叢雲と同様に特異点の血混じりの煙幕を吸っていた磯風の『空冷』により、速吸を凍えさせることに成功。出力が一気に低下し、艦載機の動きが途端に鈍くなる。艦載機そのものも冷やしているため、生体パーツがありそうな部分は上手く動かなくなっていた。
いくら硬くても、いくら速くても、内側から機能停止させてしまえば、それはその場から動かなくなる。速吸を守る盾も、今や浮かんでいるだけ。周囲には雪のような結晶がチラつく程にまで冷え切っていた。
そしてその影響はここだけのモノではない。速吸がコントロールしている艦載機は、足柄を守るためにも動いている。本体が弱体化されれば、当然艦載機にも影響が現れた。
「っ……速吸!?」
いち早く気付いたのは足柄。夕立の攻撃を防いでくれていた艦載機が押され始めている。完全に止めるわけではなく、あくまでも衝撃を軽減する程度にまで落ちている。
「弱くなった。本体をやってくれたっぽい」
夕立も手応えの無さからそこに気付く。速吸の弱体化により、足柄への突破口が見えた。
「なら、ここからは実力勝負っぽい!」
「はっは、いいじゃないの、どうせ速吸のところには行かせてくれないわよね!」
「当然っぽい! アンタはここで、やられてもらうっぽい!」
足柄も腹を括ったようにニッと笑みを浮かべた。速吸に頼り切っていたわけではない。それでも、夕立という強敵を撃破するためには、速吸の力が必要不可欠だった。ダメージは無くても衝撃に弱いことはそこで気付けたのだから。
「速吸、借りるわよ。こんな使い方したら文句言われそうだけど」
足柄は、機能が著しく低下した艦載機の1つを手に取ると、それを夕立に投げつける。上手く動かずとも、硬度が落ちているわけではない。直撃すればそれ相応にダメージは入る。夕立の『ダメコン』によってその辺りは無効化されるが、しかし当てられたという事実は残る。
「キャッチボールっぽい?」
夕立はそれをあえて掴んだ。避けることなく、ぶつかることなく、それを自らの手で止めた。本人の言うとおり、これではただのキャッチボール。
足柄はその瞬間を見逃していない。顔面に向けて投げた艦載機をキャッチしたならば、その時に少しだけでも視界が狭まる。その間に速吸の方に行くことも出来ただろう。だが、そんなことをしたら夕立に背中を見せることとなる。それは流石に危険というレベルを超えている。
だからこそ、足柄は前進した。速吸を救いに行けないのは悔しいが、しかしここで夕立をどうにかすることも先決。自分がやられれば、次は速吸の方に行かれる。それを避けたい。
「っらぁい!」
跳んだ足柄は、夕立の顔面に向けて蹴りを入れる。普通であれば首が飛んでもおかしくないくらいの衝撃の蹴り。夕立でなければ、ガードですら貫通するほどの威力。
それを夕立は、咄嗟に両腕を使ってガードする。『ダメコン』のおかげで無傷ではあるが、体重を乗せた蹴りによって少しだけ体勢が崩れた。
「貴女を終わらせる手段、思いついたわよ!」
「何をするつもりっぽい?」
「動けなくなるまでっ、身体の中を揺らしてあげるわ!」
夕立は、その言葉を聞いて目を細めた。足柄は、ちゃんと理解している。ダメージは無くても、内臓を揺さぶられ続けたら動けなくなる。それに、いきなり顔面狙いだったのも、夕立的には非常に危なかった。脳を揺さぶられたら、痛くなくても気を失いかねない。
故に咄嗟に両腕が出た。絶対に守らねばならないところだったから。ここで意識を飛ばすわけには行かないのだから。
しかし、両腕で頭を守ったということは、腹がガラ空きになるということ。足柄の戦闘センスは夕立と同等、いや、それ以上にも思われ、この瞬間に腹に対して蹴りを叩き込もうとする。爪先を突き立てるようにして。
「明らかに内臓狙いになってる」
「当然よ! その方が効くでしょ!」
「その通りっぽい。よくわかったね」
その蹴りは、思い切り振り下ろした腕を叩きつけて、急所に突き刺さるのを回避。
「今度は、頭ぁ!」
叩き落とされた脚をそのまま軸に、足柄は身体を捻って夕立の顔面を狙った。いちいち鋭い攻撃に夕立は一度間合いを取る。空気を裂くような蹴りが眼前を通り過ぎ、鼻先を掠めた。
片腕がない状態で、何故ここまで動けるのだと、夕立は疑問に思うほどだった。あまりにも戦え過ぎている。何がここまで足柄を突き動かすのだと。
だが、それは考えるまでもなかった。足柄は足柄で、自分の目指している平和のために命を懸けているのだ。戦いを楽しみながらも、その信念だけは歪んでいながらも、嫌という程真っ直ぐだった。
「アンタ何言っても聞かないっぽいよね」
「それは貴女達も同じじゃないかしら!?」
「うん、そうだね。そうだよ。だって、夕立達はそっちの平和を認めてないから」
目を細めた夕立は、足柄の次の一撃、突撃しての拳を真正面から受け止めた。
「夕立はね、昔、むかーしに、アンタ達の仲間に、命を吸われそうになったの。助けられたから今も生きてるけど、そうじゃなかったら嫌なのに殺されてた。しかもそれが、平和のためって言いながら、自分達のためにしか使ってなかった。だから、アンタが何を言おうが絶対に許さないから」
夕立は出洲の実験の犠牲者になりかけている者。姉がやられたグレカーレとは一味違う、自分が被害者という例。姉妹を、家族をやられた者達とはまた少し違った、直接的な恨みを持っている。
足柄は当然そのことを知らない。関与しているどころか、その時に生まれていたかもわからない。しかし、夕立がそうされたことを肯定する立場にいる。それを平和のためだと言い続ける。嫌がる者の意思など関係ないと言わんばかりに。
そんなもの、夕立が許せるわけがない。戦いの中で散るのは仕方がないことだ。艦娘だから。だが、そうでないところで、人間の私利私欲のために命を奪われるだなんて以ての外。
「そんな平和、全員が全員頷くわけがないっぽい」
「大丈夫、みんなわかってくれるわ! こうして戦うのは仕方ないこと。でも、ちゃんと理解出来るわ!」
「じゃあ、夕立を納得させてみろ」
なんとここで夕立は攻撃の手を止めた。話を聞いてやると、誰もが理解出来ると言うのなら、どのように説き伏せるのか教えてみろと。
その間に攻撃を受けても『ダメコン』でどうにでも出来る。だからこそ、攻撃を止めた。
足柄は一瞬、夕立のその暴挙とも言える行動に思考が停止した。理解させてみろと真正面から言われたことで、頭が真っ白になった。戦いの中で、何故そんなことが出来るのだと、訳がわからなかった。
「ほら、どうやってみんなを説得するの。教えてよ、夕立に。みんながわかってくれるんでしょ。夕立みたいに、アンタ達のやり方に恨みを持ってる連中もわかるっていうやり方、あるんでしょ。教えてよ」
足柄の振るう拳を、真正面から受ける。ダメージはない。顔を顰めることもない。ビクともしない。
「暴力じゃなく、言葉でわかってもらえるんでしょ。ほら、早く、アンタ達の平和が正しい理由を言ってよ。夕立は聞く姿勢だよ。殴り合うんじゃなくて、話し合う姿勢だよ。ほら、早く、早く、早く、納得出来る言葉を」
「な、貴女、正気じゃ……」
「言ってよ、早く、納得させてよ、ほら早く、早く、早く! 言え、その根拠を、夕立達を踏み躙るに値する平和の何処が正しいかを、言え! 言え! 早く言え!」
敵を正面にしても命の危険が限りなく小さい夕立にしか出来ない、暴力渦巻く戦場での最も狂気的な解決の仕方。しかし、この足柄にはそれが一番刺さった。平和を求めているのに、暴力でしか訴えられないと、自覚させることが出来るのだから。
盲目的に、誰もがこの平和を納得出来ると言い続けてきた足柄。しかし、それは中身のない空っぽな発言である。自分で説得するわけでもない。なのに、みんながわかってくれる。根拠なんて何処にもない。身勝手な自信と、周りに頼り切った傲慢な姿勢が生み出した、ひたすら空虚な平和の道。
戦闘中なら相手が必死になる。だから、空っぽな平和論を力の限りぶつけても、反論されてもそこまでだった。大丈夫と言い続けていれば、最終的には自分が勝てる、屈服させられる。
しかし、夕立は違う。どれだけ攻撃しても効かない。その状態で、平和の理由をひたすら聞いてくる。暴力に逃げられない状況を作り上げて、環境をぶつける。
「っ……っっ……」
言葉が出るはずがなかった。足柄には、夕立を納得させる術なんて、最初から無かった。暴力の中にただ立っているだけの相手を納得させることなんて、出来なかった。
足柄の心が、初めて揺らいだ。
「何も言えないんだ。平和だ平和だって言いながら、こっちを殺そうとして、生かそうとするつもりもない。それを平和って言ってて、納得させることも出来ないんだ。それなのに、みんなわかってくれるなんて大きなこと言えるんだ」
夕立がゆっくりと歩き出す。足柄に向かい、静かな目で見据え。
「ほら、アンタが何も言えないから、わからないよ。結局、アンタが求めてる平和ってなんなの。暴力で捩じ伏せて、自分が一番の世界?」
「そんな、こと」
「あるよね。だって今も、攻撃をやめてない。話し合いの場を作ってるのに、夕立ずっと攻撃されてる。話し合いをするつもりもない。一番平和的なのに、それを自分でやらないって言ってる。話せばわかるってさっきまで言ってたのに、話そうとしないでしょ」
足柄の動揺は止まらない。そして、夕立は足柄の胸ぐらすら掴めるほど近くに立った。殴られても蹴られても、もうビクともしない。速吸の艦載機のように、壁を殴っているかのようだった。
「だから、夕立達だけが文句を言われる筋合いはないっぽい。こっちは聞こうとしてる。でも、話が出来ないなら、もうこうするしかないっぽい。それで被害者ヅラなんて、出来るわけがないよね」
「っ……」
足柄は狂った狼だ。カテゴリーKとなって狂った。平和を目指すためにあらゆる矛盾から目を背けて。
しかし、
「いい加減、自分で考えてみろぉ!」
そして、夕立の渾身の拳が、足柄の顎に入った。