霧島の顔面に長門の渾身の頭突きが叩き込まれた。拳を叩き込まれてもビクともしなかった霧島も、両手を塞がれ完全な無防備にされた状態で、拳よりも強く硬い部位を叩き込まれたら、流石にダメージを受ける。
鼻血を出しながらグラリと傾き、意識が飛びかけていた。だが、表情は変わらず。そして、ギリッと奥歯を噛み締めていた。
恐怖心は欠落していても、他の感情まで全て失われたわけではない。合理性のみを追求し、機械のように受け答えをしたとしても、それでも目の前の長門に対して苛立ちを持つことはある。
自らの求める平和を何故わかろうとしないという、傲慢な思想。コレだけ言われても、コレだけやられても、自分の考えが間違っていると微塵にも思っていないところからも、やはり心が壊れ、拠り所となっている今の思想が覆ることを極端に嫌っている。いや、嫌っているどころではなく、意識すらせずに盲目的に信奉しているまである。
「これが、貴女の平和ですか」
睨みつけるような目で、長門を見つめる。これでもまだ気を失わないかと長門も内心驚きつつも、ならば気を失うまで殴ればいいだけだとその場で決断した。
「少なくともっ」
もう一度手首を強く掴んで、ここから絶対に逃がさないぞという気持ちを大きく見せる。
「貴様らの平和には辿り着かせないためのだっ!」
そして、思い切り引き寄せ、もう一発顔面に頭突き。同じことをされているというのに、霧島は避けることが出来なかった。両腕を掴まれているということもあり、身体を動かすことが難しく、長門の勢いも凄まじかったことによって回避が遅れた。
一度ぶち込まれたところに、もう一度入れられるというのは、痛みが跳ね上がる。恐怖を感じないために、目を瞑ることは無いとしても、この痛みは二度も三度も受けたらまずいと思わせるモノである。
「っ……」
二度目を受けたことで、鼻血がさらに激しく溢れる。だが、やはり戦艦であることは大きく、それでもまだ気を失うようなことはなかった。
「貴様は私が何を言ってもわからないのだろう。そのようにされているか、それとも理解していて尚、意固地になって無視し続けているのか。だがもう、そんなことはどうでもいい。貴様は改心する見込みがないのだ。人の話を聞かず、自分のことしか考えん、何を言われても変えようともしない、反応すら希薄。ならば、もうここで終われ。貴様にこの世界は向いてない」
三度目の頭突き。これは流石に避けようと、むしろ止めようと、霧島は足を出した。距離を突き放すと同時に、鳩尾に一発入れてダメージを与えることも考えた。
しかし、長門は瞬時に掴んでいた片腕を離し、突き出そうとされた脚を押さえる。払い除けるようにするのではなく、抱え込むようにロック。これによって、霧島は完全にバランスが取れなくなる。
頭突きは入らなかったものの、霧島はそれ以上に身動きが取れなくされた。その選択が間違いであったことを思い知らされることになったのだ。
「抵抗は構わん。当然の権利だ。だが、それ以外はもうやらん!」
ロックした脚を、そのまま全力で捻りあげることによって、膝が曲がってはいけない方向に曲げられた。ゴギンと、聞きたくない音が聞こえたことで、霧島はついに痛みを表情に出すに至る。
「っが……!?」
どんな相手であっても、脚がやられれば立ってはいられない。その場に浮遊出来るような者でない限り、動くことすら出来ないだろう。
しかし、カテゴリーKは全員が海中に潜ることが出来る。痛みに目を瞑れば、海中へと逃げ込み、鎮守府に撤退することも可能だろう。
だから長門は逃がさない。絶対に、ここで終わらせる。それでも命は奪わない。気を失うまでボコボコにしていくだけ。
「さぁ、私はまだ止まらんぞ。貴様の求める平和が気に入らんからな」
改めて三度目の頭突き。今度は掴み方が変化したためか、鼻ではなく口に入る。それによって、霧島の歯が飛んだ。口内がズタズタになり、血が溢れ出る。
「その平和が成就することはない。貴様の言うことは誰も聞かない。聞いたとしても反発はある。今こうして貴様を苦しめる私のような輩が、延々と生まれ続けるだろう。それを貴様らは全て始末していくのだろうな。それの、何処が平和なのだ。楯突かれては殺すを繰り返すことが平和なのか!」
引き寄せ、逆に霧島の鳩尾に膝を入れる。片脚が壊されたことで、それで完全にバランスを崩した霧島は、掴まれていなかったら倒れ伏していただろう。だが、長門はそうしたら海中に逃げられると考えていたが故に、絶対に放すことはしなかった。
「答えろ、霧島。貴様の思い通りにならない者達を手にかける平和は、本当に平和なのか」
脚だけは放して手首はより強く握り、これが最終勧告であるかのように問い質す。
しかし、
「それは貴女達も同じでしょう。我々が貴女達の思い通りになっていないから、こうして攻撃をしてきている。我々だけが文句を言われる筋合いはないのでは?」
何も、変わらない。結局は、もう壊れているのだ。自分の考えが正しい。相手の考えは間違い。同じ状況下に置かれても、相手のやっていることが自分のやっていることと同じならば、それは自分が正しい証明となる。
逆に、相手が自分と違うことをやっているのならば、愚かであるとこき下ろすことだろう。間違ったことをやっているのだからと。
「……そうか。貴様のことはよくわかった。それが遺言で良かったか?」
長門の怒りは、もう逆に冷めていた。こいつには付き合いきれない。話を聞いているのも頭痛がする。もう結構だと、霧島を諦めた。
「貴女も、言うことを聞かせるために暴力に訴えた」
「ああ、それを自覚している。貴様のように、命を奪うことを暴力ではなく、平和のために必要なことだとは思っておらん。私は、振るうことを憚られる手段を使っているに過ぎない。言い訳などせん。平和のための攻撃とも、思っていないさ。だがな」
ギジッと長門の拳が音を立てた。強く、強く、握りしめた。切れている手首から、どくどくと血が溢れるが、もうそれも全く気にしていない。全身全霊を込めた拳は、真っ赤に染まっていた。
「貴様には、これくらいしてやらんと気が済まんのだ。八つ当たりと言われても否定は出来ない。それくらい、貴様が特異点に、私達の愛する仲間、深雪に対しての侮辱が、怒髪天を衝く程のモノだったのだ。言うことを聞かせるための暴力ではない。それを後悔させるための暴力だ。私は、罪を犯してでも、貴様を殴らねば気が済まなかったのだ」
そして、思い切りその拳を突き出した。もう片方の手は腕を掴んだまま。引き寄せながら、拳が胸に捩じ込まれた。
肋骨が折れる。内臓に傷が付く。意識すらも消し去る、怒りのこもった渾身の一撃。それが、霧島に対してのトドメとなった。
「……何をしても、貴様は変わらんのだろう。だがな、知りもしないモノを叩くのは、一番愚かであることを肝に銘じておけ。もう、先があるかは知らんがな」
霧島にその言葉は届いていない。意識が飛んで、白眼を剥いていた。胸を殴られたことで、肺の中の空気も一気に吐き出してしまい、呼吸もままならずに気を失ったのだろう。
だが、息はある。死んではいない。加減をしたわけではなく、可能ならばその拳を胸を突き破るくらいに放ったのだが、そこまではいかなかった。血が抜けてしまい、長門もあまり力が出し切れなかったというのもある。それに、霧島自身が頑丈だったというのも。
「……血を、流しすぎたか」
グラリと視界が揺らぐが、長門は踏ん張る。ここで倒れるわけにはいかない。せめてこの気を失った霧島をどうにかしなくてはならない。
「清霜、すまんが……清霜?」
この戦いの間、清霜は伊勢と日向の相手をしてくれていたはずだ。霧島に集中していたため、そちらがどうなっていたかはわからない。
「長門さーん! お疲れ様でーす!」
その清霜、既に伊勢と日向を拘束した状態で戦装大発に乗せていた。朧と曙も一緒に乗せているため、少々手狭に見えたものの、伊勢と日向が上手いこと幅を寄せているおかげで、その辺りは上手く出来ている。
清霜1人でやったのかと思っていたが、そうでも無い。霧島を止めたことによってうみどりへの砲撃が止まったおかげで、少しだけ援軍を呼ぶことが出来ていたのだ。
それが、三隈と神威。水上機を操る2人により、制空権を確保しながら、確実な攻撃に打って出ることが出来ていたのだ。
「三隈、神威、来てくれていたのか」
「はい、我々の水上機なら、海中への対策も可能です。鎮守府に近付くならば、より強めに艦載機も必要でしょう」
「うみどりの制空権は、翔鶴さんと祥鳳さんで何とかなっていますので。なので、こちらに参りました。癒しが必要な方はいますか?」
神威の『排煙』で精神的な興奮を抑えることは大切だ。長門も血が溢れるのを抑えるため、神威に『排煙』を頼み、精神的な鎮静化を図る。
「ごめんなさい……貴女達に頼ることになってしまって」
その中で、伊勢が改めて謝罪をする。ハンドサインでいろいろと伝えることで、戦いやすくなっているのも事実。そして、出洲を騙し続ける必要があるのも事実。
「構わんさ。むしろ、絶妙に手を抜いてくれていただろう。戦いやすかった。助かる」
「私達は、この戦いが終わったら罪を償う。だから、それまでは……」
「任せろ。私はもう大分キツイが、仲間達はまだまだいるからな」
長門は霧島を雑に放り込むと、ようやく一息吐いた。
足柄に続き、2人目。カテゴリーKは少しずつでも減らせている。だが、まだ姿を見せていない者が、1人。