足柄を相手に、真正面から立ち向かう夕立。『ダメコン』によってあらゆる攻撃を無力化し、どうにも出来ない速吸の艦載機は柵を乗り越えるかの如く通過。足柄に拳を一撃入れることに成功したが、それでもまだ倒れることはなかった。
足柄だけでなく、速吸も、今は夕立を最優先で始末しなければ勝ちがないとまで感じていた。砲撃も雷撃も艦載機も、何もかもが無効化される。直撃しても動じない。それどころか、さらに前へとやってくる。
「どうしようかしらね! 私の攻撃、全部跳ね返されちゃうわ!」
危機感はあるものの、言動は何も変わらない足柄。脅威を目の前にして、優先順位は決めたものの、楽しもうという気持ちは折れていない。
「どうもしなくていいっぽい。さっさと負けてくれればいいから」
「それは出来ない相談ね! 私は私達の平和のためにも、ここで勝たなくちゃいけないもの!」
「こっちも平和のために戦ってるっぽい。静かな世界だけが平和じゃないっぽい」
砲撃はまだ抑えている。足柄を殺さない方向での撃破を狙っているのは、うみどりの最後の願いだ。救える者には手を差し伸べる。それが払われても可能ならば命はそのままに。本当に厳しいとなったら命を奪うしかない。今はその二段階目。可能ならば命をそのままにする方針で止まっている。
余裕が無ければ出来ないことかもしれない。可能な限りであるため、無理ならばもう諦める。やれる限りやるだけだ。
夕立はその辺りは忘れていない。こんな相手であっても殺さないように。だから拳で戦っている。腕は捥げているようだが、それはそれ。これまでにそこまでしないと落ち着きもしなかったと自己解釈した。
自分でもここまでやることはあるかもしれない。もう片方の腕を捥ぎ取らないと、いや、それでも脚がある、口がある。最後まで抵抗するのがこの足柄だろうと、ほんの少しだけの交戦で把握していた。
「貴女も否定するのね!」
「当然っぽい。平和のために死ねって言われて納得出来る奴がいたら、余程バカか洗脳されてるか死にたがりだけっぽい。命は何にも天秤にかけられないっぽい」
再びゼロ距離まで詰めて、拳を振るう。その一撃はまたもや片腕で払われてしまった。腕力だけでいえば、やはり重巡洋艦であり、カテゴリーKとしての改造も受けている足柄に軍配が上がるのだろう。夕立がいくら強い力を持っていたとしても、そこの差は乗り越えられない。
夕立の『ダメコン』はあくまでも傷を負わないだけ。膂力が増強されるわけでもない。砲撃を跳ね返すことが出来るようになっているのは。あくまでも夕立の天才的な技術の賜物だ。普通に殴るよりも威力のある砲撃を真正面から受け止めて、押し返すことなんて本来は出来ない。
足柄との膂力の差はこういうところで出てくる。どれだけ拳を振るったところで、それがこう来るとわかっているのならば、足柄はそれを止めてしまう。片腕であっても。
「見た目よりは力あるじゃない! でもそれ以上に、ダメージ無しなのとんでもないわね!」
足柄は一切躊躇なく、この距離であっても砲撃を放つ。夕立を絶対に殺すためと、拳を払い除けながらも、主砲を胸に向けて。
ドンと嫌な音がしたが、夕立は仰け反るだけ。完全なノーダメージ。穴が空くどころか、服がまたボロ切れになるだけで肌には傷どころか火傷すらない。実際は一瞬出来ているのだが、自己修復によって即座に回復しているのみ。
とはいえ、心臓にまともに衝撃を与えられたことで夕立が少しだけ歯を食いしばった。それを足柄に見られてしまう。
「あらあらあら? ダメージが完全にないわけじゃないのね! なら、もっと押せ押せで行くわよー!」
「来れるモンなら来ればいいっぽい!」
夕立もなめているわけではない。足柄の強さは理解している。その上で、最低限命を残したまま勝利する手段を模索している。片腕だけでもここまで抵抗してくる足柄に敬意を持ちつつも、これ以上の醜態を晒させないために。
足柄はもう、叢雲達のことが見えていない。目の前の夕立を正面から捻り潰すという狭い視野しか持ち合わせていない。
だが、その視野を補うために、速吸の艦載機が飛び回っている。自分を守りながら、足柄を守り、夕立をどうにかするために凄まじいスピードでこの戦場を動き続けていた。
「夕立、ごめん、そっちに手が割けない!」
「ガードが固すぎます……!」
叢雲も、2機の艦載機に進行を邪魔され続けていた。足を掬おうとしてきたり、眼前に立ち塞がって顔面を殴りつけるように向かってきたりで、紙一重の回避を余儀なくされている。夕立を援護したくても、そこまで辿り着けない。
第三十号海防艦も全く同じ。速吸についているフレッチャーと磯風も完全にペースを持って行かれている。各々に2機、8機によって最初の4人を完全に止め、残った12機のうち4機を自分の周りに、そして残った8機を足柄に分配している。足柄を守るため、そして、夕立を止めるため。
夕立が殴ろうとすれば、艦載機がその拳の前に躍り出る。蹴ろうとすれば、その足の前に躍り出る。壁を攻撃しているかのような感覚。空中なのにビクともしない。先程は柵を乗り越えるように突き進んだが、いざ守りに入られると何処にでも現れる壁となり、非常に厄介極まりない。
「大丈夫っぽい! 逆に夕立がこっちを抑えつけるから、そこの補給艦をどうにかして!」
「了解。夕立、少しだけこの磯風が出来る援護だ」
磯風はそういうと、『空冷』の風を使い夕立の周りを少しだけ冷やした。特異点対策としての風が意味を為さない現状、出来るのは夕立の頭を少しだけ冷やしてやること。風を起こすという力だけでなく、『空冷』の本質、冷やすという点を活かした技。
同じ場所にいる足柄にもその効果が出てしまうものの、そこは足柄、冷やされたところで何も変わらない。利点は夕立だけに与えられる。
頭が冷えた夕立は、これまで以上に視界が冴えていた。足柄の方がよく見える。自分の何処を見ているか、次に何をしようかと思案している表情、チロリと舌なめずりするところまで、ハッキリと。状況に余裕はないが、思考に余裕が現れた。
だが、何処まで行っても問題なのは速吸の艦載機だ。鉄壁すぎて、夕立が何をやっても突破出来ない。これを破壊出来るのは、おそらく梅のみ。力でどうにかするのではなく、根本的な『解体』をしてのける梅にしか、これをどうにかすることが出来ない。
だとしても、艦載機は艦載機。ただひたすら硬いだけ、
「普通じゃない……? なら、行けるかもしれないっぽい」
一瞬、視線が足柄から外れる。足柄はそれを見逃さない。
「余裕があるのかしらぁ!」
足柄の足が動き、夕立を思い切り蹴り上げる。この戦いの中でもう、夕立がダメージではなく衝撃に弱いことを掴みかけていた。体表に傷を負わせるのではなく、内臓に届くような攻撃を優先。例えば、トーキックを鳩尾に食い込ませる、であるとかだ。夕立は当然それをガードする。両手を使ってでもそれは届かせなくした。
しかし、ここで速吸の艦載機が絶妙な行動に出た。夕立の背後に回り、その艤装に体当たりを始める。『ダメコン』が艤装にも効いており傷が付かず、機能停止に追い込むことが出来ずとも、この艦載機の押し付けは夕立の体勢を崩すのには充分すぎる効果を発揮する。
「邪魔っぽい……っ」
さらには横、前からも艦載機がやってくる。そのうちの2機が、夕立の頭を挟み込むように動く。こめこみから押さえつけられたら『ダメコン』でもかなり厳しいだろう。脳に響く衝撃と、ひたすら痛みを与えるロック。その上、この艦載機は夕立を持ち上げることすら出来る可能性がある。
夕立はそれだけは喰らうまいとしっかりと回避した。だが、避けた先には足柄の膝。前傾姿勢になったことで、眼前に膝が迫っていた。
「流石ね速吸! 最高のサポートよ!」
「この程度で、負けないっぽい!」
かなり無理矢理な身体の捻りでそれを回避しつつ、足柄の脚を掴む。たびたび見せつけられたドラゴンスクリューの構え。あわよくば、足柄の脚すらも捥ぎ取ろうとする。
だが足柄はそれに対応してきた。夕立と同じ方向に身体を回転させることで、捻じ切るのを回避してしまったのだ。
「っ……まぁいいや。叢雲ーっ! 艦載機、タッチ!」
足柄の脚をすぐに放し、体勢を戻した後、叢雲に向けて一言だけ、これならやれるかもしれないという手段を叫んで伝えた。
「タッチ!? って、まさか、コレに効くかどうかわからないわよ!?」
叢雲も察した、その手段。『標準型』の力を艦載機に叩き込み、
失敗したら叢雲は動けなくなる。ただそれは、人1人に叩き込んだからダメになるのではと考えた。艦載機は小さい。注ぎ込む力も人相手にやるより格段に少なく済む。普通ではない兵装を普通に戻すだけ。
普通をこよなく愛する叢雲が手に入れた、普通にする力は、曲解以外に通用するのかは、今の段階ではわからない。
「……でも、このままじゃジリ貧よね。やるわよ、やってやるわよ!」
だが、ここで躊躇していられない。艦載機がどうにか出来ない限り、勝ちが見えないのだ。
阿手をどうにかする力は、今や平和を取り戻すために必要な力になるかもしれない。