叢雲の『標準型』の曲解が、異常性を持つ全てを普通に戻す力へと変化したことで、速吸の鉄壁とも言える艦載機をただの艦載機に変え、破壊が出来るようになった。これにより、常に攻撃が止められ続けるということはなくなる。叢雲が直に触れなくてはならないという点はあるが、触れてしまえばこちらのモノ。
逆に速吸は、触れられた時点で圧倒的有利が失われるという事態に陥る。しかし、その艦載機に体当たり以外の攻撃手段がない。叢雲をどうにかするためには、触れられてはいけないのに触れなくてはならないという大きな矛盾が発生する。
叢雲の力はその手で触れることが必要となるが、速吸にその発動条件なんて知る由もない。叢雲に体当たりをしてもいいのかなんて、ここでは判断がつかない。
ならば足柄に叢雲の対処をしてもらいたいと考えるが、その足柄は夕立が完全に抑え込んでいる。ダメージはないが衝撃は通るという弱点に気付かれているため、足柄の攻撃はますます激しいモノとなってきている。
そんな足柄を叢雲のために呼び戻すのは非常に難しい。視野が狭いという以前に、夕立をどうにかしない限り、動かすことも出来ないだろう。
「……困りましたね」
速吸からは、そんな言葉くらいしか出なかった。叢雲以外は完全止めることが出来ている鉄壁の艦載機。約半数を夕立に寄せて、自分を守りながらも他の4人に均等に割り振っているが、それではジリ貧どころではない。叢雲が前へ前へと進むようになると、敗北まで見えてくる。
「仕方ありません。ここはこうしましょう」
ここで速吸は英断。磯風、フレッチャー、第三十号海防艦につけていた艦載機を2機から1機に減らし、3機を叢雲に寄せることにした。1機やられたが、それでもまだ4機ある。それならば、また1機か2機は破壊されるかもしれないが、残りで叢雲をやれる。そう考えて。
だが、ここで速吸は少しだけ違和感を覚えた。移動させようとした艦載機のうちの1機の動きが鈍い。動かないわけではないが、何かがおかしい。
「まだ何かあるんですか……!?」
不可思議な現象が起きることで、速吸は明確に焦りを見せ始めた。それが何かわからないというのも、混乱を招く。
「随分となめられたモノだな。我々には1機だけでいいと」
艦載機の挙動を見て、磯風が顔を顰める。叢雲が鉄壁を崩す最重要の要員となるのは間違いないが、だからと言って艦載機たった1機で止められると思われているのは、少々癇に障る。
「事実でしょう。貴女達はその1機を乗り越えられていない。彼女を始末してから、ちゃんと相手をしてあげますから、我慢してください」
「いや、我慢も何もない。
磯風の発言が理解出来なかった。気付いていないとは何だ。先程の艦載機の違和感のことか。速吸は思考を巡らせる。
叢雲に集めた艦載機のうち、違和感を覚えた艦載機は──磯風を攻めていた艦載機。何が起きているかはわからないが、何かされている。それだけは確信が持てた。
「……貴女も、何かしているんですか」
「勿論。やれることはやっているさ。それに、
磯風が1機の艦載機を避けながらも速吸に伝えた。遅効性の力、まるで毒でも打ち込んだかのような言い方。速吸は苛立ちを覚える。
「本来ならば、もっと大っぴらにやりたかったんだがな。だが、そろそろ頃合いか。効くことがわかってきたぞ」
磯風がニヤリと笑みを浮かべる。すると、磯風を襲っていた1機の艦載機の動きが明確に鈍くなった。叢雲に寄せたモノとは雲泥の差。動かせば動かすほど、それは上手く動かなくなってくる。
「私は常に頭を冷やしながら戦っている。興奮しないように、
「それがどうしたというのです」
「冷やしているんだよ。私は、常にな」
磯風の持つ力、『空冷』の曲解。風を起こすことで周囲の空気を冷やす力。風という点から、煙幕を多用する特異点の対策として非常に有用であり、また、うみどりには同様に『冷却』により周囲を凍結させることが出来る白雲の力を増幅させることも出来る。援護と対策、どちらにも寄せることが出来る力だが、その力だけでは勝利に結び付かせるのは難しい。
ここ最近では、やはり風を起こすことをメインに運用している。煙幕飛ばしもそうだが、速吸との戦いでも艦載機を突風で追い返せないかを試して、それが無理であることを確認するくらいだった。速吸も、磯風は風を起こす、くらいの認識だった。
その本質は『空冷』、冷やすこと。周囲の温度を確実に落としていくその力は、鉄壁にも関係ない力を発揮する。時間はかかるが、確実にその内側に機能する。
「貴様の艦載機、物理的に強固で、動きも凄まじい。避けるだけで一苦労だ」
「だから、どうしたというんです!」
「だが、どうであれ艦載機だ。深海棲艦の仕様ならば、内側も生体パーツのようになっていることだろう。
速吸はそこまで言われて初めて、磯風の狙いに気付いた。効くかもわからないから大っぴらに実行せず、自分の周りだけで実験して、それが可能であることを確認して、今行けると確信した。
磯風を襲っていた艦載機は、動きが徐々に遅くなり、そしてボトリと墜ちた。それは、明らかな機能停止だった。
「……内側を、凍らせた……!?」
「凍らせるまでは出来ん。私の力はあくまでも冷やすことだ。風を起こしてな。だが、人間寒いと動けなくなるだろう。凍えて、機能が落ちる。程よく冷やせば活性化するが、
鉄壁の艦載機も、それは動かすための機能が内部に満載している。深海の艦載機は、それそのものが生物みたいなモノ。内側には、それこそ忌雷のような有機物のパーツだって存在する。
その生体パーツが、艦載機を動かすためのパーツが冷やされて動かしにくくなればどうなるか。人間が動けなくなるのと同じように、艦載機とて同様の効果を及ぼす。
そして、磯風の『空冷』の力は、当初よりも格段に強化されていた。磯風もまた『舵』の犠牲になった者。その解除に、特異点の血混じりの煙幕を受けている。叢雲と同様、その力はより強く拡張されていた。
叢雲のような強化変質ではなく、単純な効果の増強。風は副次効果。その本来の力は、
過ぎたるは及ばざるが如し。程よく冷やせばパフォーマンスを維持出来るが、冷やし過ぎればこの通り。
「もう隠す必要も無かろう。速吸、貴様の艦載機が腹立たしい程強いことはよくわかった。壁に出来る程硬く、スピードも凄まじい。だが、中身は、構造は他とそう変わらん。出力を上げようが関係なかったようだな」
磯風に向かっていた1機の艦載機は冷えすぎて機能停止。これにより、磯風は完全にフリーとなった。
「故に、私は全てを停止される。頭を冷やせ、その身ごとな!」
これにより、何も気にすることなく速吸に向けて両手を構えた。突風のような冷風が速吸を包み込む。
その温度低下は凄まじいモノだった。冷凍庫に入れられたかのような、身体を芯から冷やす極寒。氷で直接冷やすよりも、内側からの冷え方が凄まじい。
本人が遅効性というだけあり、今すぐどうにかなるわけではない。しかし、このままいたら確実にその毒は身体を回る。寒くて身体が動かない、震えて上手く動かせない。
そして何より、自分を守るために周囲に飛ばしていた4機の艦載機が急激に冷やされていき、明確に動きが鈍くなっていく。すぐではない。今は動く。だが時間の問題。
「っ……まだ海の中の方が」
「ほう? 海中に逃げるか。それが得策とは思えんがな。貴様には、我々の仲間が何者か、見えていないと見受ける」
海上は冷やされ続けている。ならば、『空冷』の風を受けることがない海中に逃げた方がまだ戦える。感じた速吸は、そのまま潜航を試みる。
だが、磯風の言葉に、その行動は待ったがかかった。艦載機の異常性を取り払う叢雲、時間はかかれど傷付けることなく艦載機を無効化する毒を撒く磯風、そこまでは構わない。夕立も今は足柄につきっきり。
残りの2人が、よりによって対潜掃討のスペシャリストである。フレッチャーは駆逐艦の中でも有数の対潜能力の高さを持ち、第三十号海防艦は言わずもがな。今は機銃を使っているモノの、対潜兵装を持っていないわけがない。
海中に逃げたら、今以上の攻撃がやってくるのが目に見えている。だが、叢雲と磯風の攻撃は受けることはなくなる。ならばそちらの方が──
「潜らせませんよ」
「私もです!」
そう考えたのも束の間、『未来視』による先読みによって、フレッチャーがすでに対潜攻撃を実行していた。潜れば直撃の完璧なタイミング。それは当てるためではなく、潜らせないための一撃。
さらには第三十号海防艦も、艦載機を必死に避けながら爆雷を放り込んでいた。逃げ道を塞ぐように。
「っなぁ……っ」
スピードにモノを言わせる速吸も、その先読みには敵わなかった。少し潜ったところですぐに諦め、爆雷による一撃を回避した。直後、足下で大きめの衝撃が駆け抜ける。
「濡れたな?」
そして、磯風はあまりにも都合の良い状態が作られたことに、少々悪い笑みを浮かべた。『空冷』は、濡れたモノを冷やすにはもってこいの力である。
変に潜ることがなければ、身体が大きく濡れることはなかった。海上と海中を行き来することが多いカテゴリーKは、その辺りすぐに乾くように出来ているかもしれないが、今は濡れた直後。乾くにしてもタイムラグは確実にある。
「あっ、さ、寒い……っ」
「寒かろう。だが、貴様は傷つかない。凍えて、その場で止まっていろ」
ただ冷やすというだけの力の真骨頂が、ここで発揮されたのだ。