伊203と漣の戦いは、ほぼ相討ちに近い状態で幕を閉じる。伊203は失血が酷いモノの意識は保っており、漣はわかりやすい外傷が少ないモノの、腕は使い物にならなくなっている上、鳩尾を殴られたことで意識を失っていた。
伊203はここでようやく落ち着くことが出来たが、抉られた脇腹からの激痛は変わらず。『増産』の特機を寄生させて全回復をしているため、現在は自己修復が出来ているものの、消耗は激しく、出来る限りじっとしていたい。
「フーミィ! どうなった!」
同じく伊36を処理したスキャンプが伊203の方へとやってくると、その惨状にギョッとした。周囲には血が煙のように漂い、腕を怪我していた時以上の重傷であることは見て明らかだった。
漣が完全に気を失っていることはわかるモノの、伊203もタダでは済んでいない。超人に対してここまでやった漣に怒りを覚えつつ、しかし伊203が勝利したことにはホッとした。
「マジかよ……そこまでやられたのか」
「……なめてたわけでもない。慢心もしてなかった。でも、私の……本当に少しだけの隙間を突かれた。そうしたら、このザマ」
血が流れ、白い肌がいつも以上に白く見える。顔面蒼白と言ってもいい。伊203も、今は全力が全く出せないと自覚出来ている。
だが、その危険な状況でも、体内に寄生している特機が命を維持し続けてくれていた。意識もハッキリしているし、言葉もきちんと紡げる。自己修復もゆっくりとだが進んでいる。
全快まではしばらく時間がかかるだろう。ここからは戦闘も出来ない。まだこの戦いは序盤と言ってもいいだろうと思っていた矢先、ここで退場となってしまうことを、伊203は表情をほとんど変えずとも、悔しく思っていた。
「じっとしてても埒が明かねぇだろ。一度うみどりに帰った方がいいんじゃねぇか?」
「……私もそう思う。でも、出来る限り、私は表沙汰にならないように行動する」
伊203は、うみどりにおける自分の立ち位置、敵から見た場合の重要性を的確に把握している。漣がこうして戦いを挑んできたことからも、特に重要視されていたところでもあるだろう。
うみどりにいる特異点とは違うどうにかしたい敵、超人の存在。襟帆提督はどのようにそこを攻略する
伊203は特に目立つ活躍をしていた。今は亡き原元元帥の首を素手で捥いだことは、特に強く印象付けているのだろう。島での戦いでも、出洲はその目でその姿を見ている。まずやらねばならないと思わせる存在として、意識させている。
故に、伊203は自分の存在を利用する。それだけ高く見積もってくれているのならば、ここでダウンしたという情報を極力流さないようにするべきだと。動かなくても、速さが足りなくても、それを選んだ。
伊203は海中にて健在としておけば、確実に時間は稼げる。むしろ、伊203が相討ちとはいえ戦闘不能となった場合、確実に士気が上がる。それを抑え込むために。
「……本当に大丈夫なんだろうな」
「大丈夫。特機がちゃんと、私の命を繋いでくれてる。最悪、この場で『増産』させて、縛るなりなんなりで止血するから」
「飄々と言ってくれるな」
ひとまずスキャンプは気を失っている漣の腕を掴み、今のうちだと鹵獲のために運び始めた。向かうのはうみどり……だったのだが、伊203が違うと口を出す。
「運ぶなら、おおわしにして」
「おおわし? 調査隊に引き渡すってか」
「そう。うみどりだと
「ならウメに頼んでおく。艤装を『解体』すりゃあいいだろ」
「それがいい。私は身を隠しながらうみどりに戻る」
「おう、そうしておけ」
伊203の治療は急務だ。自己修復だけではどうしても時間がかかるため、入渠は必須。潜水艦は入渠時間が比較的短いため、一時的に戦場から離れたとしても、すぐとは言わずとも早期に戻って来れるはず。
伊203とスキャンプは、ここから慎重に動き始める。敵に悟られないように、静かに、迅速に、事を成す。
同様に、撃破したカテゴリーKを運ぶ者達は、慎重に行動していた。特に慎重なのは、足柄を運ぶ第三十号海防艦。潜水艇に備え付けられたアームでしっかりと掴んで、起こさないように、しかし早急におおわしに運んでいる。
また、霧島を鹵獲した清霜も、一時的に戦場から離脱する選択をしていた。カテゴリーKを鹵獲したのはいいとして、同時に捕らえている4人のカテゴリーCも、この戦場に放置するのは難しいと、うみどりに運ぶことにしている。
戦闘自体は足柄の方が先に撃破をしているため、先行しているのは第三十号海防艦。向かっているのはおおわしである。距離はそれなりにあるため、運び終わるまでに襲撃の可能性があるのが厄介極まりない。特に、他のカテゴリーKの動向がわからないことも苦しいところである。
「提督、撃破したカテゴリーK、鹵獲しました。おおわしに運びますね」
『おう、そのまま頼むぜ。こっちにゃ海ン中の様子がわからねぇ。1人ヤったにしても、他の連中がお前を狙ってくるかもしれねぇからな。慎重に帰ってこい。浮上して誰かと合流してもいいぞ』
「はい、空襲の危険がないようなので、一度浮上します」
カテゴリーKの空母である瑞鶴は、現在海防艦と伊26が海中に縫い止めている。他にも空母がいたとしても、それがカテゴリーCならば、加減してもらえるとは考えられた。基地航空隊はうみどりを集中狙いしていることもあり、海上で戦う者達は無視しているので尚更である。
厄介なのは、昼目提督が言う通り、未だ行動しているカテゴリーK。この段階で第三十号海防艦が知り得ない存在。瑞鶴と五十鈴、そして撃破した足柄と霧島以外の敵。黒深雪と雷は深雪に向かっていると考えられるが、それ以外。
伊36と漣が、伊203達の方で戦闘をしていることは情報としてまだ無い。そして、もっとも恐れるべき存在は尚のこと。
「えっ……何か来てます……!」
そしてそれは、まさに今起きた。海中から向かってくる何かを、潜水艇のソナーが感知したのだ。それも、猛烈なスピードで。
海中で出せる速度をおおよそ超えている。潜水艇も高性能だが、それを凌駕するモノを持っていた。
『すぐに逃げろ! そいつがやられたらテメェが危ねぇ!』
昼目提督もそれを察したようで、第三十号海防艦に急浮上を指示した。潜水艇が破壊された場合、待っているのは間違いなく死。勝つ勝たない以前の問題になる。最悪、足柄をその場に捨て置いてもいいと、大急ぎで海上まで移動させる。
第三十号海防艦も、これには焦りながらも確実に浮上を開始。足柄はしっかり掴んでいるが、いざという時は投げ捨てる覚悟。
「は、速いです、速すぎます!」
『間に合うか!』
「ぎりぎり……っ」
海上まで残り数m。しかし、その時に第三十号海防艦が見たのは、海中で展開される複数の艦載機。明確な殺意が見える、潜水艇を狙う刺客。
『みと、緊急脱出! 潜水艇は捨てていい!』
ここで英断。あちらが足柄がいてもそのまま破壊を狙ってくる可能性を考慮し、緊急脱出を指示した。その時には、第三十号海防艦の手は、緊急脱出のシーケンスをなぞっていた。
艦載機が眼前に来る前に、潜水艇がガタリと揺れる。すると、コクピット部分だけが潜水艇から離れて真上に射出された。第三十号海防艦の安全を確実なモノにする脱出機構は、これまでの急浮上からさらに速度が上がり、その場から脱した。
その瞬間、艦載機が潜水艇に体当たりを敢行。海底にまで行けるくらいの強度を誇るそれが、複数の艦載機の体当たりでベコベコに凹んでいく。もしまだ中にいたとしたら、避けることも出来ずに潰されていき、見るも無惨な姿にされていただろう。
この脱出は間一髪だった。少しでも遅れていたら終わっていた。そう思うと、第三十号海防艦も、音のみを聴いている昼目提督もゾッとした。
『艤装装備出来てるか!』
「だ、大丈夫ですっ、最初から接続しています!」
『なら、そのまま戦闘だ! ずらかれるならずらかれ!』
鹵獲した足柄を手放したのはもう仕方がない。命あっての物種は、おおわしでも基本方針である。戦いながらも、そこから離れるために行動をするしかない。
脱出ポッドとなった潜水艇コクピット部分は、海上に勢いよく飛び出すと、その場で真っ二つに割れ、第三十号海防艦を自由の身に解き放つ。艤装を装備した状態で海上に降り立った第三十号海防艦は、すぐに周囲、海中に及ぶまで警戒の目をやった。
飛び出した時には、脱出ポッド内、取り外し可能な通信機器もすぐに外し、昼目提督との通信を可能にしていた。
「脱出出来ました! ここから離れます!」
『いいぞ、すぐに逃げろ!』
しかし、海中から水飛沫を上げながら飛び出してくる艦載機がその道を遮った。
「逃しませんよ。仲間をこんな目に遭わせて、タダで帰れると思ってもらっては困ります」
そして、次いで現れたのは、足柄を抱き抱えた状態の速吸。漣を補給した後、足柄が運ばれているのを察してここまですっ飛んできてしまったのだ。
海防艦1人で戦うには、分が悪すぎる相手。しかし、ここを切り抜けなければどうにもならない。