後始末屋の特異点   作:緋寺

121 / 1161
敏感な感情

 敵潜水艦を殲滅した後始末は、その後少し時間を使って完了。なんだかんだで夜も深まり、丑三つ時を越えるほどの時間となってしまっていた。

 一度寝ようとしていたところに戦闘、そして追加の後始末が入ってしまったことで、疲労よりも先に眠気に襲われる。

 

 しかし、正直それどころではない事態にもなっているのは確かである。一切敵意がなく、むしろ恐怖に塗れている深海棲艦、潜水新棲姫を保護しているのだ。

 今後どのような行動を取るかが全く読めない。今でこそ伊26にベッタリであり、どうあっても離れないという気持ちが誰から見ても明らかである。

 

「えーっと、ニムね、身体を洗わなくちゃいけないんだよね。少しだけ待っててくれないかなぁ?」

 

 優しく離れてもらおうとする伊26だが、潜水新棲姫は首をぶんぶんと横に振って、より強く抱きついた。このままでは伊26は洗浄で身体に浴びることになっている薬剤で穢れを洗い流すことが出来ない。

 穢れが人体にどれほどの影響を与えるかはまだわかっていないため、そのまま放置は恐ろしくて出来ない。伊26も当然、洗浄したい気持ちでいっぱいである。

 だが、薬剤は海上の穢れを消滅させ、清浄化させるためのモノ。つまり、深海棲艦の発生する原因を、根っこから取り除くモノとも言える。その薬剤を深海棲艦が身体にモロに浴びることになった場合どうなるのか。

 

 一応前例として、後始末が殆ど終わり、航空隊が薬剤を散布している間に襲撃を受けたことがある。その時は、薬剤の散布を嫌がるような素振りは無かった。

 外殻に覆われたような見た目をしている駆逐艦でも、ヒトのカタチが見え始める軽巡洋艦以上の艦種の個体でも、薬剤の雨の中で普通に戦いをふっかけてきた。

 ただその効果を知らないからなのか、それとも本当に何の効果もないからなのかは、当人が何も話さないのだからわかるわけがなかった。

 

「一緒に洗浄されるっていうならそれでもいいけど、もしかしたら酷いことになるかもしれないよ。ニム達は大丈夫でも、君……ええっと、何で呼べばいいかわからないけど、潜水ちゃんには悪いことが起きるかも知れないんだよ」

 

 やんわりと説明するものの、潜水新棲姫はその態度を変えることは無い。どうしても離れたくないという気持ちが強いようである。

 

 保護されて連れてこられたうみどりは、知らないモノばかりの場所。見るもの見るもの全てが怖いというのならば、縋れるものに縋りつき、その恐怖を払拭しようと他の全てを拒む。こうしている間は少しは恐怖が薄れるのだから。

 特にこの潜水新棲姫は見た目だけで言えば子供。()()と言ってもいい。そういった感情には人一倍敏感で、自分の気持ちを隠すということがとても難しい。泣き叫んでいないだけマシというレベルである。

 

「うーん……困ったなぁ……。ハルカちゃん、ひとまず一緒に洗浄されてみてもいいかな。何かあったらすぐに部屋から出るから」

「そうね、そうしないとこの子も落ち着かないでしょうし」

 

 伊26もそうだが、伊豆提督も困り顔で今後のことを考えている。最優先は勿論、うみどりの艦娘達のこと。潜水新棲姫を保護することに関しては別に否定的ではないのだが、そうしたことによる弊害を考えると気が気でない。

 例えば、深海棲艦は亡骸から穢れが溢れ、それにより巣が出来上がり、領土を拡大していく。つまり、()()()()()()()()()穢れを持つ可能性が非常に高いということ。潜水新棲姫がいくら友好的であっても、うみどりにいることで穢れを拡げる可能性が無いとは言えない。

 また、体液が穢れの源泉だというのなら、それと密着している伊26に何か悪影響があってもおかしくない。洗浄したとしても、潜水新棲姫に抱きつかれている間は、その接点から穢れを常に供給され続けているようなもの。洗浄してもしきれない。

 

 こればっかりは、全て()()()()()()()()()()()()()というのが答えである。誰も知らない未知の世界。深海棲艦との共存、あわよくば和平。戦いをより早く終わらせることが出来る手段の先駆者として、ここは多種多様な賭けに出ざるを得なかった。

 

「洗浄したら人間の要素が表に出たりしないかしら……でも危険は危険よね……」

 

 伊豆提督も今は前例のないことをやり続けるしかなく、これまで見たことのないような困り果てた表情を見せていた。

 

 

 

 

 結果として、潜水新棲姫の洗浄は成功。外見的な影響は何もなく、伊26と共に洗浄されても拒むことはなく、潜水艦だからか水浸しになっても嫌そうにすらしない。むしろ、身体が洗い流されたことで、ほんの少しだけ落ち着いたような雰囲気まで見せ始める。恐怖が払拭されたわけではないのだが、抱きつくのではなく手を繋ぐ程度にまで緩和されているため、伊26は少し動きやすくなった。

 とはいえ、今からやることは眠るだけ。伊26だって夜も遅いため眠そうにしている。潜水新棲姫は眠いという感覚があるかはわからないが、伊26のその表情に敏感に反応して、より強く手を握る。

 

「とりあえずニムの部屋で寝てもらいまーす。着るモノは妖精さんに任せちゃって大丈夫かな」

「それしかないわねぇ。今もお下がりを着てもらってる状態だけど、ちゃんとしたモノが欲しいと思うし」

 

 洗浄後の潜水新棲姫は、今まで着ていた深海の服──ただの白いワンピースから一転、寝間着として伊26が使っているパジャマを着ていた。それでもサイズが全くあっておらず、上だけでブカブカ。下は穿くことが出来ず、もうそのままでいいやと伊26も投げた。

 うみどりにいる中でも小柄な電や睦月よりも小さいともなれば、こうなってしまうのは当然のこと。潜水新棲姫に合う服は、後々作ってもらう他なかった。

 

「少しは落ち着けたかしら?」

 

 しゃがみ込んで潜水新棲姫に視線を合わせて話す伊豆提督だが、やはりまともに話すことは出来ず、すぐさま伊26の陰に隠れる。ここまで来ると対人恐怖症の類。

 

「慣れたらでいいから、アタシ達に話を聞かせてちょうだいね。アタシ達はアナタの敵じゃないから、頼ってくれてもいいわ」

 

 そう言われても、簡単に納得出来るほど、潜水新棲姫は()()()()()()。今は経過観察ということで、伊26に任せるしかなかった。

 

 

 

 

 翌朝。相変わらずいつもよりも少し遅い始まり。初陣を終えて少し興奮状態だった深雪と電は、それでも疲労のおかげでグッスリ眠ることが出来ていた。別々ではなく一緒の部屋で眠るようにしたからか、非常に心地よい眠りが齎されているようである。特に電。

 

「おはようさん電」

「おはようなのです、深雪ちゃん。今日もスッキリ眠れたのです」

「悪い夢も見ないみたいだしな。それに、あたし達は昨日1つ乗り越えたわけだし」

 

 眠るギリギリまで、昨晩の戦いの反省をしていた2人。仲間達のお陰で勝利することが出来た深夜の対潜、互いにベストは尽くせたと健闘を讃え合い、次はもっと上手くやりたいと更にやる気を見せていた。

 実戦経験というやれるようでやれない山場を乗り越えたことは、2人に強い自信を持たせるに至った。この調子なら、トラウマの払拭もそう遠くはないだろう。

 

 さらりと着替えて準備完了。電も着替えは深雪の部屋に持ち込む用意周到さを見せ、2人揃って部屋から出ると、ちょうど伊26も部屋から出るところだった。部屋としてはそれなりに離れている場所ではあるのだが、最終的に向かう場所は同じ。何処かでぶつかるのも当然のこと。

 伊26がいるということは、勿論潜水新棲姫もそこにいた。流石にこの時はブカブカのパジャマではなく、夜のうちに妖精さんが作っていた服、今まで着ていたものの複製品を身に纏っている。

 

「おはようさん、ニム」

「おはよー。はい、みんなにおはようしようね」

 

 そう言いながら手を繋いでいる潜水新棲姫に促すと、恐る恐る伊26の陰から顔を出して、小さく頭を下げた。上目遣いでそれだけしたら、また伊26の陰に隠れてしまった。

 

「なんか昨日よりも落ち着いてないか?」

「うん、やっぱり寝たら気持ちの整理が出来たのかな。ここが怖くない場所ってわかってくれたのかもしれないね」

 

 一眠りしたことで気分が落ち着いたのか、それとも一晩伊26と一緒に寝床を共にしたからか、溢れ出ていた恐怖心が少しだけ落ち着いていたようである。

 深雪や電に対しても恐怖心を溢れさせていた潜水新棲姫も、今は陰に隠れながらもチラリとその姿を確認しようと顔を出しているくらい。

 そんな潜水新棲姫を見て、深雪は昨晩の伊豆提督のようにしゃがみ込み、視線を合わせて笑顔を向ける。

 

「あたしは深雪だ。ここで生活していくなら、嫌ってほど顔を合わせることになるだろうからな。よろしく頼むぜ」

 

 触れるのは怖がらせるかもしれないと、あえて手を出すこともなく言葉だけで挨拶を終わらせる。

 そこまで配慮したからか、潜水新棲姫も深雪に対してはあまり恐怖を感じなくなったようで、またもや小さく会釈した。

 

「電なのです。よろしくお願いしますね」

 

 それを真似るように電も膝をついて潜水新棲姫に挨拶をする。電に対しても警戒心は薄れたようで、小さく頭を下げると、恐怖からではなく恥ずかしそうに伊26の陰に隠れた。

 そんな仕草が可愛らしく感じたか、電は温かい気持ちになった。深雪もいいものが見れたと気分が良くなっていた。

 

「深海棲艦とこうやって生活出来るようになるなんてな……正直ビックリだ」

「なのです。でも、こうやって平和に向かえるなら、電としては万々歳なのです」

「だな。余計な戦いはする必要ねぇよな。後始末も大変だし」

 

 こうやって少しでも戦いが無くなっていけばいい。潜水新棲姫がその先駆けになってくれると嬉しい。言葉には出さずとも、気持ちだけは強く持った。

 

「……道の真ん中で何をしてるんだい」

 

 そこに起きてきた時雨も合流。その姿を見た途端、潜水新棲姫は素早く伊26の陰に隠れる。

 

「おはようさん。ほら、昨日の」

「ああ、潜水艦の姫だね。人間よりは信用出来ると思うよ」

 

 人間不信を拗らせすぎて捻くれているため、時雨としては比較対象はいつも人間である。その時雨から見て、潜水新棲姫は人間よりは信用に値する存在だと言い切った。

 恐怖心を露わにし、自分を隠すことなく態度に出し、そして誰にも害を為さない。本能のままに生きており、それでも侵略者としての気質を持っていないとわかる分、裏表の激しい人間よりはマシだと。

 

「お前は本当に……でも、なんだか最近、それがお前の持ち味なんだろうなって思えてきた」

 

 深雪のそんな言葉を鼻で笑いつつ、視線は潜水新棲姫へ。深雪や電に対しての態度とは違い、時雨を相手にする時は少し怖がっているように見える。

 

「おいおい、時雨よぉ。子供怖がらせてどうすんだよ」

「今来たばかりの僕が何をしたって言うんだい」

「ほら、アレだよ。本能的にお前がヤバいヤツって勘付いたんじゃないのか?」

「ヤバいって何さ!」

 

 これは時雨にとって嬉しいことではない。深雪と電が比較的好かれているのに、同じ純粋種である時雨が嫌われているのは納得が行かないようである。

 

 潜水新棲姫はそういった他者の感情に非常に敏感なようで、敵意のあるなしではないが、仲良くなろうと接してきた深雪と電を相手にした時はまだ良かったのだが、本当に信用出来るのかと疑念を抱いている時雨には恐怖を感じているようだった。

 

「ほらほらほら、そろそろ行って朝ご飯食べようね。この子にも美味しい食べ物を知ってもらえば、また何か変わるかもしれないしさ」

「だな。時雨だってハルカちゃんの美味い飯食ってからちょっと柔らかくなったしな」

「絆されてるわけじゃないからね」

「はいはいわかったわかった」

 

 そんな光景を見て、潜水新棲姫の恐怖心はまた少し薄れたようだった。

 

 

 

 

 カテゴリーYまで加わり、うみどりはさらに波乱の道へと突き進む。まだこの潜水新棲姫の出生の秘密はわからないが、このペースでいけば、そう遠くない内に何か話してくれるだろう。

 それこそ、この現場に留まっている1日の間に、何か変わるかもしれない。

 




潜水新棲姫、普段着はどうしてもあのいつもの白いワンピースになりますが、そのうち別の衣装を用意することになるでしょうね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。