後始末屋の特異点   作:緋寺

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綺麗な海へ

 妙高の指示により準備を終えた深雪は、ついに初めての仕事のために海に出ることとなる。

 

「基本的には工廠から海に出ることになります。艤装はここにありますし、そこからわざわざ別の場所に向かうのは非効率的ですからね。勿論、戻る場合もここに戻ることになります」

「だよな。でも、ここって艦内なんだよな。どうやって海に出るんだ?」

「割と単純ですよ。あれを見てください」

 

 言われるがままに、妙高が指差す方向に視線を向ける。すると、工廠の外壁の一部が音を立てて動き出した。ど真ん中から天井にかけて亀裂が入ると、大きく開放され、そこから外が見えるようになった。

 工廠の床は海面スレスレ。大きな波が立てば中に入ってくるものの、浸水するようなことはない。

 

「あそこから出るんです。プールで海上歩行訓練をしましたよね。それと同じように、ただ自分の足で外に向かうだけ。艤装の力で自走は出来るわけですから、勢いをつける必要もありませんし、海の上に出てしまえば問題ありません」

「なるほどなぁ」

「それに、あの方式でないと、大量の廃棄物の搬入が難しいんですよ。滑り出すような出航だと、上がる時に大変ですし」

 

 艦娘の出航ではなく、廃棄物を艦内に運び込む時のことを優先して考えているのが、このうみどりだ。艦娘はヒト型であるため行動にある程度の自由があるが、廃棄物は当然ながら自分から動いてくれるわけがない。それを艦内に運び込むことになるのだから、高さがあると手間がかかる。

 特に()()()()()という行動にはいろいろと危険を伴う。零れ落ちた時に唯一肌を露出している顔の一部に付着してしまうとか、そもそも重たい廃棄物を高い位置に移動させようとするとうみどり自体に負荷がかかるとかだ。荷台を艦内に格納するのにも一苦労。

 それを考慮して、工廠の床と海面の高さをギリギリ同じくらいにするという手段に出ている。艦娘もそのまま歩いて海に出ることが出来るのだから、余計なシステムを作る必要もない。

 

 艦娘という存在だからこその出航方法。本来の艦よりも小回りが利くお陰で、これだけ万能になっているのである。

 

「ああ、そうでした。流石に手で拾うのは非効率的ですから、()()()()()()()を渡しておきます」

「専用装備なんてあるんだ」

「ええ、今から拾うモノが拾うモノなので」

 

 用意されたのは、腰をそこまで曲げずとも海面に浮かんでいるものを拾えるようにするための長いトングと、拾ったモノを入れるためのケースが2つ。ドラム缶のような見た目ではあるが、中身が少々違うようで、なんでも絶対に外部に穢れが漏れ出さないような設計をされているとのこと。

 片方は破片を、もう片方は()()を入れる。いっぱいまで溜まったら、一度工廠に戻ってケースを交換、そしてさらに拾い集めるという形式。

 

「地道だけど、確実だなコレ」

「ええ。これが一番確実です。では改めて、行きましょうか」

「うす、深雪、出撃……じゃなくて、出航するぜ!」

 

 戦いに行くわけではないので出撃ではない。深雪はしっかりと言い直して、穢れが溢れる海へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 自室の窓から眺めた海を駆けると、その酷さが嫌でもよくわかる。マスクを着用していなければ確実に顔を顰めるくらいの匂いが漂い、場所によっては足の踏み場もないくらいに廃棄物が浮かんでいた。それをすかさず拾い集めては、ケースの中に入れていく。

 拾っていいサイズと、拾わずに荷台持ちに任せるサイズがあるものの、それはトングで掴んで持ち上げられるかどうかなだけ。廃棄物ならその区分けで構わない。ケースに入れることも考えると、比較的小さいサイズを確保するイメージとなる。

 だが、問題は肉片だ。これに関しては、荷台に積み込むわけにもいかないため、ほぼ全てをケースに回収することになる。つまり、深雪の今回の役割、初めての仕事は、()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 

「うっ……手で触ってるわけじゃないのに、嫌な感触があるな……」

 

 今拾ったのは、自室からも見たことを嫌でも思い出す、千切れ飛んだ腕。ただの肉片ならまだしも、割と形が残ってしまっているモノを掴むのは、精神的に辛さを感じる。

 深海棲艦といえど、ヒト型をしているのなら感触は機械的ではなく()()()()()になる。トングで掴んだ時のその微かに柔らかい感覚が、生々しさを嫌でも伝えてくる。

 

「……恨みを残すなよ」

 

 口ではほんの少し悪態をついたものの、この戦いで命を落とした深海棲艦に心の中で安らかに眠れと祈りながら、ゆっくりとケースに入れた。叩きつけるように入れるなんて罰当たりなこと、深雪には出来なかったし、やらないようにとも言われている。

 

 妙高からの指示として、肉片を回収するときは()()というモノがある。それ自体に意味があるかはわからないものの、穢れが恨みから生まれているのならば、それを少しでも軽く出来ないかと考えた結果である。

 これが吉と出るか凶と出るかは不明ではあるものの、祈ったからと言って状況が悪くなるわけではない。何かしら事件が起きたとしても、それは祈るという行為から生み出されたものではなく、ここで起きると運命付けられて起きたこと。因果関係は無いのだ。

 

「多いな……これで中規模なんだ」

「ええ。大型の艤装の廃棄物が少ないでしょう。艦娘の被害が比較的少ないことに繋がります。それでいて深海棲艦の亡骸が多いということは、戦闘規模がそこまで小さくはない証拠です。範囲もそこまで大きくない。大規模だと、もっと廃棄物が散乱していて、種類も多くなります。小規模なら、亡骸も少なくなりますね」

 

 戦闘規模は廃棄物の多さと種類で判別出来るとのこと。また、戦場でもある程度確認出来るようで、事前に依頼が来た時に規模まで伝えられているのは、ここで戦闘していた部隊が判断した結果である。

 

「なるほどなぁ。そうなると、大体の現場が中規模ってことになるのかな」

「そうですね。中規模が基本となり、そこから前後しますね。特に大規模だと、深海棲艦の艤装の廃棄物もかなり増えますから、後始末が大変になります。艤装片も肉片もこの規模じゃなくなりますよ」

「うえ……でも予想出来るぜ。今でも結構多いってのに」

 

 大規模なら亡骸に加え艤装系の廃棄物が多くなるようで、そこで深雪はピンと来た。自分が生まれ落ちたのは、大規模の現場であると。

 それならば、大規模は相当な穢れの量なのだろうと少し怖くなる。亡骸の量もこの比では無くなるだろうし、廃棄物からも穢れが溢れるというのなら、その海域は見てわかるほどに汚染されていそうである。

 

「これは……燃料なのか血なのか……」

「それは深海棲艦の血です。なるべく触れないように。匂いも嗅ごうと思わないでくださいね」

「うす」

 

 肉片を拾い集めるとどうしてもそこに残るのが、その肉片から溢れ出している深海棲艦の血液。これがまさに穢れに繋がるものであるため、防護用のインナーを身に着けていたとしても、わざわざ触れるようなことはしてはいけない。

 こういった液状のモノは拾えるわけがないため、これは放置して仲間達の回収を待つ。

 この現場では、那珂と酒匂が実施しているのが海水の清浄化。特別な濾過装置を使用することで、その範囲の海水を吸い取った後に濾過して元に戻した海水を海に戻すのだ。濾過された穢れはタンクに溜められ、それに適切な処置を施すことで無かったことに出来る。

 

「海が黒い……」

 

 艤装片と肉片を撤去させた海は、燃料と血液で黒ずんでしまっている。それを見て、深雪は素直な感想が口から出た。

 昨日、デッキで眺めた海とはまるで違う色。ここからあの景色を取り戻すのが自分の仕事なのだと理解し、作業を続けた。

 

 しばらく続けると、ケースの中がいっぱいに。特に肉片を入れているケースは、モノがモノなだけにギチギチに詰め込まれた状態となってしまった。

 あまりそれを目にしていると精神的なダメージが入りそうなので、もう入らないと思った時点ですぐに蓋を閉じた。

 

「妙高さーん、ケースいっぱいになったから持ってくぜ」

「ええ、お願いします。工廠に戻ったら、次のケースを貰ってきてください。妖精さんがどうすればいいか教えてくれますから」

 

 言われて、深雪は一人、工廠にケースを持っていく。重さ自体は艤装のパワーアシストのおかげで殆ど感じないものの、慎重に取り扱わなくてはならないと思うと、少し緊張してしまう。

 

「次のケースくれーい。これ全部詰まってるから」

 

 海から上がり、キョロキョロしながらケースを運ぶと、小さいながらも妖精さんがこちらに持ってきてくれと身振り手振りで伝えてくれる。

 これまで工廠の中でもまだ行ったことが無かった区域。艤装などが置いてある場所とも違う、おそらく立入禁止区域に繋がる通路の手前に、ケースを嵌めることが出来そうな場所があった。妖精さんの指示の下、そこにケースを嵌め込むと、すぐさま奥へと運ばれていき、同時に空のケースが深雪の前に現れた。

 

「なるほどなぁ。次はコレに入れてこいってことな」

 

 妖精さんが深く頷いた後、グッとサムズアップ。自分の意思を伝える際によくやるサムズアップは、ここの妖精さんの象徴とも言える仕草である。

 

「うし、それじゃあまた行ってくるよ」

 

 小さく手を振り、また工廠から出航。これを繰り返すことで、海を綺麗にしていくこととなる。

 

 

 

 

 午前中同じことを繰り返し、半分以上の後始末が完了。一旦ここで休息を挟み、午後にあと少しやれば清浄化完了となる。

 大規模なら丸一日やることになっただろうし、小規模なら午前中に終わっていただろう。少し午後にはみ出す感じが、まさに中規模。

 

「はい、昼食を配りますね」

 

 後始末作業中は、穢れを艦内に持ち込まないようにするために工廠で全てを終わらせる。そのため、補給艦である神威が仲間達におにぎりを配っていた。

 作業が作業なので、ガッツリとした昼食にはせず、あっさりとしたモノで。特に初めての後始末である深雪にはそれが助かった。今日だけで相当数の肉片を見続けているため、あまり肉の類は食べたいと思わなかった。そのうち慣れてしまうのかもしれないものの、今はまだ厳しい。

 

「ありがとう神威さん。腹ペコペコだよ」

「いえいえ、ここで軽くでもお腹を膨らまして、午後からの作業に備えてください。あと少しですからね」

「うす。助かるぜ」

 

 モクモクとおにぎりに齧り付きながら、清浄化されつつある現場を眺める。最初よりは確実に綺麗になっており、もう一息であるというのが見てわかる。

 

「加賀、()()の準備をそろそろしておいてくれ」

「ええ、作業が終わりそうだものね」

 

 ここで長門が加賀に指示を出していた。空母だからこそ出来る作業である、艦載機からの薬剤の散布である。この薬剤が、清浄化の最後の一押し。濾過装置を使っても微かに残ってしまう穢れを完全に消滅させるために行なわれる。

 こうしておくことで、ここで戦闘が行なわれた事実そのものが消え去る。生態系も徐々に回復していき、戦闘が行なわれる前の状態に戻るということになるのだ。

 それさえ終われば、あとは再発しないことを一晩ここで確認し、大丈夫なら次の現場となる、

 

「……なかなかしんどいんだな……後始末って」

 

 お茶をグッと飲み干して息を吐いた。戦争とは何もかもを壊してしまうのだなと再認識し、それを元に戻すことに尽力する後始末屋の仕事に改めて誇りを感じた。

 

 

 

 

 初めての仕事もあと少し。深雪はやり切ろうと小さく意気込んだ。

 




 練度1の深雪でも装備出来るような特殊兵装。今の深雪の2スロットは、ドラム缶とトングで埋まってます。
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