速吸とたった1人で対面する第三十号海防艦だったが、見た目からは想像出来ない舌戦を繰り広げることにより時間を稼ぎ、そしてうみどりからの援軍が到着したことで形勢逆転。叢雲が速吸を手に持つ槍で横薙ぎにし、頭を横から吹っ飛ばした。
これにより第三十号海防艦は保護され、命の危機は一時的に去った。流石に海防艦1人でカテゴリーKを相手取るのは苦しい。潜水艇があれば話は変わるだろうが、それも真っ先に潰されてしまっている。
「痛た……凄いことしますね……」
大きなダメージを受けたと思っていたが、速吸は気を失うようなこともなく、殴られた頭を押さえて涙目で訴える。
その様子に、叢雲は驚いていた。気を失っていてもおかしくないくらいには強く打ちつけたはずなのだが、それでも涙目で済んでいる程の頑丈さ。この速吸は何かが違う。
「やたら頑丈ね。装甲が強化されてる?」
「頭に装甲とかありませんよ。でも、私はそう簡単にはやられないようにはされています。補給艦が真っ先にやられるなんて仲間のためになりませんから」
「ごもっともらしいことは言えるのね。それなら、ちゃんと意識を失うまでやってやるのみよ」
改めて槍を構える叢雲。本当なら主砲を使いたいが、そうしたら命を奪うことになるため、今は艤装にマウント。いざという時は使うが、こんな相手でも救うというのがうみどりのやり方。
叢雲はその方針のおかげで今生きているのだと自覚しており、相手がどんな者であろうと、うみどりのやり方についていく。否定はしない。ギリギリまでそれを忠実に守る。
速吸はというと、この命懸けの戦場で主砲ではなく槍──近接武器を握っている艦娘を見て、何処かおかしそうな笑みを浮かべていた。先程はそれに殴られ、それのおかげで今生きながらえているのだ。
うみどりの者達が甘いことは事前に聞いていたが、あんな絶好のチャンスを棒に振るとは、甘いを通り越して愚かでは無いかと。
「素直に御礼を言っておきましょう。殴るだけで終わってくれてありがとうございます。私にチャンスをくれたんですね」
「好きに解釈すればいいわよ。アンタの頑丈さは計算に入っていなかったから、こちらの落ち度でもあるわ」
「そうですか。なら、残念ですが私はここで負けるわけには行かないので」
足柄を抱えたままの速吸の周りに、発艦させた艦載機が集まっていく。数は増え、10機を超え、20機に達しようとしていた。本来の搭載数よりも多く、そして非常に頑丈。
しかし、射撃や爆撃をしていないところから、この艦載機は直接ぶつけることをメインとしているように見えた。それは、ついさっき潜水艇をやられた第三十号海防艦が見抜いている。
海中であるとはいえ、あの時に撃ってこなかったのは、やらないではなくやれないではないかと。潜水艇が爆発すると足柄諸共爆散する可能性があるから控えているというのもあり得たが、関係なく第三十号海防艦と相対した時に撃ってこなかったことも、その説を裏付けるモノとなる。
とはいえ、20機もある艦載機が、ただひたすら体当たりを繰り出してくるだけでもかなり厳しい。何より、数機が固まると潜水艇を押し潰してしまうほどの出力を持っているというのも危険だ。潜水艇でそれなら、生身がやられたら一瞬である。
「磯風、フレッチャー、やるわよ」
「ああ、まずはあの艦載機を破壊せねばならん。この磯風、全力で行かせてもらう」
磯風も『空冷』の風を起こしながら速吸を見据える。風を起こすことで艦載機の動きをある程度狂わせることが出来れば御の字。
「私はみとさんを保護します」
「いえ、大丈夫です。私も援護します。ここにいる4人で、あの速吸さんを斃しましょう。ここで手を抜くわけにはいきません」
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
フレッチャーは第三十号海防艦を保護し、おおわしに連れていくつもりでいた。だが、速吸が健在である以上、それもまともに出来るかわからない。ならば、ここにいる仲間達と力を合わせて速吸を終わらせる方が安全に戻ることが出来る。
潜水艇はなくても、第三十号海防艦は艦娘だ。海上で戦う手段は一通り学んでいるし、実戦経験がないわけでもない。仕事柄、そこから離れた作業ばかりなだけで、艦娘としても戦える。このフレッチャーよりも歴は長い。
「……わかりました。では、いきましょう。援護、よろしくお願いします」
「はい、頑張ります」
フレッチャーも速吸を見据えた。第三十号海防艦も小さな主砲を構えて、自分の身は自分で守れる、その上で仲間達をサポート出来ると気合を入れて。
人数はいる。しかし、それでも心許ないと感じる。艦載機の数が圧倒的に過ぎた。1人に対して5機を注ぎ込み、四方八方から囲って始末するなんてことが可能なのだ。
叢雲も磯風も、心を落ち着かせるために深呼吸。ふぅと深く吐いたことで、目の前の敵を斃すために改めて意識を集中した。
「ここで終わらせる」
「ああ、行くぞ補給艦」
叢雲と磯風が先行。艦載機を墜とすため、まずは磯風が主砲を構えて即座に撃つ。ここには『空冷』は乗っていない、ただの砲撃。
しかし、速吸はそれに対して至って冷静に、的確に対処を始める。艦載機はその砲撃を避けることはなく、むしろ真正面から受け止めた。まともな艦載機ならそれでおしまい。しかし、まともではない艦載機は、それを軽々と受け止めて、傷すら付かずに耐え切った。
「なるほど、それは予想出来ていた。頑丈にも程があるぞ」
砲撃を連射しても、複数の艦載機が集まり、確実に壁となりながらそれを防ぐ。お返しに射撃というのもないため、やはりこの艦載機は攻撃手段がない代わりに、やたらと硬い。
磯風だけでなく、フレッチャーと第三十号海防艦も艦載機を撃つのだが、3人がかりの砲撃も防御し、全てを跳ね返し続けた。
速吸の艦載機は、攻防一体の兵装。直接ぶつけて攻撃し、固まって動けば盾にもなる。遠隔で操作出来る万能兵装。他の者が持つ艦載機とは一線を画した、万能な兵装である。
補給艦という最も重要な立ち位置にいることから、装備は誰よりも強く作られていた。最も沈んでほしくない存在、誰からも頼られる存在、カテゴリーKの中で最も生き延びる必要がある者。速吸がいれば、死なない限りどうにかなる。
「なら、近付くしかないじゃない。艦載機を潜り抜けないと」
叢雲は槍を強く握り締め、突破口を探す。艦載機が群れて、今や速吸の姿すら視認出来ない。20機の艦載機が綺麗な陣を組んで、砲撃も接近も許さない。今は完全に防御の構え。どんな攻撃をされても止める。
「ならば!」
続いて磯風は『空冷』の風を放つ。徐々に風力を上げるでもなく、いきなりの突風。黒深雪の煙幕を散らすために使うことを想定していた風だが、艦載機を少しでも動かすことが出来ないかと、強力な風を送り込んだ。
そんな突風が吹いたら、普通の艦載機なら体勢を崩して墜落してしまうだろう。少なくとも、艦娘が扱う艦載機ならば、妖精さんが熟練であってもかなり危険。竜巻の中を飛ぼうとしているようなモノだ。
しかし、速吸の艦載機は風を受けてもうんともすんとも言わない。陣形を崩すことなく、その場にピタリと止まっている。いくら深海の艦載機とはいえ、これは明らかに異常である。
「私は簡単には崩れません。出来るモノならやってみてください」
「当然じゃない。私達は諦めないわよこんなことで」
危険とわかっていながらも、叢雲は誰よりも前に出た。砲撃が効かないのならば、槍を振るったところで手も足も出ないのは目に見えている。だが、この艦載機の挙動を把握するためには、あらゆる行動を実践していかねばならないだろう。
叢雲だって、無謀な行動をしようとしているわけではない。勝つために、自信を持って突撃を敢行している。
「このっ、退きなさい!」
槍を思い切り艦載機に突き刺そうと全力で突く。それを避けることもなく、当たり前のように正面から受け止めると、叢雲は押し出されるように弾かれた。ただ硬いだけではない。圧に対して、逆側に推力を向けることで、その場に止まっている。それが異常に強いため、その場から動くこともない。
砲撃を受け止められる程の推力を持っているということは、体当たりがそれ相応に威力があるということに等しい。潜水艇をオシャカにするだけはある。
だが、それだけのことが出来るのに、防御に徹するのみで、全く攻撃をしてこない。速吸も口数が減っているように思える。
そして、それに気付く。今は攻撃よりも優先しなくてはならないことがあるから。ひたすら防御に徹して、それを達成せねばならなかったら。
「魚雷!」
それを止めるために、叢雲は容赦なく魚雷を放つ。命を奪うことになりかねないが、そうでもしないと不利になるのは間違いない。
「遅いです」
しかし、それも艦載機が止めてしまった。魚雷を横から体当たりで破壊し、爆発に巻き込まれてもススが付いている程度で無傷。あまりにも頑丈すぎる。
そして──
「んんっ、ふぅ、グッモーニーン、気絶しちゃってたわ。起こしてくれたのね、ありがとう速吸」
カテゴリーKの狂った狼、足柄が目を覚ましてしまった。