後始末屋の特異点   作:緋寺

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超人の選択

 燃費度外視の戦術を使った漣を、伊203はいなし続け、反撃の好機も訪れたのだが、それは叶わなかった。漣のガス欠に合わせたようなタイミングで、カテゴリーK最後の艦娘、速吸が艦載機を引っ提げて緊急参戦したからである。

 伊203を艦載機で邪魔し、近付かせないようにしたところで高速で補給、漣は全回復するに至ってしまった。対する伊203は血を流し続けていることにより消耗を続けていることで、不利をひっくり返したと思いきや、またひっくり返される羽目となった。

 

「じゃあ漣ちゃん、私はまた他に行かないといけないので、頑張ってくださいね」

「あいあーい。ちょっと他の戦況がわかんないけど、動き出したってことはそういうことだよね」

「はい、それでは」

 

 それだけ言い残して、速吸は猛烈なスピードでその場から去っていった。タービン周りが改造されているスピードタイプであることは事前に聞いていたため驚きはしないが、それでも本来低速艦であるはずの補給艦とは思えない凄まじい勢いでの退場。

 速さ至上主義の伊203は一瞬その反応が疼きかけたが、今はそれどころではない。別の戦場に行かれることの方が厄介極まりないのだ。

 向かった方向からして、鎮守府方面ではない。補給が必要な者が他に出ており、それらを全て回復させていこうという算段であろう。

 

「行かせない」

「そんなことさせると思ってます?」

 

 伊203の考えていることを読み切っているかのように、漣が猛攻を再開した。ネックだった燃費の部分を今克服しているため、100%の状態からのラウンドになってしまう。

 漣が本気を出し始めたときには、既に多少は消耗した状態からであった。だが、それも無くなったということは、最初よりも出力を上げてこられる可能性がある。

 

「さっきまでの漣ちゃんとは違うんですわ。何せ今は回復率100%! 出撃したて、キラキラ全開の漣ちゃんだっぜ!」

 

 漣が自分で言うだけあり、速さはついさっき以上のモノを感じた。拳も鋭い。反応も速い。伊203は明確な表情にそれを出していた。

 

 これは漣が回復したからそうなったというだけではない。伊203の消耗も関係している。常に血を流していることで、伊203は100%の力を発揮出来ない。飄々とした顔で戦ってはいるが、動きにはモロにそれが出てしまっている。

 

「フーミィ氏にはここでやられてもらうよ。アンタが一番厄介なんだ。海の中で一番強いの、ぶっちゃけアンタでしょ」

「……」

「いいね、無言。余計なこと言わない。その方が速いって感じかな?」

 

 海底に足を着けている状態のため、威力はその分上がっている。再び、伊203は防戦一方に持っていかれることになる。

 鋭い一撃、砲撃を匂わせる攻撃、実際放たれることもあり、ジワジワと消耗を加速させられる。速吸を追わなければならないという焦りも出てきてしまうが、それは伊203としてもすぐに排除した。こうなってしまったモノは仕方ない。焦って本来の力が発揮出来ない方が問題だ。急いては事を仕損じる。

 

「数的不利はこういうカタチで覆させてもらうから。ここがホームなんだから、こっちが有利でないとね」

「……」

 

 漣が何を言っても、答えることはしない。冷静に、ここをどう切り抜けるかを考える。漣のあらゆる攻撃を受け、防ぎながら、先を、先の先を、常に見据えて思考を巡らせる。

 全てにおいて速いのが伊203だ。動きも、思考も、決断も。何が一番速いかを判断して、最善の行動を瞬時に割り出して、実行する。

 

 そして、ここで考えついた最善の行動。それは──

 

「……海底から、あるね」

 

 回避しながら足元を確認し、受けながら軽く地を蹴る。自分が動き出すためではない。今触れたのは、海底に転がっていた石。わかりやすく大きなモノがあるわけではなく、小石程度のモノではあるが、それを蹴り上げて漣の顔にぶち当てる。

 ダメージになるわけでもない。言ってしまえば目潰しだ。恐怖を感じない霧島ならともかく、普通の艦娘ならば目の前に想定外のモノが現れれば、一瞬でも目を瞑る。

 漣もそれは例外ではない。不意に現れた小石が目に入ってきそうになったことで、おっと小さく声を出し、回避しようと身体が反応する。

 

「速く動けるのはわかった。なら、こちらも搦手を使い続ける」

「何すんのかな、どんな手を……って、うぇーい!?」

 

 漣のその反応もわからなくはなかった。伊203は血迷ったわけではない。それが一番だと思ったからやった。

 それは、海底から少しだけ離れること。ジャンプした程度の浮上。そこから、()()()()()()()()()である。

 

 漣を攻撃したわけではない。()()()()()()()。それが意味することは、非常に単純である。その衝撃により、土煙が大きく舞い上がり、弾け飛んだ土やら石やらが四方八方へと飛び散ったのだ。

 軽く蹴り上げた小石なんて比べ物にならない程の数の土が漣に襲いかかる。その土煙の中に伊203は紛れることにもなった。

 

「あ、あんなの自爆みたいなモンでしょうよ! いきなり何しでかすんですかい!」

 

 漣が叫んだところで、伊203は無反応。話している方が遅いと言わんばかりではある。

 実際、この土煙は凄まじいモノで、周辺全ての海の中を完全に濁らせるに至る。漣だけでなく、伊203だって視界は完全に塞がってしまうだろう。

 

 だが、伊203は追撃のもう一発。一度雷撃で上がった海底に向けて、もう一度魚雷を叩き込んだ。更なる爆発、更なる土煙。粉々になった海底から、凄まじい勢いで石が弾け飛び、ついには漣にもそれが直撃する。

 

「痛い痛い痛い! でも、この程度でやられるわけないでしょうが! 目眩しが目的!?」

 

 濁った海中で叫ぶ漣。これは砲撃を放とうがすぐにどうにか出来る話ではない。目に頼っていたら間違いなく戦えなくなる戦場。

 

 伊203はこれを奥の手だと考えていた。何故なら、この戦場の後始末がより面倒なことになるから。時間をかければ土煙は沈静化するだろうが、抉った海底などを確認しなくてはならなくなるのが、掃除をするには割と面倒くさい。爆発した魚雷の破片などもあるわけなので、その辺りの片付けも考えるだけで顔を顰めそうである。

 だが、今は後始末屋としての今後より、艦娘としての勝利を優先した。後始末は時間をかければ出来ること。長い時間があれば、穢れで覆われた島だって綺麗に出来ることは実証出来ているのだ。

 自分のやったことによって仕事が増えることは、伊203としては本意ではない。しかしそれも勝利しなけれは意味はない。そもそも、後始末屋が敗北した後、この海域の後始末をするかと言われれば、おそらくしないだろう。戦いの痕跡を放置して、そこから穢れが溢れ、そして深海棲艦が生まれるだけ。

 

「……これは、仕方ないこと」

 

 伊203は少し悔しそうに、それでも覚悟の上で、自ら抉った海底に降り立つ。先程よりも一段二段は低いその地に足をつくと、視界不良の土煙の中、それを力強く蹴った。

 

 伊203が選択したのは、()退()である。全回復した漣と、消耗した状態で戦い続けるのは得策ではない。しかし、ここで速吸を追いかけることが出来ることも難しいだろう。

 故に、どうするかは決めていた。この戦場の上には、酒匂が──医療班がいる。

 

「ちょ、逃げた!?」

 

 漣は伊203がその選択をしたことに驚いていた。超人であるが故に、真正面から戦いを挑み続けてくるモノだと勝手に思い込んでいた。だからこの土煙の中でも身構えていたし、可能ならば突撃だって考えていた。

 だが、伊203は真上に、急浮上を開始したのだ。漣はそれを見て一瞬判断が遅れた。視界不良も相まって、動き出しが完全に遅れた。海底を蹴ることで更にスピードを上げていたことも、伊203の急浮上を成功させる要因にもなった。

 

「マジか、ちょっと臨機応変すぎんか! 逃げ腰になるなんて考えてなかったよ!?」

 

 漣が伊203を追おうとした時、三度目の雷撃が海底を直撃した。今度は漣の真下くらいを狙った一撃。命を奪う一撃だったとしても、漣はおそらく避ける。それを踏まえた最高の一撃。

 

「わっぷ!? ぺっ、ぺっ、土が口の中に入った!」

 

 海底という地の利を活かした攻撃に漣は若干苛つく。だが、これも逆の立場ならやっていそうだなとすぐに落ち着きを取り戻す。その思考速度の速さも、超人対策の超人として成立する要因。

 これは急いで追わなければと思ったときには、もう伊203は海面に近いところまで浮上していた。何を考えているのかはわからないが、あの伊203が選択したのだから、今の状況をひっくり返す何かがあるのだと直感的に理解した。

 

「んの、逃がすかっての!」

 

 故に、すぐにでも追いかける。そうしない理由が無いのだから。

 

 

 

 

 海上、酒匂と梅が待機しているところまで辿り着いた伊203は、勢いそのままに海上へ。いきなりザバンと現れたことに、酒匂と梅は驚きを隠せない。ソナーを使って海中を見ていたとしても、速すぎて追いつかなかった。

 

「わあっ!? ふ、フーミィちゃん、どうしたの……って、腕、酷い傷だよ!?」

「そう、これのせいで消耗が激しい。だから治したい。持ってきてるでしょ」

 

 酒匂ならそれが出来ると考えた伊203は、すぐにそれを要求する。

 

「うん、フーミィちゃんなら使えるよね。なら、はい、これ」

 

 そして、医療班として酒匂が持ってきていたモノを差し出した。

 

 

 

 

 それは、特機。最良の医療能力を持つ力である。

 酒匂はこの戦場に立つために、『増産』の特機を自らに寄生させてきていたのだ。

 

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