり、貴女は平和を望んでいない。特異点に与し、堕落し、世界を混沌に染め上げる」
「貴様らの平和が叶うくらいならば、私はそちらに手を染めよう! ああ、深雪の言葉を借りようか!」
両手を掴んだ長門は、霧島を真正面に置いた。お互いに腹がガラ空き。霧島もそれを感じたか、すぐに脚を出した。長門も同様に脚を出し、その蹴りをガード。
「貴様らが救世主だとしたら、我々は魔王で構わん! 貴様らの平和など、こちらから願い下げだ!」
手首を引き寄せ、そして、霧島の顔面に渾身の頭突きを叩き込んだ。
長門の怒りは止まることを知らなかった。合理的に人の命を奪うだなんて言葉を聞いたら、特殊部隊に所属していた経験のある長門には、気に入らないことしかなかった。