後始末屋の特異点   作:緋寺

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その時間が稼げれば

 速吸の補給により全回復した漣に対抗するため、伊203が取った手段は、一時的な撤退。そして、海上に待機していた医療班、酒匂から提供された『増産』の特機による全回復であった。

 

 特機を使うことで起きること、カテゴリーWへのコンバート改装は、傷も疲労も一度だけ完全にリセット出来る裏技中の裏技。

 既に特機を寄生させている者には使えない。2つ目の特機を寄生させることの負担がどれ程のモノかがわからないし、既にカテゴリーWであるため、コンバート改装がちゃんと起きるかもわからない。実験も負担のことを考えれば出来なかった。

 そのため、この裏技はまだ特機を寄生させていない者に限られたモノとなっている。

 

「っ……く……」

 

 その手段を選択してしまえば、行動は速い。酒匂から特機を受け取った伊203はすぐさま自分の胸に特機を押し当てる。特機もそれを察してか、素早く伊203に寄生、傷を治し、疲労を癒していく。

 特機寄生の最大のデメリットは、その効果が発生している間に起きる過剰な快楽。身体の中を弄り回すのだから、それが無ければ耐えられない程の激痛になりかねないが、それを無くそうとしたらこうなる。

 酒匂も『増産』の特機を寄生させているため、その時に酷いことになったようだが、伊203はそれすらも小さな反応で耐えていた。飄々とした表情は少しだけ苦しそうに歪むが、それだけ。酒匂はそれだけでも相当凄いと感心していた。

 

「上がってきてますっ」

 

 だが、伊203の全回復を漣が待ってくれるわけがない。海底を魚雷で破壊して起こした土煙からも脱し、猛スピードで浮上しながら伊203に狙いを定めてきていた。

 それにいち早く気付いた梅が爆雷を放るが、そう簡単にその動きを止めることは出来ない。爆雷は主砲で撃って先んじて爆破させるか、普通に回避するかのどちらか。浮上を止めることはなく、むしろ逆に魚雷を放ってきている。

 

「避けるよ!」

 

 伊203は特機寄生中で動きが鈍い。そのため、酒匂が伊203の腕を掴み、無理矢理曳航するカタチでその場から離れる。梅もサポートし、絶対に当たらないようにと回避に専念。

 

 すると、海中でもその攻防に対して乱入する者がいる。伊36に止められていたスキャンプが、漣を止めるために振り切っていたのである。

 伊36は特四式内火艇が無ければ多種多様な装備が扱えるという特徴を持つ()()である。スキャンプの『スクリュー』の曲解によって作り出されるスピードには簡単に追いつけない。それもあるから、わざと海上に向けて攻撃をし、漣の方には行かせなくしていたくらいだった。

 だが、その漣も海上を狙い出したら話が変わる。伊36など見向きもせずに、守ることだけを徹底する。誰がやるとかではない、誰がやられるかで行動指針が決まっていた。

 

「テメェ、うちの医療班を狙うだなんて、やらせると思ってんのか。あぁ!?」

 

 漣と同じようにスピードを上げて突撃してくるスキャンプに、漣は目を丸くする。

 

「ちょっとみぃむ氏ぃ!?」

「ごめーん!」

 

 向かわせるのを止めるために海上の方へと誘導したのが仇となっている。部隊が海上に近くなればなるほど、追い込んだスキャンプが合流しやすくなるのは仕方ないこと。伊36もこれには平謝りしかなかったし、漣もこれは伊203を逃した自分の責任でもあると心の中で苦笑する。

 

「テメェは黙って海の底で寝てろ!」

「だが断る! この漣ちゃんはこの程度では挫けないぞい!」

「挫ける挫けないの問題じゃあ無ぇんだよ!」

 

 水流による高速移動。魚雷を払い飛ばし、漣の浮上も食い止める的確な判断力。伊203の行動に振り回され、その動きに慣れているスキャンプには、海中を動き回る超人に最も対応出来る存在でもあった。

 

 その対応力に、漣も少し驚いていた。補給を受けて全回復し、ついさっき以上に力が発揮出来る状態に持っていったのに、特機を寄生させているモノの、超人でも何でもないただの艦娘が、ここまで追いつけるモノなのかと。

 水流を直接ぶつけられ、ダメージは無くても前には進めなくなる。それを避けようとすると、同じくらいの速さで陣取ってくる。浮上出来ない。そうこうしているうちに、伊203が何かを進めている。

 

「テメェも来るんじゃねぇよ!」

 

 スキャンプは漣を抑えつつも、目を伊36の方にも向けている。漣を囮にして伊203の方に向かおうとしていたようで、そんなことを許すわけがない。同じように水流を放ち、その行動を徹底的に制限する。

 

 スキャンプは自分でも、このままでは勝てないと感じていた。水流を使い続けても、抑え込むことは出来るがダメージを与えることは出来ない。1対1ならまだしも、2人を抑え込むのはかなり厳しい。

 早急に伊203に戻ってきてもらわねばジリ貧だ。だが、その時間さえ稼げれば一転優勢になれると確信していた。

 

「フーミィ! まだか!」

 

 思わず声をかけるが、伊203は現在特機寄生中。変に声を出そうとすると、悶えてしまう。そのため、スキャンプの声は無視するように身体を抱えている。

 

「アンタだけで、うちら2人を止められますかねぇ!?」

「そーだそーだ!」

「みぃむ氏、それだとちょい三下みたいになっちまいますぜ」

「黙ってろクソども! テメェはあたいの許せねぇことをしやがったんだ! ここでぶちのめしてやるから覚悟しやがれ!」

 

 スキャンプの気合の入り方は一味違った。何せ、今2人が狙っているのは、よりによって海上だ。酒匂がやられるわけにはいかないのだ。

 

 水流を駆使して動き回るスキャンプは、伊36の行動を邪魔しつつも漣に接近、より押し除けるようにぶち当たる。

 だが、漣も伊203に匹敵する、超人対策の超人。水流そのものに慣れてきており、その勢いを真正面から受けても、そこまで苦と思わなくなってきていた。

 

「アンタが許せないことねぇ、もしかして、海の上に想い人でもいるんですかい?」

 

 漣がニヤリと悪い笑みを浮かべる。

 

「戦場でなぁ、恋人や女房の名前を呼ぶ時というのはなぁ! 瀕死の兵隊が甘ったれて言うセリフなんだよ!!」

「呼んでない、名前呼んでない」

「みぃむ氏、冷静なツッコミGJ。でも、そういうことなんですわ! 色恋沙汰にうつつを抜かしてる奴にぃ! 負けるわきゃねぇんですよぉ!」

 

 水流をまともに受けながらも、それに逆らうように爆発的な推進力を作り出した漣は、スキャンプに迫撃。主砲を構えるでも無く、しかし腕は前に突き出し、水流を切り裂くように手刀を前に突っ込んでくる。

 スキャンプもこれはそこまで想定していなかった。水流を回避して近付くのではなく、自分の勢いを使って散らしながら突撃してくるだなんて考えられない。両手、両足、全ての水流を漣に注ぎ込んでその動きを止めようとするが、そうなると伊36が完全にフリーになる。

 

「みぃむ氏!」

「任せて!」

 

 スキャンプもそれはそうなってしまうとすぐに理解した。だが、漣から手を抜くと一気に押し込まれる。そちらの方が良くない。

 なので、伊36に関しては、もう()()()()()()()()()()()

 

「ウメ! サカワを守れ!」

 

 海中からの叫びが海上に聞こえるかはわからない。だが、その思いは伝わった。

 

「来てますね、うん、来てます! 対潜掃討、大事大事、です!」

「酒匂も自分の身は自分で守るよ!」

 

 梅と酒匂が一斉に爆雷を投げた。スキャンプがそこにいるのはわかっているが、それでも伊36の進攻を止めるためには、それ相応の数が必要だった。

 

「サザナミ、テメェも喰らっておけや」

 

 そしてスキャンプは水流を止める。逆流に向かって突っ込もうとしてきていた漣は、突っかかりが無くなったことで、急激に前進出来るようになる。

 

「おおっと!? いやマジかい」

 

 すると、眼前には2人がかりで投げられた爆雷の雨霰。スキャンプは爆発する前にさらりと逃げている。

 

「みぃむ氏っ、一回退くべ!」

「は、はーい!」

 

 これは海上で邪魔をするなんてことは出来ないと判断し、身体への負担を考えずに、急ブレーキからの急潜航。さらには2人で主砲を構えて、正面に砲撃を放ち、爆雷を破壊しながら海の底へと離れていく。

 いくら強靭な身体を持っていようと、この急転換はそれなりに負荷が大きい。伊36はぐっと声を上げ、漣も奥歯を噛み締めていた。

 

 これによって2人はノーダメージ。浮上を一時的に止めることしか出来なかった。その時間、僅か数秒。

 だが、その数秒さえあれば充分だった。爆雷の爆発によって海上が見えなくなっていたが、それだけでよかった。

 

 爆発が霧散して、その者は一直線に漣に向けて突っ込んでくる。

 

「お待たせ」

 

 特機により全回復した伊203が、()()()()()()()()()()突撃したのだ。消耗してから命を奪おうとしているわけではない。傷も負っていない。100%の力を、救うことでは無く奪うことに使おうとした。

 

 漣は咄嗟にガードをした。直感的にまずいと、心の前に身体が反応した。気付いた時には、伊203の足が、クロスした漣の腕に直撃していた。急潜航の勢いをそのまま使った、魚雷のような速さの蹴り。本来ならば、腕どころか身体まで蹴り折ってしまうほどの威力を、漣はどうにか耐えた。

 だが、その場にはいられない。あまりの威力にそのまま海底に叩きつけられる羽目になる。

 

「っぎっ……マジかよ、威力ヤバ……っ!?」

 

 伊203は待ってはくれない。蹴り飛ばした漣を追い、そのまま海底に突き立てるような二度目の蹴りを放っている。

 間一髪避けていた漣だが、一撃で海底が抉れているのを見て、一瞬血の気が引いた。直撃していたら、頭蓋骨陥没では済まない。頭の中心に大穴が空いていたかもしれない。

 

「加減してない超人フーミィがコレかぁ! たまんねぇなぁ!」

 

 漣は冗談を言いながら自らを奮起させる。それくらいしないと、目の前の()()()()には勝てないと悟った。

 

 

 

 

「最終ラウンド。始めようか」

 

 伊203にもう、慈悲の光はない。

 

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