再び戦場は変わる。
鎮守府近海での戦いが激戦を繰り広げる中、それより離れた海中では、伊203とスキャンプが、漣と伊36を食い止めていた。
伊36の操る特四式内火艇は、スキャンプと海上にいた睦月の合わせ技で完全に破壊しているため、数的優位も奪い取っている。漣がまだ得体の知れない存在ではあるが、伊203と真正面からぶつかり合ったとしても、伊36のサポートがあってギリギリ拮抗、むしろそれでも伊203が上回っているまであったことから、ここでの戦いはうみどり側が有利に見えている。
だが、伊203は気を抜くことはない。片腕を深く削がれてしまっており、今も血が流れ続けているのだ。戦いが進めば進むほど、伊203は消耗し続けるだろう。本来の動きもままならなくなってしまったら、いくら超人とはいえ、不利に向かうのは目に見えている。
そうなると短期決戦が望ましい。血が流れ過ぎるまでに斃したいところ。だとしても、焦りは禁物。心を落ち着けて、なるべく興奮しないようにして出血を抑える。
「どうすっかね、コレがここまでヤンチャなヤベェ奴とは思ってなかったよ」
漣は漣で、まだ余裕のある言動を続けている。伊203の攻撃をその身で受けることが出来ている時点で、漣の身体も何処かがおかしいことは間違いない。超人の一撃を受け止められるのは、それもまた超人であることの証左となり得る。
「みぃむ氏、入り込めないよね?」
「き、厳しいかなーっ」
「ならそっちのヤンキー潜水艦止めといてくだち! 漣ちゃんが、コレを食い止めちゃうからさ!」
ここでよりによって漣は伊203との1対1を選択した。伊36と組んでやろうとしても、そこまでいい成績に繋がったわけではないのに。
しかし、伊36はそれを無茶であるとは考えていない。漣がそう言うなら、それに従うと頷いた。
「……わかってた。貴女、ここまで
血が流れ続ける中、伊203は冷静に、戦力の分析をしていた。伊36は特四式内火艇ありきのスペックであろうと踏んでいたが、漣はそれを見越して手を抜いている。全力を出す必要がないのか、出したら不都合があるのか。とにかく、これまでの動きには、まだ余裕があると感じていた。
ここでそれを出してもいいと考え、伊203と1対1を所望。伊203やスキャンプがそれを素直に応じる必要はないのだが、漣はそれでも状況を自分の手のひらに置こうと行動を開始していた。
「手は抜かざるを得ないんですわ。この漣、アホみたいに燃費が悪くてですねぇ。さっきまでは駆逐艦と同程度の出力になるように制限かけてたんですよ」
「……あれで駆逐艦? まぁ、深海棲艦の駆逐艦ならあれくらいか」
「そうそう。そうでないとガス欠が早くて。……くっちゃべってるの、ノッてくれるのね。優しいとこあるのねフーミィ氏」
「……」
漣も一応は救う対象。殴り合いになったとしても、殺すつもりはない。そういう意味では、伊203も若干手を抜いている。話くらいは聞くつもりがあるし、阿手の配下達よりも話はしやすいと感じて、少しくらいは漣のテンポに合わせることもする。
「でも、ちょっとそんなことを言ってられんくなりましたわ。
「……そう、貴女も」
「んじゃあ、再開しましょっか。ここからが本番ですぜ!」
瞬間、伊203は咄嗟にガードをしていた。漣の拳、むしろ主砲を握り締めた腕が、伊203の胸に突き出されていたのだ。
速い、そして、鋭い。武器を握り締めた拳は、素手より断然威力が高い。放たれていないだけマシだが、それでもガードをしなくてはならないと、伊203が回避ではない選択をせざるを得なくなった。
「っ……」
「止めますかい! 流石はフーミィ氏! でも、ここからは反撃なんてさせねぇですよ!」
衝撃を受け、伊203は少し海底に移動させられる。漣はそれを爆発的な急潜航で追い、今度は蹴りに転じてきた。脚部艤装を装甲代わりにし、強烈な一撃を放つ。
腕よりも強い一撃を、今度は伊203は払い除けるように横へと打ち払う。しかし、漣はまだ動きを止めることはない。払われた反動を利用して、その場で一回転。強烈な回し蹴りへと転化させ、伊203の逆側から蹴りを入れる。
「……そう」
それもしっかり受けた伊203だが、視線は絶対に漣から外さなかった。何故なら──
「手は止めないよ」
蹴りのすぐ後に砲撃が来る可能性があったから。事実、止められたことをいいことに、漣はもう主砲を構えていた。ゼロ距離に近い位置からの砲撃を避けられた経験があるとはいえ、二度も三度も同じことは出来ないだろうと、今この場でまたもや砲撃に転じた。
伊203は、それを避ける。いや、避けるのではなく、漣とほぼ同じかそれ以上の速さで主砲を蹴り飛ばした。放たれる直前だったおかげで、弾は伊203に当たることなく、別のところへと飛んでいく。
「ちっ、流石ですわ」
「っ」
その主砲を持つ腕、蹴り飛ばした腕を狙い、掴み掛かろうとする伊203。だが、漣はその前に足が出ていた。掴みかかるということは、その進路に足を置けば勝手に蹴りが入ることになる。伊203ほど速い者であれば、自分の勢いでダメージを増やしてくれる。
それを見た伊203は瞬時に狙いをその足に変更。腕ではなく、足を掴み、あわよくば捥ぎ取るくらいの気持ちで絞めようとする。
「させねぇですよ」
しかし漣はここで思い切った手段を使う。太腿に括り付けてある魚雷発射管が僅かに音を上げたのだ。そのまま掴んでいたら放たれる。殆ど自爆にしかならない攻撃でも、漣は容赦なく選択している。
命あっての物種、自爆なんぞで相討ちだなんて、伊203は望んではいない。となると、その足を放さざるを得なくなる。
「残念でした」
伊203が足から離れたところで、漣の魚雷発射管から魚雷が放たれるようなことはなかった。音が出るだけのフェイク。漣も自爆なんてことは考えておらず、伊203をここで確実に始末するためのトリックを1つ披露したのみ。
逆に、弾けるようなおかしな挙動で伊203へと突撃しており、その足を伊203の腹に食い込ませるように蹴っていた。その一撃も伊203はガードしているのだが、ガードに両腕を使わなくてはならないくらいのタイミングであったため、攻撃に出たくても出られない。
「まだまだぁ!」
漣は止まらない。蹴りをガードして伊203をさらに踏みつけるように、両足で踏みつけるようなステップをし、ガードしている腕にダメージを蓄積させていく。
普通の伊203ならば何も考えずにガード、もしくは掴みかかって逆に自分のペースに引き摺り込むのだろうが、今の伊203がそうするのは難しかった。二の腕の怪我もそうだが、単純に漣がかなり速い。海底に向かうための推進力を加えた重い蹴りを、寸分違わず同じペースで繰り出され続け、それが伊203と殆ど同じくらいの速さであることもあり、攻勢に転じることが出来ずにいた。
「フーミィ! サポートに入るぞ!」
「させないよぉ!」
それを見たスキャンプが伊203の援護をしようと動こうとするが、それを食い止めるのが伊36。特四式内火艇が失われたとしても、彼女とてカテゴリーK。『スクリュー』の曲解を操るスキャンプ相手でも、臆することなく真正面に立ち、2人の戦いを邪魔させないように妨害する。
潜水艦であっても主砲が扱えるカテゴリーK。漣と同様に、海中であっても使えないわけではない。これまでは特四式内火艇に頼っていたところはあるが、ここからは実力勝負。スキャンプに向けて主砲を構える。
「テメェも使えるのかよ」
「なんでもやれるんだから! カツ車だけのみぃむじゃないんだからね!」
むしろ、特四式内火艇に注いでいたリソースを別に使えるようになっているところから、通常の戦闘力が増強されているようなモノである。
とはいえ、スキャンプも特四式内火艇を止めるための水流を、目の前の伊36を退かすために使うことが出来るため、条件は似たようなモノ。
「退けや!」
「食い止めるんだから!」
スキャンプの水流を華麗に避けながら、前進をどうにか防いでくる伊36。ここで手をこまねいていたら、伊203へのサポートが出来なくなってしまう。
だが、焦らない。伊203の実力を知っているからこそ、苛立つようなことはしない。砲撃を避け、水流で押し込み、避けられても伊36から目を離さないようにして、あくまでも殺さずを守りつつ前進を敢行する。
「ああもう、だったらこれならどうかな!?」
しかしここで伊36が厄介な手段に出る。攻撃の方向を、スキャンプではなく海上に向けたのだ。放たれた魚雷は真っ直ぐに海上へ、そこにいる酒匂と梅の方へと向かっていく。
「テメェ……!」
それを見過ごすわけにはいかなかった。酒匂も梅も、海中から向かってくる魚雷に気付かないなんてことはないし、避けることも余裕であろう。だが、何かあってからでは遅い。
そのため、スキャンプは水流を使って急浮上。さらに水流によって魚雷をあらぬ方向に押し出して、被害のないところで爆発させる。
「やっぱりね。こうすれば漣ちゃんの方にはいけないよね」
「……ゲス野郎が……」
「これも作戦だし、ズルくないよ。むしろ数が多いのはそっちなんだから」
しれっと言い放つ伊36だが、スキャンプは口ではそう言いながらも、策としては全然アリだと感じてはいる。視線を伊203から逸らさせるには、都合がいいと。
「あっちの決着がつくまで、付き合ってよね!」
「ふざけるなよクソガキが」
こちらはこちらで乱戦模様。特に、超人である伊203が押されているという事態を、どう対処していくか。